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萄夢さんの素晴らしき日々

素晴らしき日々とは、失ってから初めて気づくものだった。

私はあの日、全てを失った。外の世界を拒絶した。

新しい素晴らしき日々は、外の世界にあるとも知らずに…


萄夢(どうむ)さんの素晴らしき日々】


暗闇の部屋で、毛布を被りパソコンを点けながら眠り呆ける私が死んだように眠っていた。

パソコンの画面からアラームの窓が現れるとけたたましい音が部屋に響く。

うっとうしそうに私は起き上がると、パソコンの画面をタップしてアラームを止める。

そして机の上に置いてあったカップラーメンの蓋を開け、私はラーメンをすすり学校裏サイトを観覧しスクロールする。

スレタイが新しく作られては消される。正義感あふれるスレタイがこの裏サイトを警察に告発すると言う内容のものを送った者も居た。

当然スレは消され、その後その〉〉1の姿を見た者は居ない。

こんな自由に書き込める中傷批判のユートピアに関わらず、無駄にディストピア状態だからこそ毎日似たような話題しかない。

こんなのを見ていれば学校に行きたくなくなるのも当然の事だろう。自分は悪くないと私は自分を正当化し続けている。


「ん?」


その中で私は、気になるスレタイを見つける。

<87:森嶋明弘を排除するスレ>

昨日まではこんなスレ無く、また新しく個人の中傷批判スレを立てたのかと思っただけだった。

だが、中身を見るとそんな思いは一瞬で吹き飛んだ。


1:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 12:36:26.18ID:114

 森嶋明弘という先生がDKに気付き始めています。

 殺人も辞しません。

 585234 983426 89252


2:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 12:44:54.48ID:514

 DK(ドンキーコング)


3:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 12:55:26.83ID:364

 えー森嶋先生のアンチすらいんの?あの先生良い人じゃん

 他の先生と比べたら全然マシだろ

 てか殺すって何よ


4:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 13:06:26.08ID:793

 それより下の数字なんだよ?暗号?


5:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 13:13:33.54ID:893

 携帯で打ってみたぞー!


 なやなかさた らやさたかは やらかなか


 あ行ばっかじゃねぇかお前ん家!!


6:裏生徒さん: 2016/07/13(水) 13:26:26.11ID:666

 ついに来たか…機関も本気だな…

 殺人も辞さないって、森嶋先生なにしでかしたんだ?昨日の榊先生が逮捕さらてからの腹いせ?

 あのヒス私勢いで生徒殺して死体を隠してた人間のクズだゾ



森嶋先生が殺害予告されている上に謎の暗号。そして榊先生の殺人

この学園で何かが起こっている。

それを調べるには、ニュース速報と他のスレを調べても明らかだった。


「………へぇー…」


私は笑う。笑うたびに揉みあげの三つ網は揺れ、メガネの反射で目が見えなくなる。

学園に殺人が起こり、火事や死体が発見され、転校生や教師の逮捕で学園は今大混乱に陥っている事だろう。

そんな状況のクラスを見てやり、笑ってやるのも悪くない。と思い私は毛布を脱ぎ立ちあがった。

髪はボサボサとなり、長い間部屋から一歩もでていないから長くなって独特の臭いを発している。

風呂は…まぁいいかと頭を掻きながら気がえる。

久しぶりに部屋から出ると、両親はどんな顔をするのだろう。あ、今は仕事で居ないか。

と、私は制服に着替え部屋から出た。足元の昼飯に気付かずオムレツを踏みつぶしてしまう。


「ああぁ……」


ラップしてあっただけまだマシだと、勿体ないから私は屈み母が作った昼飯を今ここで食べる事にした。

食べてから学校に向かおう。

そう、二階の廊下で遅めの昼飯を平らげた後、私は食器を台所に戻し玄関から家に出る。

久しぶりに浴びる日光に嫌になりそうになった。


「……ああー」


久しぶりにあびる日光に溶けるようになる。が、私は前へと歩き出した。


「…ひっふひひっ」


というのも、混乱している学園がどうなっているのか見たい。ただそれだけの理由が活力となり前へ前へと進んでいく。

その隣で、二人乗りして学校をサボっているらしきカップルが通り過ぎる。

二人してイチャイチャして、これからどこに行こうかと笑いながら語り合う。


「…ちっ、リア充が」


そうボソリと呟くと、更に隣に男私の二人組が通り過ぎる。


「へぇえぇええい!!」


私の隣で、タイツを前進で履いて顔と足しかないような恰好をした女と女みたいな顔をした男子の二人乗りした台車が通り過ぎた。


「ぎゃぁぁああああああああ!!!!」


女みたいな男子は悲鳴をあげ、足しかない女にしがみつく。何かを喋っていたが、声が遠くなり聞こえなくなった。


「………?」


一瞬、何か物凄いものが通り過ぎたようで何が起こっているのか全く分からなかった。

だが、その光景が学園に相乗以上の混沌が待っているのだと思い


「……フヒッ」


ちょっとだけ笑ったと同時に、ちょっと怖くなった。

半年以上も引きこもり学業を休んでいた私が知る外の世界が変わり始めているのを実感するには、その光景は十分なものだった。


「…帰ろうかな」


その光景を見ただけで、私が想像していた以上に面倒な事になっている可能性は十分にある。

だが、学園は今殺人事件やら火事やらで凄い事になっていると考えると、どうしても見てみたい。

あいつらがどんな馬鹿面しているのか、とても気になり滾る。


「…フヒ、ヒヒ」


私の声から、また気持ちの悪い笑い声が鳴る。自分でも気持ち悪いと自覚しているのだから、周りの人たちから見れば相当なのだろう。

振り返り、自分の家の方角を見る。もう既に自分の視野には映らない場所まで来てしまった。

ここまで来たら、やっぱり行ってみようかな。どうせ授業に出ないで奴らの馬鹿面を見るだけだ。

そもそも裏サイトさえ見れば、学校で何が起こっているのか大体分かるのだし、奴らの馬鹿面だけ見れば満足なんだ。

先ほどの変人共といい、私には何が起こっているのか確認する権限がある。

と、自分の口からブツブツと考えている事を口に出している事に今気付いた。

だが、どうせすぐに自分の城である部屋に戻るのだから問題ないだろう。と、気にせず私は学校まで歩き続ける。



学校は既に昼休みを終え、全員が授業を受けている時間なのだろう。

騒がしくない、静かな時間が学園内に響いている。

ああ、火事の跡はあれか。と、燃え尽きていて真っ黒になった部屋を見つけた。

あそこらへんの部屋はどこだったか?頭の中であそこはどこだったか計算し思い出してみる。

…ああ、そうだ。あそこは女子更衣室だったんじゃないか?確か、私が引きこもる寸前には使用禁止になっていた筈だが。


何でそんな部屋が燃えるんだ?と少し疑問に思った後、燃えた部屋が更衣室にしてはやけに狭すぎるような気がした。

男子更衣室は入った事すらないものの、あそこまで狭くは無い筈だ。

あそこは…何の部屋だ?

一瞬だけ、私の背筋に氷が伝ったような感覚が現れた。


…帰ろう。


これ以上、この学園に居ても良い事は無い。だって、私が引きこもった理由なんてこの学園がモロに関係する。

あの二人だ。


来栖川忍と八重正美の二人。そいつが私に何の理由も無しに嫌がらせをしてくるのだ。

トイレに入ってるときに水をかけられたり。裏庭に連れていかれて服を脱がされたり。弁当を捨てられたり。

意味もなく暴力をふるったり、トイレのブラシで叩かれた事もあった。

ただ、私は反撃しても良かったけど、敢えて私は反撃しなかったのだ。だって私は将来にあいつらを見返して馬鹿にしてやろうと決めていたからだ。

だから今はせいぜい私に憂さ晴らしをしていればいい。私が大人になりアイドルでも人気Youtuberでも何でも良いから有名人になり大成功してあいつらの神経を逆なでしてやる。

そして奴らがそんな私が気にいらなくて、いちゃもんや暴力を振るおうものなら、有名人の持つ権力で奴らを社会的に抹殺してやる。

そんな人生計画を頭の中で設計している女子高生は私くらいのものだろう。何て素晴らしい復讐方法だ。大人になるのが待ちきれない。

人気Youtuberを目指すのは今からでも出来るが、今はまだやらない。こんな素晴らしい人生計画が出来る私が動画を作ってしまえば、素晴らしい動画が作れるに違いないのだ。

そんな早くに人生計画を終わらせてしまえば、面白くないじゃないか。

だがあの二人のヘイトを溜めに溜めて、人気Youtuberになった暁には奴らの個人情報をバラして、今までのイジメを動画で告白するのも悪くない。

覚悟しろよ、私にはお前らなんて地獄の底になんて簡単に叩き落とせるんだ。


瞬間、後ろの襟首を強く握られる感覚が――


「あっ、萄夢じゃん」


後ろから、例の女の声が聞こえた。来栖川の方だった。


「あ…くっ…来栖か…わさん……」


身体中から嫌な汗が流れる。後ろ襟首を掴まれて私は宙に浮いている。


「はっ、学校に来たんだお前」

「あっ…あ…はい…おかげさまで…」

「で、あのさ。さっき私に復讐とかなんとか、ブツブツ言ってなかった?」

「…えっ?」


なんでだ、頭の中で常に考えている事ではあったけれど口には……

ああ、まさか、また考えている事を口に出してしまっていたのか

ああなんて、何て私は馬鹿だったんだ…なんで口に出さないように意識しなかったんだ…!


「まぁいいや、久しぶりだしさ、ちょっと付き合ってよ」


来栖川の目が嫌らしい目つきになる。この目になれば、私に以前のような嫌がらせが降りかかるのは確実だ。

嫌だ、ああ、絶対に嫌だ。


「あ…いやぁ…その…実は…フヒ…もう私…帰る所でして」

「あ?」


来栖川の顔は、一瞬にして冷たく睨む顔となった。


「あのさ、友達の久しぶり~のお友達のだよ?そんな大事なお友達の誘いを断るわけ?」

「ええと…私……私は…あの…」


私は、あんたの友達じゃない。そう言いたかったのに、そこから後の言葉は出てこなかった。

さっきの人生計画の事は、ポロリと喋ってしまったのに、どうしてこんな時には言葉が出ないんだよ…!


「はい決定~。ちょっと裏庭まで行こうかぁ」


そう言って襟首を掴む手の握力が増す。


「待って!あっ待って!あの!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


とにかく今は、私は謝るしかなかった。だって、来栖川を悪い気分にさせたのは私なんだ。ついさっき、来栖川を嘘でも友達だと言わなかった私が悪かったんだ!

だけど、来栖川は無表情のまま私を持ち上げ裏庭まで歩き続ける。裏庭まで行ってしまえば、また私はあの地獄のような日々を送ってしまう。

嫌だ、もうあんな…あんな辛いのは嫌だ!恥ずかしいのは嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!

とうとう裏庭に続く道が終わり、裏庭に入った時

その時、いつもとは違う光景が広がっていた。


「……は?」

「…え?」

「…ちょっと?何…これ?」


私と来栖川の目に映ったのは、想像以上に異様な光景だった。

台車が木に突っ込んで、台車と木に挟まった八重が気絶していて、地面には足が刺さっていて、先ほどの女のような顔をした男子が百葉箱に突き刺さって項垂れていた。

地面に刺さった足は、ジタバタと動き更にグルグル回っていた。地面に刺さっている方の身体がどうなっているのか全く分からなかった。

瞬間、足は勢い余って起き上がり、そいつの正体は足と顔しかないような服を来た女だった。

そいつの顔をどこかで見た事がある。ああそうだ。私が登校途中に見た台車に男と二人で乗っていた奴だ。


「またやってしまった…」


足と顔だけの女はそう呟いた。


「今日は起きた時から正午で、大丈夫、ここまで遅刻すれば普通に歩いても大丈夫…だと思っていたのにっ!また!台車の誘惑にっ!!乗ってしまった!」


足と顔だけの女は大声で何かを言っていた。正直何の話をしているのかサッパリ分からなかった。

それより、一緒に台車に載っていた男。そいつの方はピクリとも動いていないのだが、生きているのだろうか。

木と台車に挟まれた八重。こいつはどうでもいい。いっその事死んでいてくれたら最高だ。


「おい…おい、お前」

「そうだ…高島さんは…!高島さぁーん!!」


足と顔だけの服を脱ぎ捨てたら、中から現れたのは剛毛だけどサラサラな髪、豊満な胸、流れる様な曲線の身体をもつ女性だった。

そんな女性が、美少女のような男に近づき、身体を揺らす。


「ああ…うう…」

「高島さん!まさか…先ほどの衝撃で気絶してしまったのか!?まさか!一体どんな夢を見ているんだ高島さん!?高島さぁーん!!」


人間の思考回路のカリキュラムが180度前に反転し全てが逆さまになったような言動と行動だった。

身体を揺らしながら、どんどん美少女のような男は回転し始める。


「高島さぁーん!高島さぁーん!!」


回転し始める身体は、次第に宙に浮かび、最終的には女が身体を持ち上げる形となり。回転が終わらない。


「高島ぁあああああ!!!」


物凄い勢いで回転する身体、発生する風。その風と共に倒れこむ八重。その八重の様子を見て、来栖川はようやく自我を取り戻したように私の後ろ襟首を解放しその女に近づく


「おい!てめぇの事だよおい!何してんだってめぇ!!」

「あっ」

「ごふぁっ!」


勢い余って手が滑ったのか、回転した身体は手から外れ来栖川に衝突した。

そのまま二人は回転しながら壁まで吹っ飛び、その衝撃を受けた後に二人は地面に堕ち意識を失った。

…何だ?

今のは、何が起こった?八重と来栖川の二人が短時間で意識を失うほどまでに痛めつけられた?


「高島ぁあああああ!!貴様ぁ!高島に何抱きついてるだぁあああ!!」


そして女は駆け出し、その勢いで来栖川の顔に飛び蹴りを食らわした。

死んでこそいないが、これぞ死体蹴りと言うのだろう。

が、それ以上に恐怖を感じた。

何ぞこれ

いや、一体何が起こっている?

あまりの恐怖に、私は口をただパクパクさせ震える事しかできなかった。

そして、目の前の女がしばらくして私と目が合ったその時

私は弾けるようにその場から一目散に逃げ出した。

その時の私は、言葉にならない、この世の者とは思えないような悲鳴を上げていた事だろう。

だが、声をあげなければ、この異常現象に対する恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。


「どふぉっ」


だから、私は目の前に人が居た事に気付かなかった。

私と相手は盛大に吹っ飛び、勢い余って私は前転を繰り返し、ようやく勢いが死んだ時にははしたない恰好をしていた。


「痛てて…あっごめんその…大丈夫?」


相手側の声が聞こえる。どうやらぶつかった相手は男性のようだ。それも声の低さから学園の教師だろうか?

いやしかし、この教師の声は聞き覚えが無い。


意識と視界をハッキリさせた後、ようやく目の前に誰が居るのか理解する事ができた。

私に手を差し伸べていたのは…簡単に例えるなら白馬の王子様のような。

私が例えるなら、今までの人生、苛め以外の楽しかった、嬉しかった人生が全てクソみたいに小さく見える程の衝撃な――


「そんなに急いでどうしたの?まだ、授業は終わっていないよ」


衝撃的な――一目ぼれだった。

私のようなクズな人間が…いや、将来的にはビッグな人間になる私だけど、今は駄目人間だ。そんな私に対して優しく、優しい笑顔で、変な顔もせずに

そして――とてもイケメンで好みのタイプで乙女ゲームでなら即効で落としにかかる攻略対象キャラで

まるで、私の為だけに現れてくれたヒーローのようだった――


「君、名前は?」

「…あっ…ああ…うっ…」


声が出ない。何故だ、何故ここで私は声を出す事ができない!?

今ここで自己紹介が出来なければ、私は一生恋愛なんて実る事は無い

アイドルになってしまえば、恋愛なんて禁止されるし人気Youtuberになれば、絶対に外に出る事もなくなるからだ。


「…大丈夫?もしかして、苛められていたとか?」


彼は、そう真剣な声で私を心配してくれた。これは本当に心配してくれている声だ。

ようやくだ、ようやく、私にも人生の機転が来た。

もう苛められる事もこの時点で無くなる。部屋に引きこもる必要も無くなるんだ。

部屋の中は落ちつくし大好きだけど、部屋の中にずっといると滅入り、それが慣れてどんどん駄目な人間になっていく実感があった。

だけど、もうそうする心配は無い。私も、もうちゃんと学校に通っても良いんだ。通えれば、毎日この先生が居るんだ。

そう、そんな事を考えていると、私の目からは涙があふれ出てきた。


「あう…あううう…」


感情が高ぶり、唇と鼻が痺れ涙がおでこを伝う。その涙の感触で私が今どんな体制なのか理解できた。

ひっくり返っているのだ。そして、スカートはめくれパンツはまる見えだ。

こんな情けない恰好をさらしていたというのに、目の前の教師は、ただ私を心配してくれている。

今、私が泣いている姿でさえ、うろたえてながらも必死になんとかしようとしてくれている。

その優しさが私の身体を痺れさせ、涙が余計に流れていく――


「森嶋兄さん!保健室はどこだっ!!」


遠くであの女の声がした。先ほどまで来栖川と八重を気絶させ吹っ飛ばした女だ。

一瞬で私の感情は恐怖に支配され、急いで体制を建てなおす。


「…月極くん?また…台車で来たね?」

「ああ!やってしまいました!昨日、高島さんの家にお泊まりしていたら、起きたら正午で!私は倉庫で寝ていたのだが、そこで台車を見つけてしまい、誘惑に勝てなかった!」

「言い訳しない所が、本当に良い所だよね君は…」

「だがっ!高島さんの倉庫は…とても居心地が良かった!高島さんのベイビーな時代からモダンまで!全ての匂いがその倉庫の中には格納されていたんだっ!!」

「うん。力説する所じゃないよね。それに、脇に抱えて血まみれになっている高島くんを見るに、台車に巻きこんだんだよね?」

「ああっ!だから保健室に連れていきたいんだ!保健室はどこなんだ兄さんん!!」


頭の中が素晴らしい物でいっぱいになった気狂いの女に対し、どれも正解であり綺麗に流せる話術は、もしかするとこの女と…森嶋、…森嶋先生?

そういえば今朝見た掲示板に、そんな名前を見たような気が…


「そろそろ高島さんの顔色が真っ白になり始めたから言うよ。…保健室はあっちだ」

「ありがとう兄さん!そしてさようなら!」


女は高島さんを抱えた後、そのまま保健室のある方向へと走って行った。

だが、途中で曲がらなかった。保健室は突き当りを曲がった所にあるのだが。


「はは…高島くん。大丈夫かな?」


そう言って、再び森嶋先生は私に向き直る。目が合った瞬間、私の胸の鼓動が早くなるのを感じた。

短い時間とは言え、他の女と話していた後にまた私に相手してくれるのがこんなに嬉しく思えるなんて思わなかった。

それによくよく考えれば、先ほどの内容からあの女は手に抱えていた血まみれの男にゾッコンだったように見える。

私が心配する事は何もないのだろう。

だが、何て事だろう…今度は緊張から声すら出なく過呼吸のような息しか出来ない。

涙を流して過呼吸をする姿は…傍から見れば死にそうな女にしか見えないのだろう。

なんて無様な姿を見られてしまった。何て事だ…


「…ここでは何だし、どこか二人で話そうか」


その言葉に、私の胸は鼓動のしすぎで弾かれた感覚が襲われた。

弾かれた心臓から虹色の砂糖があふれ出して、そのまま私は瓶づめの中で砂糖まみれになっている。そんな状況を頭に思い浮かべた。


思い浮かべた後…その後の事は全く記憶が無いが

気づけば私は生徒指導室で森嶋先生と二人きりになっていた。


「…なるほど。来栖川さんと八重さんにね…」


そして気づけば、森嶋先生は私がその二人に苛められている事を既に知っていた。

そして更に、私はまだ泣いている事に気付いた。

嬉し涙なのか、それとも苛められている事を思い出して泣いていたのか、どちらかは分からないが

今の私の感情は、とにかく清々しく悪い物を全て吐きだしたような気持だった。

そして全てを履きだして抜けがらのようになった私は、全身が痺れ何も感じていない筈なのに身体が震えていた。

そんな状態で森嶋先生に肩に手を置かれた。ものだから思わず私は「キャンッ!」と甲高い犬の鳴き声のような声を出してしまう。


「よく勇気を出して話してくれたね」


目の前には、世界で一番優しく微笑んでくれるであろう男が、私だけに笑顔を見せてくれている。


「ここからは僕達がなんとかするよ。君を、苛めたその二人にはちゃんと話を通すから。ね」


世界一の笑顔で、私にそう言い聞かせて微笑んでくれた。

堕ちた。

私は、もうこの人の物になってしまった。

小説や漫画とかでは、私が勘違い女で向こうは教師として私を守ろうとしている。なんて展開になる事だろう。

そんな事、私が一番理解している。

だが、そんな事なんてどうでも良いくらいに私は目の前の先生が大好きになってしまっていた。

一目ぼれから物凄い早さで心の底まで浸透するほどに大好きが私の中で大きくなってしまっていたのだ。

この日から私は毎日学校に通う事だろう。勉強するためじゃない。この人に会いに行くためだ。


気づけば既に授業は全て終わっていて、下校時間になっていた。

楽しげに笑う声やふざけ合い馬鹿だ馬鹿だと笑顔で罵りあう男子生徒。いつもは耳に入るだけで殺意と憎悪が湧き、心の中で奴らを殺しまわっていた私だが

今はそんな笑い声も愛しく全てを愛し感謝してまわりたいくらいだ。

ああ、これがリア充か

もう歩いて帰る事さえももどかしくゆっくりなんてしてられない。スキップをしてみようと足を弾ませ前に進む。

が、足がもつれてそのまま豪快に転んだ。

そのまま私は、また先ほどのように前転を繰り替えし、壁にぶつかり勢いが死んだ時には再び逆さまの体制でパンツがまる見えになっていた。

目が回り、しばらく意識がどこかへ飛んでいて、それでも気分が良い。

視界がじょじょに鮮明に戻ってくると、目の前に人が立っているのが見えた。

ハゲの男子生徒だった。しかもかなり神妙な顔でこちらを見ている。

まるで、この世のスケベ顔を全てこの男に集めた集合体みたいな顔をしている。

最悪だ。

今度は打って変わってまた最悪な状況になる。あんな気持ちの悪いハゲに私のパンツが見られた。

天国からいきなり地獄に叩き落とされた感覚に陥り、軽く落ち込んでしまう。また引きこもろうかとも考えた。

だが、目の前のハゲは急に哀しい顔をして、憐れむような顔で私を見た。


「違うんだよ……」


そのままハゲは私を憐れむ目で見ながら宙に浮くように移動し、扉へと向かっていった。

見た目が気持ち悪いハゲに違うと言われた。

…は?え?何?どういう意味?何様?

そのままハゲは扉に向かわず、壁に突っ込み、壁をすり抜ける。

ハゲが壁の中に沈んでいくようであった、そのまま壁の中へと消えていった。


「…え?…はい?は?ん?」


一体、何が起こったのか分からなかった。幻覚でも見ていたのではないかと思った。

しかし、ハゲが出て行った事で周りには誰も居なくなった。

この隙に私は勢いをつけて立ちあがり、本当に周りに誰も居ないか確認した後に即ささと家路についた。

さっきのは夢だったのだろうか。夢だったのだろう。


「………誰も見ていないならいいか」


私の下着を見たのが森嶋先生だけならそれで良い。

明日はもっと良いのを履いてこよう。後、お風呂にも入ろう。髪も解かそう。

化粧もした方が良いのだろうか?いや、私のポリシーに反するし化粧をする奴は男からも嫌われると掲示板の奴らを見れば明らかだった。

果たして森嶋先生が掲示板の奴らと同類なのかと、比較するのも申し訳ない気持ちになるが、しない方が良いに決まってる。そもそも学園は化粧禁止だ。

久しぶりに明日が来るのが楽しみになった。学校に行くと言い出したらお母さんも喜ぶだろう。

今から帰るのも楽しみだ。明日から私の素晴らしき日々が始まる。


―――――――――――――――――――――――――


保健室の匂いは消毒液、ツンとしたエタノールの匂いがする。

そんな匂いに包まれながら私と彼、もとい高島さんと二人きりの保健室。

高島さんは意識を失い。瞼を開けると白眼しか見えないがまるでロマンがある。

私、月極蘭子は気絶した愛する人と共に保健室と二人でいるのだ。


「綺麗な顔してるだろ…男なんだぜ、これ」


隣にハゲが現れるまでは。

何故こんな事になったのだろうか。まず、昨日高島さんの家へと尾行した私は、そこで最後の挨拶を交わした所までは覚えている。高島さんは物凄く驚き転んだ。

父親が家から現れ、そのまま高島さんのお父様の手料理をふるまわれた事までも覚えている。

そして成り行きでお風呂に入った事も覚えている。そして高島さんの部屋に行った事も…。

ああ、そういえばそこで「帰れ!」と高島さんに言われて、仕方なく家から出たのだった。

だが、高島さんのお父様は「そんなキツイ事言わなくても良いだろう…良かったら泊まっていってもいいんだぞ」と言ってくれた。

「深夜に女の子一人で帰らせるわけにもいかないから」とも言って、高島さんも渋々ながら納得してくれた。

だから私は間を取って、遠慮の意味も込めて物置の中で一夜過ごす事となったのだ。

これがなんとも居心地が良くて、高島さんの匂いに包まれて高島さんの人生の歴史を全身に感じながら寝ていれば、気づけば正午になっていた。

というのも、私は高島さんの絶叫で目が覚めたのだが。物置から出ると、慌てふためき目に隈が出来た高島さんが居た。髪は乱れ、どうにも眠れなかったらしい。

完全に遅刻していたので歩いて登校しても良かったのだが、高島さんはとにかくショックを受けていた。


そこで私は物置の中に型は古いが台車を見つけたのだ。

台車の下には腕の無い全身タイツも落ちていて、小さい頃高島さんはこれを着ていたのではないかと確信した私は、それを着て台車に乗り高島さんも誘った。

高島さんはそんな私を一目見た瞬間、ダッシュで走った。

私は地面を蹴り台車の速度をあげた後、高島さんを捕まえ、そのまま登校。

そこから―――ご覧のあり様だ。


おかしい、このハゲが保健室にいつの間にか居る理由が分からない。


「…ハゲェー!何故ここに居る!」

「君に話したい事があるんだ」


話したい事?そういえばこいつは、女子のパンツを覗く程の卑劣漢だった。

だが、こいつは一応ハゲでも友人だ。出来る限りの事はしてやってもいい。


「…最近、女子のスカートを見ても気分が盛り上がらなくなってきたんだよ」

「良い事じゃないか」

「良くない…良くないっ!」


ハゲは激昂して、壁を握りこぶしで叩――こうとしたが、すり抜けてしまうので勢いのままに壁の中へと消えて行った。


「見ろ!俺は壁にすら触れない!俺は!俺はもう見るだけでは満足できない身体になってしまったのにだ!」

「ああ、そういえば死んでるんだったな」

「そうだ!このままでは…このままではパンツが触れないじゃないか!誰にも気づかれないなら!いつか…いつか!いつかパンツ触りたかった!!!」


凄く下らない事で騒いでいる。


「――クソッチクショッ!君のおっぱいを触ろうとしているのに、僕の腕は君の身体をすり抜けるっ!いやぁああああああ!!!」


気づけば、ハゲは私の胸を触ろうと腕を突きだし、私の背中からハゲの腕が生えているようになっている。

実体が無いとは言え、ハゲの腕が私の中に入っているのは気分が少し悪い。


「ああくそぅ!このままだと…ああ…!!意識し始めると禁断症状が!!マッ…ママァッ!!!!!ママァ!!ああああんっっっ!!!!ママッ!!!ママァァァ!!!!!」


ハゲは仰け反りながら足をバタバタさせて頭を軸に回転し始めた。次第に早くなっていく。

足が次第に宙に浮き、ハゲは高度なブレイクダンスを踊り始める。全てが通り抜けるので物を壊す心配もない。

だが、顔はどんどん崩れて行きどんどん狂人の域へと形を変える。

一応こんなでも友人だ。正直クーリングオフが可能ならば返還してやりたくもあるが、私の数少ない友人の一人なのだ。


「全く仕方がないな…、友人のよしみで見せてやるよ」


仕方なく、私はスカートを両手で捲り目の前の男に中身を見せた。

物凄い早さで回転していた身体は瞬時に動きを止め、私のパンツに注目する。

ハゲがしばらくパンツを見た後、呟いた。


「…違うんだよ」

「は?」

「違うん…だよ!!誰が!誰が恥じらいもないパンツを覗きたいを思うんだババァ!!」


バッ…!?


「ダイレクトに見えるパンツなんて見ても楽しくねぇんだよ!それに、もうパンツ見るのも飽きたんだよっ!!!!ああんママッ!!!ママァアアアアアアアアア!!!!」


再びハゲは回転し始めた。

私は友人の為に自分の下着を見せてやったというのに、この仕打ちは何だ?揚句の果てにはババアと呼ばれた。

私は老けてみえるのか?それでは高島さんに嫌われるんじゃないのかと少し落ち込む。

と同時に、目の前のハゲに対し怒りが湧き始めた。塩でも撒いてやろうかこいつ


「…しかし、目を覚まさないな高島さん」


純白なベッドで眠る高島さんは、さながら眠れる森の美女と言った所か。

窓から流れる風に髪の毛が揺れ、可愛い寝息は美女というより天使のようだ。

見ていて飽きない。もう起きるまでずっと高島さんの顔でも見ていようかと考える。


「くそっ!パンツかと思ったらカーテンだった…っ!!大きなパンツかと思ったんだよママァァアアア!!!」


後ろに聞こえるハゲの絶叫と汚い声は正直聞くに堪えないが。


「…いっその事、断ち切ってみたらどうだ?」


私がハゲにそう言うと、ハゲの顔は今までに見た事の無い程に黒くなっていた。

目の堀が深く、白眼が大きく口は小さく開く。

ハゲは小さく「何言ってんだこのやろう…」と言っているのを聞き逃さなかった。


「そんな、中断症状が出るほどにマンネリなら、いっその事一切パンツを見ない。煩悩を打ち消していけば良いんじゃないかと言ってるんだ」

「…何のために?」

「寧ろ、それ以外に何がある?良ければ成仏だってできるかもしれないぞ」


ハゲの表情は変わらない、何か喋っているようだが声が出ていないので口をパクパクさせて、瞼を限界まで上げて私を睨みつけている。


「……成仏したくない」

「逆にそのまま禁断症状が続けば悪霊化するだろ?三日だけで良いから煩悩禁止」

「やだぁぁあああああああああ!!」


また再びハゲは回り始めた。もうこのまま回し続けてバターにしようかと考える。

「あんまりワガママ言うと、陰陽師呼ぶぞ!」


激昂すると、再びハゲは静止しゆっくりと立ち上がる。

そして、学生服のボタンを外し始める。


「…最初はさ、女子のパンツを覗き放題。トイレ覗き放題。お風呂も覗き放題で誰にも何にも言われない。素晴らしい能力を手に入れたと思ったんだ」


そのまま、ハゲは服を流すように地面に落とし、あっという間に全裸になった。

窓の光が指し、ハゲの全身が鋭く光る。


「でも、お前は俺の事、見えるんだよな?」

「…何をするつもりだ?」

「決まってんだろ、今日から俺が、お前の守護霊になってやるよぉ!!」


私は鞄の中に入っていた塩をそいつにめがけてぶん投げた。


「はっはっはぁ!無駄無駄ぁ!清められた塩じゃねぇと効かねえって相場が決まってんだよぉ!!」


私は大きく舌打ちし、カバンの中から次にこんなものを取り出した。


「ぐはぁあああ!!!」


男同士が絡み合うゲイ写真集だ。


「目がぁ!目がぁああああ!!!」


徐々にハゲが粉状になり浄化されていく。これならいけるかもしれない!


「う…んん…」


後ろの方から色っぽい声が響く。位置的にも声質的にも間違いなく高島さんの声だった。


「…あれ?ここは」


高島さんが目を覚ました。あの美しい寝顔を十分堪能できなかったのは残念だが、意識を取り戻したのならモーマンタイだ


「高島さん目を覚ましたか」


私は振り返り高島さんの寝起きを出迎える。

だが、高島さんの目は次第に大きく見開け、私の方をじっと見る。

何だ?私をそんなに情熱的に見つめられては照れてしまう。今すぐに結婚の手続きをしてしまいたいくらいだ。

だが、次第に顔色が青ざめていくのが目に見える。もっと、何か、衝撃的な何かを見たような――


「あっ」


私の手には男同士が汗だくで抱き合っている写真集が開かれている。

しかも、波平ヘアーのお爺さんをマスオヘアーと丸メガネをかけた青年が全裸で後ろから抱いている写真だった。


―――――――――――――――――――――――――


待ち遠しい朝が来た。いじめという枷から解放され、引きこもりから卒業する日だ。

お風呂に入り、髪を解き、身だしなみを整えお気に入りの下着を履く。完璧だ。

あの二人が昨日、いや今日?どちらでも良いが、どのように絞られ、疲れ切った顔をしているのか、気になるだけで楽しくて仕方がない。

ここから私は、リア充へとの第一歩を踏みこんだのである。

一つ予想外というか見当違いがあった。両親は思ったより私の脱引きこもりを喜ばなかったのだ。

寧ろ、心底心配し無理に登校をしなくても良いとさせも言われた。

今、登校しなくていつ登校するというのか。とにかく登校したいのだから勝手に登校しても良いじゃないか。

だが、強く止めなかったのも私が脱引きこもりになる事に少なからず賛成している証拠だろう。

脱引きこもり記念にしては簡素な朝食を食べた後、私は軽やかな足取りで家から出る。


登校がこんなに清々しいものだとは思わなかった。

実を言うといじめの仕返しをされるのではないか、更に酷い事をされるのではないかと心配し、夜は少し怖かったが、私には守ってくれる人が居るのだ。

相談できる教師が出来た。これはかなり大きな事だ。奴らもそれが分からない筈がない。

だから――


もう、無視をする。


仕返ししてやりたい気持ちもあるが、それ以上に森嶋先生に嫌われたくない、逆に私が上手に周り調子に乗れば間違いなく先生は敵側に回る。

それでは何も変わらないのだ。昨日、布団の中で盛り上がりテンションをあげた後、冷静になって考えてみた。

私は後先を考えず苛めをしてくるあいつらとは違う。仕返しなんてそんな事はしない。

そんな甘っちょろい事はしない。

私が大物になる目標は変わりないし、あの二人を惨めにさせるのにも変わりないが、方法が違う。私の方がもう少し頭が良い方法なのだ。

それも合理的で何も言えない。最早完全勝利を目指すのみ。

そんな事を考えていると、いつの間にか学校前まで来ている事に気づく。目の前には生徒指導のゴリ…先生。


「おっ、萄夢じゃないか!」


と、名指しで私の事を呼ぶ。

やめろ、何で私を呼ぶ。目立つだろ


「久しぶりだな。やっと学校に来るようになったのか」


確かに学校に来るようにはなったけど、お前のおかげではないからな?図々しく話しかけてくるなゴリラ人間!


「…頑張れよ、先生、応援してるからな」


そう言った後、先生は他の生徒に挨拶を交わし、私を解放する。

ようやく解放された。自分とは関係ないくせにそのでかい顔を突っ込んでくるな。何様のつもりだゴリラ、ゴリラゴリラゴリラ

…とか思ってみたりするが、よくよく考えれば悪い先生では無かった。

だから、朝の挨拶くらいは交わしても良かったな。と思ったけど後の祭りで既に限界にまで入った後だった。

振り返ると、ゴリラ顔の先生はご機嫌な笑顔で沢山の生徒に挨拶を交わしていた。


「………」


ちょっとムキになっては、しばらくして冷静になるのは私の悪い癖なのだろうか。

こんな事で森嶋先生に嫌われたりしないか、ちょっと心配になる。


教室に入り、席に座るまで誰とも挨拶は無し。

周りの人間は私に気付かずに今日の授業の事やネットの動画サイトで流行ってるネタや動画の話ばかり。

どれも少し古く、情弱ばかりなもので、私が間に入って間違った知識を矯正してやりたい。

…だけど、敢えて声をかける必要は無い。情弱は所詮情弱で将来恥ずかしい目に合ってしまえばいい。私には関係無いし、そもそも間に入っても全員が無言になるだけだ。


「……あっ」


興味を失くしたふりをして、奴らから目を逸らしたら教室の前にあの二人が居た。


「…………」


八重は口元に絆創膏を貼り、来栖川は鼻にガーゼを貼っている。

どちらも、かなり険しい顔でこちらを見ている。

しまった、まさかまだ、奴らは説教を受けていないのか!?

いや、居残りこそなくても家に電話くらいはしている筈だろう。しかし、向こう二人はかなり機嫌が悪そうに私を睨みつけている。


「………チッ」


八重が舌打ちしたと同時に、二人は教室から去っていった。

…と言う事は。

やはりあの二人は私の苛めについて説教され処罰を受けたんだ!

二人がバツの悪そうな顔をして去っていく顔を見て、私は高揚とかざまぁとかそういう感情は無く、ただただ安堵した。

彼女達が叱りを受けた事に対して私はただ安堵し息を吐いただけの感情に私が一番驚いた。

多分、いや本当は私は、ただ苛められるのが嫌だった。ただそれだけだったのだと実感した。

普通の生活。それが送れる事に私は森嶋先生の心の奥底から感謝した。


「はい、それではHRを始めます」


担当教員が入ってきてHRを始めても、私の話は出てこなかった。

それは、私が引きこもっていた事実を完全否定し無かった事にしているかのように思えた。

彼女達の苛めより、こちらの方が何か嫌な感じに思えた。


授業が全て終わり、放課後になった時、私は以前の日常とは少し違っていた。

苛められっ子から、空気に変わっていたのだ。

苛められるよりはずっとマシな生活を送れているのだが、それを抜きにしても私は友達が少なかった。その事を実感させられた。

だから、私を助けてくれる人も居なかったし誰も見て見ぬふりをしたのだろう。

私を苛めた来栖川と八重は勿論クズだが、私を見て見ぬふりして苛めを黙認していたこいつらも大概だ。

しかし、私は心が広いから許してやろう。というのも森嶋先生が助けてくれたのが大きいが。

そういえば、今日は森嶋先生に会わなかった。会って話がしたかったのに、とても残念だ。

だけど、何も今日会わなきゃいけないわけじゃない。明日でも良い。

まだ私が卒業するまで1年以上も期間がある。その間に会えない事なんて絶対に無い。

家路についた時、一人ぼっちで家に帰る。慣れたから何てことは無いのだけど――


「おい萄夢!」


後ろから来栖川の声が響く。思わず私の身体は跳ね上がりそうになり心臓の鼓動が高まる。

嫌な汗が流れ、今すぐ走って逃げたい衝動に駆られる。

足音が近づく、私が世界で一番恐ろしく、二度と聞きたくない足音。

足音が止むと、来栖川と八重の二人が私の後ろに立っているのだと気づく。


「…あのさ、萄夢」


次に、八重の声が響く。私が世界で一番嫌いな声だ。

来栖川は暴力に走るが、八重は精神に暴力をふるう。私に全裸になれと言ったり意味の無いカウントダウンを言ったり。とにかく私の精神を蝕む。

何度か心が折れそうになったが、苛め後に現れる怒りの感情の中で精神的にやり返す妄想でなんとか持ちこたえてきたが、

私は何をされる?

仕返しをされる?いや、こいつらなら間違いなく仕返しをしてくる筈だ。


「…悪かったわね」

「え?」

「そーそー、私らだって反省したって。辛かったんだってね。私らの苛め」

「いやいや、私は苛めてるつもりなんて無かったんだよ?マジマジ」


二人はお互いに小突きながら私に謝罪をした。

信じられなかった。

信じられ無さ過ぎて、私は夢を見ているのかと思うほどだ。


「ほんとごめん。私らは友達だと思って、ふざけてたつもりなんだけど…今度から自乗するから」


…そうか。違ったのか。

彼女達だって変わったんだ。私が、苛めを告発して変わりつつあるように。彼女達も私に謝れるまで変わったのだ。


「…あ……あ」


私は、その反省の言葉に小域な冗句混じりに許そうと思ったが、言葉が上手く出なかった。

すると、二人から噴き出すように笑う声が通学路に響く。


「あっ…って、なんだよそれー。カオナシかってのー!」

「ははは。超ウケル」


逆に私が笑われてしまったが、まるでいつも通りの友達のようだった。

私とこの二人が、対等に話している。

今まで最低な奴らだと思ってきた人たちだけど、対等に話せるだけで心が大きく開いていく。


「あっでもさー、萄夢さんって以外と可愛い顔してるよねー」

「そうそう、今流行りのロリ系とかー?髪もモサッとして犬みたいだよねー」


急に、彼女達は私を褒め始める。彼女達から可愛いとか言われると、何だか自信がついてくる。

今私には好きな人が居るのだから余計にだ。


「え…えへ……フヒ…フヒヒ」


だから、思わず笑みがこぼれて笑い声を出してしまう。

その笑い声で、また二人の方から笑い声が響く。


「あはは!萄夢の笑い声キモイー!」


今度は笑い声を笑われる。冗談ではなく本当の事だろうが、笑いながらなので冗談に聞こえる。

ああ、楽しい。対等な友達と笑いあうのがこんなに楽しい事だなんて思わなかった。

だから、私も嬉しくて笑ってしまう。


「フヒ、フヒヒゲホッ――!」


急に腹に刺すような痛みと衝撃が訪れる。


「笑い声がキモイって言ってんじゃん」


来栖川は、私の腹に拳をめり込み、グリグリと回転させていた。内臓がまわる。痛い

え?何?え?なんで?さっきまで、一緒に笑いあっていた筈だよね?

訳が分からなくなって、視界をキョロキョロ動かすと、気づけば八重も来栖川も笑っていなかった。


「お前、マジふざけんなよ」


次に襟首を掴まれ、何度も殴られた。

気づけば、私は街の路地の中に連れられていた。


「がっぐふっくぅ…!」


顔を狙わず、わき腹や胸を集中的に狙う。顔に傷が付けば目立つ事を知ったからだろう。

…やはりだ。やっぱりこいつらは反省なんてしていなかったんだ。

なんでこんな奴を一瞬だけでも信じてしまったんだ。なんで信じてここまで付いてきてしまったんだ。

涙が流れた。


「うっ…ぐふ…うううう…」


裏切られて哀しいとか、痛くて哀しいとかではない。こんな奴を信じてしまった私が愚かすぎて哀しいのだ。


「こんなもので終わらないよ?」


来栖川は私の後ろ襟首を掴み私は宙を浮く。

襟首が首を絞め、息が苦しく顔に血が溜まる。


「あんたさ、あ?友達だったらなんで?なんで先生に言っちゃってるの?」

「もーあんた友達じゃないよ?友達じゃなくなったら何になると思う?」


私の後ろ襟首を掴む手が乱暴になる。首が急激に閉まり、頭部の感覚が無くなり始める。


「ただの”玩具”だよ」


今日初めて聞く、人間扱いされない事を前提にした単語が現れ、私の頭の中は赤く染まり始める。


「アンタ、今日バラバラになるまで遊んであげるから」


八重の言葉で、私の心の中でプツリという音が響いた。

心が折れた音だった。


――――――――――――――――――――――


「何をしてるんだい?月極くん……」


台車の装飾を終え、最後の仕上げをしている時に森嶋兄さんが目の前に現れた。


「兄さん……」


最後の仕上げを終えた後、私は立ちあがり兄さんの目を見て話す。


「兄さん私…過去に行く事にしたよ」

「……月極くん?」

「過去に行って、悪しき写真を高島さんの記憶から消す事にしたんだ」

「月極くん、君、本気でこれで過去に行けると思ってるのかい?」

「後、ハゲ…井沢くんもついでに生き返らせてくる」


私の決意は固い。というのも、私が見せたゲイポルノ写真は女だとカミングアウトした際の対ハゲ対策の為の道具だったのだが、

それが何の因果か、高島さんの視界に映ってしまったのだ。

おかげで高島さんは再び意識を失い、未だに目を覚まさない。


「あああ!!くそっ!周りの全てが分身しているように見える…!!」


更に、ハゲの禁断症状が拍車をかけ、今朝辺りから絶叫と目のひんむき具合がそろそろヤバくなり始めている。


「きっと、ここが限界点だったのだと思う。だから私は一度過去を振り返り改変してくるんだ」

「月極くん、落ちついて。落ちついて今の状況を確認してみるんだ」

「もう散々確認したさ…!私の所為で!高島さんはっ…!!」

「うん。昨日の事は思い出さなくても良いから、君の持っているその台車の事だよ」


そう言って、森嶋兄さんは私のお手製のタイムマシン型台車に触れる。


「結構な再現度で良く作られてあるけど…これ、台車に色つき粘土をつけた…あの、”アレ”だよね?ドラ●もんに出てくる”アレ”を象ってるだけだよね?」

「ちっち。目の付けどころが浅いぞ兄さん」

そう言って、私はエンジン部分に手を触れ、スイッチを入れる。物凄い煩い音を出して煙を発する。

「確かに姿かたちはドラえ●んのタイムマシンかもしれないが…あれは原理が超常現象的だ」

「時空を超える事態が超常現象じゃないかな…」

「だから、カワ●キのエンジンを組み込んで、スピードが最高潮になった瞬間に爆発的なエネルギーが時空を歪め――」

「デ●リアンのタイムマシンも真似ちゃってるの!?しかも、これエンジンだけしか無いよ!?マフラーすら無い!!」

「タイムマシンにそんなものは必要ないだろう」


自信満々に答えると、「そもそも、どうやって動いてるんだ…?」と不思議そうにエンジンを見る兄さんの目の先にはブリッジをして目がイッてるハゲの股間があった。

なので、私の目にはハゲの股間を真剣に見る兄さんの画が見えて非常にシュールな光景が見えた。


「…まぁ、それも良いとして。次に…君の……その」

「私の恰好か?どうだ、似合うだろう?」

「似合う似合わないの問題じゃなくて…君は…本当にその格好で行くのかい?」


兄さんは本気で心配そうな顔で私の顔を窺う。


「その…青い全身タイツで顔と手足をペンキで…白く塗って…首輪に鈴…お腹に白いポケットと左右に三本の髭と赤い鼻………」

「時空を超えるとしたら、この格好だろう」

「うん。アウトだよ色々と!嫁入り前の女の子がそんな恰好で出歩いててもアウトだし、このエンジンがついてるだけの台車で坂を転がるのもアウト!!」

「それなら大丈夫だ。過去に戻れば全てが無かったことになるから!!」

「本当に過去に戻れたらの話だよね!?あのね、君の身を本気で案じているから言うけどね!?この台車で坂を転がるのは――」


兄さんが台車を掴んだ瞬間、台車は坂を転がり始めようとする。


「…え?あれ?」


兄さんは体制を立て直し戻そうとするが、台車と粘土とエンジンの重さが重なり、兄さん一人の力では難しそうだ


「あっ…ちょっと!?あっあれぇ!?」

「兄さん!」


私はすぐに兄さんの元へと駆け寄り

そのまま台車の上へと飛び乗った。

台車と粘土とエンジンと、私の重さが重なり、スピードは更に速くなる


「月極さぁあああん!!!!」

「兄さん!兄さんも乗るんだ!兄さんも乗れば最高速度は増し、更に過去へと――飛べるっ!!」

「飛べない!飛べないから!月極くん!早くこれを止めて!!」

「おい!月極てめぇふざけんなよ!!何二人に分身してるんだよ月極ぁ!!」


兄さんの怯えきった目、ハゲの開いている瞳孔の視線が私の方へと注がれる。

果てしないスピード、比例して大きくなる最高速度

空気抵抗と地面の摩擦が台車と私達を引きはがそうと襲う。


ガタガタ揺れるたびに森嶋兄さんは小さな悲鳴をあげ、ハゲは「分身が増えた!」と叫ぶ。

だが、それも一つの試練。これを乗り越え、タイムマシンが最高時速へと到達さえすれば私達は過去に戻り、高島さんのトラウマも一つ消し去りハゲも生身の身体を取り戻し大人しくなる。


「ひゃっはぁああ!!!」


私は夢見る過去の世界に着くまで、台車で下る楽しさと煩いエンジンの音で気分を高揚させた。


―――――――――――――――――――――――――


山奥の小屋の中、そこまで運ばれたら私はモノのように投げ捨てられ、床に転がる。

全く抵抗しなかったからか、そこまで二人の機嫌は悪くない。寧ろ良さそうだ。

その笑顔に今は腹を立てる余裕もなく、これから起こる事に恐怖し早く終わる事を望むばかりだった。


「終わるなんて思ってないよな?」


来栖川が冷たい声で呟く。


「楽しい事なんだから、終わらない方が良いでしょ?」


と、八重が無邪気に笑う。

二人の笑顔が怖くて、怖い以外の感情が湧き出てこない。

終わった後は腹を立て復讐方法を考えるが、今回はそれすら無いかもしれない。

私は殺されるかもしれない。


「おっ、やっと連れてきたのか」


部屋の奥から、ぞろぞろと男子生徒が現れる。

何人かは何故連れてこられたのか分からないような、無理やり従わされているような、そんな人たちばかりだ。


「なぁ、何か小さいぞ?これ大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。今から楽しい事をやるんだし。死にはしないでしょ」


八重がそう周りの男子に伝えると、私はわき腹を強く蹴られた。「ウッ」という私の声じゃないような太い声が出た。


「おい死んだふりしてんじゃねーぞー」


来栖川だった。今、確実に殺意の籠った目で私を睨みつけていた。


「えー嘘だろ?」「ちょっとマジで?」「いやーでも、俺もなー」「いやいや、でもやらなきゃ俺達も殺されるでしょ」


と、何人かは殴られてる私を見て満更でもない顔をしている。

何をされるのか、分からなくて、頭が回らなくて何も感じない。


「え?ちょっと待って。一人だけ?」

「そうだけど?何か問題?」

「いや…いやいやいや。女の子一人だけって…普通に殺す気でしょ?」

「そりゃそうよ。だからここを選んだんでしょ?」


来栖川は、さも当然のように答え小首をかしげる。

その返答で、何人かの男子はドン引きしたり、テンションが上がったりと様々な反応をしていた。


「ほら、野村くんだって欲求不満だって言ってたじゃない?何か、転校生が来たとかで」

「……は?」

「だから、それを思いっきりこの女にぶつけなよ。どうせ誰も来ないし、誰もこの事は言わないんだからさ」


来栖川は、図体がでかく坊主頭の男に笑いながらそう言った。

野村という名前は、私も聞いた事があった。

確か、女みたいな男…ああ、あの変な恰好をした女と一緒に居た男を苛めていた主犯とか。そんな事を言われていたような気がする。

クラスからはあまり好かれてなく、性格も荒くクズな不良の一人だと聞いた。


「誰がするかよ、女一人に情けねぇ」

「は?何?あんただけやらないってわけ?」

「うわ…野村サイテー」


来栖川と八重は、野村という不良に同調圧力をかけた。

こいつらは、私以外にもこのような態度を取るのかと。そう思うと心に少し余裕ができた。

その余裕の心に、私の怒りが湧き拳を強く握りしめる。

…だが、それ以上の事はできない。


「勝手にしろよ」


そう言って野村は奥の部屋へと戻っていった。助けてはくれないのだと理解し、私の握り拳は再び緩んだ。


「…まぁいいよ野村は、あんなチキンに言う事ないって」

「おい、野村さんをチキンって言うな!」


一人の不良が、八重に大声をあげる。


「分かった分かった。で、誰が最初にやるの?」


来栖川がそう言うと、一瞬の静寂が訪れた。

意外と、誰も進んで私を苛めようとしない。私が彼らと面識が無いからか、何の因果もないからか。

この女より腐ってないからか、皆ただの臆病者なのか


「…はぁぁぁぁ…あんたらって本当チキンだよねー。それでも不良?まぁいいや」

「じゃぁ私から…オラッ!!」


来栖川は、持っていた鉄パイプで私の腕を殴る。私の腕に鈍い痛みと軋む痛みが響く。


「はい。例としてはこんな感じ。ほら、やってみて」


来栖川がそう言うと、「おっ…おう…?」とか言い始める奴ら。


「まぁ別に暴力的な奴じゃなくても、童貞捨てたい奴とか居るでしょ?そういうのでもいいよー」


八重がそう言うと、私の脳が一瞬だけ真っ白になった。

その真っ白になった頭の中で、一人の男性の笑顔が思い浮かんだ。


森嶋先生が、私に初めて見せた優しい笑顔だった。


「……あ……」


視界が戻り、辺りを見渡すと周りの人間は少し嬉しそうにしている奴がちらほら居る。


「えーマジっすか?さすがにヤバイでしょ」「いや、別に興味は無いけどさー」「いやいや。別に嫌というわけでは」とか、自分に嘘をついていて本音が漏れている奴らばかり


嫌だ

絶対に嫌だ。

私の心の奥でそんな感情が湧き出る。


「素直じゃないなー。じゃぁ命令出すから。それでとっととヤレよ」


来栖川が私に指を刺すと、不良達の何人かは私に目を向ける。

何人かは、間違いなく性の対象を私に向けている。


「あ…い……や……」


嫌だ。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい近づかないでこっち来ないでそんな目で私を見ないで来ないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい

来栖川さんごめんなさい。笑っている。ならご機嫌は良いんだよね?ならお願いやめてこっちに来させないでこんな事もうやめて

八重さんごめんなさいごめんなさいこいつらに命令しないで早くしてと言わないで早く辞めさせて


「だ…やや…あ………」


声が出ない。涙と何かに邪魔されて声が出ない。怖い怖い怖い怖い

ごめんなさい笑わないで笑い転げないで笑わないで笑いが怖い助けて助けて

もう復讐なんて考えませんもう見下したりしません馬鹿にしたりしません心の中で悪態もつきません

だからお願いしますそれだけはやめてください助けて森嶋先生お願い助けて私を助けて

手が来る。私の身体に手が這い寄る。嫌だ私を汚さないで森嶋先生に会えなくしないで

嫌だ嫌だ助けて助けて助けて助け―――



服を掴まれた――――

男の顔が近づく――――

来栖川と八重が指をさして笑う―――



小屋の壁が破壊された―――――

小屋の中で何人かの不良が吹っ飛んだ―――

私の服を掴んでいた男が振り返る――――

視界の向こうには、八頭身のドラえも――――


小屋が、爆発した。――――――――――



何が、起こったのか分からなかった。

気づけば、沢山居た不良は半分以上が吹っ飛び、小屋で無事だった来栖川と八重はただ呆然としていて

私の服を掴んできた男は、爆風で吹っ飛び壁とキスしていた。

爆発した場所を見てみる。

何か、漫画で見た懐かしいものが見えた。確か、ドラえもんのタイムマシンだった…ような。

そのタイムマシンから、八頭身の何かが立ちあがった。

全身タイツで、顔には左右それぞれに三本の髭があり、お腹にはポケットの――――


「ド●えもん……?」


爆発から、タイムマシンとドラえもんが現れた。

奥の部屋の扉が倒れた。そして奥の部屋から壁も倒れた。

奥の部屋には、先ほどの野村が携帯をいじっていた。

誰かに連絡をしているようにも見える。


「……かっ…あっ………!!」


野村は、ドラえもんの姿を見て絶句していた。

まるで、見てはいけないもの、もしくは出会いたくない者に出会ってしまった。かのような顔だ。


「の●●くん……!」


ドラえもんが、奥の部屋の野村に気付くと、とても嬉しそうな笑顔になっていた。目には涙を浮かべているようにも見える。

タイムマシンから、もう一つ手が現れる。

大きくせき込むと同時に、その手の主は姿を現した。


「………あっ…!」


そこには、居た。

一番会いたかった人が、そこに居た。

今、ここで私に会いに来てくれた。

私を、助けに来てくれた。

私が大好きな―――


「逃げろぉぉおおおおおお!!!!」


急に、野村が叫んだと同時に周りの不良達は全員絶叫しながら弾けるように走り出した。


「あっ!?ちょっ、おい!!てめぇら!」


突然のイレギュラーの登場に戸惑い、更に逃げる不良達に焦り戸惑う来栖川と八重。


「てめぇら待て!おい!!何逃げてんだてめぇおいこらぁ!!」


なんとか引きとめようと服を掴んだりしたが、誰もが全力で抵抗してこの場から逃げて行く。


「……え?」


この大騒動の中で、この大惨事の中で、森嶋先生は真っ先に私の顔を見た。


「……萄夢…くん?」


森嶋先生が、再び私の名前を呼んでくれた。

たった、たったそれだけなのに。私は、涙が、目から、涙が、溢れ、溢れて


「あ…あう…あ……」


私を守って、助けてくれる人が、そこに居る。私の事を助けてくれる人が、目の前に居る。


「あ……あああああああぁぁぁぁ……!!」


涙が溢れて、前が見えなかった。

私の目は、涙でももう使い物にならない。


「…チッ!おい!おいてめぇ待て!」

「嫌だぁあ!!殺される!!!」

「てめぇ!ここに残って戦ってくれたら、ちゃんと童貞捨てさせてやる!私達だって手伝ってやるから!!」

「えっ…?」


来栖川の説得で、一人の不良は振り返る。同時にその好条件に何人もの人間が振り返る。


「の●●くん…本当に、もう、全く君は」

「くっ…来るな!頼む!俺にはもう関わらないでくれ!!なっ!?頼むから!」

ドラえ●んの姿に、野村は怯え腰を引いて部屋の隅へと移動する。

「立派になった…ね…!」

「えっ…?」

「昔は…あんなに…あんなに弱くて私がいなければ何も出来なかったのに…今は…そんな立派になって…!」


ドラ●もんは、野村の今の姿に本気で感激しているようだった。

しかし、何故”の”だけ聞き取れてその後の二文字が濁って聞こえるのだろうか。


「お前の…せいだ……」


野村は、弱弱しい声で呟くように答えた。


「そうだ…!今は、過去の時空だったな!ちょっと近所の事を教えてくれよの●●くん!!!」

「こっちに来るなぁあああああ!!!」

「はい!どこでもドアァ!!!!」


瞬間、倒れた扉を持ち上げ、そのまま野村の頭の上に叩き落とした。

野村の頭は扉を突き破り、野村の顔は無表情となった。

そしてそのまま、野村は扉に突っ込んだ変な恰好のまま意識を失った。


「…あれ?の●●くん…?どうしたんだい!?の●●くん!?の●●くん!?」


ド●えもんは野村にかけより、野村を抱きかかえる。

野村の口からは、一筋の血が流れていた…。


「の●●ぁぁああああああああああああああ!!!!!!」


ドラえも●は絶叫し、自分で殺ったのを忘れているかのように野村の死を憐れんでいた。

その様子を見た不良達は、なんとも言えない笑みを浮かべて、来栖川と八重に向かいこう言った。


「ごめん。俺達…まだ死にたくないから!」


そして不良達は意識を失っている者以外全員がその場から逃げだした。


「はぁぁああ!!?おい!ふざけんな戻ってこい!!!!このチキン!チキンチキンチキンンン!!!」


八重が、逃げだした不良達に負け惜しみのようなセリフを吐いた。あんなに余裕が無い八重を見るのは初めてだ。

逆に来栖川は、追い詰められ目があっちこっちに言って憔悴した顔でブツブツ言っている。


「なぁ!ヤバいよミクちー!あそこに居るあの青狸!あれは絶対にヤバいって!」


八重が、今にも泣きそうな顔で来栖川に詰め寄る。


「あの森嶋先生も!あいつは真面目に仕事する奴だからマジでうちらヤバいよ!?ねぇ!どうしよう来栖川!!」


八重が来栖川の身体を揺する。揺するたびに、来栖川の呟く声が大きくなってきている気がする。


「――…ごめんなさいお父さんごめんなさい私も頑張るから私も頑張ってるからお願いお兄ちゃんばかりに構わないで私をもっと見て」


来栖川の発する言葉が聞き取れる程の大きさになると、八重も黙り来栖川の異常な状態に目を見開かせる。


「お願いだから私を見捨てないでお兄ちゃんばかりに構わないでお父さんねぇお願いお願いだから私もちゃんと見てお母さん何で私達を捨てたのねぇお父さん私を見捨てないでお兄ちゃ

ん私を見下さないで私を愛して私は凄くなるから頑張るからお願いだから私を愛して愛して」


来栖川が涙を流しながら次第に声が大きくして次第には叫ぶような声になる。


「ああ駄目だ駄目駄目駄目!私がこんなこんなチビにまで負けたらもうお父さんもお兄ちゃんも私を完全に見捨てるそれは駄目絶対に嫌だ一人は嫌だ寂しいよ一緒に居てよお話してよ」


来栖川が狂った。

狂い瞳孔の開いた目で来栖川は鉄パイプを見て私を睨む。

最早それは憎悪や殺意と言ったものではなく、例えるなら防衛本能に近いものだった。

私は、確実にあの来栖川に殺される。それはその本能を見ても明らかだ。

瞬間、来栖川は次第に足を速め私も元へと走ってくる。

鉄パイプを持って走ってくる。確かな殺意の本能を私に向けて


「いやぁぁあああああああああ!!!!!」


私の口から、ようやく悲鳴が出てきた。

今まで、ずっと出したかったけど出せなかった言葉と声が、全ての意味を乗せた声がちゃんとした意志で出す事が出来た。

その意志は、彼の耳に届いた。


森嶋先生は気づけば私の目の前に立ち、私を正面から抱きしめ自分から鉄パイプを受けた。


「がはっ―!」


痛そうな声と、鈍い音が響く。その音を聞いた瞬間、私の心の中でプツリという音が響いた。

理性が切れた音だ。


「――ぬぁぁぁああああああ!!!!」


私は抱きしめられた森嶋先生のぬくもりを自ら抜け、床に落ちていた石を拾い来栖川の頭にぶん投げた。

石と頭蓋骨がぶつかる鈍い音と軽い音が同時に聞こえた。

頭に石が当たった来栖川は、そのまま反動で仰け反り、盛大な音を立てて倒れた。

―――倒した。

私が、来栖川に反撃して、倒したのだ。


「……あ………あ……」


八重は、その様子を見て、じりじりと私達から離れて行く。


「な…なんなのよ……もう……!!!」


八重の目には涙が溜まり、何もかもが分からなく。私に反撃された、そして来栖川が負けた事のショックで混乱し、情けない走り方で逃げだした。


「…………」


今の状況を確認すると、私が、森嶋先生に抱きしめられて、森嶋先生が来栖川に殴られて

私が…石を来栖川に投げて、来栖川は倒れた。

奥でドラ●もんが野村の死に嘆き土葬を始め、野村を埋めようとしている。


「……ふ…フヒ……」


笑えた。何故か、とても楽しく笑える。

なんだこれ、いや、本当になんだこれ。

こんなに訳がわかんなくて、こんなに意味が分かんなくて

こんなに……笑える事も、そうそう無いだろう。


「萄夢くん!」


森嶋先生の声が響いた。

そうだ、今すぐにでも抱きしめて貰って、褒めて貰いたい人がいる。

それは、私を見て顔を青くして――


「後ろ!!」


私の後ろを指さした。

振り返ると、私の頭に鉄パイプを振り上げた来栖川が―――


「――――え」


振りおろそうとした瞬間、来栖川は前に盛大に倒れた。

来栖川の身体は、私の横を通り過ぎ地面と顔が激突した。

まるで、何かに転んだのか、それか引っ張られたような転び方だった。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!!」


奥の方で誰か男が走り去る足音と息遣いが聞こえた。

その音の方に視界を向けると、そこには頭にパンツを被ったハゲの男がここから離れるように走っていた。


「はぁはぁはぁ…!!これで…これで俺の禁断症状は――消えるっ!!」


去り際に、何かが聞こえたような気がする。


≪みんなごめんな…約束、守れなかったよ…俺…やっぱり駄目みたいだ…でも俺…17時間も戦ったんだ…だから……!!≫


頭の中で声が響いた。

これは世間で言うテレパシーというものだろうか?

何故、そんなものが私の頭の中で響いているのか分からなかったが、

森嶋先生は聞こえて居なかったのか、ただ私の顔をじっと見ている。


≪きっとこの出来事も…僕達の未来に繋がる筈だから―――≫


最後に何か恰好良い事を言った後に、頭にパンツを被ったハゲの姿は完全に聞こえなくなった。


「触れるじゃん……」


後ろのドラ●もんは、去っていったハゲの跡に向かってそう呟いた。


「萄夢くん!」


私は、再び森嶋先生に名前を呼ばれる。そして、肩を掴まれる。


「大丈夫!?怪我はない!?また、苛められたんだね!?」

「…あ……え……」


本気で心配そうに私を見る先生の顔に、私は


「…あ…ううう…ううううううう…」


また、涙が溢れて止まらなくなった。


「…ごめん。僕が軽率すぎた。これからは、ちゃんと僕も頑張るから」


森嶋先生は私の手を握る。私の両手は、先生の両手に包まれる。


「今度こそ、もう大丈夫だからね」

「ううううう…ううううううううううう…」


先生の言葉一つ一つが私の身体の芯を先生の色に染めていく。

今の私の顔は、涙と鼻水で酷くくしゃくしゃになっている事だろう。

そんな酷い顔を先生に見せたく無くて、私は先生の肩を貸してもらった。


「ううう…うう……」


先生は何も言わない。何も言わずに私に肩を貸してくれた。

先生の匂い、先生の体温が私の全てを包む。

この瞬間、私は完全に先生の物になった。

例え先生が私の事を恋愛的に好きでなくても、私は誰よりも先生の事が好きで

例えこの優しさが私を女としてではなく、生徒として向けているものだとしても、私はこの愛で一生生きていけて

きっと何年たってもこの想いは思い出にはならなくて、

先生が私の事を忘れても、私は一生来世永遠に先生の事を忘れないだろう。

それほどまでに、今私の中にある愛は、最初に出会った表面とちょっと相談しただけの思い違いの薄っぺらい愛じゃなくて

この世のどれよりも重く、先生が望めば世界を滅ぼす事だってできるだろう。

一生消えない、何が起こってもどんな最悪な出来ごとが起こっても決して消えないこの愛を例え片思いだとしても確かな愛手に入れた私は、


これから先に訪れるであろう、先生への愛を心に刻んだ私の素晴らしき日々に祝福した。




萄夢翔子(どうむしょうこ)の素晴らしき日々…終】




初めて踏む地、初めて見る風景、そして新しい寮。

全てが俺の住んでいた世界とは違う。まるで違う人間が作り上げたようだ。

大きな荷物を寮に起き、必要最低限の物を持ち外を歩くと隣の住民に声をかけられる。


「もし、そんな所に荷物を置いといたら空き巣に物を取られるよ」


隣の住民は心配そうに俺に忠告をしたが、それはいらぬ世話ってものだ。


「安心しな。俺の部屋には――鍵があるんだからよ」


そう返答すると、隣の住民は信じられないような顔をして俺の顔をジロジロ見る。


「いやはや、素晴らしい。鍵をそのような使い方をするのは貴方が初めてだ」

「初めてって、それが普通だろ」

「いやいや、その鍵さえあれば何でも収容し守る事ができます」


全く、大げさに言う爺さんだ。こんなの、俺の世界では何て事無いっていうのに。

やれやれ、この街の人間はまだ鍵という文化が根付いていないようだな。しょうがない。

俺が一から教えて行く必要がありそうだ。全く、時間がかかる。

鍵を閉めて外を出ると、外には大都市とも言えるように馬鹿でかい建物や建物に組み込まれたテレビとやらがある。


「凄いな…どれもこれも俺が発明したものばかりだ」


電気信号を繋げて青色と赤色と緑色を使って多種多様の色を発させ電波に乗せて放送させるテレビというもの。それが今や進化してこのようなものに応用されているとは。

人間の進化というのは関心できるものがある。まぁ、この発想も俺が数百年前に考えついたものなんだが。


≪さぁ!124時間テレビももうすぐ終盤!キングオブザコメディの高橋健二さんの1220キロマラソンもラストスパート!≫


どうやら、テレビには124時間テレビが放送されている最中だそうだ。


≪健二さん頑張ってくださーい!後143キロです!ラストスパートですよ…あ、あら!?あれは何でしょう!高橋健二さんの横に並走するように女子高生のパンツが!≫


マラソン走者の横で、パンツが宙に浮いて並走している。


≪これは凄い!奇跡です!高橋健二さんの横で女子高生のパンティーがっ!高橋健二さんと競争しているかのようです!あっ!今パンティーが健二さんを抜きました!≫


…どうやら、この街は予想以上に狂った状況になっているようだった。

これは俺がなんとかするしかないかもな。やれやれ、面倒事は嫌いだってのに


≪パンティーが健二さんを抜いたー!凄い!まるで健二さんが女子高生のパンティーを追いかけてるようです!健二さんも心なしか良い笑顔です!!≫


瞬間、俺の目の前で女が息を切らして走っている。

何かに追われているのか、完全に怯えきっているような顔だ。やれやれ、やっぱり面倒事の方から来るのだな。と俺は深くため息をつく。


「…ったく、しょうがねぇな。おい、何の用何だ?」

「――はぁ!?何だお前話しかけんな!今私はそんな状況じゃねーんだよ!」


女は興奮しているのか、俺に話を吹っかけてきたにも関わらず偉そうだった。こういう女は苦手なんだが…


「ヤベーんだよ…とにかくやべぇんだよ!小屋が爆発してド●えもんが出てきて来栖川がおかしくなって…あー!もう!!」


女は癇癪を起してウロウロし始める。落ちつけ、落ちつきのない女は一兎も得ないぞと言おうとしたところ、更に後ろから明らかに不良の男が何人か来た。


「やべぇ!マジやっべぇええ!!やべ!やっべぇええ!!やべ!やべぇえええ!!!」


あからさまに頭の悪そうな奴だ。全く、どうしてこういう馬鹿な不良は問題ばかり起こすかね


「おいお前、おいお前だよお前」

「ああ!?何だてめぇこっちはそれどころじゃねぇんだよ!タイムマシンが爆発してドラ●もんがぁああ!!」

「なんだなんだ。物騒だな。俺にはお前がピーチクパーチクで何言ってるか分かんねぇんだよ」

「いやだから!お前も逃げた方が良いぞ!向こうからあの化物が出てき―――」


急に、目の前の不良は動きを止め、目の色を変えた。

――ああ、やはりか。全く、今日はゆっくりとこの地で初めての夕飯を食おうと思ってたのに


「おいおいおいおいおい、てめぇ俺にそんな口聞いても良いのかなー?あーん?」


全く、相変わらず頭の悪い煽り文句だ。


「へっへっへ…おい、その女を今すぐ俺に渡しな、てめぇなんかには勿体ねぇだろ?なぁ?」

「…悪いが、お前の言う事なんかピーチクパーチクで全く聞こえねえんだよ」

「あん?」


こういう奴は一発殴って黙らせる方が良さそうだ。


「お?やる気か?その細い腕で俺を倒せるかな?俺は柔道562段の超優秀な奴だったが、誰もかれも弱過ぎてイライラしてたところあんだよ――」


俺はそいつの鳩尾を狙い、一発撃ち込む。

そいつは鳩尾を打ちこまれたと同時に、何が起こったのか分からないように鳩尾を抑え転がる。


「が…あっ…!?なっ…何を…しやがった…!!」

「知りてえか?…ふん、頭の悪いお前には分からないだろうが、鳩尾を打ったんだよ」

「鳩…尾……!?」

「喧嘩するなら覚えておいて損は無いぜ。急所の一つだ」


俺は丁寧に教えてやると、相手の不良は「クソが」と悪態をついた後に倒れ、くたばった。

後ろに振り返ると、女は呆然と俺の方を見ている。


「おら、片付けてやったぜ。もう安心だ」


俺がそう答えると、女の目の色が変わり、女は笑顔となり俺にいきなり抱きついてきた。


「うわぁああーん!!政継様ぁ!怖かったですのー!!」

「なっ!てめぇ…どうして俺の名前を!」

「政継様はこのあたりでは超有名人ですの!だから皆知っているんですの!」


しまった、俺はそこまで有名人になっていたのか。

やれやれ参ったな。これではこの街でもゆっくりできそうにないじゃないか。


「あっ…貴方はもしかして、政継様ですか?」

「そうだけど?」

「ああ…!ま、政継さま!本物の政継さまだ!」


周りに居たこの街の住民のほとんどが、俺が居るやいなや興奮し凄い勢いで俺の周りだけ人口密度が高まる。


「おい!やめろ集まんな暑いだろうが!」

「そうですのー!政継さまから離れるですの!」

「ええい!お前もだ!」


全く、このままだと身動きすら取れねぇ。なんとかならねぇものか。

だが、人気があるいという事は俺が頼られてるって事だ。俺の力の証明にもなる。これは悪い事では無い筈だ。


「政継様!お願いがあるんですの!」

「ん?」


なんだこいつは、ついさっき助けてやったのに、また助けてと言うつもりか。何て図々しい奴だ。

だが、まぁいい聞いてやろう。


「先ほどのチンピラのクズ野郎だけど、そいつらのボスが居るんですの!もっと酷い奴ですの!」


ほう、あのクズも大概だけど(まぁ結構なザコだったが)

それよりも酷い奴が居るってのか。そりゃぁ…


「倒しがいがあるな…」

「ですの?」

「いやなんでもねぇ。言ってみろ」

「そうですの!そいつの名前は”森嶋明弘”って言う奴で、私を襲ってきた奴もそいつの手下なんですの!」


森嶋明弘?なんとも普通の名前だな…。

だが、悪人に名前も何も関係ない。全員平等に悪人だ。


「まぁ、暇だし良いよ別に」


俺の適当な返事に周りの全員が歓声をあげて、隣のですの女は俺に抱きつきスリスリしてきた。全く、適当な返事だってのに現金な奴らだな

だが、森嶋明弘…

あんなザコの親玉だというのだから、親玉ってのも大した事ないんじゃないか?

しかし、こいつらの歓声がうるさいな。


「うるさい!考える事に集中できないだろうが!」


歓声が煩いので黙らせようとしたら、全員が一瞬で黙った。

よし、これでいい。

さて、適当に返事はしたものの、仕事は真面目にこなさければならない。


「まぁ、戦ってる最中に考えれば何とかなるだろ」


俺がそう言うと、全員が目を丸くした。


「さすがだ…!戦ってる最中何て俺は怖くて何も考えられないのに!考えて戦うなんて!」

「何て知的な人ですのー!」


また再び周りの人間は騒ぎだした。これじゃぁ無限ループだ。

とまぁこのように、この俺 眼亜裏栖政継(メアリスまさつぐ)は常に面倒な事に巻き込まれるだけの普通の高校生だ。

俺は生まれつき誰かを洗脳しているかの如く好かれる。その逆もしかりだ。やれやれ。

嫌われる奴にはとことん嫌われる。ま、そのおかげで煽りも効くから楽に倒せるんだけどな


続く

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