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『いつも通り』

 代休を挟み、修学旅行という異質な学園生活が再びごく平凡な日常のものへと戻る。

 朝のホームルーム前、教室内に徐々に集まって来る生徒たちの顔は疲れていたり名残惜しそうだったりと様々だったが、皆それでも平時の学園風景に戻ろうと取り組んでいるような様を感じさせた。


 だがローラだけは、修学旅行の出来事とその後の出来事を、代休を過ごしていた時からずっと引きずっていた。


「……」


 険しい視線で見遣る先、そこには自分の机の上で携帯電話の画面を眺める暁美悠人の姿がある。

 彼の行動はいつもと変わらない。ホームルームが始まる十分前に教室に入るのも、誰とも挨拶を交わすことなく自分の席に座るのも、一限目の授業の準備を済ませてから携帯電話でニュースサイトを確認するのも、何もかもがいつも通りの彼。


 だがその「いつも通り」の彼を、ローラはずっと疑っていた。

 今朝も、代休につき二人で家の中で過ごしていた時も。


(……一時は『そういうものなのだろう』と納得はしたが……)


 絶交と言ってもいいくらいの仲違いをしたのにも関わらず、その原因を作った暁美悠人は、あの時の出来事に対し完全に清算した状態でローラに接してきた。気まずい様子を見せることも無く、罪の意識に苛まれている様子を見せることも無く。

 今まで幾度となく悠人の性格を目の当たりにしてきたローラは、当然のように強く疑った。普段の彼ならば間違い無く被害者側のローラと普通に接することを拒むだろうし、接したとしてもギクシャクとした様子を隠さないはずなのだから。


 妙に違和感のある悠人と対面した際は、あの彼は一時の気の迷いから生じたという可能性も疑った。明日が来れば、自分がよく知る彼のように、罪の意識から自分を遠ざけるようになるだろうとも考えた。

 だが結果はご覧の有り様。あれ以降悠人は絶交した際の出来事を一切振り返ろうとせず、まるであの時のことなど初めから存在しなかったかのように、積極的にローラに関わろうとしている。


 そんな二日前の夜からの彼を見て、ローラは率直に思った。

 「気味が悪い」と。


(やはり、修学旅行から帰ってから数時間の間に、彼に何かあったのではないか……?)


 手掛かりとなりそうなのは、修学旅行の一団が駅に到着してから悠人が自宅に戻るまでの空白の数時間。

 彼の帰宅が遅くなった理由、家に戻ってきた彼の様子が駅での様子と豹変していた理由。その答えが、どうも件の空白の時間の中にあるように思えて仕方が無い。


 尤も、その時間の中で叶か解、あるいは冷泉院家の者たちに説得され、それで立ち直った可能性もある。

 もしそうだというのならば、それこそ豹変の理由を一から推察し直す必要性があるのだが。


(……分からんな)


 二日前の夜更けと同じく、またも匙を投げたくなるような気分に駆られるローラ。

 苦悩の果てに、思わず白い頭髪を乱雑に掻き毟った時、


「ローラちゃん、どうしたの? そんなに難しい顔して」

「……? ……ああ何だ、カナエか」


 ローラの友人であり悠人の幼馴染でもある少女が、こちらの顔を横から覗き込んでいる。

 髪がしっとりと濡れているが、おそらくこれは水泳部の朝練の直後だからなのだろう。ほぼ毎朝日課のように通っている幼馴染の家に今日は訪れなかったのも納得だ。


 そんな叶は首を傾げながらローラのことを見つめていたが、何か心当たりがあったのだろうか、表情をハッとさせた後に憐れむような視線を向けてきた。


「あ……やっぱりそうだったか……」

「何がだ?」

「悠くんのこと」


 叶は修学旅行での一件を察していたらしい。こちらが逃げるように駅のコンコースを去った後に彼女が悠人に駆け寄っている光景を横目で見ていたが故、何となくそうなのだろうとは思っていたが。


「ローラちゃん、悠くんと喧嘩したんだよね? 悠くんからそんな話を聞いたんだけど……いや、聞く前に悠くんがいなくなっちゃったから、あたしが勝手にそう決め付けちゃっただけなんだけど……」

「まあ……喧嘩といえばそうなのかもしれんな」

「そっか……。あ、でもその割には悠くん、とても喧嘩をしたようには見えないかな……」


 流石は幼馴染。悠人に対しての観察眼は異常なほどに鋭かった。

 ただし、ローラほど彼に対し疑り深くはないようであったが。


「まあ……悠くんのことだから、自分だけでもローラちゃんとの喧嘩のことを清算しようとしたのかもしれないし。あまり気にすることでもないか」

「……」

「だからローラちゃんも、あまり悠くんのことを拒絶しちゃ駄目だよ? 平気な顔をしていて実は中ではかなり傷付いている……それが悠くんなんだから」


 申し訳無さそうにそれだけを伝え、叶は自分の席へと戻っていく。

 そして席に着いた彼女と入れ違いに、担任教師が教室へと入室してくる。


「早く席に着けー」


 同時に鳴り響く始業のチャイム。文句を垂れつつもそぞろに着席する生徒たち。ごくありふれた日常の中で、当たり前のように行われる朝のホームルーム。


「えっと、それじゃあ出欠を取るが……ああそうだ、今日は城崎は家庭の用事で欠席だそうだ――」


 担任が簡易的に出欠確認や連絡事項の伝達を行う。

 生徒たちは欠伸(あくび)を噛み殺したり隣席の生徒と小声で雑談をしたり密かに携帯電話の画面を確認したりしている。


 しかし、ローラは。


(……あまり拒絶するな、か)


 叶に去り際に告げられたことを、人知れず脳内で反芻し続けていた。





*****





 そして時は流れ、昼休み。


「悠くん、ローラちゃん。今から黙ってあたしに付いてきて」


 四限目の授業の担当教師が退室したと同時、出し抜けに叶が言った。


「……何なんだ? いきなり」


 悠人が上げた戸惑いの声。

 もちろん困惑の感情を抱いたのはローラも同じ。他のクラスメイトもまた、授業後出し抜けに声を発した叶のことを奇異の視線で見ている。

 だが叶は気にしない。悠人とローラの手を引き、そのまま教室を出、さらに階段を下りていく。


 そうして辿り着いたのは、冷泉学園高校の中庭。

 秋晴れの柔らかな日差しがたっぷりと降り注ぎ、爽やかなそよ風が吹き抜ける。今日は絶好の行楽日和だと一目で分かるほどの、とても爽やかな快晴だ。


「えーと……これは?」

「一緒に外でお昼を食べるの。それに他ならないでしょ?」


 妙に自信満々に答える叶。たまたま空いていた木陰のベンチに腰掛け、コンビニで購入したクリームパンの袋をおもむろに開封し始めた。


「ほら、悠くんもローラちゃんも来なよ。そうしてくれないと、あたしがここに二人を呼んだ意味が無いもん」

「しかしカナエ、私は……」

「残念だけど言い訳は聞きません。そもそもあたしが誘ったのは、喧嘩して気まずくなっている二人の仲を取り直すためなんだけどな」


 動揺するローラを遮り、叶は語った。


「二人がどうしてこうなっちゃったのか、あたしにはよく分からない。だけどいつまでも仲が悪いままでいられると、悠くんの幼馴染でローラちゃんの友人なあたしはとても悲しい。今日は欠席だけど、きっと城崎くんでも同じことを想うんじゃないかな」

「……」

「だから、悠くんもローラちゃんも仲直りしよ? ね?」


 笑みを浮かべ説く叶に、ローラは何も答えられない。


 そろそろ悠人を赦してもよいのでは、とは確かに考えていた。せっかく彼が自らの非を認めた上でこちらとの寄りを戻そうとしているのに、自分だけがいつまでも意固地になっているのはかなり虫が悪い。

 のだが……


(おそらく、彼は……)


 そんな中、


「俺も賛成」


 思い悩んでいる最中に挟まれたのは、暁美悠人の声。


「俺はとっくに自分の行いを反省していたつもりだったんだけど。でも、今すぐにでも元の関係に戻りたいのに、いつまでもお前に拒絶されているのはやっぱり寂しいよ」


 微苦笑と共に紡がれた、優しすぎる言葉。

 普段の仏頂面の彼らしくない、甘い甘い言葉。

 しかし割と話の筋は通っていたため、ローラは気圧されるようについ頷いてしまった。


 同時にパッと晴れやかになる、悠人のやけに整った顔。


「よかった……分かってくれたんだな……!」

「あ、ああ……?」

「さ、理解も得られたことだし、ここはお望み通り仲直りしようぜ」


 悠人がこちらの手を取り、自分の手と握手させる。あまりにも積極的すぎて逆に引いてしまったが、これが叶をあまり心配させないために必要な処置だというのなら、逆に仕方無いのかもしれない。


「二人とも、無事に仲直りできたみたいだね!」


 されるがままのローラは一連の流れに違和感を覚えていたのだが、傍から見ればそれは至極真っ当な仲直りの光景。

 目に見えたものをありのままに受け取った叶は、二人の仲を掛け持った自分の功労に満足げに頷いていた。


「さて、と! 最優先の目的も達成できたし、残りの時間はみんなでご飯食べよっか!」

「あ、ああ……そうだな」


 どうも釈然としないが、一応は望ましい方向に事が運んでいる以上、素直に頷くしかなかった。

 とりあえず、ひとまず必要なのは英気養うための食事。もどかしい想いを抱えつつも、ローラは持参していた弁当に手を――


「――なっ」

「あ、いきなり連れてきちゃったから悠くんもローラちゃんもお昼持ってきていないか」


 そう、叶が苦笑しながら言った通り、ローラは弁当を教室に置いてきてしまったのである。


「手間かけさせちゃって本当にごめんね、ローラちゃん」

「構わん。ここから教室まではさほど距離も無いのであろうしな」

「あたしも一緒に行こうか? 何か申し訳無いし……」

「気にするな。一人で戻る……尤もユートは私と共に行く必要があるのだろうが」

「あー……」


 不意に話題を振られた悠人は、困ったような表情でぽりぽりと頭を掻いた。


「悪い。俺、全然腹減ってなくて……」

「む、そうなのかね?」

「ああ。だから俺も叶と一緒にここに残るよ」

「そうか……ならば私単独で行くとしよう」


 それだけを皆に伝えると、ローラはいつものように颯爽とした足取り――のように見せかけた何処か覚束ない足取りで教室へと引き返していった。





 そして、中庭には悠人と叶の二人が残る。


「で、どうする? 先に食べてるか?」

「え、っと……戻って行ったローラちゃんには悪いから、しばらくは食べないで待っていようと思う。だから一緒にこうして待ってようよ、悠くん――」


 いつも通りの純真無垢な笑顔で、叶は返答した。




「――いや、()()()()()()()()()()()()()()()




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