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惨敗者の末路

「……邪魔するおつもりですの? まだ(むつ)み合いは終わってすらいないというのに」


 これは一体どういう仕組みなのか。

 ラリッサが殺気溢れる声を向けた刹那、身を引いていた周囲の荊たちがこちらを叩き潰し圧し折るべく殺到する。


 だが、流石に同じ攻撃を二度も喰らうほどローラは浅はかな戦士では無い。


『Magnificat anima mea Dominus, et exultavit spiritus meus in Deo saltari meo(我が魂は主を崇め、我が霊は救世主たる神を喜び讃えん)!』


 先ほど無意識に唱えた神術と同等のものを再び使い、身体能力をさらに底上げ。一斉に迫った荊を上に大きく跳躍することで躱した。

 だが飛び上がった先にも荊が蔓延っている。当然、ローラのことを排除せんと一つ一つ勝手に蠢き始めた。


「っく!」


 ローラは即座に方向転換。背面飛びで宙返りし、床に綺麗に着地した。

 同時に咄嗟に銃剣を振るい神術を素早く詠唱。


『Laudatus sis,mi Domine,propter fratrem ignem(主よ、我らが兄弟、炎によって貴公を讃えん)!』


 銃剣の軌道から生じた炎の大波が周囲に広がる。

 有機物である荊が一面に張り巡らされたこの空間、延焼し炎上することは当然の摂理であった。


 いずれ放っておけば教会も崩落する上、自身の命も危うい。

 にも関わらずラリッサは至って冷静だった。


「何て乱暴なのでしょう。大人しく消えなさい」


 たったそれだけの言葉だった。

 礼拝堂の炎上を一瞬で沈めたのは。


「何……!?」

「この聖堂はとうの前からアタクシの支配権。何から何までアタクシの思い通りになる世界なのですから、これくらいは造作も無いことですわ」

「チッ、何て無茶苦茶な理論なのかね!」


 残り(かす)と化したはずの荊はすっかり元通り。再び異物の排除のため蠢き出す。

 ローラは真正面に迫っていた荊を銃弾で吹き飛ばし、左右から迫っていた荊を大きく飛び退くことで躱す。その際に背後の荊の一本に飛び乗り、そこからラリッサの元へと肉薄せんとした。


「あら、汚い土足でアタクシの美しき薔薇に飛び乗るんですの?」


 思惑に気付いたラリッサが発した一言を受け、ローラの足元の荊が唐突に引っ込む。

 当然のごとくローラは落下。だがその瞬間を見計らい体勢を整えたことが、次に突撃していた荊への対処に功を奏した。


『Gloria in excelsis Deo(いと高きところには神に栄光)!』


 一斉連射。迫っていた荊の数々に風穴を開けた。どうせすぐに再生するだろうが、ひとまず対処できただけ幸いだ。


 神術で形成された銃弾の一撃を放ち、荊の鞭の軌道を次々と逸らし続ける。

 神術で強化された身体能力を駆使し、縦横無尽に荊の鞭を避け続ける。

 このサイクルをひたすら繰り返し、クルースニクは一心に戦い続ける。


 そうして、いつまで戦い続けたことだろう。

 次第にローラは、この戦いにおいて自分は圧倒的に不利だと悟るようになっていた。


(荊の動きが全く読めない……)


 事実、ローラはただ運に任せて荊を避けているだけに過ぎない。それほどまでに、四使徒ラリッサ・バルザミーネが口先だけで操る荊の伸縮攻撃の動きは予測不可能だった。

 足を払うべく横薙ぎに繰り出された荊を避けた瞬間には天井から一斉刺突が降り注ぎ、どうにか掻い潜ったかと思いきや今度は床から串刺しにせんと勢いよく生えてくる。いくら人間を凌駕するレベルにまで身体能力を底上げしているとはいえ、一つ一つに対処するのは至難の業だ。


「吸血鬼の天敵クルースニクであれど、アタクシの『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』を突破することは不可能でしてよ」


 何度荊に阻まれても悠人を救うべく一途に進むローラのことを、ラリッサは冷たい目で蔑んでいた。


「何故なら『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』は()()()()()において無敵の異能。アタクシの愛しきユークリッド様でさえも、突破することは不可能なのですわ」

「っ……黙れ!」


 口封じのため一発銃弾を放つが軌道は外れた――というよりも外された。

 自身に被弾する直前に袖から荊の鞭を伸ばし、それを振るうことによって銃弾を弾き飛ばしたのだ。


「アタクシを傷物にしようとした仕返しですわ。受け取りなさい」


 荊を袖から伸長させ打擲(ちょうちゃく)を繰り出すことで、ローラに反撃しようとするラリッサ。


「甘い! 貴様の攻撃は見え透いている!」


 彼女のことを真剣に見据えていたローラは、敵が直接繰り出してきた攻撃を見切ることには成功したのだが――


「見え透いている、ですって? 何処がですの?」

「――うぐっ、ぐあっ!?」


 ――四方からも荊が殺到していることには、全くを以て気付けずにいた。


 こちらが見ていぬ間に繰り出された数本の荊の束がローラの腰を横薙ぎに打ち据え、そのまま壁方面へと叩き飛ばす。

 かと思えば壁付近に蔓延していた荊が、飛ばされてきたローラを野球のように天井へと打ち返す。

 そしてトドメと言わんばかりに、天井から垂れていた荊がローラの柔らかな腹部をもの凄い速度で叩き落した。


「がはっ……!」


 内臓に大きな衝撃を受けたローラは、床に墜ちると共に吐血。赤い血飛沫が宙に舞い上がった。

 咄嗟に神術を放ち衝撃を和らげることはできたのだが、それでも全身に受けた殴打のダメージはかなりのもの。まともに立つことさえ儘ならない。

 その上、先刻のダインスレイヴとの戦闘の際に負わせられた裂傷が再び開き始めた。乱雑に巻かれた包帯から赤い血が滲み出す。


(こんな、はずでは……)


 たった数分間の戦闘。それなのに自分はあっという間に背水の陣へと追い込まれていた。

 現在の時刻は真昼。いくら相手が真祖の眷属であるとはいえ、真祖を殺すために生まれたクルースニクが、まだ強化補正も入っていない時間に瞬殺される訳が無いのに。


「だから言ったでしょう? 『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』を突破することは不可能だと」


 『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』。名前だけは教団において幾度か耳にしたことのある異能だった。

 しかしラリッサ・バルザミーネの異能に関しては、他の四使徒のものよりも情報が圧倒的に少ない。故にローラは、その異能がどのような力を秘めているかをほとんど知らなかった。

 唯一の手掛かりは、ラリッサ自身が語った「この空間上では無敵」ということだろうか。


(この空間上では無敵……?)


 全身のあちらこちらの組織が激痛に悲鳴を上げていたが、何故か脳だけは上手く稼働していた。故にその好都合をありがたく思いながら、仰向けの姿勢でローラは思考しようとする――


 ――否、思考しようとしたのだが、


「まだ活路を見出そうとするその姿勢……はっきり言って生意気ですわ」


 思考に耽ろうとした間にこちらに肉薄していたラリッサが、袖から荊を伸ばし横たわるローラを無理やり立ち上がらせる。

 豊満かつしなやかな身体をきつく荊に緊縛され、折れた骨や打撃の痕が一斉に軋み始める。全身のあちらこちらでぶり返す損傷の痛みは、ローラに思考を放棄させるには充分すぎた。

 さらに「それだけでは虐め足りない」という意思を持ったかのように、ローラの柔肌を荊の棘が刺す。破瓜(はか)の痛みにも似た鋭い痛苦が新たに付加された。


「あ、ぎいっ……!」

「いい加減諦めたら如何です? このような無残な姿でアタクシに勝てる訳が無いでしょう?」

「ま……まだ、私は……」

「……チッ、お話すらまともに通じないようですわね。これだから人間という生き物は……」


 締め付けがさらにきつくなった。棘は皮膚の奥深くにまで食い込み、何処かの部位の骨がまた新たに砕ける。

 身体能力増強の神術がまだ切れていなければ強引にも抜け出すことができたのだろうが、それは先ほどの荊の連続殴打の際にすでに途切れている。常人並みの身体能力でしかなくなった今、人外の剛力から抜け出すことはできなかった。


 棘に全身を穿たれ、骨格が変形するほどまでに圧迫され、ローラの命はじわじわと少しずつ削られていく。

 本来ならばすでに死んでいてもおかしくないのだが、まだ生きていられるのは、おそらくクルースニクが常人よりも幾分か頑丈だからであろうか。

 そんないつまで経っても死なぬローラのことを嬲り殺しにすることに、そろそろ飽きが来たのだろう。不意にラリッサはこちらの身体を締め上げることを止めた。


「貴女、本当に醜いですわね」


 怒りとも憎しみとも取れぬ冷たい声が、処刑人の宣告のように静謐に(こだま)する。


「自身が何のために戦っているのか理解せず、何のためにユークリッド様を奪おうとするのか考えず、ただ闇雲にアタクシを殺そうとするだけ……正直に申し上げて、まだそこいらの野良猫の方が正しい戦い方をしていると思うのですけれど」

「……」

「つまり貴女は野良猫にも劣る獣以下の馬鹿。それ以外に例えようが無いですわ」

「……」

「こんな娘が吸血鬼の宿敵たる存在であるなど、本当に世も末ですわね。アタクシたちにとっても慙愧(ざんき)に堪えないことですわ」

「……」


 口々にラリッサが罵声を浴びせるが、耐え難い激痛に身体の支配権を奪われたローラには反論する余力も無い。無意味に話を聞き流すだけしかできなかった。


「……ああ、忘れていましたわ。この荊からはほんの少し身体に入れただけで即座に危篤状態に堕とすことができる猛毒が流れ出る仕組みなのでしたっけ。道理で話もまともに聞けていない訳でしたわね」


 潮時か、とラリッサは納得した様子。

 身体をまともに動かせず、意識も朦朧としているローラにトドメを刺すことは、ラリッサにとってはとても容易いこと。

 しかし彼女は――クルースニクに対し想定以上の軽蔑心を抱いた彼女は、敢えてそうすることをしなかった。


「本当だったらアタクシの手で殺して差し上げたかったのですけれど、今の貴女はアタクシが手に掛けるにはあまりにも醜く、そして脆弱すぎますわ。せいぜい道端で野垂れ死んで溝鼠(ドブネズミ)に齧られなさい」


 ラリッサは荊でローラのことを持ち上げたまま礼拝堂を出る。

 まっすぐ直進し屋外へと出た彼女は、真昼の天に向け高くローラの身体を持ち上げる。


 これから彼女が何をしようとしているのかは察知できたが、抵抗することはできない。

 ローラがそんな状態にあるのをいいことに、ラリッサは袖の荊をぶんと振るい、ローラの身を彼方へと放り投げた。


「――っ……!」


 ローラの身体は、固く閉じた教会の鉄扉にぶつかり、そして地へと墜落した。


 骨が砕け、血に塗れ、内臓が潰え、そして致死量の毒を打ち込まれ――何重にも致命傷を負わせられたこの身体は、神術を以てしてでも回復はもはや不可能。そもそもの話、真に満身創痍となった以上、神術をまともに発動させることなどできるはずも無い。

 故にローラに今できることは、ただ己の身を死神が連れて行ってくれる瞬間をぼんやりと待つことだけであった。


「情けない。クルースニクであるのならば、せめて最期の瞬間くらいは足掻くであろうと思っていましたのに」


 唾棄のようにラリッサは呟き、ローラに対し背を向ける。

 だが教会へと――強いて言うならば愛しの主君の元へと再び戻る間際、彼女はちらりとこちらを一瞥し、敢えて言い聞かせるような声で告げたのだった。



「断言致しますわ。貴女にはユークリッド様のお傍にいる資格など無いと」



 その声と共に扉が固く締められる瞬間。その声を最後にこちらの意識が自動停止(シャットダウン)する瞬間。双方のタイミングは偶然にも同じだった。


(ユー、ト……)


 最期の悪足掻きとして教会方面に手を伸ばしてみるが、当然何も起こらず、何も為すこともできず、


(私は、貴君を……)


 吸血鬼殺しの聖女ローラ・K・フォーマルハウトは、無惨な醜態を晒したまま、自身の意識を奈落へと手放した。



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