眼亜裏栖様の素晴らしき日々
素晴らしき日々とは、全てが有意義な事ではない。稀には無意味なものも必要だ。
だが、無意味な物が与える影響は強くなく忘れられ消える物が多い。
逆に、全く必要の無い、存在するだけで誰かに害をなす素晴らしき日々も存在する。
素晴らしき日々とは、全てが有意義な事ではない。稀には無意味なものも必要だ。
だが、無意味な物が与える影響は強くなく忘れられ消える物が多い。
逆に、全く必要の無い、存在するだけで誰かに害をなす素晴らしき日々も存在する。
初めて踏む地、初めて見る風景、そして新しい寮。
全てが俺の住んでいた世界とは違う。まるで違う人間が作り上げたようだ。
大きな荷物を寮に起き、必要最低限の物を持ち外を歩くと隣の住民に声をかけられる。
「もし、そんな所に荷物を置いといたら空き巣に物を取られるよ」
隣の住民は心配そうに俺に忠告をしたが、それはいらぬ世話ってものだ。
「安心しな。俺の部屋には――鍵があるんだからよ」
そう返答すると、隣の住民は信じられないような顔をして俺の顔をジロジロ見る。
「いやはや、素晴らしい。鍵をそのような使い方をするのは貴方が初めてだ」
「初めてって、それが普通だろ」
「いやいや、その鍵さえあれば何でも収容し守る事ができます」
全く、大げさに言う爺さんだ。こんなの、俺の世界では何て事無いっていうのに。
やれやれ、この街の人間はまだ鍵という文化が根付いていないようだな。しょうがない。
俺が一から教えて行く必要がありそうだ。全く、時間がかかる。
鍵を閉めて外を出ると、外には大都市とも言えるように馬鹿でかい建物や建物に組み込まれたテレビとやらがある。
「凄いな…どれもこれも俺が発明したものばかりだ」
電気信号を繋げて青色と赤色と緑色を使って多種多様の色を発させ電波に乗せて放送させるテレビというもの。それが今や進化してこのようなものに応用されているとは。
人間の進化というのは関心できるものがある。まぁ、この発想も俺が数百年前に考えついたものなんだが。
≪さぁ!124時間テレビももうすぐ終盤!キングオブザコメディの高橋健二さんの1220キロマラソンもラストスパート!≫
どうやら、テレビには124時間テレビが放送されている最中だそうだ。
≪健二さん頑張ってくださーい!後143キロです!ラストスパートですよ…あ、あら!?あれは何でしょう!高橋健二さんの横に並走するように女子高生のパンツが!≫
マラソン走者の横で、パンツが宙に浮いて並走している。
≪これは凄い!奇跡です!高橋健二さんの横で女子高生のパンティーがっ!高橋健二さんと競争しているかのようです!あっ!今パンティーが健二さんを抜きました!≫
…どうやら、この街は予想以上に狂った状況になっているようだった。
これは俺がなんとかするしかないかもな。やれやれ、面倒事は嫌いだってのに
≪パンティーが健二さんの前に出たー!凄い!まるで健二さんが女子高生のパンティーを追いかけてるようです!健二さんも心なしか良い笑顔です!!≫
瞬間、俺の目の前で女が息を切らして走っている。
何かに追われているのか、完全に怯えきっているような顔だ。やれやれ、やっぱり面倒事の方から来るのだな。と俺は深くため息をつく。
「…ったく、しょうがねぇな。おい、何の用何だ?」
「――はぁ!?何だお前話しかけんな!今私はそんな状況じゃねーんだよ!」
女は興奮しているのか、俺に話を吹っかけてきたにも関わらず偉そうだった。こういう女は苦手なんだが…
「ヤベーんだよ…とにかくやべぇんだよ!小屋が爆発してド●えもんが出てきて来栖川がおかしくなって…あー!もう!!」
女は癇癪を起してウロウロし始める。落ちつけ、落ちつきのない女は一兎も得ないぞと言おうとしたところ、更に後ろから明らかに不良の男が何人か来た。
「やべぇ!マジやっべぇええ!!やべ!やっべぇええ!!やべ!やべぇえええ!!!」
あからさまに頭の悪そうな奴だ。全く、どうしてこういう馬鹿な不良は問題ばかり起こすかね
「おいお前、おいお前だよお前」
「ああ!?何だてめぇこっちはそれどころじゃねぇんだよ!タイムマシンが爆発してドラ●もんがぁああ!!」
「なんだなんだ。物騒だな。俺にはお前がピーチクパーチクで何言ってるか分かんねぇんだよ」
「いやだから!お前も逃げた方が良いぞ!向こうからあの化物が出てき―――」
急に、目の前の不良は動きを止め、目の色を変えた。
――ああ、やはりか。全く、今日はゆっくりとこの地で初めての夕飯を食おうと思ってたのに
「おいおいおいおいおい、てめぇ俺にそんな口聞いても良いのかなー?あーん?」
全く、相変わらず頭の悪い煽り文句だ。
「へっへっへ…おい、その女を今すぐ俺に渡しな、てめぇなんかには勿体ねぇだろ?なぁ?」
「…悪いが、お前の言う事なんかピーチクパーチクで全く聞こえねえんだよ」
「あん?」
こういう奴は一発殴って黙らせる方が良さそうだ。
「お?やる気か?その細い腕で俺を倒せるかな?俺は柔道562段の超優秀な奴だったが、誰もかれも弱過ぎてイライラしてたところあんだよ――」
俺はそいつの鳩尾を狙い、一発撃ち込む。
そいつは鳩尾を打ちこまれたと同時に、何が起こったのか分からないように鳩尾を抑え転がる。
「が…あっ…!?なっ…何を…しやがった…!!」
「知りてえか?…ふん、頭の悪いお前には分からないだろうが、鳩尾を打ったんだよ」
「鳩…尾……!?」
「喧嘩するなら覚えておいて損は無いぜ。急所の一つだ」
俺は丁寧に教えてやると、相手の不良は「クソが」と悪態をついた後に倒れ、くたばった。
後ろに振り返ると、女は呆然と俺の方を見ている。
「おら、片付けてやったぜ。もう安心だ」
俺がそう答えると、女の目の色が変わり、女は笑顔となり俺にいきなり抱きついてきた。
「うわぁああーん!!政継様ぁ!怖かったですのー!!」
「なっ!てめぇ…どうして俺の名前を!」
「政継様はこのあたりでは超有名人ですの!だから皆知っているんですの!」
しまった、俺はそこまで有名人になっていたのか。
やれやれ参ったな。これではこの街でもゆっくりできそうにないじゃないか。
「あっ…貴方はもしかして、政継様ですか?」
「そうだけど?」
「ああ…!ま、政継さま!本物の政継さまだ!」
周りに居たこの街の住民のほとんどが、俺が居るやいなや興奮し凄い勢いで俺の周りだけ人口密度が高まる。
「おい!やめろ集まんな熱いだろうが!」
「そうですのー!政継さまから離れるですの!」
「ええい!お前もだ!」
全く、このままだと身動きすら取れねぇ。なんとかならねぇものか。
だが、人気があるいという事は俺が頼られてるって事だ。俺の力の証明にもなる。これは悪い事では無い筈だ。
「政継様!お願いがあるんですの!」
「ん?」
なんだこいつは、ついさっき助けてやったのに、また助けてと言うつもりか。何て図々しい奴だ。
だが、まぁいい聞いてやろう。
「先ほどのチンピラのクズ野郎だけど、そいつらのボスが居るんですの!もっと酷い奴ですの!」
ほう、あのクズも大概だけど(まぁ結構なザコだったが)
それよりも酷い奴が居るってのか。そりゃぁ…
「倒しがいがあるな…」
「ですの?」
「いやなんでもねぇ。言ってみろ」
「そうですの!そいつの名前は”森嶋明弘”って言う奴で、私を襲ってきた奴もそいつの手下なんですの!」
森嶋明弘?なんとも普通の名前だな…。
だが、悪人に名前も何も関係ない。全員平等に悪人だ。
「まぁ、暇だし良いよ別に」
俺の適当な返事に周りの全員が歓声をあげて、隣のですの女は俺に抱きつきスリスリしてきた。全く、適当な返事だってのに現金な奴らだな
だが、森嶋明弘…
あんなザコの親玉だというのだから、今回も楽に事が運びそうかな?
「うるさい!考える事に集中できないだろうが!」
歓声が煩いので黙らせようとしたら、全員が一瞬で黙った。
よし、これでいい。
さて、適当に返事はしたものの、仕事は真面目にこなさければならない。
「まぁ、戦ってる最中に考えれば何とかなるだろ」
俺がそう言うと、全員が目を丸くした。
「さすがだ…!戦ってる最中何て俺は怖くて何も考えられないのに!考えて戦うなんて!」
「何て知的な人ですのー!」
また再び周りの人間は騒ぎだした。これじゃぁ無限ループだ。
とまぁこのように、この俺 眼亜裏栖政継は常に面倒な事に巻き込まれる普通の人間だ。
俺は生まれつき誰かを洗脳しているかの如く好かれる。その逆もしかりだ。やれやれ。
嫌われる奴にはとことん嫌われる。ま、そのおかげで煽りも効くから楽に倒せるんだけどな
【眼亜裏栖様の素晴らしき日々】
さて、建て前でも森嶋明弘を倒してやると言ってやったのは良いものの、そいつが誰なのか、どこに居るのかは分からない。
「森嶋って奴は、私達の通う学校で教師をやってるんですの!」
と、八重という女は俺に森嶋の情報を分かる分だけ教えてくれた。
八重が言うには、その森嶋という奴はどうにも悪い奴らしい。
見た目はイケメンで誰にも優しくしているが、つい先ほどまで小屋で友人と遊んでいた所、妙な姿かたちをした召喚獣を連れて小屋もろとも滅茶苦茶にしたらしい。
今でも小屋は燃え盛り、その残骸があるとの事なので一度調査をする為に現場へと向かっていく。
「この山道を登ってから、下に降りて行けばその小屋まですぐですの!」
と、八重はぴょんぴょん跳ねながら山道を登っていく。
八重が言うには、安全な山道を登った後に下り道を下れば小屋まですぐだという。
俺は、八重の進む山道から外れ、草木のある道へと進む。
「あれ!?政継様!そっちは道と離れてるですの!?」
「わざわざてっぺんまで登らなくても、こっちからショートカットすれば近いだろうが」
そもそも何故誰もがそんなまどろっこしい道を進むのか理解できない。確かに草木が邪魔で進みにくいが…
「皆が皆、俺が進む道を歩いていけばいずれ道ができる。それを獣道って言うんだぜ」
「……えっ?」
八重は、まるで聞いた事が無いように驚いた顔をして俺の顔をまじまじと窺う。
「ん?どうした?」
「あっいえ…。びっくりしたのですの。そんな方法があって、そんな名前があったなんて今まで知らなかったから…」
おいおい、さすがにこれじゃぁ先が思いやられるぜ。全く、ここに居る奴らは馬鹿ばかりで困る。それとも俺が天才すぎるからか?
「それじゃぁ今から皆に伝えてくるのー!そして皆で政継様の進む道を歩き続けて道にするのー!」
「おい、まずは俺を小屋まで案内せー!!」
「んはっ!そうなの!すっかり忘れてたのー!」
やれやれ、どうやら今回はこいつが馬鹿すぎる故の所為だったようだ。
八重が連れてきた小屋まで近いのか、焦げ臭い匂いが辺りを漂う。
「…もうすぐですの」
八重が、マジな顔で前を見据え、匂いのする方へと睨む。
草木を分けて俺も小屋を目指し歩くと、そこには―――
「うわ…これは、ひでぇな」
想像以上に悲惨な事になっていた小屋があった。
もう燃えてこそないものの、煙はまだ少し立っているようで近くには森嶋の手下であろう不良どもが何人か倒れていた。
「火があまり燃え広がってないって事は…爆発があったって事なのか?」
「え!?政継様どうして分かったのですの!?」
「簡単な事だ。意外な事かもしれないが火は爆発で消えるんだよ。そして大規模な木屑の広がり、誰が見ても爆発があったと一目瞭然だ」
八重は関心するように爆発で吹っ飛んだ小屋を見つめる。
「…もう、森嶋も居ないようですの」
「ああ、そのようだな」
しかし、一つ不可解な事がある。どうして、森嶋は手下である不良まで手にかけたんだ?
「森嶋は、私達と一緒に自分の仲間も見境なく攻撃し、爆発を起こしたのです」
「そうか。…だから、手下である筈の不良までもが倒れているんだな」
「…………」
八重は、今や廃屋となった小屋を見つめる。
「…来栖川ちゃんと萄夢ちゃんも…もういないですの」
「森嶋って奴に、連れていかれたのか」
「うん…多分、そうなの」
八重は確信を得るように頷いた。なんとも胸糞の悪い奴であり、計算高い奴でもあるな。
このまま来栖川と萄夢という奴を人質に取れば俺が襲えないと思い浚ったのだろう。
これはイザという時の為に必殺技を隠した方が良さそうだ。
「面白ぇ…やってやろうじゃねぇか」
この悲惨な現状を見て、俺は小さくつぶやく。
「政継様…?」
八重は、心配そうに俺の顔を窺う。おっと、どうやら俺はまた笑っていたようだ。
こういう屑をどのように倒してやろうかと考えると楽しくなる。俺の悪い所だ。
だが、良い所でもある。何故なら容赦なく敵を屠る事ができるからだ。
これから始まる、知能比べの頭脳戦、バトルは俺の気分を高揚させる。
さぁ、始まるだろう俺の素晴らしき日々に期待を寄せて、俺はこれからの戦略を練る為に笑いに笑った。
翌日、授業の準備をして朝食を食べた。今日の朝食はコンビニ弁当だ。
コンビニ弁当を馬鹿にする者も居るが。手作り料理が良いとかほざく奴はコンビニ弁当の栄養管理を馬鹿にしている。
好きなものを放りこんで肉しかなかったり卵しかねぇ朝食よりも、色々入ってるコンビニ弁当の方がずっと栄養があるに決まってるのだ。
食い終わりゴミを窓から捨てる。別に面倒だから捨てているわけではない。窓の下にはゴミ捨て場があるのだ。
俺がこの部屋を選んだ一つでもある。部屋を決める際は自分のポリシーを信じれば確実だ。
朝食を食い終わり、玄関から部屋を出ると目の前には八重がにこやか笑顔で立っていた。
「政継様!一緒に登校しましょ!」
「何故ここが分かった?」
「ずーっとここで張ってたんですよ!すっごく寒かったんですから!」
本当に、こいつは馬鹿だったんだな。と俺はため息を吐いた。
しょうがないから、こいつと一緒に登校してやるかと俺は歩く。
「ああん、置いてかないでくださいですの政継様ー!」
「俺と一緒に登校したいんだろ?じゃぁ俺の歩幅に合わせろよ」
何故俺がこんな頭の悪そうな女に合わせなきゃいけないんだ。全く。
八重は「むぅ」と言いながらも、俺と歩幅を合わせようと早歩きした後、俺の腕に抱きついてきた。
「おっ…おい!」
「へへーん!これなら政継様も私の事を考えて歩いてくれるですの!」
しまった。俺は思っている以上にこいつの事を侮っていたようだ。不覚だ。確かにこのままでは一緒に歩くしかなくなる…
「そうじゃなくて…恥ずかしいから離れろ!」
「やっだもーん!」
そう言って八重は舌を出して俺に向けてアッカンベーをした。
かなりイラついたが、しょうがないとため息を吐いた後に俺は再び歩き出す。
全く、俺はとんでもない女に好かれるな。と、ほとほと自分の女運の悪さに嫌になる。
八重に街を案内されて、ようやく学校に着く事ができた。
ほぼギリギリだ。こんな時間になるまで俺を連れまわした八重をド突いてやろうと思ったが。
「へへーん!政継様とのデート、楽しかったですのー!」
と、全く反省する気配が無い。
だが、HRまで後数分は時間がある。間に合っただけまだマシだなとため息を吐く。
やれやれ、前途多難とはこういう事か…。
「ああーん!?てめぇ何してくれとんじゃオラァ!!」
「はぁぁん!?だから!ちゃんとしてやったろうがゴラァア!!」
…と思った傍から。またトラブルの元らしき奴らがいる。
そこに居る二人は、お互い睨みあい赤髪のヤンキーがビニール袋を引っ提げてる。
「俺が買ってこいゆうたのはアンパンやっつってんだろうがぁああ!?」
「だから買ってきたゆうとるやろがぁあい!!」
「てめぇが買って来たのは白アンやろうがぁ!?コシアンならまだ分かったわ!俺はつぶあん以外認めないけど分かっとったわ!でも、お前の買ってきたのは白い奴やろがぁあ!!」
「俺は白アン以外のアンパンは認めてないんじゃぁ!!」
「舐めとんかオラァ!それが冗談じゃなかったら逆に凄えぞお前オラァア!!」
「やんのかああ!?」
「やってやんよおらぁああ!!」
「コラッ!君達何をしてるんだ!」
横から、生徒指導らしき先生が割って入る。
「あっ先生!ちょっとこいつに言ってやってくださいよ!こいつ、アンパン買って来いって言ったのに白アン入りのパン買ってきたんすよ!!」
「だから、それもアンパンゆうとるやろがぁああい!!」
「全く…お前らそんな事で喧嘩するんじゃない!これをあげるから、喧嘩は止めるんだ!」
生徒指導の先生はそう言って不良二人に袋二つ渡す。
「先生…これ、クリームパンやろがい!!」
「こっちはカスタード入り!先生!これアンパンでも何でもないやろがい!!」
「そうだ!」
「俺達はアンパンが食べたいんっすよ!なのに、クリームとかカスタードなんて女が食べそうなものを――」
「黙れ!クリームとカスタードに比べたら、アンコなんて甘いう●こだ!だから、喧嘩なんてやめて、早くHRに向かいなさい!!」
生徒指導の先生はそう言って、持ち場に戻っていく。
その様子を呆然と不良二人が見送った後、再びお互いは睨みあった。
「おい下村ぁああああ!!」
「なんじゃぁあああああ!?」
「さっきは悪かったなぁ!!」
「俺の方こそ言い過ぎたわぁ!!」
「あの先公クソだなっ!!」
お互いの睨みあいと罵りあいは止まない。
やれやれ、このまま続くと入学早々治安の心配に頭が痛くなりそうだ。
ここは、俺が何とかするしか無さそうだ。
「あ?おいお前見ない顔やなぁ!どうしたぁ!?迷子かぁ!?」
「ちょうど良かったわぁ!クリームパンやるわぁ!!捨てるつもりだったから―――」
二人が俺の顔を見た瞬間、急に動きを止め眼の色を変えた。
瞬間、奴らは手に持っていたパンを握りつぶし俺を睨みつける。
「おいおい政継ぅ!!なんだぁ?その後ろに居るまぶい女はよぉ…!?」
「ちょっと、俺にもヤらせろよぉ…フヒヒ…!」
奴らはゲスイ眼で後ろに居る八重に眼をつけた。
この眼の色は…間違い無い。昨日倒した不良と同じ目だ。
つまり…森嶋の手下だ!
八重は怯え、俺の後ろに隠れる。後ろからでもブルブル震えているのが分かる。
「政継くぅん!分かってるよなぁ…?俺達は上等人間でお前は下等人間…!つまり、お前は俺達に搾取される側の人間なんだよ」
「おいおいおーい!早くしろよ政継ー!早く俺達にその女を俺達に渡せよぉ!!中古にしてやっからよぉ!?」
下衆が…
どうやら、森嶋と言う奴は俺の想像以上に下衆野郎なのだろう。
後ろに居るあの小屋の大爆発の生き残り…八重まで始末しようと考えているなんてな
「………が」
「あ?」
俺の後ろで、八重が小さくつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。
「あんた達ウジ虫が政継様どころか私の視界に入る事すら汚らわしいですの。そもそもてめぇらみたいな短小●●●で私を満足できると思って?無理に決まってんだろ。だってアンタ達は短小包茎ですの。それに、私の初めては政継様って決まってるんですの。ゴミ虫はとっとと消えて欲しいですの。私の視界には政継様しか見えなくて十分ですの」
「なっ…!」
八重の言葉で、不良の二人はプルプル震え顔を真っ赤にして俺を睨む。
やれやれ、何故本音を言った八重でなく俺を睨みつけてきたのか。俺へのコンプレックスからだろうか?まぁ、そんな顔では仕方ないだろうな。
「…よぉーし分かった。じゃぁ…無理やりにでも犯ってやるよぉ!!」
「!」
俺は、ファインティングポーズをして相手の動きを見切る為、眼に集中力の全てを発揮させる。
奴の動きが見える。――やれやれ。無駄な動きが多すぎるじゃないか。これじゃぁ眼に集中させるまでも無い。
ちょちょっと避けて、空振りした隙に脇腹を打っておしまいだ。
俺は、奴の無駄な動きが多すぎて避けやすい蹴りをさも当然のように避け―――
「ゴフォォッ!!」
なっ―――
奴に脇腹を打ったと思ったら…何故か俺の脇腹に強い衝撃を受けた。
その強い衝撃のまま、俺は吹っ飛び玄関に突っ込んだ。
玄関のガラスが爆発したように散らばり、俺は下駄箱にぶつかり、下駄箱はドミノ倒しの如く流れるように倒れて行く。
俺の吹っ飛ぶ勢いが死んだと同時に、倒れた下駄箱にある物がぶつかり、宙で回転した。
台車だった。
そのまま台車の車輪側が床に見事に着地しそのままどこかへと転がって行った。
…台車?何故、台車がぶつかってきた?
「政継さまぁあああ!?!」
八重が、大声をあげてこちらまで駆け寄ってくる。
先ほどの不良二人の横には、そのまま見事に着地した女が――
綺麗な剛毛の髪と、揺れる大きな胸が太陽光で輝き不良二人に向き直る。
「……下村ぁあー!!」
「あっ!?…あっ!?何だてめぇは!?」
「下村ぁ!お前…最後の一個の白アンパンを買ったようだなぁ!!」
「何の事だ!俺は政継の野郎を……ん?……あれ?政継?」
「え?…政継って、誰だよ?」
不良の二人の眼の色は変わり、先ほどの事を完全に忘れているかのようだ。
まるで、先ほどまで誰かに操られていたように――
「最後の白アンパンを…私のこの山田さんパンと交換してください!」
「ん断るぅ!!」
「なっ…何故だ!こんなに、こんなに山田のパン屋のご主人の顔にそっくりなのだぞ!!」
「気持ち悪いくらいにそっくりだからじゃぁ!!それに…それ、あんまり美味しくなかったっ……!!」
不良の二人は、申し訳ないような顔になりながらも断固として拒否の意志を見せていた。
その意志を見て、剛毛の女は泣きそうに悔しそうな顔をしていた。
「くっ…!私は…私はこの脂ぎったオッサンの顔をお昼にムシャムシャ食べなくてはならないのか…!?」
「――てかさ!そもそも何でこんなパン買ったんすかお前!?」
「安かったんだ…直径三十センチもあるこの山田さんパンは7個の抱き合わせで5円だった…!こんなの…こんなの買わないわけないじゃないか!!」
「馬鹿野郎っ!本当に美味しくなかったんぞこれぇ!炊いた米に殺虫剤とケーキを混ぜたような味がしたんじゃぁ!!」
「ああああああああああああああああ!!!!」
不良前に居た女は泣き崩れる。
あいつらが泣かしたのか…。これは、制裁が必要みたいだ。
見ず知らずとは言え、あのクズ野郎共がどのようにして剛毛の女を泣かせたのか想像がつく。
どのようなゲスい事を言われたのだろうか。想像するだけで反吐が出る。
俺は、不良と女の元まで一歩一歩踏みしめて歩いていく。
「おいクソ野郎」
俺が奴らにそう言うと、三人は一斉に俺の方へと向き直る。
「お前はさっきの…ふふっ、クリームパン、どうだった?アンパンと比べたらクソだったろう?」
「馬鹿、まだお昼じゃないだろ!全く、下村は馬鹿じゃな―――」
再び、不良二人の眼の色が変わった。
「…ふっへっへ。無様に吹っ飛んだなぁ?政継ぅ」
「ゲラゲラゲラ!そんな低落で天才高校生だなんて笑わせるぜぇ!!」
不良二人はそう言って、再び俺に突っかかって来る。
どうやら、こいつらは大分洗脳されているようだ。それも、森嶋という奴に――
二人が俺に突っかかる姿を見て、剛毛の女は眼を見開かせて不良の二人を見る。
「…おい?下村?只野?」
あまりの恐怖に、呆然としているようだった。
それも当然だ。女にはこの二人が急に豹変したように見えたのだろう。更にここまで行けば、”洗脳が解けた時”の事を”洗脳された姿”だと思い込んだりすることだろう。
俺の推理によれば、俺が知るこの二人は以前俺がこいつらに苛められていた時、先ほどの下種い性格の方だった。
森嶋の洗脳は、”学園生活に支障が出ない程度に善人ぶる”ようにさせる事なのだ。
ふん、残念だが俺は騙されない。悪いが俺の知ってる奴を選んだのが仇になったな。
「おいおーい!こんな所にも政継の女が居たぜぇ!?それもおっぱいが大きいぜぇ~?」
「これは調教しがいがありそうだなぁ!?」
「下村!?只野!?どうした!?お前ら、そんな世紀末に肩パッドつけてそうな奴の口調じゃなかっただろう!?」
「おい政継ー!こいつも貰っていくぜー!!」
只野は、そう言って剛毛の女の腕を乱暴に掴んだ。
「どうした只野!?お前、昨日まではそんなんじゃなかっただろう!?あの後兄さんと一緒に行った”ごめんなさいパーティ”で見せたあの笑顔と今とは違うじゃないか!だってお前は…!お前の将来の夢は「ホモビ男優と野球選手」じゃなかったのか!?両立させるってお前!言ったじゃないか!!『両立させて俺は始祖になる』って言ったじゃないか!!!」
「ああ~ん?何言ってるのか分かんねぇなぁ~?」
そう言って、只野はゲスい笑顔で剛毛の女を見て舌舐めずりした。
「じゃぁ、俺はこっちの腕を貰いまーす!」
下村も、エロイ眼で女の左腕を掴む。襲う気満々の汚らわしい目だ。
「下村ぁ!!お前まで…!どうしてだ…私は!応援してるのだぞ!!君達を…!下村の!「水泳部と空手部を極めてホモビ男優になる」という夢を!なのに…どうして……!!」
「チッうっせーな…ちょっと眠ってろお前!」
そう言って下村は女の腹をパンチで殴った。
「!」
とうとうこいつら女を殴りやがった!
「が…あああああ!!」
下村は叫んで右手を抑えもだえ苦しんだ。
「忘れたのか下村…?私は…未来となる今日までタイムマシンの残骸を全身に纏っているのだぞ…?いつか、元の時代に戻る為に」
そう言って、風が女の制服をむくり腹がチラリと見える。
そこには、何かのエンジンの一部が腹にしまわれていた。
…いくら大丈夫だったとは言え、こいつらは女を殴った。それは間違いない…
「…超えちゃいけないラインだって、あるだろうが…!」
俺は地面を蹴り、不良二人に詰め寄り更に地面を蹴る
「!」
そいつら二人の顎を一発で蹴り飛ばした後、二人はあっけなく後ろに倒れ意識を失う。
あまりの一瞬の出来事に、剛毛の女と八重は呆然として倒れた二人を見ていた。
「…ったく、おい大丈夫か?あんた名前は――」
「――下村ぁ!只野ぉー!!」
だが、女は俺の方へと向かわず不良二人の元へと駆け寄った。
「そんな…!嘘だ…!お前ら…本当はお互い好きだったんだろ…!?本当は野球選手も水泳も空手部も…飾りで…!お互いホモビ男優になって…!二人で出演したビデオがリリースされるのが本当の夢だったんだろ…!?」
女は、俺に向けてではなく不良二人に向けて泣いている。
「そして下村…!お前は…言ったではないか…!いつか…お互い共演した暁には…!カナダで…結婚するって…!!」
女は一通り泣いた後、涙を拭い鋭い目で俺を睨みつけた。
「…お前は、誰だ」
「………は?」
おい、俺は助けた覚えはあるが怒られる筋合いは無いぞ?
あの不良から助けてやったのに、目の前の女は般若のような顔をしていた。
「こいつらは…、何の理由があっても人を傷つけるような奴じゃない…。なのに…様子がおかしかった…」
「ちょっと!アンタ、政継様に助けて貰ったくせに感謝の一つも無いですの!?」
八重が気にいらないと言った眼で女を睨みつける。
そうだ。何故こいつが怒っているんだ?
「…まさか、貴様が全部やったのか……?私の友達を…傷つけたのか…!?」
完全な敵意を俺に見せている。
違う、何故俺が怒られている?違うだろ?俺は助けただけだぞ?理不尽じゃないか。
こいつは何て恩知らずな奴だ。俺はこんな奴を助けたのか?
いや違う。こんな事はあってはならない事だ。
――――やり直しだ。
「…ったく、おい大丈夫か?あんた名前は――」
俺が言い終わる前に、目の前に居た剛毛で猫耳の女は俺に抱きついてきた。
「うわっ!?」
「ありがとっすー!貴方のおかげで助かったっすー!!」
「おい!やめろ離れろって!」
猫耳はピクピク揺れ、俺に頬をペロペロ舐める。
それを見て、八重はプルプル震え顔を真っ赤にしていた。
「あ――!!政継様にペロペロしたー!!」
「あんた政継って言うっすか?私の名前は月極蘭子って言うんすよ!いやぁ、それにしてもアンタ強いっすねー!」
猫耳が屈み、俺の頬に猫の耳が何度も擦れ柔らかい毛が俺の首を撫でる。
剛毛なのに猫耳はふわふわなのか。何だか不思議な生き物だ。
「政継様!私、助けてくれた政継様にお礼がしたいっす!」
「もう!分かったから早く政継様から離れるですのー!!」
八重が月極を引き離そうと引っ張るが、月極はピクリともしない。何て凄い握力を持つ女だ。
「そうだ!私の出身地では強い男と結婚すればするほど高い地位につけるって伝統があるんっすよ!だから、私と結婚してくださいっす!」
「「――はぁ!?」」
八重と俺の言葉が重なる。
「政継様ほどの強さなら、村長はおろか王様にだって、神様にだってなれるっす!だから、私と結婚すれば薔薇色の生活が送れるっすよ!」
「ばっ馬鹿言わないで!政継様は私と――ゴニョゴニョ」
「え?何っすか?」
「―――――っ!!とにかく!結婚なんてさせないですの――!!」
女二人がギャーギャー騒ぐ。その光景を見て俺は面倒くさそうにため息を吐いた。
「…もう、完全に遅刻なんだがなぁ…」
二人が喧嘩している間に、既にもうチャイムは鳴っている。
遅刻した時の言い訳を考えなくちゃな。と考えてながら二人を置いて教室に向かう。
まぁ二人なら大丈夫だろう。根拠の無い自信に身を任せて、面倒くさいので後はお二人に任せる事にした。
「…あ、案内する奴…喧嘩中だ」
バラバラになった下駄箱を通り過ぎ、案内役の八重が居ない今、俺はこれから通う教室を自力探す事にした。
心の中で何度もため息を吐きながら、後ろで喧嘩している二人に背を向けて歩き出した。
―――――――――――――――
何が起こったのか、分からなかった。
下村と只野をおかしくさせ、更に暴力をふるったのはお前なのか詰め寄ろうとした瞬間、
私の隣に、もう一人私に似た者が急に現れ、猫耳をつけてあの男に抱きついた。
あまりのそっくりな姿に、一瞬私には猫耳のつけた双子が居たのかと錯覚した程だ。
そして、私の目の前には私の姿をして猫耳をつけた少女と昨日の小屋で見かけた八重という女が喧嘩している。
八重という者は、こんな口調をしていただろうか?と疑問的なものが頭をよぎった。
もし本来の彼女がこんな口調だとしたら、すっごいキモイ語尾してるな。
それより、私は彼らを保健室に連れて行かなければならない。
彼らは私の新しい友達だ。ハゲはあの後から一向に帰ってこない。最悪な事に124時間テレビの全国一周マラソンに全裸でパンツを被っている姿で放送されて、
あの様子だとしばらく帰ってくる様子じゃ無かったので、しばらくはこの二人が私の友達なのだ。
高島さんはまだ目覚めず、しばらく家で安静にする必要があるのだ。
高島さんが居ない学園生活等信じられなく、あのハゲではないが禁断症状が出てもおかしくない。
それを和らげるためにも友人が必要なのだ。
しかし、私に似た猫耳の少女はやけにあの男を好いていたようだった。
どうしてあの男の事を好いていたのか分からないが。あの男からは微妙に嫌な気を発していて、私はあまり好かない。
まるで、過去に大きな深い闇を背負っていて、その鬱憤晴らしの為に存在しているかのような。
私には小さな子供がそのまま大きくなった者の化身にも見え、誰にでも持っている自分を象ったヒーローのような
――そうだ。私には彼がメアリー・スー(悪性仮想人物)に見えたのだ。
誰かが作った玩具の街に、大きなヒーロー人形を使って破壊している。そんな光景が彼の背中から滲んで見えるようだった。
――――――――――――――――
俺は年齢的に考えれば16歳。生年月日を考えればまだ一年生である事が分かる。更に、学力でクラス分けがされる事がある学園もあるとの事なので、
自慢ではないが俺は頭が良い。だから俺は一組の人間なのだろう。
一年一組の教室を見つけると、俺は存在を主張する為に扉を開ける。
「――はい、それでは転校生が…あっあら?」
童顔の女教師が驚いたように俺を見つめる。この時、もしや俺は教室を間違えたのかと心配になったが、
どうやらそれはいらぬ心配のようだった。
「驚いたわ…。私、てっきり貴方が遅刻したのだと…い、いえ、でもどうやって自分がどこの教室が分かったの?」
「簡単な事ですよ。学校のクラス替えは学力で反映される事が多い――おそらく、ここもそうだと思ったまでです」
「つまり…貴方は、自分の学力を把握して、ここまで来たの!?」
女教師は驚き腰を抜かす。やれやれ、そこまで大した推理はしてないのだがな。
だが、ここに居るクラスの野郎共は「マジかよ…」「すげぇ」「何だこの転校生は…!」と、俺に対して普通じゃない見方をし始める。
しまったな。目立つのはあまり好きじゃないのだが…
突然、俺の後ろで再びガララッ!と扉が開かれる。
「はぁーはぁー…!見つけましたですの政継様!」
「あっ!政継さん私と同じクラスなんっすね!これから三年間、色々お願いしますっす!」
「うっうるさいうるさい!政継様によろしくされるのは私なんですのー!!」
八重と月極が揃いも揃い、教室の前で再び喧嘩し始める。
「こっ…コラー!喧嘩は駄目ー!!」
そこで女教師が割って入り、三つ巴の戦いとなる。
「はぁ…これで、また俺は目立ってしまう」
全く、もうウンザリだ。
このままいけば、男連中の中で俺の事を気にいらないでちょっかいを出してくる奴がまた現れるだろう。
…いや、ちょっと待てよ?このままで良いのではないか?
このままいけば、森嶋の手下がまた俺の前に現れるのは確実だ。それを続けて行けば、いずれ森嶋が現れる。
俺は、傍で喧嘩している三人を横目で見る。
こいつらを利用して、森嶋を炙り出していけば――森嶋をすぐにでも倒して学園…いや、この街に平和が訪れるのだろう。
なら、このまま喧嘩させてこいつらの俺への溺愛ぶりと俺の天才ぶりを披露させてやればいい。
だが、そこまで表には出さない。能のある鷹は爪を隠すのだ。
最終兵器は最後にまで取っておくものだ。待っていろ森嶋。俺の才能になすすべも無くくたばれば良い。
八重が言っていたが、森嶋は表向きは優しい先生で評判が良く、奴の裏の顔を知らない奴も多い。
なら、まずは俺の味方を増やす為に森嶋の裏の顔をどこかで晒してやれば良いのだ。さて、まずはどうするか――
最初に奴に出会って話をするのも良いだろう。まずはどのように表面を繕っているのか見極める必要もある。
もう一度、あの女三人を横目で見ると、まだ喧嘩していた。
「…先生ー。もうHR終わる時間ですけどー」
一人の女子生徒がそう言うと、皆は呆れるように笑っていた。
このままでは先が思いやられるな。と、俺も呆れるように笑ってしまっていた。
この学園のどこかに居るという森嶋という教師を探すべくまず最初に立ち寄ったのは職員室だ。何故なら、職員室は教師が集う教室であり
基本、授業でこそ無ければ大体教師はそこに居る。
職員室の扉を開けると、まだ一時限目が終わったばかりだというのに結構な教師が座っていた。
近くに居た初老の教師に森嶋先生がどこに居るのか聞いてみると。
「森嶋先生?あー…森嶋先生なら今の時間、視聴覚室でパソコン講義してるんじゃないかな?」
視聴覚室でパソコンの講義…。
そこで、俺はとんでもない事実に気付く。まさか、そいつは講義という名の下を良い事に、パソコンを用いて生徒達を洗脳しているのではないのだろうか?
そう考えれば生徒達が皆、森嶋を良い先生だと慕っている理由も分かるし森嶋もやりやすいのだろう。
考えれば考えるほど、森嶋がクズ野郎だという事を強く認識できた。
だが、これを使わない手は無い。
俺は視聴覚室を目指し歩き続ける。どうやら三階の奥にその部屋はあるそうだ。
視聴覚室の扉を少しだけ開け、俺は森嶋とその講義を受けている生徒達がどのような奴らなのかを目視で確かめる。
「――と、このようにエクセルで売上高の表を作りたい場合は、単価と数量の数字を並べて、その横に=を記入してから単価のセルをクリックします」
扉の隙間から森嶋という奴の姿が確認できた。見た目は確かに良い先生っぽい姿かたちをしていた。
目尻は垂れていて、髪の柔らかい流れが特に生徒達に良い印象を持たせるのだろう。
汚い奴だ。俺も森嶋の事を知らなければ奴の講義の下で洗脳されていた可能性もある。
「説明されるとちょっと難しいかもしれないけど、実際にやってみると凄く簡単だよ。分からない事があったら先生に遠慮なく聞いてね」
そう、森嶋は生徒達に笑顔で論し、一人ひとりのパソコンを覗いて、上手く出来ていない奴の前まで来ると、出来るようになるまで説明し出来るまでやらせる。
一見上手くできない生徒にも優しく教えているように見せているが、実は違うのを俺は知っている。
ああやってあます事無く洗脳を完璧に進行させて、自らのコマにしようと抜け目なく教育している。前に同じような奴を見たから知っている。
本宮という奴がそうだった。何度も何度も買いだしに行かされ、一つでも違うと何度も繰り返し俺をパシリに使う。俺が完全に覚えるまでだ。
そうやって俺を完全な負け犬根性のパシリ、苛められっ子にまで陥れられた。まぁ、今はもう違うが、卑劣な手だ。
「森嶋兄さんに何か用っすか?」
後ろの方から月極の声が響いた。振り返ると俺と月極の顔は零距離にまで接近していた。
「うわっ――」
俺が悲鳴を上げそうになると、月極は人差し指を俺の唇にまで近付け、静寂を促す。
「静かにするっす――今は授業中っすよ」
「…おっお前、何お前まで一緒に俺の所にまで――」
「――森嶋兄さんは、私の幼馴染っす」
「!」
「小さい頃から、兄さんは優しかった。優しかったっすけど…今は…いや」
月極は首を横に振り哀しい顔をして呟いた。
「……私は、騙されたっす」
「騙された?」
「そうっす。小さいころから森嶋兄さんは優しくて、頼りになる兄さんだったっすが、本当は……」
「――本当は、人を洗脳し牛耳るクソ野郎。だったんだろ?」
俺がそう告げると、月極は驚いた眼をして
「…ど、どうして分かったんすか?」
「八重に聞いたんだよ。お前も、大変だったんだな」
俺がそう少し優しくしてやると、月極は泣きだし、自慢の猫耳も垂れて俺にしがみついた。
俺の肩でワンワン泣くと、俺も何も言えなくなった。
「――安心しろ。あのクソ野郎は俺が…俺が完膚無きまでに叩きのめしてやる」
再び俺は奴の顔を見る。笑顔で優しく生徒にパソコンを教えてる様は、まるで仮面を被りながら教えているように見えた。
これが真の姿か。ださいお面だなと俺は心の中で吐き捨てる。
奴の事は大体分かった。後は月極に肩を貸し、立ちあがると目の前には――
「!?」
パンツを被りながらこちらを見ているハゲた男が立っていた。
こいつ…まさか、森嶋の手先かっ!?
「――おい、何の用だクソ野郎」
「こんな用さ」
そう言ってハゲは瞬時に屈み、月極のパンツを覗く体制になる。
「んなっ―――!?」
俺は、その男の顔を踏んでやろうと足を突きだした。が、
「!?」
俺の足はそいつの顔を貫通し、そいつは何も無かったかのように立ちあがる。
「貴様ぁ…ふざけてるのかぁああああ!?」
「…はっ!?」
急に、目の前の男は激昂し始めた。
「何だ…!?何なんだこいつは!!パンツがのっぺりしているじゃないか!!!凹凸がねーじゃねーか!!!マネキンかっ!!!!!」
「…急に現れて、一体何を言ってやがる」
「畜生…!一目見たとき「あっ猫耳…こいつ月極じゃないな。パンツ覗こ」と思った矢先に…何だこの仕打ちは…!?何だこいつは!?作られた人間なのかっ!?」
「失礼な!私は月極であって月極なんて名前じゃないっす!」
「黙れ!!」
男は俺の肩を掴み、顔面が俺の至近距離まで近づく。
「こいつを作ったのはお前か…!?ふざけるなよ童貞野郎…ちゃんと作るなら…ちゃんと見てから…作れっ…!じゃないと…じゃないと俺達は興奮できないだろうがっ…!!」
眼の前のパンツ被ったハゲの眼光は、血管が浮き出ていて最早ホラーだった。
「まっ…政継さんに汚い手で触るな!このハゲ―!!」
「黙れエセ月極!くらえっ…!おっぱいパーンチ!おっぱいパーンチ!!おっぱいパーンチッ!!!!」
このハゲは何度も月極の胸を揉もうと腕を突きだす。が、何度伸ばしても身体をすり抜け背中を突きぬけるだけだった。
「あああああっ!!畜生ぉお!!さっきは触れただろぉ!この男の肩は触れただろ!?何でおっぱい触れないんだクソがぁ!!ああああああああああ!!!!」
ハゲは本気で悔しそうに肘と膝を地面に下ろし、四つん這いになりながら絶叫していた。
「ま…政継さん。こいつヤバいっす。早くここから離れようっす」
「いや、ちょっと待て、こいつは森嶋の手先の一人かもしれん」
そう、だからこいつに関わらないという手は無い。俺は戦闘態勢に入ってこいつと向きあい両手を構えた。
先ほどの物理的なものはすり抜ける能力はハッキリ言って厄介だ。俺の武術が悉く通用しない可能性だってある。
だが、先ほど俺の肩を触った事や、こいつ自信もいつ触れる段階になるのか把握していないのを見ると、こいつを倒すのにはそれほど骨は折れないと確信した。
ハゲがこちらを…いや、正しくは月極を見つめ、ジロジロと見る。
そんなハゲの様子を、月極は心底気持ち悪そうに見下していた。
「…よく見たら、おっぱいの形も変だな…」
ハゲがそう呟いた瞬間、ハゲは立ちあがり――
「さよなら」
そう言って地面に沈み、そいつは姿を消した。
「んなっ――ー!?」
急な事で、俺と月極は絶句し辺りを見渡す。
奴はどこに行った…!?何故、急に地面に沈んで姿を消した!?
奴は一体、なんの目的で俺達の前まで現れた!?
「政継さん…」
月極は、怯えた様子で俺にしがみつき少し震え、眼にはまた涙を浮かべていた。
「――安心しろ。俺はまだ最終兵器はおろか、術や武術すら使っていないし本気ですら無かった。奴が情報を得る事なんてほぼ少ないだろうし、寧ろ好都合だろう」
何故なら、もし今の奴が森嶋の手先で情報を得るためだけの手先だったら今の少ない情報で満足したと見える。
なら、森嶋に今の状況全てを語ったとして奴がそれで満足しても侮りの隙で倒す事が出来るし、仮に満足しなくて襲ってきても、俺なら最終兵器すら隠し通せる事だろう。
だが、月極が心配しているのは…
「そうじゃなくて…私、おっぱいの形…変…すかね?」
とても、俺にとってどうでも良い事だった―――
振り返れば、物音に気付いた森嶋と俺の目が合っていた。
どうやら、少し騒ぎすぎたようだ。森嶋は俺を見て気難しそうな顔をする。
「…ええと、君はどこのクラスの子かな?」
まるで初対面のように、俺の顔を確認する。
「あ、月極くん?その猫耳は学校に持ち込んじゃダーー」
「ブシャー!」
急に月極は森嶋に威嚇し、森嶋は一瞬怯んだ。
「…月極くん?」
森嶋は一瞬何が起こったのか分らなかったようだ。どうやら月極の事も洗脳出来ていたと思っていたらしい。
まぁ、小さい時からの幼なじみ故の油断で、灯台下暗しという奴だな。
森嶋の後ろでも、大勢の生徒がパソコンから目を反らしこちらを見ている。
奴らの目を見ると…間違いない。こいつらも浅くはあるが洗脳されかけている。
目の色が、俺を襲って来た奴らの色と似ているのだ。
「…浅はかだったな。森嶋」
「え?」
まだ浅い洗脳の色を、俺は最大限利用させて貰う。
俺は、この最大のピンチをチャンスに変えるのだ。
俺が早足で視聴覚室に入ると、森嶋は慌てて俺を呼び止める。
もう遅い。匙は投げられた。
俺は教卓のパソコンを使い、生徒達に”真実”を書きこんだ。
「目を覚ませ。こいつは敵だーー俺たちを洗脳しようとしている」
俺の言葉と、パソコンに表示した電子ドラッグ。
やはりか。外道な奴め。これは俺が有効に使わせて貰おう。
「おい…それは何だ?何をしようとしている…?」
森嶋は俺に電子ドラッグの場所をバレた所為でか、その場で固まり、言い訳じみたおとぼけをつぶやいた。
ふん、哀れな奴め
「気付いたか?これが森嶋がお前らを洗脳しようとした明らかな証拠だ!」
生徒達の目の色が変わる。そうだ、これが元の色だ。正気に戻ったのだ。
正気に戻った生徒達の目を見て、森嶋は怯え顔が引きつっている。
「…そうか。俺たちは騙されていたのか」
「政継様が教えてくれなかったら、俺たちは…!」
生徒達は怒り、現況の森嶋を睨む。
これぞ因果応報…って奴だな。森嶋も焦っている。
「み…みんな!それを見るのを止めるんだ!」
森嶋が見苦しくも生徒達が正気に戻るのを阻止しようとしている。
だが、それが更に反感を買ったのか、生徒達は反抗の目で森嶋に睨みつける。
だが、一人はすぐにパソコンを消して顔を伏せた。
そいつはどうやら、完全に森嶋の洗脳の中にいるようだ。可哀想な奴め
「おい出席番号12番。まだ信じられないのか?」
生徒達は次に出席番号12番の奴を睨みつける。小柄で髪が長く、メガネを掛けた女子だった。
「え、いや、だって…あ…あ…あんた…」
俺たちに睨みつけられた小動物のような女子は、目が泳ぎ濁った汗を流していた。
生徒達は、何も言わずにその女子を睨み続ける、
「…だって…だっ…せっ…先生は…」
その間にたった一人の仲間に希望を見たのか、なんとも図々しく視線の間に入ってきた。
「…同調圧力は止めろ。君は、僕の生徒に何をした?」
「…はぁ」
この期に及んで、まだシラを切るのかこいつは。
「何かしたのは兄さんじゃないですか?」
月極は、俺の隣で森嶋を睨む。森嶋は月極の顔を伺う。
「小さい時から一緒に過ごして来たから分かるんすよ…よくも私を、騙してくれたっすね…」
更に詰め寄り、森嶋を追い詰める。後に続くように俺も生徒達も森嶋に詰め寄る。
森嶋は出席番号12番を後ろに隠し、俺たちから一歩、また一歩と離れる。
「もう誰も、あんたの仲間なんかいないっす…!覚悟するっすよ!」
月極の覚悟を皆が、そして俺も感じ取ったのか、月極の言葉で俺たちの心が一つになる。
「君は…誰だ…?」
「これでお前も、年貢の納めどきだ!」
俺たちは森嶋に突進し、極限にまで追い詰める。
森嶋は、後ろに隠していた女子を払いのけ、それが仇となったのか森嶋一人にそれは集中した。
追い詰められた森嶋は窓を突き破り、窓から外に身体が出る。
ここは三階だ。
奴の体も、ただでは済まないだろう。
森嶋を追い出した後、俺たちはしばらく静寂になり、一人が呟いた。
「おい…なぁこれ…俺たち人殺しになるんじゃ…」
「心配するな」
俺がそういうと、生徒達全員が俺の方に向き直る。みんな不安なんだ。
「奴のやってきた非人道的な事に比べたらチャラだ。それに」
俺は皆に微笑みかけ、良い案を出した。
「森嶋の悪事は洗脳だ。それが自分に返ってきたとごまかせばいいさ」
俺の案を聞いた生徒達は次第に笑顔になり、歓声をあげていった。
「さすがは政継様だ!それなら問題ない!」
「森嶋をやっつけて、だから俺たちは悪くない!当然の事じゃないか!」
「政継様!一生ついていきます!」
「政継様…これで、これで私はようやく枷から解放されたっす」
次第に俺を讃える声はエスカレートしていき、まるでコンサート会場のようだった。
先ほどの出席番号12番は、俺たちに怯え悲鳴を上げながら出ていった。どうやらまだ洗脳が解けていないようだ。
仕方がない。面倒だが彼女の事も助けてやるか。
だが今は、月極に抱きつかれては、女子に好意を持たれたり男子に持ち上げられたりと、それどころじゃない。
やれやれ、こいつらが満足するまで、あの子の事はお預けにするか。
今は、この勝利に酔いしれ実感するのも悪くはない。
―――――――――――――――
視聴覚室から森嶋兄さんが落ちた。それは、私が玄関の掃除をしている時に目撃した。
正しくは、森嶋兄さんの悲鳴を聞いた後に駆けつけたのだが、見つけた時にはもう既に遅かった。
兄さんの口から血が流れる。息苦しいのか、呼吸がおかしい。
こんな状態の兄さんを見るのは初めてで、最初に目撃した時は頭が真っ白になって動けなかった。
上の視聴覚室から歓声が聞こえる。今朝に聞いた私の姿に猫耳を生やした女の声と、私の友人をおかしくさせて意識を失わせた男の声も響いた。
ーーあいつらがやったのか?
私の大事な、大事な森嶋兄さんを、あいつらが三階から落としたのか…!?
「…コバッ」
「!」
兄さんの苦しそうな咳で、ようやく頭が冴えた。
兄さんを、助けなくては。
私は、近くに置いてあった私の台車に兄さんを乗せ、近くの病院まで搬送したーー
こんな時に携帯を持っていればと心の底から悔やんだが、そうも言っていられなかった…
―――――――――――――――
森嶋を倒し、ようやく平和な学園生活を送れると思えば、…事はそう簡単には運ばなかった。
教師や森嶋の洗脳下にあった生徒達が、俺たちを非難してきたのだ。
中には俺が主犯だとか、何をしたのか分かっているのかとか。
だが、どれも的を得ない意見ばかりで頭がため息しか出ない。
「…お前らが何を言っているのか容量を得ない。ちゃんと人間の言葉で喋れ」
俺がそういうと、全員が唖然として俺を見る。
ついには顔を真っ赤にさせて「警察と親に報告させて貰うからな!」と言って逃げるばかり。
やれやれ、警察に言っても親に言っても無駄なんだがな。親には以前、正論で論破してやってからは俺に逆らえないでいる。今や俺の下僕なのだ。
警察には、森嶋の悪行を目撃者の俺たちが証言してやればいいだけ。
つまり、俺たちは悪くないのだ。
全く、俺はお前らを森嶋から助けてやったのだから少しは感謝してほしいものだが、こう反感を検討外れに買う奴が現れるのが鬱陶しい。
他にやる事がないのか、気に入らなければ正論すら叩く猿めが。
「この学園は頭が悪い奴らが多すぎですの!」
八重が憤る姿を見て、お前もこの学園の一人だろうと言いたかったが、
「この学園の頭が悪いんじゃない。俺の頭が良すぎるんだ」
と、フォローしてやると、八重はそんな俺の姿にウットリして上目遣いで見つめる。
やれやれ。
やはり、森嶋を倒してもまだまだ前途多難なんだなと、ため息を吐いて廊下を歩く。
下校の時間、校門近くまで歩くと月極が手招きしていた。
「どうした?猫娘」
「大変…大変な事が分かったんすよ!こっちに来てくださいっす!」
と、月極の言葉に俺たちは彼女についていく。
連れていかれた先は、一台の車の前だった。
「これは?」
「兄さ…森嶋の車っす。見て!」
月極が指先す方向は車の中の書類に向けられていた。
「…何の、書類だ?」
「政継様、どいてですの」
八重は、拳で車の窓を突き破り車の中の書類を掴んだ。
「…大胆な事するなぁ」
「とにかく見てみるっす!」
森嶋の車の中にあった書類の中身は、少なくとも学力テストや連絡紙とかではなかった。
「これは…!?」
中に書かれていたのは、この学園についての調査書だった。
教頭先生が一人の男子生徒を殺害した事、学園にあった隠し部屋について等が記されていた。
「…何を企んでいる?」
まだ、森嶋との戦いは終わっていなかった。寧ろ、これからだったのだ。
この学園にある隠し部屋、教頭先生の男子殺害、これらは森嶋が関わっていた。
学園中を洗脳する。そんな優しい野望なんかではなく、もっと恐ろしいものを考えているに違いない。
「…森嶋は今、どこにいる!?」
「えっ!?確か…私たちが三階から突き落として」
「…病院ですの」
「!」
まさか…森嶋に洗脳された生徒が呼んだのか!?
「なっ…!じゃあ!早く殺さないと」
「駄目だ…!病院は例え病人が悪人とは言え、殺害を許さない」
「それじゃあ!院長に説明すれば!」
「そうですの!政継様の説得力さえあればーー」
簡単に言ってくれるな…
クソ、まさか病院に搬送されているとは思わなかった。このままではすぐに回復して帰ってくるぞ。
そうなれば、森嶋はすぐにでも全員を洗脳して俺たちを襲う。これは俺でも骨が折れる仕事だ。
こうなったら…
「…学校の…森嶋関係の物を全て破壊しよう」
「えっ…?」
「そうすれば、奴が戻ってきたとしても、洗脳する事ができない」
俺の言葉で、八重と月極は「なるほど…」や「それなら…!」と納得してくれたようだ。
「じゃあ!今すぐにでもーー」
「駄目だ」
「どうしてっすか!」
「夜まで待つんだ。今の時間に荒らしても、他の教員が止めに入るだろう」
「あっ…」
二人は、またしても「なるほど…」と納得し頷く。
「よし、それじゃあ今日の深夜に活動開始だ」
俺の言葉に、二人は合点し三人一緒に握りこぶしを天に掲げた。
そして深夜、見回りの目をかいくぐりまずは職員室で森嶋の机を探す。
「見つけたですの!」
一番最初に見つけたのは八重だった。
「でかした!」
俺が嬉々として近づくと、後ろの月極が面白くなさそうな顔をする。
八重が見つけた森嶋の机を調べると、中にあったのはーー
「…特に変なものは入ってませんですの」
他の教員の机と同じような、出席表と採点途中の小テストとスケジュール表だった。
「政継様見てください!森嶋の奴、一人一人に評価とコメントがされてるっすよ!」
「しかも悪い所を重点的に、直すべき所やら…オエェ気持ち悪いですの」
どうやら森嶋は徹底的に洗脳をする奴のようで、生徒の一人一人を知ろうと努力していたようだ。
ふん、そんな意図は俺の手によって壊されるのだが。
「ーーよし。この机を処分するぞ」
「え?でも、まだ調べ終えてないっすよ」
「俺たちがするのは、森嶋の残したものを全て破壊する事だ。森嶋程の奴なら、机にトラップを施しているだろうしな」
「ーなるほど、いっぱい食わせてやるんですね政継様!」
二人は納得すると、自ら進んで森嶋の机を持ち上げる。
特に月極は、片手で持ち上げていた。
「…す、すごいですの月極」
「へへん、政継様ほどではないけど、私もやりますっすよ」
どうやら、机に関しては月極に任せておけば良さそうだ。
俺たちは、その机を処分する為に焼却炉に向かった。
机をバラバラにし、焼却炉に突っ込むと八重が笑みを浮かべ
「…ファイア!」
と叫んだ後、焼却炉の中は燃え出した。
「えっ…すごいっす!八重さんは魔法が使えるんすか!?」
「へっへーん、すごいでしょ。私も政継様ほどでは無いけど、やれるですの!」
「…ただライターを放り込んだだけだろうが」
「あーん!政継様バラしたら駄目ですのー!」
俺がそうツッコムと、月極の「なーんだ」と呆れる声と八重が涙目でウルウルしている目が刺さる。
やれやれ、まだ仕事は残ってるというのに先が思いやられる。
「次に行くぞ」
と、校内に戻ろうと振り返る。
目の前には、いつぞやのスケスケハゲが居た。
「てめぇ…今朝のー!」
「あっ!アンタは…私のおっぱいを変な形と言った!」
「えっ…?何?どこ!?そんな奴、どこに居るですの!?」
どうやら、八重にはこいつの姿が見えて居ないようで、八重は焦りうろたえて居る。
そんな八重の姿を見て、ハゲは哀しく微笑んだ。
「…何の用だ?てめえ…森嶋の洗脳を守りに来たのか?」
俺はハゲを睨むと、ハゲはそんな俺を見て、哀しそうに呟いた。
「いいなぁ…」
「は?」
「俺も…そんな能力が欲しかったなぁ…!」
更に、ハゲの眉間に皺が寄り下唇を強く噛んでいる。
「飽きるんだよ…」
「…は?」
「飽きるんだよ!!死後の世界で誰にも気付かれずにトイレ覗いたり風呂を覗いたりするの!!触れねぇなら意味ねぇーんだよ!!!」
ハゲが俺の方へと歩み寄り、俺の身体と重なる。
「それに比べて君の能力はいいよね!!周りの女が全っ員!君の事が好きになるんだもん!君の事が嫌いな奴は全員ザコになるんだもん!元から弱い奴は君の信者!!更に気に入らない事が起こればやり直せるっ…!!羨ましくないわけないだろ!!?」
「…おい、なんの話をしている?」
「俺だってそんな能力欲しかったよ!んで!手に入れた暁にはこの世の全ての女性を召喚し全てのギャルのパンティーでダブルベットを作って俺様ハーレムでおっぱいとパンツがね!もぉぉあプルンプルンなんだ!プルンプルンしていて俺の井沢くんがね!?龍太郎くん千年バーストなんだよ!!」
「待て落ち着け!何言ってるか全く分からんぞ!」
「君の能力ではそれが出来るんだよ!でもね!俺は無理だから!死んでも透明人間にしかなれなかったから!官能小説かエロビのミサイルロケットやダイナマイツ企画で満足する事を…強いられるんだ!!」
「ねぇ!?話聞いてんの!?お前!」
「それでも君の能力が欲しいから…!ノクターンで妄想の末に書いた小説を書いても…!叩かれるんだよ!!シチュエーションが合わないってだけで叩かれるんだ!そのせいで龍太郎くん千年バーストが萎んでチンアナゴにキィィェエエエ!!!」
駄目だ、ハゲが暴走している。何一つ話が通じていない。
後ろの八重と月極が怯えきっている。
クソ、妙な奴に絡まれちまった。仕方ない。このままこのハゲを俺の手で倒しーー
「ーーよくぞ見つけてくれた。ハゲ」
月夜で照らされた校庭に、一人の女性が立っていた。
背景に月夜があるからか、女性の姿がシルエットになっている。
「お前はーー」
「よくも、私の大事な人を三人も傷つけてくれたな」
声が、全く笑っていない。冷たい声をしていた。
その声は、どこかで聞いた事があった。
「…お姉ちゃん?」
月極がボソリと呟く。ああ、そうか。月極の声にかなり似ていたのだ。
つまり、月極の姉妹のーー
「ーー私は、その猫耳の姉という設定なのだな?」
…俺が納得する前に、月極の姉が答える。
設定?何を言ってるんだ
「お姉ちゃん!忘れたっすか!?私っすよ!あんたによ妹っすよ!」
「知らんなぁ…私の知る妹は私のことをお姉ちゃんとは言わない上に…今は冷戦状態だ…!」
「何を言ってるんすか!私と仲良く!政継様のお嫁さんになる約束を忘れたんすか!?」
「私の婚約者は高島さんだぁあ!!」
月極の姉が激昂すると、月極は泣き出し俺にしがみつく。
「政継様…!お姉ちゃんが…お姉ちゃんが森嶋に洗脳されたっす…!元に…元のお姉ちゃんに戻して欲しいっす…!」
「…ああ」
俺は、月極の言葉に肯定すると、月極の姉の方へと向き直る。
…いつもは姉妹揃って俺にべったりだった月極姉妹。それが森嶋の手に渡り、本来好きでない者を無理やり好きにされている。
そんなの…許される訳がない。
俺は月夜に近づくように、月極の姉の方へと一歩一歩近づく。
近づく度に彼女の姿が確認できる。目が慣れたのか、月光の位置が変わったのか、
月光が完全に彼女の正面を照らした時、月極の姉は美少女戦士の月の方の格好をしていた。
「月に変わってーーおしおきしてやる」
月極姉のその言葉が合図となり、戦いのゴングは鳴らされた。
俺の足は月極姉の方へと走り、間合いを詰める。
瞬間
「がはぁ!?」
急に足元から凄い音と砂埃が湧き、地面が陥没した。
俺は真っ逆さまに、陥没した地面の中に吸い込まれるーー
「落とし穴にかかったぞ!かかれー!」
大きな男たちの歓声と共に、穴底から見える地面からは大量の衣類が飛び交っていた。
と思えば、大量の全裸の男たちが穴の中に入ってくる…
「うわぁぁぁァー!!!」
絶叫する間も無く、全裸の男たちは俺の身体を触りに来て、男達の猛りが穴の中に充満する。
「よくも俺たちの仲間っ!下村と只野をいじめてくれたなぁー!!」
「これはおしおきが必要だぁ!!」
「もう女では満足できない身体にしてやるぜぇー!!」
俺は、すぐさま奴らから引き離れりように、奴らを睨み蹴り殴りを繰り返した。
だが、奴らの汗臭い匂いと性に狂った目を正気に、それも、こんな大量の人間を施すのは不可能だった。
ーー死ぬ!!
このままでは、本当に殺されてしまう!!
「俺…やっぱりお前みたいな能力なくて良かったわ」
上の方ではハゲが、まるでこの世の地獄を見ているかのような表情でたまげる。
その時、ハゲが先ほど言っていた俺の能力について思い出した。
内容的には、俺には全てが思い通りになる能力を持っていると言っていた。
ーーそうだ、こいつらは敵だ!こんな下等生物共に俺がやられる訳がーー!!
「…なんだか、こいつが更にムカつく奴に思えて来たな」
「おしおきしなきゃ」
「全力で侮辱してやるぜヒャッハァあああ!!」
「ぎゃぁぁあああ!!」
更にこいつらの行動が激しくなった!!
あぁ…なんだか意識が…意識がだんだん薄れてきた…
八重と月極の絶叫が聞こえる。俺、このまま死ぬのだろうかーー
死に間際、視界が真っ白になった時、シルエットが三人見えた。
それは、月極でも八重でも森嶋でもない。三人はそれぞれ違う人相をしている。
「…どうやら、ここまでのようだ」
「そうだな。実験を終了しよう」
年を重ねた研究者二人の言葉に、小太りで薄毛の人物が反抗する。
「そんな!待ってください!政継は…政継はこれから大逆転をしてみせます!だって、僕が作った最強のキャラクターですよ!」
俺の声だった。
小太りの男の声から俺の声がした。
「…しかし、政継をこれ以上この学園に残すのは大変危険だ。現に、彼は現実を改変し続けているではないか」
「彼はこの世界に悪影響しか残さない。これ以上ここに居れば取り返しのつかない結果になるのだぞ」
「しかし…!まだ、やってない実験が…!」
「駄目だ。直ちに眼亜裏栖の実験を中止する」
「…っ!?…畜生!畜生!!」
小太りの男はイラつき、地団駄を踏み暴れる。
この研究者が何を研究しているのか、俺で何をしていたのか、何一つ分からなかったが
俺が過ごした日常は全て偽物で、俺は作られた素晴らしき日々を過ごしていたらしい。
誰もが俺に賛同し、反感を持ったものは俺の敵で悪。
まさに素晴らしき日々だった。
…畜生!畜生!!まだだ!まだ終わらせてなるものか!
まだ、こんな素晴らしいもの日常を手放さない!
だって、不公平じゃないか!俺は悪い奴らに虐められて誰からも相手に、されなくて、いつ何時も耐えて!耐えて!耐えてきた!
そして俺は、ようやくこの力で誰もが俺を敬い、俺が全て正しい世界に来た!
それをこんなところで終わらせるなんて、不公平だ!!
絶対に終わらせてなるものか!まだ、まだ俺は満足していない!
まだ俺は、俺の素晴らしき日々を過ごしたい!
やめろ!消すな!まだ消えたくない!まだ気持ちよくなりたい!!
俺はま- - -
―――――――――――――――
三階の視聴覚室から落ちて、一週間ほどの時間が経った後、僕はようやく教師に復帰する事が許された。
三階から落ちたにも関わらず、背中の打撲だけで済んだのは正直僕も奇跡だと思う。
ここ一週間の間、僕の部屋には様々な人物がお見舞いに来てくれた。
月極くんや萄夢くん。更にはクラスの皆や教員の皆など。教師に就いてからできたたくさんの大切な仲間たち。
萄夢くんからは、最初は逃げてごめんなさいと謝られたりしたが、あの状態では逃げる方が正解だ。無事でよかった事を告げると、彼女は泣きだしベッドにしがみつかれた。
返答を間違えたのかと少し心配になったが、話し終えるとケロッと治って笑顔で去って行った。元気になってなによりだ。
月極くんからは、例の政継くんの事を話してもらった。どうやら、あの猫耳の月極くんは政継くんに問い詰めようとした瞬間から産まれた子で、彼の事を慕う為、そして僕を殺す為だけに生まれたようなものだと説明をうけ、僕はそう確信づけた。
あの猫耳の月極くんは本人じゃなかっただけ、まだ良かったと思う。猫耳なら彼女の変な恰好と比べたらまだ優しい恰好の方だが、僕に敵意を向けた時は少しショックだった。
そして翌日、更に明後日と。日を跨ぐたびにおかしな現象が起こっていた。
日を跨ぐごとに、彼女達の頭から政継くんの記憶がじょじょに抜け落ちているのだ。
話をしなくなるのならまだ分かるが、僕が質問しても濁った答えしか帰って来なくなり、退院前日には最早政継くんの事は誰一人として覚えていなかった。
そして退院。病院から学校に通おうと車を探すと、学校で車の窓を破壊された事を知らされた。
あまり安くない車だっただけに、お気に入りだったのでこれも結構ショックだった。
仕方ない。保険が下りるまで当分は歩いて登校しようと少し早めに病院から出ると、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。
「おはよう。高島くん」
女性のような体つきと髪形は、間違う筈が無かった。高島くんはこちらに振り向き「おはようございます」と返事をする。
彼と話しながら登校すると、僕は彼に聞きたかった事を聞くことが出来た。
「月極くんの事は、どう思う?」
僕がそう質問すると、高島くんは少し困り唸り悩み始め、
「…悪い奴ではないです」とだけ答えた。
これは、まだ当分月極くんの恋路を応援してあげなくては駄目だろうな。と、僕から乾いた笑いが出た。
職員室に就くと、僕の机が新しい物に変わっていた。
いや、新しすぎる。以前の僕の机の上にあった書類やテスト答案や成績表や僕個人がつけている生徒に対するメモさえ消えている。
月極くんのクラスを担当している加藤先生に聞いてみると、生徒指導室にしばらく待っているように言われる。
生徒指導室に座り、しばらく待っていると扉の方から八重くんが加藤先生と一緒に入って来た。
加藤先生が言うには、八重くんがもう二人を連れて僕の机を焼却炉で処分したとの事だ。
「何でそんなことを…?」
「…知らねえんだよ、覚えてねぇよ!」
と、八重くんは急に荒れだし机をたたいた。
彼女の話を聞いてみると、どうやらその二人が誰だったかも全く覚えておらず、それどころか先週の小屋が爆発した後の二日間は何があったのかさえも全く覚えていないのだそうだ。
加藤先生は疑心暗鬼だったが、僕には心当たりがあったので、あまり大きな事は言わずに穏便に注意だけしておいて解散した。
恐らく、この一連の事件で一番悪いのは政継という生徒の事だろう。いや、彼が生徒だったのかは怪しい所だ。
そもそも、本当に転校生だったのかさえ怪しく、彼については謎が大きく突いて回っている。
だが、間違いなくこの学園について何かしら大きく関わっている事は間違い無いだろう。
この事について調べていけば、僕が追い求めるこの学園の秘密に辿り着けるかもしれない。
僕は、その為にこの学園に赴任してきたと言っても過言では無いのだから
だが、今は一の教師として生徒達の未来を考えなくてはならない。
視聴覚室の前、僕は以前、操られていたとは言え僕を突き落とした生徒達と対面しなければならない。
また、みんなが僕に敵意を向けていたと思えば、心が苦しくなる。
…観念して扉を開けると、着席していた皆が僕の方を見て、声をあげる。
「先生!?」
「大丈夫なんですか先生!怪我は!」
「森嶋先生!三階から落ちたって本当ですか!?」
皆が一斉に僕の方へとあつまり、心配のまなざしで見つめる。
先週とは同じようで、全く違う顔を見せてくれた。
…先ほどまで感じていた不安が、とても馬鹿らしくなる。彼らは普通の人間で、人一倍に思いやりのある人間なんだ。
それをたかが洗脳くらいで全て消えてしまうような事でも、関係でもない。そんな薄っぺらいものではない。
だから、僕達教師は生徒達以上に生徒の事を考えて、悩んで、教育して、応援する。
「大丈夫だよ。ありがとう」
僕は彼らに心配かけないように、精いっぱいの笑顔を見せた。
【転校生だがこの学校、他の奴らが馬鹿すぎて俺無双してる件について … 終】
学校からの終わり、蒸し暑い夜の中、外を出歩くのは危険極まりない行為だった。
部活が終わり、下校時の家路につくと家はまだかクーラーはまだかとイライラし始める。
エレベーターを使い、私の家である7階まで登った所の奥に私の部屋がある。
エレベーターから遠いが、ここを選んだのには大きな理由がある。
それは――家賃が凄く安く部屋が凄く広くクーラー付きの部屋だったからだ!
「うっひょー!部屋涼しぃー!!」
部活から疲れてからのタイマー付きクーラーの風は殺人級に涼しく、この世の天国へと迷い込んだようだった。汗でぬれた身体にはキンと冷たい風が通り、より一層の風を感じて全身がかき氷で覆われたような。
この時の為だけに生まれて来たと言っても、過言ではない程だった。
「……いや、過言だわ」
私が何故、こんな苦しく暑い外で部活動をしているのかと問われれば、こんな事の為じゃない。寧ろこんな事の為だけに部活を入っていたら、私はたった数か月であんな部活を辞めている。
私があの部活を入っている理由はただ一つ
―--竜馬先輩がいるからだ。
竜馬先輩が汗をかきながらボールを打ち返す姿!汗だくの身体を拭いたタオル!華麗な動きで相手を完封する技術!
私は、そんな竜馬先輩のキラキラした空間と空気を吸い込み糧にする為だけに部活動をしている。
「ああ~…竜馬先輩今日も恰好良かった~~」
恰好良いのに気取って無くて、見た目クールなのに寡黙で、まるで高嶺の花のような先輩。
そんな先輩の姿を思い出すだけで、私が抱きしめてるテディベアのふわふわ枕は形を変え、悲鳴をあげる。
と同時に私のお腹の虫が腹の中身を食い尽くし、もっと餌を寄越せと強請る喚き声をあげる。
「…冷蔵庫、何かあったっけぇ」
親が仕送りを送ってくれるのは来週。それまでに冷蔵庫の中にあるものだけで一週間を過ごさなくては。
冷蔵庫の扉をあけると、それはそれはテレビのCMに惑わされて大量に買い込んだダイエット食品が並んでいた。
「…これ以上痩せてどうしろって言うのよー!胸減るわ!」
と、一番カロリーがありそうなプリンを取り出し、蓋を開けやけ食いする。
食べ終えてから、しまったもう少し味わってから食べれば良かったと後悔する。
…まぁいいか、もう一個くらい
と、もう一個取り出した所で、プリンの消費期限に目がついた。
「…ん?」
消費期限が、一週間前までになっていたのだ。
確か買ったのが結構前だけど、二つ一遍に買ったのは覚えているから、つまりもう一つ食べた方も――
「…ま、いっか。どうせ死なないでしょ」
もったいないので目の前のプリンも思い切って食べる事にした。うん。消費期限が過ぎているというのになかなか美味しいではないか。
日本の消費期限は消費者を心配し過ぎだと思う。物凄い過ぎていない限りは人間の腹は丈夫なのだからなんてこと無い筈なのだ。
「うん!大丈夫大丈夫」
と、私は気にせずにプリンを二個、今日の晩御飯にしたのだった。
翌日、それが原因で私の人生を左右する重要な日になる事も知らずに――――
続く