四百年前からの慟哭
お待たせしました!第2章の開幕です!
第1章までは2日に1回の更新としていましたが、諸事情によりこれからは不定期の更新といたします。なるべく投稿までの間が空かないよう頑張りますのでよろしくお願いします……!
その瞬間、胸に感じたのは虚無感だった。
生物にとって何よりも大切な何かが喪われる瞬間を、激痛と共に感じていた。
『ごめんなさい、本当にごめんなさい……。本当はこんなこと、したくなかったのに……』
激しい痛みと共に、誰かの烈しい悼みの声が聴こえる。
うら若き乙女の歔欷の声。これまで何度も耳にした憎らしい娘のすすり泣く声。
彼女とは何度も戦場で巡り逢い、その度に熾烈な争いを繰り広げた。互いの存在を憎み合いつつ、それぞれの背負うものを賭けて幾度も幾度も血反吐を出しながら刃を交えた。
故に、何故宿敵の終焉に歓喜せず、どころか涙しているのか全く分からない。
『こんなことを言うのは虫が良すぎるというのは分かってる。だけど、本当は私は貴方と一緒にいたかった。真祖とクルースニク、吸血鬼と人間という対立関係無しに、私自身が老いるまで、貴方と同じ時を生きていたかった』
涙とは裏腹に、彼女が手に握る刃はずぶずぶと自分の身体の奥深くに突き刺さっていく。本当に生かしたいのか、本当は殺したいのか……白い前髪で表情を隠す彼女の真意は読み取れない。
『だけど、私は運命に従ってしまった。聖女としての任務を全うして人類を救うという私の運命に従って、誰よりも――だった貴方の命を奪ってしまった。本当に、本当に、ごめんなさい……っ!』
悲痛な叫び声を子守歌としながら、重みに耐えきれなくなった瞼が閉じようとしている。ついに死の瞬間を迎えようとしているのだ。
自らの可愛い子らは無事だろうか――そんなことを最期に想いながら抗い切れぬ終焉を待っていた時、最期の瞬間くらいは存在を考えないようにしていた憎たらしい娘は、何かを希うかように、必死に慟哭の声を上げていた。
『主よ、このようなことをお祈りするのが罪だということは承知の上です。ですが、どうか、どうか――』
己の一巡目の死に際、夜の帳が下りた空では、蒼い満月が煌々と輝いていた。
まるで、天に背いた聖女の悲壮な心境などどうだっていいと、神が愛想を尽かしているかのようだった。
*****
夢の名残を感じながら、ゆっくりと目を覚ます。
現在の時刻は午前三時。まだ草木でさえも眠り続けている時間帯だ。
「……」
どうしてこのような時間に目覚めてしまったのか。そのような疑問は、今の彼の思考には存在していない。
彼の脳内を占めているのは、四百年前に自分の命を奪ったあの娘のことだけ。
ふと、脇を見遣る。都合上自室を割り与えられなかった居候の少女が、床に敷かれた布団の中で丸まって寝ていた。
その整った顔を見る度、その無防備な姿を見る度、思い出すのは過去の忌々しい記憶だった。
「……何故だ」
おそらくこの熟睡している娘には、その問いかけは聴こえていないだろう。
そして、考えてもいないだろう。彼女を見て自分が何を回想しているかなど。
「何故、貴様は悲痛な表情を浮かべながら、余を殺めたのだ……マリア」
窓の外では、自分の一巡目の命日と同じように、蒼い満月が煌々と輝いている。
あの日と同様、人類の敵に心を許した聖女に神が愛想を尽かしているのかどうかは、今の自分には分からない。




