星野さんの素晴らしき日々
人生は常に素晴らしき日々ではない。
時には脅威が襲い、絶望の底に落ちる日が来る事だろう。
しかし、時が経てば必ず素晴らしき日々は訪れる。
学校からの終わり、蒸し暑い夜の中、外を出歩くのは危険極まりない行為だった。
部活が終わり、下校時の家路につくと家はまだかクーラーはまだかとイライラし始める。
エレベーターを使い、私の家である7階まで登った所の奥に私の部屋がある。
エレベーターから遠いが、ここを選んだのには大きな理由がある。
それは――家賃が凄く安く部屋が凄く広くクーラー付きの部屋だったからだ!
「うっひょー!部屋涼しぃー!!」
部活から疲れてからのタイマー付きクーラーの風は殺人級に涼しく、この世の天国へと迷い込んだようだった。汗でぬれた身体にはキンと冷たい風が通り、より一層の風を感じて全身がかき氷で覆われたような。
この時の為だけに生まれて来たと言っても、過言ではない程だった。
「……いや、過言だわ」
私が何故、こんな苦しく暑い外で部活動をしているのかと問われれば、こんな事の為じゃない。寧ろこんな事の為だけに部活を入っていたら、私はたった数か月であんな部活を辞めている。
私があの部活を入っている理由はただ一つ
―--竜馬先輩がいるからだ。
竜馬先輩が汗をかきながらボールを打ち返す姿!汗だくの身体を拭いたタオル!華麗な動きで相手を完封する技術!
私は、そんな竜馬先輩のキラキラした空間と空気を吸い込み糧にする為だけに部活動をしている。
「ああ~…竜馬先輩今日も恰好良かった~~」
恰好良いのに気取って無くて、見た目クールなのに寡黙で、まるで高嶺の花のような先輩。
そんな先輩の姿を思い出すだけで、私が抱きしめてるテディベアのふわふわ枕は形を変え、悲鳴をあげる。
と同時に私のお腹の虫が腹の中身を食い尽くし、もっと餌を寄越せと強請る喚き声をあげる。
「…冷蔵庫、何かあったっけぇ」
親が仕送りを送ってくれるのは来週。それまでに冷蔵庫の中にあるものだけで一週間を過ごさなくては。
冷蔵庫の扉をあけると、それはそれはテレビのCMに惑わされて大量に買い込んだダイエット食品が並んでいた。
「…これ以上痩せてどうしろって言うのよー!胸減るわ!」
と、一番カロリーがありそうなプリンを取り出し、蓋を開けやけ食いする。
食べ終えてから、しまったもう少し味わってから食べれば良かったと後悔する。
…まぁいいか、もう一個くらい
と、もう一個取り出した所で、プリンの消費期限に目がついた。
「…ん?」
消費期限が、一週間前までになっていたのだ。
確か買ったのが結構前だけど、二つ一遍に買ったのは覚えているから、つまりもう一つ食べた方も――
「…ま、いっか。どうせ死なないでしょ」
もったいないので目の前のプリンも思い切って食べる事にした。うん。消費期限が過ぎているというのになかなか美味しいではないか。
日本の消費期限は消費者を心配し過ぎだと思う。物凄い過ぎていない限りは人間の腹は丈夫なのだからなんてこと無い筈なのだ。
「うん!大丈夫大丈夫」
と、私は気にせずにプリンを二個、今日の晩御飯にしたのだった。
翌日、それが原因で私の人生を左右する重要な日になる事も知らずに――――
【星野さんの素晴らしき日々】
朝日が差し込み、小鳥の囀りと自分の寝息。
そして腹に来る異様な痛みにより目を覚ます。
「…ほほう、これはまさか?」
来たか、月一。
面倒ながらも私は引き出しからナプキンを取り出し、予備も鞄に入れる。
「よしっと」
準備を整えると、冷蔵庫に入れて置いたサンドイッチとおにぎりをそのまま食し、今日の時間割の確認をする。
その時に、また異様な痛みを感じた。
…今日のはちょっとキツめかな。とお腹をさすりながら私は準備を整え家から出る。
「行ってきまーす」
誰も居ない家の中に向けて一時別れの挨拶をすると、今日の事を考えてゆっくりと歩きだした。
家から歩いて800メートル付近。
猛烈に後悔した。
私は今、お腹が痛すぎて言葉が喋れないどころか下手に動くことも出来なくなっている。
頭の中は腹のブツがどんどん流れて溜まっていく事しか考えられず、息も苦しくなる。
後ろを振り返ると、そこには私が住んでいる高層マンションがまだ見えた。
あそこまで歩いて、更に私の家は7階だ。
とてもじゃないが間に合う気がしない。
「――クソゥ!!」
ああ!駄目だ!大声を出したらまた――
更に、「クソ」なんて言ったものだから更にお腹の中が苦しく――
「はぁうっ!!」
そもそもなんだ!?何で私は腸の異常と子宮の異常と間違えたんだ!?馬鹿なのか私は!?
ああ駄目だ痛い痛い痛い痛い痛い!何で私は歩いて学校まで通ってるんだ!?学校前までバスが走ってるんだからバス通学にすれば良かったのに何で私は歩いてるんだ!?
そもそもこれは尋常な痛みじゃないぞ。どんな理由で私のこの強烈な腹痛は降臨されたのか!?
「…あっ!!!!!」
そうだ、あのプリンだ!あの消費期限が切れた元凶!プリン!あのカスタードの塊!!
あんなものを食べたから私の腹は!!何で私はあんなものを食べた!?消費期限が切れてるってわかってたのに、何で「まぁいいか」と二個目に突入した!?
ああ…!!降りてくる降りてくる!ブツが降りてくる降りてくんなアンタが完全にコンニチハしたら私の乙女は今日で終わる!!
だって、こんなに人がいるんだもの!何でかなぁ?!何で私は都会の学校を選んじゃったかなぁ!?
あんなお洒落な服屋や美味しいアイスクリーム屋さん、更には大きな本屋!
今はアイスクリームがお腹に致命傷を与える毒物にしか見えず、本屋に並ぶ本は絵のついたトイレットペーパーにしか見えず
お洒落な服屋は遠い世界のようで…って、いやいやちょっと待てちょっと待て
「トイレ…!」
そうだよ、借りればいいじゃん!アイス屋はともかく、これだけ大きな服屋や本屋なら…トイレはある!!
なぁんだ!まだHRまで時間もあるし、早くこんな所でトイレを貸しなんで9時から開店なんだこの野郎ぉ!!!!
「ガッデッ…おぼぉっ!!!」
うぅっ!一瞬安心したからか、また強烈な便意が…!!
仕方が無い…!開いてるお店を探してそこでトイレを貸し――
あった…!
そうだ…そうだよ!コンビニは24時間営業じゃん!
良かった!人類の英知は本当に素晴らしい!24時間体制で開いているコンビニを初めて作った人に賞賛と拍手を送りたいね!
手に負担をかけない自動ドアと笑顔の店員さんの笑顔。涼しい店内。
涼しい風が私の身体を冷やし、お腹を押さえれば寧ろ心地いい風がなんでトイレ貸し出しが10時からなんだよこのクソコンビニ
「お……ああああ……」
駄目だ、心が折れそうになる。
何だ?何なんだこのコンボは?神は私にここで漏らせと言っているのか?
「お客様?どうなさいました?」
後ろから男性の声が聞こえる。声からして見なりが整ってる人なのだと気づく。
振り返ると、ああ、うん。まぁ… 良い声っすね。
「なんでも…ありません……」
そう言って、私はこのコンビニを泣く泣く出て行った。
そこから300メートル歩いたところで気づく。
あそこで店員さんにお願いすれば使わせて貰えたんじゃなかろうか。
「だから…何で!今気づくのよ!!」
気づいても遅し。私の脚はどんどん学校に近づいてきている。
このまま学校までもてばいいのだが、私の腹が警告を出している。
これは学校まで持たない――と
「……くぅ!!」
強く目を瞑ると、ある事に気づいた。
周りに緑が増し、朝方なのに誰も居ないのだ。
一瞬頭の中が現在のお腹の中のようにグルグルしているのかと思いきや、違った。
ここの通学路を使う人が少ないのだ!だから今、私は人が居ない住宅街に居る!
「………」
一瞬、私の脳裏である事が過ぎった。
――――ここで野糞をするべきかどうか。
恐らく今、私は頭の中で物凄い短い時間で物凄い長い多くの事を考えている。
一度、もっと鮮明に頭の中を見る為に形にしてみよう。
私の頭の中では何人もの小さな私が円卓を囲んで座っていて会議をしている。
今、まさに「ここで野糞をするべきかどうか」という議題の下に。
「さぁ、始めようか」
「結論は決まっているでしょう!?こんな所で野糞なんて乙女として恥ずかしく無いの!?」
「しかし、間に合わず漏らすというのも乙女としてお終いでは?」
「服も汚れるしねぇ」
「漏らすのは不可抗力だからまだ許せるけど、野糞は…アレでしょ!?ほとんど自分の意志でしょ!?」
「じゃぁ貴方はう〇こが付着した学生服で登校できるのですか!?」
「そっそれは……」
「はいはい。まず何の情報も無しに議論しても水掛け論しかならないよ。まずは私、星野翔子がどんな状況なのか皆で見てみよう」
一人の小さな私の言葉によって、議論の流れが変わる。
私の脳内からプロジェクターが台車に乗って運ばれ、部屋が暗くなりスクリーンに表が映し出される。
「星野G、翔子の現在の状況」
「はいは~い。ええとですねぇ。翔子ちゃんのお腹のブツは、今ここにあって――」
「まぁ、漏らそうとしているのだから当然だな」
「そしてぇ、そのブツの量は――」
画面が切り替わると同時に、ほとんどの者が青ざめ、一人の私が唱えた。
「なっ…何だ!?これは!?こんなの…ほとんど漏らすしか無いではないか!?」
「肛門括約筋さんにも話を聞いてみましょう。肛門括約筋さぁ~ん?」
画面が切り替わり、私の腸内の様子が映し出される。
「はい!こちら肛門括約筋隊ですけども!排泄物達のクーデターがもう既にこちらまで来ております!もう既に5人がやられていて…!このままでは押し切られてしまいます!」
「…後、何分…いや、何秒持ちこたえられる?」
「分かりません!しかし、奴らの勢力は増え続け、こちらの勢力が今や劣勢!破られるのも時間の――ゴハァッ!!」
「隊長!?隊長ぉぉおお!!!」
隊長と思われし私が、奴らの手に持つブツに撃ち抜かれ、倒れる。
「すまない…私はどうやら…ここまでのようだ」
「隊長!しっかりしてください!!」
「後の事は…頼んだ……ぞ……」
隊長と思われし私は、部下と思われし私の腕の中で死に、首に力が抜け落ちていく。
「隊長っぉおおおおおお―――」
部下の私が叫んでいる途中で、映像が切られた。
「………これは、無理だな」
「はい。無理ですね……」
「……もう、脱糞しかないな!」
「そうですね!野糞しましょう野糞!!」
「それでは満場一致でここで脱糞する事が決定されました!」
「そぉーれ!脱糞!脱糞!脱糞!」
「脱糞!脱糞!脱糞!」
「ふざけるなぁぁああ―――――――!!!!!!」
考えうる限り最悪の決断方法で決まった案に、身体の元主である私は全力で反対した。
そして気づけば、住宅街を抜けそうになっている…その時に
公園を見つけた。
しかも、トイレ付きだ。
「神様……!!」
今、神が居るとしたらこの瞬間なのだろう。
いつもなら公園のトイレなんて汚いとか、臭いとかで敬遠するのだが、
今はこの瞬間、神への贈り物のように思えた。
私は走り出し、公園のトイレの中へと入る。思った程臭く無かった!個室は一個しかないけど空いてる!
個室に入ると、和式しか無かったけれども気にならない。今なら!
私は屈んで急いでパンツに手をかけようとした。その時
目の前には、物凄い笑顔で私を見るハゲの姿が見えた。
そのハゲの男子を見た瞬間、私の中の時間が止まる。
手にかけたパンツがそれ以上下ろせず、更に少しだけ便意が遠ざかった。
「あ、続けて」
私は間髪入れずにハゲの顔に蹴りを食らわせる。
だがしかし、私が蹴ったのはトイレの壁だった。
「!?」
私の脚は、ハゲの頭を通り抜け壁を踏み抜いていた。
「無駄さ」
ハゲは恰好をつけて、そのまま屈み大股を開いた私のスカートの中を見る。
「俺は、居ないようなものだからね。だから、大丈夫。心配しないで大きい方、しなさい?」
私は脚を戻し、急いでスカートを抑える。
「ほら、何してるんだ。早くしないと、漏れるんだろぉ?ここでしないで、どこで出すんだい?」
ハゲは、優しい物言いで私に詰め寄る。
「大丈夫だからほら、ここでやるんだ。俺はここに居ないようなものだから。ほら、やるんだよ早く。早く!!出してくださいお願いします!!」
私は弾けるように公園のトイレから脱出し、通学路を走りぬく。
あのハゲから逃げるように走り、走り、とにかく走る。
何だろうかあのハゲは!?私にしか見えない幻覚か何かか!?
例え存在しない幻覚だとしても、あんなのが見えるなんて嫌だ!しかもあんなのにトイレする所を見られるくらいなら死んだ方がマシだっ!!!
「本当に良いのかぁっ!?」
あのハゲがトイレの壁から透きぬけてこちらに向かい走ってくる。
ああ、あれは、あの幻覚はもしくは幽霊は私を追ってくるのか。
こんな非常時に、ああ、またお腹が痛い!こんな時にあのハゲはしつこく私を追ってくるのか!!!
「来るなぁっ!!来るなハゲっ!!!」
「はっはっはぁ!やっぱり君は俺の事が見えてるんだね!?でも大丈夫!俺は居ないようなものだから気にしないでトイレに行きなさい!」
不気味な笑顔でハゲが私の隣を並走している。よく見たら浮いているように見える。
「ほら!あそこなんかどうかな?あそこはボロボロだけど歴史を感じるトイレで今でもボットンごぶぉぶぁっ!!」
急にハゲが足元から爆散した。
爆散した足元を見ると、その家の玄関に盛り塩が置いてあった。
盛り塩を踏んだハゲは、そのまま塵となり空の一部となり消えていった。
「何だったんだ…?」
最早空の一部となり見えなくなったハゲの塵はともかく、消える間近にハゲが言っていたトイレを見てみる。
なるほど、先ほどの公園のトイレより更にボロボロだ。もう朝で明るい時間なのに幽霊が出そうだ。
「…ああ、もう駄目、限界…」
背に腹は代えられない。私は観念してそのトイレへと向かいゆっくりと歩きだした。
「くぁっ…!」
意を決して入ったのは良いが、想像以上だった。
中はガスで充満していて、壁にはありえない量の落書きがあり、個室の扉は外れて全開になっていた。
しかも和式でボットン…
「かぉ!…仕方ない。一先ずこれで我慢しよう」
一歩一歩、足元を気をつけながらつま先で歩く、トイレ的には希望なのだろうが、自ら地獄の釜に向けて歩いているようで嫌だった。
地獄の穴に近づけば近づく程、匂いが酷くなる…
「うぅぅ…」
トイレの穴から呻き声が聞こえた。
「ヒィ!?」
思わず、私は後ずさりしてしまう。
「ああぁ…た…助けて…!」
「ヒィィ!?」
地獄の穴から助けを呼ぶ声が!!
穴からドロドロした何かが跳ねる音と動く音が聞こえる…!
「け…携帯が沈んでしまって…もう…もう二日も出られてないんだ…!」
「…」
「頼む…もう…限界だ…!助けて…!」
と、とりあえず近づいて見ることにする。
人がこんな所に落ちてしまっているのなら、…私は助ける事ができないが、救助を呼ぶ事は出来る筈だ。
「あっ…あの!今からレスキュー呼びますから!ちょっと待っ…はぁぅ!」
そうだ、私はそれどころじゃなかった!!
このまま時間がかかるようならば、私はこんな汚い所で果ててしまう!
え、便器?出来るわけないだろうが!人が入ってるのにっ!
とりあえず救助は呼んでおこう。私が呼ばなかったら間違いなくこの人は死んでしまう。
携帯を取り出し、救助隊は110か117か177か迷っている時、足元に何かが転がった。
「ん?」
火のついたタバコだ。
煙を出しながら、風に押されタバコが転がる。
そのままタバコが便器の中へと落ちてゆく。
瞬間
便器の中から眩い光がーー
私は命の危険を感じて全力で走るーー
「ぎゃァァァアア!!!」
私の悲鳴と便器の中にいた人の悲鳴が重なった瞬間、年季のあった公衆トイレは爆発し、衝撃に生じた木屑は四方八方に吹き飛び、便器の中にあったブツ達は四方八方に飛び散った。
「ぎょァァァアアァァァアア!!!!」
地獄絵図に私は絶叫し走るしかなかった。
その場にいた犬の散歩をしていたおばさんと母と一緒に幼稚園に自転車で向かう親子はブツと一緒に吹き飛び、宙を舞っていた。
その上で、全身がブツまみれのサラリーマンも一緒に舞っていたが、あれが便器の中に落ちたおじさんかどうかは定かではない。
とにかく全速力でガムシャラに走った結果、今度は全然知らない場所に立っていた事に気付く。
また、人通りの中にいる事に気付ーー
「かっ…!あっ…!!」
先ほどの全速力のツケか、私の腹は疲労と先ほどの飛び散るアンモニア臭でいつもより元気に回っていた。
ヤバイ、もう、ヤバイしか思えない。ヤバイ。
もう私の頭の中ではどこで野糞をすればバレないかとしか考えられない。
…いや、もっと、もっと他にある筈だ!
私は再び、頭の中で会議を開くーー
「脱糞!脱糞!脱糞!」
「脱糞!脱糞!脱糞!」
「静粛に!静粛に!」
立派な髭を生やした私が脱糞コールを繰り返す私達を鎮める…。
「これより!第二回野糞の審議を開廷します!星野検事、裁判のあらましを」
「はい。今回の裁判は、いかに野糞をバレずに行うか、その議論になります」
「異議あり!」
セクシー眼鏡検事の私に、オールバックで目をキラキラさせた私が異議を唱える。
「はぁーおっ…!」
その大声が、私の腹に響く…
「弁護人は静粛に!危うく裁判が終わりかけましたぞ!」
「検察側の議論に異議を唱えます!ちゃんとトイレで済ませられる結末もある筈です!」
「馬鹿な。そんな結論はこの裁判には…無い!」
検察側の私が強く検察席の机を叩く。
「きょっ!あっ…!」
「検察側は机を叩かないように!今、星野翔子の腹に衝撃が届きましたぞ!」
「…いいか良く聞け弁護人。見ての通り星野翔子は人通りの多い街中だというのにも関わらず、肛門括約筋隊はほぼ壊滅…クーデターは激しさを増している」
検察側の私は再び机を叩く
「なぁ…!!」
「もうこれを収めるにはNOGUSOしか無い!!」
何だ?この検事は話を聞いてないのか?机を叩くなって言っているだろうがっ!!
「…なら、話を聞いてみましょう」
「…何?」
弁護人の私は机を叩く。両手で
「弁護側は腸内管理の星野翔子と大腸菌の召喚を求めます!」
弁護側が大声を出すと、傍聴席の私達は騒ぎ出した。
「馬鹿な!」「腸内も今出れるのか!?」
「貴様…!何を言っている!今、腸内管理が手薄になれば、最悪な結果を招くぞ!」
検察側は大声を出して机を叩く。二回も
「承知の上です。腸内管理の星野翔子に、証言をさせてください!」
弁護側の私は興奮しているのか机をバンバン叩きまくる。
こいつら…こいつら全員宿主である私のことを一切考えていないな!?
「…わかりました。弁護側の主張を受け入れます」
「!?しかし裁判長…!」
「今すぐ腸内管理の星野翔子を連れてきてください!」
「はっ!」
係官の私が思い切り扉を開け、強く閉める。
ちくしょう、あの係官後でクビだっ!!
係官が腸内管理の私と大腸菌を連れてくると、二人はやる気の無さそうにダラリと垂れた。
「…単刀直入に言おう。今の腸内はどうなっている?」
「どうって…もう綺麗サッパリですよぉー」
「…証人、綺麗サッパリとは?」
「言葉の通りっす。いやもう本当勘弁してくださいっすよー。ようやく仕事終わって帰って寝るつもりで居たんすからー」
もの凄くやる気の無さそうな腸内管理の私が愚痴垂れるように証言する。私の意思がこの場にあるならぶん殴っているところだ。
「つまり、ブツは全部肛門にあるという事か…!」
「それは…確かに隊が全滅するのも頷けます」
次に、検察側が大腸菌の前に立つと明らかに冷たい目線で話を聞き始める。
「次は貴様だ大腸菌…貴様、それ以上私達の宿主を傷つけるつもりなら、今度は白血球隊が貴様を容赦しないぞ…」
「あっ、自分大腸菌じゃないっすよ?」
「え?」
「自分、下剤っす。ついさっきまで腸内管理の星野さんと一緒に仕事をしていた所なんすよー」
法廷内がしん…と静まり返る。
「…そうか。下剤なら仕方ないな」
「裁判長!もうこれ以上の審議は必要ないようです!」
「そうですね…。では!判決は野糞!ビルの間の奥に潜り込み、持ってきたナプキンで拭きましょう!」
「異議なし!!」
「これにて閉廷!では!脱糞!脱糞!脱糞!」
「脱糞!脱糞!脱糞!」
「いやぁァァァアアー!!」
気付けば、悲鳴をあげていた。
周りの人間は驚き私の事を目を丸くしてこちらを見る。
…いや、そんな事より、なに!?下剤!!?何それ!!?!
そんな物服用した覚えがないし!何!?夢!?何を食べた!?駄目だぁ!消費期限切れのプリンしか思い出せない!!
「…プリン?」
私はふと脳裏に浮かんで震える手でスマホを起動し例のプリンについて調べてみる。
あった。
しかも、結構昔の記事。そこに、あのプリンについての謝罪会見の動画があった。
『えー、この度は、えー…、派遣の社員が服用している。えー…下剤が混入している事に防げなかった事を、えー、深くっ謝罪申し上げます』
『被害は数十件に渡るとのことですが!一体どの過程で混入したかは分かっているのですか!?』
『えーそれは、私が関与している事ではないので、えー、分かりかねます』
『職場や学校で爆発したと告白した消費者達の意見をどう思いますか!?『ポイズンミスト』や『スプラッシュボム』等というあだ名がつけられてる事も!』
『それは、えー、当社では責任を持つ義務が、えー』
『消費者ではない方からも『職場がネギトロ炭鉱になった』とか!『里中さんのお漏らしを見て僕のわかばシューターが.52ガロンになった』という声もあるんですよ!』
『それは…えー、その。分かりかねます』
マスコミが下剤を混入させた社長に我ぞ我ぞと追い込む。
その光景はまるで、私のお腹の中のようーー
「はぁぁ…んっ…!!」
もぉ…駄目っ…!!産まれるぅ!!!
今の腹痛がこの動画に映るハゲたぬきのせいだ!とか…下剤を管理しなかった派遣のせいだ!とか…
もう…もうそんなのどうでも良かった…
とにかく…、もう…出したい…!!出して楽になってしまいたい…!!
「あぶ…あぶぶぶ…!」
もう、私の声じゃないような変な声と止まらない涙で私の顔はめちゃくちゃになっているのを全身で感じた。
一歩歩くごとに腹に波紋が広がるように痛みと気持ち悪さが広がり世界が歪んで見える。
気付けば橋の上にまで来ていた。
先ほどの街中と比べて人が少ない。たった、たったそれだけの事で心の底から安心している私がいる。
ああ、もう私はここで果てるつもりで居るんだぁ…!
涙が止まらない。ごめん、ごめんなさいお父さんお母さん私、星野翔子は今日を限り乙女を散ります。
多分、出した後私は猛烈に後悔するのでしょう、でも、もう無理です。駄目です。限界です。
肛門括約筋隊はたった今全滅しました。この後、クーデターが閉じた門をこじ開け決壊させていくのでしょう。
「大丈夫じゃよ。肛門括約筋隊はまだ、23期生が居るからのぅ」
気付けば私は、再び私の頭の中にいた。
小さな私が全員、蝋燭を手に取り天井画に描かれた神様の私に向けて祈りを捧げている。
その中心に居た長老の私は、論すように私の前に立ち優しい声をかけてくれた。
「貴女は頑張った。もう十分に頑張ったよ。」
「大丈夫。人生、一度や二度は失敗するものさ」
「大事なのは、その失敗をどう活かすかじゃよ」
神様の後ろから、三大賢者の私まで現れてくれた。
ーーそうだよね。もう、頑張ったものね。私。
もう…いいよね?
「ああ、出してしまいなさい。大丈夫。皆、見て見ぬふりしてくれるさ」
「下手をすればツイッターや まとめサイトに晒されるだろうが、人の噂も75日じゃゆ」
「クラスにバレても…たかだか三年の関係じゃ。大丈夫、問題ない」
…そっか
じゅぁ…いいよね。
全ての乙女を破壊して、全部ぶちまけてもいいよね。
そう、フッと全身の力を抜いた時、私の後ろで声が響いた。
「…星野さん?」
竜馬先輩の声だ。
先輩の声が、後ろでーー
「どいてどいてぇぇ!!」
振り返った時、また後ろから声が響いた。
更に振り返ると、台車に乗ったワンピースの女の子が坂道下りこっちに来ていた。
全身に力を入れず、ふんばりすら無かった私の身体は台車に激突したと同時に身体は宙に浮き
そのまま橋の下の川に落ち、大きな水しぶきと音が辺りに響いたーー。
川に流れ、ぷかぷかと浮かび流されながら私は空を見上げた。
とても綺麗な青空だった。もうこれ以外何も見ていたく無かった。
「…はは」
力を抜いた瞬間、少しだけだが決壊し私の乙女にヒビが入り始めていた。
その瞬間を、先輩に見られた。
そして今、私の下半身から下は決壊した私の乙女が流れ出ている。
「はは、ははははは…」
どんどん水に流され綺麗サッパリ消えてゆく私の乙女と川の流れで綺麗になる私の衣類とパンツと乙女
「あはは!あははははははは!はは!ははははは!!」
物凄く綺麗になった。綺麗サッパリになりスッキリして、今までに感じた事のない開放感と快感が私を覆う。
だけど何故だろう。涙と笑いが止まらない。
そんな幸せな感情が重すぎるのか、私の体はどんどん川の底へと沈んでいった…
「星野さん!!」
竜馬先輩の声で目を覚ました。最初は死に間際に聞こえる幻聴かと思い、ゆっくりと瞼を開ける。
私の目の前には、いつも部活動で見ていたイケメンのどアップがあった。
「…だぁぁあ!?」
思わず驚き、そのまま後ろに退がり距離を取ってしまう。
「あっ」
そのまま後ろに倒れ、また川に落ちーー
「危ない!」
ーーる事なく、私は竜馬先輩に抱きしめられる…
…って!?うぉぉ!?抱きしめられている!?竜馬先輩の硬い胸板ガッシリした肩と腕いい匂いいい匂い濡れたシャツに垂れた前髪…濡れ?
「…せ、せせ先輩!?ももしかして、あの…!」
「えっ?ああ、その…大丈夫…だったかな?」
竜馬先輩のびしょ濡れの格好、これは、まさか…先輩は私のために川に飛び込んでくれた!?
わ、私の為に!?
「…あっ」
そういえば、川の中で乙女を散ってしまった事に気付く。
そして、その川に飛び込んだ先輩…まさか
「ええと…星野さん?」
「あっ、ひゃい!?」
「その…どうして学生服なのかな?今日って、祝日だよね?」
祝日
先輩がそう言った事で、私の頭の中が再びぐるぐるしだす。
「…あ!!」
そうだ…そうだよ、今日は学校の設立記念日で休講なのをすっかり忘れていたよ!?
私の頭の中で、更にショックの鐘が響く。
「あと、それと…あっ…」
「…あっ?」
「い、いや、何でもないよ」
先輩はそう言って私から目を逸らした。
そこで私は気づいた。気づいてしまった。
あ、これ知ってるな。私が川に乙女をぶちまけてもしまったの知ってるな?
そりゃあ、知ってるよなぁ!だって、川に飛び込んだんだもの!色とか変わってたよなぁそりゃあ!
「は…はは」
気付けば、再び私は乾いた笑いが出てきた。
「…は、ははは」
先輩も、気まずそうに笑う。
「…あはは、あはは〜」
「はは…ははは…」
「あははははははは〜ははは…」
「はははは…ははははははは…」
「はは…うぅ…うぇ…うぇええええええん!!!」
「!」
笑いの後に、遅らせながら涙が溢れた。
なんだろう、何か馬鹿らしくて、自分が嫌で、涙が止まらない
「あぅぅ…ヒグッ、なんで…なんでわだじだげぇぇええ」
「あ、あと…えっと…」
涙が溢れて止まらない私の様子を見て、先輩は慌てふためきオロオロしだす。
先輩にこんな気を遣わせる私が一層嫌いになった。
とりあえず私をこんか目に合わせた脳内検事と弁護士はクビにして、諦めて野糞しろと言った奴も解雇してやる。
せいぜい就活を頑張る事だな!私は一切フォローなんてしてやらない。せいぜい泣きを見ると良い。
「星野さん!」
竜馬先輩の声で、再び正気に戻った。
「…そ、その。僕なんかが出来る事なんてたかが知れているけど…その…えと…星野さんが泣いているのは、僕のせい…だよね?」
「…」
それは違うよ!とは、言えなかった。
いや事実なのだが、涙と喉がガラガラで声が出ない。
「だ…だから!その…僕、星野さんの言う事、何でも一つ聞いてあげるよ!」
「!」
「それで罪滅ぼしにはならないかもしれないけど…でも…」
私の脳内で、人生最大の会議が行われたーー
「言ってやれ!「貴方のことがすきです」と言ってやるのさーー!」
「待った!先走れば先に見るのは自滅!もう少し様子を見る為にも一度家にお邪魔するのがーー」
「異議あり!!」
「そんなもの…彼女になればいくらでも出入りできるでしょうがぁー!!」
「馬鹿野郎!これは人生最大の決断だ!もっと慎重に事を運ぶべきでーー」
「問題ないでしょうーー」
「!!…長老!!」
「断言しましょう。今ここで告白できなければ、一生告白する機会は失われる」
「竜馬先輩を狙う輩は多い。今ここで手に入れなければ、間違いなくその間に横取りされようーー」
「しかし!」
「…思えば、今日は散々な一日でしたなぁ」
「便意に襲われ、ハゲにパンツを見られてトイレが爆発したり挙げ句の果てには先輩に世界一恥ずかしい瞬間を見られたり」
「すでに不幸のどん底に落ちている…貴方は、これ以上不幸になりますか?」
「!」
「大丈夫。行きなさい。私達はこの宿主の事を誰よりも分かっているのです」
「自分を信じて、前に進みなさい。もう、早急の難は去ったのですから…」
「…告白!告白!告白!」
「告白!告白!告白!」
「告白!!告白!!告白!!」
「みんな…」
ありがとう…私の中の小さな私達。
おかげで、勇気を貰えました。お互いびしょ濡れ同士、お似合いかもね
「…あ…え…」
でも…ごめん。全然声が出ないや
「うん。…何だい?」
星野くんが、優しく微笑む。
その笑顔を見て、私の中の小さな私達の歓声は大きくなった。
「行けー!」「頑張れー!!」「クビにしないでぇー!!」「告れー!!」
私の中の応援の声が私の羞恥心を削り取り、私の口と体が動くようになっていくのを感じる。
「せん…ぱ…!!」
私は、先輩の手を掴み、先輩の手を見ーーじゃなくて、顔をーー見るっ!!
「…星野さん?」
先輩の顔を見て、私は言ってやった。
私の中で満場一致。最終審理も過ぎた最高の判決結果をーー
「好きです!!付き合ってください!!!」
私の声が河川敷に響き渡ると、次に沈黙が流れた。
そして暫くして、先輩の顔がみるみる赤くなっていくのが見える。
私の顔も熱を帯びていた。何を言ってるんだ私は
「…あっ!ええと、あの…」
何か、何か言わなければ!最悪、これは冗談でした!で済ましてしまえば良い!
とにかく今!今今今はこの状況を解決するのが先決でして、本当は家に連れて行って貰ってからタオルとシャワーを貰って先輩の部屋にお邪魔して二人きりになった時に告白しても遅くなかったわけでーー
先輩が、私の手を握り返してくれた。
先輩は、とても恥ずかしそうに、答えた。
「…こんな僕でいいなら…よろしくお願いします…」
時間が、止まった。
いつも何かしら騒がしい外の喧騒も、私の中の皆も沈黙していた。
「……おー」
私の中の小さな私が、小さな声をあげた
「おー」
「おぉー…」
「…ぉぉおおおおおおおおー!!!」
私の頭の中の会議室は大騒ぎになり、皆がシャンパンのかけあいやら色鮮やかな風船が飛び交う。
お祝いの垂れ幕や紙吹雪までもが飛び交い、検事も弁護士も狂ったようにはしゃぎ出す。
皆が皆、宿主である私の事を祝い喜んでいた。
私の目から、祝い過ぎて出しすぎなシャンパンが流れ出てくる。
このままだと、私の中の歓声まで外に漏れてしまいそうだった。
「…なんだか、変な気分だね…あはは」
照れ臭そうに笑う先輩の顔、私はそんな先輩の顔が私の物になったのが嬉しくて、胸の中の機動室の皆まで騒ぎ出して、
私は先輩の手を強く握り、そんな先輩の笑顔に口づけをした。
瞬間、私の中で、大きな花火が上がった。
花火は私の中を超え、この広い青空を太陽に負けないくらいに輝き彩った。
これから先、これ以上に美しく大きな花火が何度も上がるだろう。
この、私の素晴らしき日々を祝う記念火が、私の頭から漏れ出して、何にも変えられない幸福感と快感が私達を覆うのだ。
【星野翔子の素晴らしき日々…終】
これは、今を生きる僕の話じゃない。少し時間を遡る二人の話だ。
僕は小さい時から友達が少なかった。いや、居なかったが正しい。
誰も僕に話しかけようとはせず、男子からも何故か嫌われて居た。
そんな自分を変えたくて、高校に入ってからはテニス部に入った。
運動するのは嫌いじゃなかったので、すぐにレギュラー入りを果たして顧問の先生からも褒められた。
女子のお友達も出来た。でも、何を話せば良いのか分からず何も言えなかった。
男子からは相変わらず嫌われて、合宿の通知でさえ聞いてくれなかった。
これでは、中学の時と一緒だ。
そう思いながらも、自分を変えられない僕が嫌になる。
だけどある日、僕にとっての転機が訪れた。
テニス部の女子練の更衣室前で、全裸で黒い股間当てを装着していたハゲの男子生徒が居た。
「何を…しているの?」
僕がそう言うと、ハゲの人は振り返り、僕に向けて微笑んだ。
「見れば分かるさ」
ハゲの人はそう言って、ラジカセを再生してリズムに乗り出した。
歌が続き、サビまで来た所でハゲの人は股間当てを前後に振り回し、歌に合わせてリズミカルなテンポで股間当てが音を鳴らす。
女子練の更衣室に向けて、何も言わずにひたすら股間当てを前後に振り回す。
まるでその光景はエレクティカルなコミュニケーションで
僕の引き裂かれたイマジネーションが新しい姿を見せているようで
その姿は、誰にも邪魔させる事を許さないーー
今、ここには二人だけのシグナルが存在し
周りの喧騒なんて消えてしまいそうだーー
彼の名前は、井沢龍太郎。僕の初めての、親友だった男だーー
続く