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旅の始めの予期せぬ出逢い

 時速三百キロメートルで走行する車体の外、景色が次々と切り替わる。

 つい先ほどまでは東京にいたと思えばすぐさま横浜へと場所が移り、さらに時が経過すると車窓の外には雄大な富士山が姿を現し始めた。


 高速で巡る巡る展開されるパノラマの数々に、ぼんやりと窓の外を眺めていた黒髪赤目の少年は――暁美悠人はただただ魅せられている。

 同時に彼は、車窓に映る景色を眺めつつ過去へ想いを馳せていた。


(そういや、こうやって電車……というか新幹線に乗って何処かへ行くのなんて久しぶりだな……)


 新幹線に乗ったことは人生に数回程度あった。今ではすっかり頻度が減ってしまったが、昔は遠い親戚の家を訪れたり、幼馴染と一緒に旅行に行ったりしていたものだ。

 そして今日は――否、今日を含めた数日間は、悠人にとっての、また幼馴染の叶にとっての、久しぶりの遠い地への外泊なのであった。


 京都・奈良方面への修学旅行という形での。


「京都か……僕は行ったことが無いから、どんな場所かすごく楽しみだよ」


 悠人の隣の座席では、親友の解が学校より支給された京都のガイドブックをパラパラと捲っている。

 ページを捲るたびに現れる世界遺産や寺社仏閣の数々に、彼は爛々と目を輝かせていた。


「悠人は三日目の班別自由行動、何処に行くか決めた?」

「え? いや、あまり……」


 突然訊かれ、悠人はたじろぐ。


 修学旅行の三日目には、この三泊四日の旅における最大のイベント――班別自由行動が控えている。各班が好きな寺社仏閣や観光地を各々自由に巡ることができるというのは、教師に縛られることを好しと思わない奔放な高校生たちにとってとてつもない快楽なのだ。

 尤も、旅行から帰ったら巡った場所についてレポートを書くことにはなっている。だが日本の人気観光地に行けることに対し浮かれている生徒たちの頭には、そんなことなど欠片も存在しないのが現実である。


 しかし悠人の脳裏には、修学旅行に浮かれる姿勢など微塵も無い。

 むしろ、数日前の()()()()()()について、未だに心を揺らしていたのだった。


「ただ……やっぱり京都だから御利益がある神社とかを巡るのが定番だろうな」

「でも悠人、さっきから目を通しているのって恋愛成就の神社ばかりじゃないか。そんなにフォーマルハウトさんとの恋愛を成就させたいのかい?」

「うっ……」


 錯綜する心を誤魔化すために旅行のガイドブックを流し読みしつつ答えた悠人だったが、親友には心の中を見事に見透かされてしまったようだ。


 今日から遡ること一週間前、暁美悠人はローラ・K・フォーマルハウトへの恋愛感情を自覚した。

 共闘し合う仲間であるローラか、それとも幼馴染の叶か――そう悩みつつも、悠人は自身の本当の想いを受け入れたのだ。


 しかし、悠人は吸血鬼の真祖でローラは吸血鬼狩りの聖女。互いに結ばれることなど赦されないし、それ以前に好意を抱く対象はクルースニクとして吸血鬼を敵視している。

 現在は初めて出逢った時よりも好意的に接してくれているものの、ローラの真意は未だに不明瞭であった。


(……俺が『好きだ』って想っていても、ローラが俺をどう想っているのかは分からない。仮にも俺と彼女は敵同士だから……)


 想いを募らせながら、悠人は斜め前方に座るローラを見遣る。

 彼女は隣に座る叶としりとりに興じているようであった。


「スイカ!」

「環太平洋造山帯」

「い……あ、イクラ!」

「ラザフォード分類」

「えっ!? また『い』!? えっと……」


 何故ローラは小難しい単語ばかり言うのか、そもそも何故高校生にもなってしりとりなのかという疑問が湧いてくるが、それも即座に恋心に掻き消される。


(……やっぱり、気が付けばローラのことばかり考えてるな、俺……)


 先日彼女が欠席した際、彼女の姿がずっと頭から離れなかったのは恋心故なのだと、最近になって分かった。


 最初はローラのことを考えていたのは、自分に友好的な感情を抱いた彼女が弱体化したことを案じていたからであった。もし自分がいない間に以前よりも弱い彼女が吸血鬼に襲われたら……という気掛かりが頭から離れなかったのだ。

 だが、そう考えてしまうのも恋したが故。叶にローラのことばかり考えていることを指摘され、またローラより感情をぶつけられて――そんな過程を経た上で、ようやく悠人は自覚したのだった。


(カナは大切な幼馴染だから当然好意的に思ってるけど、それ以上にローラのことを好意的に思ってる……それが今の俺だ。たとえこれが許されない罪だとしても、俺自身で決めた以上変える気は無い。……そうだよな?)


 ずっと自分のことを慕ってくれている叶のことをおざなりにしてもいいのか、吸血鬼の王が吸血鬼殺しの聖女を愛してもいいのか。そんな迷いは未だにあるが、考えを変えようとは断じて思わなかった。



 何故なら自分は、どんな困難な欲望も容易く思い通りにした吸血鬼の真祖――ユークリッド・ドラクリヤ・クレプスクルムなのだから。



「まあ僕は無難に開運祈願の神社に参拝することを勧めるけれど……って悠人、聞いてるのかい?」


 刹那、まだガイドブックとにらめっこを続けている親友が、まるで頃合いを見計らったかのように突如諫めるような声を発した。

 それによって、空想に耽っていた悠人はハッと目を覚ます。


「あっ……悪い、解」

「別にいいよ。悠人が何をしでかそうと笑って許してあげることが僕の信条だから」


 相変わらず同性愛を疑われかねないような発言をしたものの、話を聞いていなかった悠人のことを解は笑って許した。


 幸いにも、自分が話している間に悠人が何を考えていたのか、解は気付いていないらしい……否、本当は気付いているのだろうが。

 それでも、恋心に思い悩む親友のためにわざわざ黙ってくれているのかもしれない。解のささやかな気遣いに、悠人はただただ感謝するばかりであった。



 そんなこちらを解が意味深長な目で窺っていることなど、本当の彼を知らない悠人は視認しようともしなかった――。







 一方、ローラと叶のしりとりバトルは未だ白熱を極めていた。


「ドップラー効果」

「か……カニ!」

「ニクソン・ショック」

「く……えっと、クリスマス!」


 互いに単語を言い合う中、後方の座席に座る女子たちの会話がローラの耳に不意に飛び込んできた。


「あー……本当にカッコいいよね……。暁美くんと城崎くん……」

「ホントにねー……。そこら辺のアイドルよりも顔がいい彼らと一緒にいる叶とフォーマルハウトさんが羨ましい……」


(こ、こんな時に何を言っているのだね!!)


 その言葉にうっかり動揺してしまったローラ。焦りのあまりつい口走ってしまう。


「――っ、ストックホルム症候群!!」

「あ。ローラちゃん、今『ん』が付いた」


 叶が唖然と声を発したことにより、しりとりバトルにおけるローラの敗北が決定された。

 が、ローラとしては、しりとりに負けたショックよりもいきなり悠人のことを口に出してきた後方の女子生徒に対する憤慨の方が勝っている。


(全く……現在は彼のことをなるべく思い浮かべまいと努めようとしていたのだが……)


 ――暁美悠人は共闘相手にして居候先の人間。そんな関係としてだけ捉えよう。

 ――そう結論付けても、悠人のことには平常心で向き合うようにしよう。


 今ではそれなりに年頃の少女らしくなってきた聖女ローラ・K・フォーマルハウトが彼への意識を徹底するようになったのは、数日前に悠人が叶に向かって告げたある一言が原因だった。



『カナ、ようやく俺は分かったよ。俺は――ローラのことが、好きなんだと思う』



 てっきり悠人は幼馴染の叶のことの方が好きなのだと思っていた。

 だから本来は宿敵である自分は大人しく身を引き、叶と悠人が結ばれるよう後押しをするつもりだった。


 なのに、その想いは見事に打ち砕かれた。


(ユートが私の方に恋慕を抱いていることは、カナエ自身も了承しているようであった……)


 ちらりと叶のことを見遣る。

 すでに先ほどのしりとりの熱が冷めている叶は、棒状のチョコレート菓子を美味しそうに頬張っている最中。幸せそうにチョコレートの味を堪能する彼女の顔に、悠人への恋愛感情と自分への嫉妬は欠片も見受けられない。隠している様子すら無い。


 ずっと慕い続けてきた幼馴染がぽっと出の女に取られそうになっているのに、何故彼女は呑気に構えていられるのか。

 その答えは、人の正の感情にはとことん疎いローラには理解し得ないことで。


(私とユートは敵対し合う者同士。いずれは互いに殺し合わねばならない。ならば私よりもカナエの方が多少はユートと恋人になるに丁度いいと思うのだが……一体何故だ? 何故カナエは笑っていられる?)


 悠人のことを想うたびに荒れ狂うローラの心。


(まさかカナエは、ユートと恋人になるに相応しいのは私と考えているのか……?)


 そんな中、悠人と叶の一件が離れてくれないこの脳裏に、さらなる大嵐が攻め入ってくることに。



「……お姉、様……?」



 通路側から呆然と発せられた声。その声に、悶々としていたローラとチョコレートを食べていた叶は揃って釣られる。

 見遣れば、ローラと叶が座る座席の脇に、金髪をお下げにした小柄な少女が呆然と立っていた。


 フリルがふんだんに盛られたピンクのワンピースとケープを纏い、水色のリボンがワンポイントとして取り付けられたピンクのキャスケット帽子を被った可愛らしい装いをしている。より端的に言い換えるならばロリータファッションという服装だ。

 しかし背負っている黒いギターケースと胸にぶら下がるロザリオが、少女らしい装いに盛大な違和感を与えている。そういった趣旨のバンドに所属しているというのであれば納得が行くが。


「金髪に緑の目……? 外国人の子なのかな……?」


 突然現れた少女に、叶は唖然としている様子。大きな瞳を丸くしつつ、少女の珍奇な見目をまじまじと見回していた。

 だが、少女の知り合いであるローラは違う。


「ルチア……!? 何故に、貴君が……!?」


 予期せぬ人物に予期せぬ場所で出会ってしまったことに、ローラは愕然とする。


 このロリータファッションの少女の名はルチア・タルティーニ。一見では可憐な乙女に思われるが、その実彼女はマリーエンキント教団の立派な聖騎士である。

 彼女は普段、教団の本部が位置するドイツ周辺にて討伐任務に着任していることが多い。にも関わらず、常の活動場所とは遠く離れた極東の地にいるということは、いつもとは違う特別任務の最中である可能性が極めて高いということだ。


 しかも、偶然か必然か、自分たちと同じ新幹線に乗っているということは……


(……私が聖女としてあるべき姿を失っていることを危ぶんでいるヴァレンシュタインの差し金か……?)


 だが、ローラが内心で勘繰っていても、ルチアがその通りに答えてくれるとは限らない。

 一般人(無論、叶のことだ)が傍らにいることもあってか、彼女はかなり遠回しな言い分をした。


「別に、特にこれといった理由はありません。単に気晴らしとして京都(キョウト)に観光旅行に行こうと思っていただけですので」

「気晴らし、だと……?」


 記憶が確かならば、ルチアはマリーエンキント教団員の中でも特に好戦的で敬神的な聖騎士だったはず。

 そんな彼女が任務を忘れて本拠地から遠く離れた観光地で気晴らしをしようとしているという事実は、ローラにとっては違和感を覚えることであった。


 疑いを拭えないローラとは対照的に、吸血鬼を取り巻く世界を知らない叶はルチアの言い分を完全に信じ切っている。非常にキラキラとした目をあちら側に向けていた。


「すごーい!! まだ中学生くらいなのに一人で観光!?」

「ええ、そうよ。本当は原宿(ハラジュク)とかのような最先端の都市に行きたかったんだけど、やっぱり日本(ジャポネ)の定番の観光地に行くのもアリだと思ったから」

「そうなんだ!! あと、すごく日本語上手だね!! 勉強したの!?」

「ローラお姉様をお慕いする者として、異国の言葉を上手く使いこなすことは当然のことよ」

「さっきからローラちゃんのことを『お姉様』って呼んでるけど、ローラちゃんとはどういう関係!?」

「ローラお姉様はあたしの先輩のようなもの。強くて賢くて美しくて気高くて……究極に憧れの人だったわ」

「分かるー!! ローラちゃん何でもできるもんね!!」


 興奮気味に矢継ぎ早の質問を放ってくる叶に、ルチアは律儀に返答をしている。年頃の少女らしい感性を持つ者同士、互いに気が合ったのかもしれない。

 だが互いに意気投合して友達同然のように話が弾んでいても、ルチアは自分の立場と目的を忘れていなかったようで。


「……あ、久しぶりのかわい子ちゃん(バンビーナ)との会話は楽しかったけれど、そろそろ準備があるから行かなきゃ。いつまでも生徒たちの中に紛れてる訳にもいかないし……それではお姉様、また会えたら京都でお会いしましょう。さようなら(アリヴェデールラ)


 そう言って、ルチアは颯爽と去って行く。周囲の奇異の目を気にすること無く、別の車両へと移っていった。


 様子を見ていても、発言を聞いていても、ルチアの目的は観光であると思わせるには充分すぎる。叶もそうであったが、彼女の素性を知らなければ本当に信じてしまうだろう。

 だが、彼女の素性を知っているが故に、ローラは彼女の行動理由を疑っていた。本当は観光というのは建前で、真の目的は吸血鬼の討滅か、あるいは自分に聖女としての本来の在り方を取り戻してもらうことなのかもしれない。


(ルチア……彼奴(あやつ)は一体何を目的としている……?)


 可愛らしいワンピースを纏う後ろ姿を睨み付けるようにして見送る。

 ローラはルチア・タルティーニへの――より具体的に言えばマリーエンキント教団への疑念を、新幹線の旅が終わるまでずっと巡らせ続けていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 修学旅行のシステムがリアルやな笑 しりとりわろた笑笑 ルチアちゃんは中学生くらいなんか
2020/01/30 16:55 退会済み
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