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醜悪な鬼ごっこ

*****





 ――いつぞやの時代の、侵入した敵軍の迎撃戦にて。



「あはは!! 随分と無様ですこと!! ここが吸血鬼(アタクシたち)の王たるユークリッド様の居城だとも知らずのこのこと侵入してきた不届き者の蛆虫ども、せいぜい恥を知るがいいですわ!! あははははっ!!」


 高笑いしつつ荊の鞭を振るい、本拠地を陥落させんと目論んだ人間たちを、四使徒の一柱ラリッサ・バルザミーネは一心に屠る。

 辺り一面に肉片がこびり付き、鮮血が赤いドレスをさらに紅く染め上げているが、彼女は全く介意しない。すでに半分肉塊と化している人間たちが悲鳴を上げているが、それに耳を傾け不快げに顔を歪めることさえもしない。


 嬉々と侵入者(蛆虫)を駆除するそんなラリッサを、彼女が「王」と崇めるユークリッド・ドラクリヤ・クレプスクルムは遠くで眺めていた。


「分かってはおったが、余が出るまでも無かったな」


 そうやって一瞥するや否や、ユークリッドは踵を返し颯爽と去る。


「な……! 待て、何処へ行く真祖――ぐげあっ!!」


 標的が真っ先に去って行ったことに気付いた人間の一人が制止の声を上げるが、すぐさま口封じとして荊に殴打された。鋭い棘によってまた肉片が生じる。

 しかしやはり、吸血鬼たちは気に留めなかった。


「くだらぬな。余を引き止めたくばせいぜいラリッサを討たねば話にならぬであろうに」


 背後は振り向かず、ただ呆れたように呟くユークリッド。一瞬だけ足を止めていた彼だったが、自分が出る幕は無いと悟ると再び足を進め始めた。

 そんな彼のことを追いかける人影が一つ。


「よろしいのですか? 侵入者の数はあの一部隊には留まらぬ様子。決してラリッサ殿単独で捌けるとは思えぬのですが」


 ユークリッドの後を追い、そして隣に並び立ったのは侵入者たる人間共では無い。

 全身を黒の甲冑で包み、左目に黒い眼帯を掛けた、赤銅色の髪を持つ偉丈夫――ラリッサと同じく四使徒の一柱であるゼヘル・エデルだ。彼がユークリッドの傍に控えているのは、ただ単に介添えのためである。


 主君に歩幅を合わせつつ問うてくる配下に、ユークリッドはちらりと睥睨して答える。無論、その間も足を止めることはしない。


「否、貴様はラリッサを舐めておるな、ゼヘルよ。彼奴(あやつ)は人間の大隊に手こずるほど惰弱な女では無い」

「確かに、ラリッサ殿の実力はこの自分でも認めてはおりますが……」

「彼奴は貴様とは得手とするものが違う。貴様が一対一の近接戦闘に長けているが故に分からぬであろうが、彼女には侵入者の駆逐という独自の強みというものがある」


 諭すような口振りで話す真祖の表情は、何処か笑っているようにも見て取れる。


「その所以は、彼女が如何なる異能を有しているかを考えさえすれば自ずと分かるであろうよ」


 そしてユークリッドは今まで見ようともしなかった背後を振り返り、未だ殺戮に興じているラリッサを確信的な眼差しで見つめつつ言った。



「室内戦限定にはなるが、条件さえ揃えば彼女は無敵だ。仮に本気の彼女と戦うことがあらば、この余でも確実に負けるほどにはな」







*****





 逃げようと断ち斬ろうと、ラリッサの追跡と奇襲は止まらない。


「く、っ……!」

「どうしてお逃げになるのです? こんなにもアタクシは貴方のことを思っているのに……」

「その愛が重すぎるんだっての!」

「うふふ、そうやってアタクシのことを焦らしているんですのね。きっとアタクシに御身を捕らえていただくために……!」


 ――駄目だ。全く話を聞いてくれない。


 先ほどから薄々感じていたが、ラリッサと自分との会話が妙に噛み合っていない気がする。

 こちらの質問にはまともに答えず、こちらの発言内容とは的外れなことを言うなど、まるで話を端から聞いていないようではないか。真祖への忠義がとりわけ高い四使徒が話を無視するなど、有り得べからざることだというのに。


(もしかして、彼女……)


 ふと、彼女の様子に引っ掛かりを感じる悠人。

 会話が噛み合わない。そして絶対命令権が通用しない。つまりそれは言葉を真っ先に受け取る器官が何らかの理由で麻痺しているからに他ならないのでは――


「あら、余所見はいけませんわ。アタクシだけをご覧になっていただかないと」

「――ちっ!」


 思い付きはラリッサが伸ばした荊によって断ち切られ。


 思考している隙に荊の一本が剣を握っている方の腕に絡み付き、ハッと気付き対処しようとした隙にもまた一本、二本と立て続けに腕に絡み付く。

 そうして瞬く間に、悠人の利き腕は完全にラリッサの荊によって雁字搦めにされた。


「うふふ、捕まえた」


 陶然と微笑みつつ、絡み付く荊からこちらの身を手繰り寄せるラリッサ。人外の力に引きずられ、ずるずると彼女との距離が縮まっていく。

 動きを封じられ何もできない状況下、もたもたしていればあっという間に敵の手中。だが、決して捕縛から脱出できない訳では無い。多少己の身を犠牲にすればどうにか対処できる。


「――ぐっ、あっ!!」


 悠人は力を込め、荊が絡み付いた腕を強引に引き抜く。無数の棘が食い込んでいた柔肌が一気に裂け大量の血が滴るが、すぐに再生能力で癒える程度の傷であるため気にしない。

 棘に引っ掻かれたことで神経をズタズタに千切られたせいだろうか、腕には痺れるような疼痛が伴っている。だがそれをグッと堪え、剣を握る手に力を込めた。


「あら」

「生憎、こっちも配下にやられっ放しになる訳にはいかないんでね!」


 咆哮を上げるや否や、長剣の切っ先をラリッサの喉笛目掛け突き立てんとする。

 しかしラリッサはそれを見越していたのか、剣の柄を狙う形で荊を伸長させてきた。咄嗟に退き下がり、ついでのようにバックステップで間合いを開ける。

 すぐさま焦れったいと言わんばかりにさらに五十本超の荊が迫ったが、近くにあった民家の屋根に飛び乗ることでどうにかやり過ごした。


「……悲しいですわね」


 悠人の後を追うような形で同じ民家の屋根の上に飛び乗ったラリッサが、哀切極まりない表情でぽつりと呟く。喜んだり悲しんだりと、随分と忙しい女だなと思った。


「先ほどから貴方はアタクシの元からお逃げになってばかり。アタクシはこんなにも貴方にお優しく接するつもりでありご寵愛するつもりであるのに、一体どうしてなのでしょう」

「さっきも言っただろ、お前の愛は重すぎるんだって。本当に愛しているんだったら、少しはお前の身勝手のために襲われるこっちの身にもなれっての」

「……ああ、やはり()()()(たぶら)かされたせいですのね。ならば、アタクシが貴方の目を醒まさせなければ。本当に貴方のことを想っているのはアタクシだけだとお気付かせにならなければ……!!」


 相変わらず、こちらの話を聞いている様子は無い。しかも厄介なことに、先ほどよりもこちらへの執心に覇気が宿ったような気が感じられた。


(……面倒なことになったな)


 直感的に悠人は悟る。

 今までの攻撃が前座だったとなると、今後は今まで以上に対処が困難な攻撃をけし掛けてくる可能性がある。実力的にはこちらの方が上であるが、相手の一手を読めない以上苦戦を強いられることは明らかだ。

 ましてやあちら側は四百年間もこちらを待ち詫び続けたかつての配下。こちらの攻撃手段は数百年前から熟知されている危険性がある。


(真っ向勝負に持ち込めればいいんだが……)


 正直な話、真祖の異能「生殺与奪(トーテスドローウング)」により、こちらが些細な傷の一つでも負わせることに成功すれば強引に勝利をもぎ取れる。

 が、相手は完全な遠距離攻撃であるが故、接近戦に持ち込むことは困難を極めていた。近づけば近づくほど、あちらに捕縛されてしまうリスクは高まってしまうから。


 おまけに、先ほど強引に捕縛を解いた己の利き腕。出血は止まっていたが、どういう訳が神経痛は治まっていない――どころか、余計に痛みが増しているように思える。剣を握ることさえ苦痛に感じられるほどの激痛が、腕を中心として身体を蝕んでいた。

 おそらくだが、あの荊の棘にはこちらの神経を麻痺させるような劇毒が含まれていたのだろう。だとすると状況次第では、これ以上剣を振るのは限界に近くなるかもしれなかった。


 だから、真っ向勝負は捨てざるを得ない。


(仕方無い。ちょっと搦め手を攻めさせてもらうか……!)


 次々と繰り出される荊を避けつつ、悠人は周囲に視線を張り巡らせる。

 真っ先に目に飛び込んだのは、森のようにこんもりとした木々に囲まれた、何処か古びた印象を持つ教会。もう何年も前に廃墟となり放置されている教会があるという話を昔何処かで聞いたような気がしたが、おそらくここが該当しているのかもしれない。


 その廃教会を目にした瞬間、悠人は閃いた。


(……これは使える)


 ――教会の内部、その隅にラリッサを追い込み仕留めれば。

 ――その上で逃れられぬ一撃を繰り出せば。

 ――流石に狭い空間の中では器用に荊を操作できまい。

 ――読み通りならば避けることも仕留めることも容易だろう。


 それらの確信と共に、悠人は屋根から背面飛びで落下。そして教会の敷地内へと宙返りで着地した。


「あら、もう鬼ごっこはお終いになさるおつもりで?」

「ああ、そうだよ。お前との決着を付けるためにな!」


 即座に後を追う形でラリッサもやって来たのを確認すると、伸び放題に雑草が茂る敷地を一目散に駆け抜け、教会の扉を蹴破る。

 さらに聖堂に通じる扉も蹴破り、聖堂の最奥に鎮座していた祭壇の上へ。そこでラリッサが到来し、こちらへ肉薄するのを待った……



 ……が、この時悠人は、致命的な読み間違いをしていた。



「……うふふ」


 確かにラリッサは教会内部にやってきた。とても軽やかな足取りで、陶酔の笑みを満面に浮かべ。

 だがその表情には、今までには無かった理知的な輝きが宿っているように思えた。


 ラリッサが聖堂に足を踏み入れると同時、勢いよく閉じる教会中の扉。

 そして響く、静謐な歓喜が滲み出たラリッサの声音。



「ですがやはり、アタクシの()()()()()についてはお忘れのようでしたわね、ユークリッド様」



 刹那、悠人の四方という四方から、屋外の戦闘の際とは比べ物にならない本数の荊が殺到した。




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