[Mission-007]
前回までのMission!
味方が一人また一人と散っていき、最後に残された昴流。果敢にも未確認機に勝負を挑むも、敢え無く他の味方同様撃墜される事となった。
暗転した視界、その中で目を開くと。
[Mission-007]
気が付けば、コクピットシートに倒れ込んでいた。
全身汗だくで、呼吸をする事すら忘れていたようで、慌てて息を吸い込んだ。
全天周囲モニターは、もはや何も映さず、無数のアラートメッセージが暗闇の中で、赤く点灯する。
操縦桿を動かしても、もう機体は反応しない。諦めて操縦桿から手を放した。丁度そのタイミングで。
(……4番機撃墜されました、全機撃墜、って事はミッション失敗? えぇー)
観言の落胆した音声がコクピット内に響いた。
暫くしてアラートメッセージも消えた。コクピット内は暗闇に包まれる。いや、僅かに操作パネルが光を放っているので、ぼんやりと周囲の様子は窺える。
正面モニターには、長い髪を後ろで適当に束ねた冴えない少年が映っていた。隈のある目、不満気な口元、覇気の無い疲れた様な表情を浮かべている。
「そんな顔すんなよ」
酷く落ち込んでいる様子のそいつに向かって、俺は笑いかけてみる。
モニターのそいつは俺に励まされてか、ニヤリと歪な笑みを浮かべた。
「負けて落ち込んでるとか思われんなよ」
向こうの自分に言葉を投げかけて、端末から流れている曲を終了させる。
コクピット内は静寂に包まれた。いや、まだ空調や機械の作動音などが残っているが、逆にそういった雑音が、戦闘の余熱を冷ますには丁度良かった。
目を閉じて心を落ち着かせる。
そうだ、終わったことだと言い聞かせる。
起こった事実を覆す事は出来ない、受け入れ、受け流せばいい。
全ての事に意味などは無い、全ての命は個で成り立っていると言っても過言ではない。全ては己の中に在り、世界の多くは他人事だ。ならばこそ。
「そうさ、所詮は遊びごとだ」
心に余裕を、耳に音楽を、どうせ幾ら足掻いた所で世は事も無しが信条だ。
そう向こうの自分に語り掛けて、点灯しているパネルを押し込んで、コクピットを開閉させた。
[COCKPIT OPEN]とモニターに表示され、重々しい挙動で座席周りの操作パネルが上部へとせりあがる。同時に座席は下へと降りる。僅かに内部と外部を隔てる装甲に隙間が生じ、籠っていた熱気が外へと抜ける。俺の座る座席はそのまま後方にスライドし、展開される装甲と共に操縦席の外へと送り出される。
光が差し込み、暗闇に慣れていた視界が白く塗り潰される。
目を慣らすとそこに広がる光景は大海原、ではなかった。
そこは喧騒に満ちていた。光景よりも先に騒がしい声が周囲から響いてくる。
〈統括ネットワークネビュラより通達します。本日は、模擬訓練システムの、メンテナンスが行われます、訓練生は速やかに、模擬訓練システムの操縦席から降りて、ハッチを閉鎖してください〉
「はいナビゲーターの皆さん、速やかに今回のミッションのデータをまとめますので、パイロット操作情報、ナビシステム、機体データと戦闘ログを回収してチェックしてくださいね」
「エンジニア一同、データ上の機体とはいえ自分で設計した機体だ、破損状況を確認して修理行程をまとめて提出しろ」
「パイロットは報告書作成するから携帯端末にデータ記録忘れるなよ」
ここは巨大な会議場だった。いくつもの部屋を上下左右ぶち抜いたように大きい。窓は無く、天井や壁に無数の照明が取り付けられ部屋を照らしている。
今僕が乗っていたシミュレータは会場に扇状に4機が並んでいる。正面には巨大なモニターがあり、先ほどの戦場を映し出している。
既に他のパイロットはコクピットの外に出ていて、タオルで汗を拭いたり、ドリンクで水分補給をしたり、携帯端末に戦闘データを読み込ませたり、他のチームメイトと話し合いなどをしている。
俺はと言うと。
「負け犬―」
背後からパコっと軽く頭を叩かれた。
「痛いぞ観言」
コクピットからせり出した操縦席から降りて、俺は罵声の相手を見つめる。
そいつは白地に緑色で縁取られた制服を着た女子であった。丸めた作戦資料を手にこっちを睨みつけてくる。真っ直ぐな瞳は何処か優等生っぽさがあり、真面目そうな性格を表すようであり、結構人に好感を与える印象を持つ。しかし目つきは仄かに挑戦的で、実際の性格も大人しさとは真逆であると言っておこう。髪は短く整えられ、少々癖毛が跳ねている。化粧っ気は皆無だが元々が割と整っているので気にならない。俺の中では黙っていれば可愛い部類だ。
背は低く、それを補おうとでもいうのか大きくポーズをとる癖があり、その様子から我等Cクラスの男子の間では密かにアイドル扱いされている。
彼女こそ、我等4番機チームのナビゲーターの観言当人である。
不機嫌そうな表情の理由は明白だ。彼女は俺の顔をじっくりと嫌味たっぷりに見つめ返す。
「どうせこの後たっぷり絞られるでしょうから? 私はこの程度で済ませてあげるわ昴流、感謝しなさい」
恩着せがましく言う様子は非常に大人げが無かった。お姉さんぶる様子と相まってなかなかに可愛く見えた。
「ああ、それは助かる」
とりあえずは彼女の気が済むまで、頭をパコパコと叩かれるというプレイを楽しむことにする。身長差があるので「ちょっと頭下げなさいよ!」と彼女が必死に手を伸ばして頭を狙う様子はもはや愛らしい領域だった。
そんなプレイの最中に、得体のしれない笑い声と共に近づいてくる人影があった。ボサボサ頭に丸眼鏡という怪しさ全開でやってきたのは、観言と同じく4番機チームのエンジニアの芦屋だ。
「よぉ昴流ぅ、駄目だったねぇ」
今回の命令違反は彼の協力無くては成し得なかったと言える。俺の誇るべき悪友だ。
「ちょっと芦屋! 何で私には一言も相談が無い訳!?」
今度は芦屋の襟首を締めあげる観言。
「そりゃキミ嘘が下手だからさぁ、敵をだますにはまず味方からっていうだろぉ?」
「だったらしっかり結果残しなさいよね! 負けてんじゃないわよ! この後皆に色々と言われるんだからねっ!?」
「怒る所はそこなのかい?」
首を絞められながらも、芦屋の軽口と飄々とした態度は変わらない。観言曰く彼には神経とか感情が無い海月男らしい。それを証明するかのように、さらに観言が彼を締めあげようと手に力を込めた所で。
「はい、全員注目!」
部屋の奥の巨大モニターの前で、鋭い声が響き渡った。
[アルカの手記-007]
「何と生きていたか」
〈主人公の事でございますな、それはそうでございましょう。流石にこんなほぼ開始直前に殺す事もありますまい〉
「しかし、この主人公が健在な限り、我らの出番はないのだぞ!?」
〈いえ、そんな世代交代みたいな待ち時間ではないと思いますが……もう間もなく我らの出番が訪れると信じましょう〉
「気の長い話であるな……いっそ台本を無視してここらで突如として出演してやろうか」
〈お止めください姫様! そんな事をしてはいざ本当の出番になった時にインパクトが薄れてしまいます!〉
「しかしこのままでは、本番の時に読者に誰だこいつ? と思われてしまうかもしれんぞ!」
〈その為の此処なのでございます姫様、我らに出来る事は今この場で必死に存在をアピールする事だけなのでございます!〉
「世知辛いなぁ」
[続く]