[Mission-000]
注意:Prologueや前日譚と言った感じなので、主人公は出てきません。
早く本編を読みたい方は、次へと進む事をお勧めします。
[Mission-000]
それは抑えがたい内側の衝動から始まった。
通路は滑らかなカーブを描き、片面は無数の扉と分岐通路が並んでいた。なんとも無機質で面白みに欠ける景色だろうか。
それに比べ反対側は、壁一面が透過壁となっており、星々を遍く内包した宇宙を映し出している。
私はその中で一際美しく輝く、一つの星に目を奪われ立ち尽くしていた。
そう、それは衝動だった。
俗に言う恐怖や武者震いの類ではなく、例えるならばそう恋煩いに近い。
衝撃的な、能動的な、本能的な。
胸の中枢、皮を抜け、胸骨をすり抜け、心臓のさらに奥、よもや心などと言うセンチメンタルな言葉を持ち出さずにはいられまい。それは心の衝動と言えよう。
鼓動は血を介して全身を駆け巡り、その感動を指の先にまで伝えてくれる。
透過壁に映る頭部を覆う球状のヘルメットに、その星を重ね、両の手で包む様に囲ってみる。
「はぁ――」
吐息は自然と熱を帯びてくる。
動悸が私を昂らせる。
透過壁の外に広がる広大な星の海。その中で、青き存在を主張する星。
星の住人達の言葉では――地球というのだそうだ。
その星を見た瞬間から、胸の奥が痛いのだ。
ドクドクと脈拍が止め処無く。
全身が煮立つような。
全身が泡立つような。
自分の五感が全て統合され、周囲に溶けていく。
自分という枠組みが外れ、一つに集約され再構成されていく感覚。
私説ながら陳腐な言い回しをするのであれば、今この瞬間に私はこの地球という星に一目惚れしたのかもしれない。
ならばこそ。
「この地球は私が頂く」
兄達などに渡してたまるものか。
その為に、監視の目を掻い潜り一足先にここまで馳せ参じたのだ。
「誰にも渡しはしない」
そう呟いて、止めていた歩みを再開させる。
征服の為の一歩を、少しずつ確実に。
長い通路を、急ぐ気持ちを抑えながら踏みしめていく。
すると、先ほどの呟き以降静寂に包まれていた通路に、壁面のモニターの起動する音が響いた。振り返ってみると、内側の白い壁の一角が、モニター画面と化し船内の案内図が表示されていた。
私は通路を引き返して、起動したモニターの前に立つ。するとモニターにノイズが走り、人によってはどうか分からないが私としては可愛らしいと感じるマスコットが映し出される。
私は嘆息して画面に向かって呟いた。
「何だスミス、付いて来ていたのか……」
〈そんなご無体でございます姫様!〉
画面から、マスコットらしい声で悲壮感の漂う言葉が返って来る。
〈このサーヴァント・スミス。姫様の行く先、そして眠る墓所まで常に一緒でございます〉
「だから置いて行こうとしたのは察して貰えぬか」
マスコットは、私の言葉に大仰に首を振って見せた。
〈いいえ、姫様一人でなどととてもそんな! 大体一人でお使いすら行った事が無いというのに何故このような大胆な行動に出たのですか!〉
「うるさいな……まったく暫くこの小言から離れられると思っていたのに」
〈姫様聞いておりますか!〉
「わかったわかった、小言は後で聞く。それより折角付いてきたのだ、このファルアタートのシステムを掌握しろ、兄達に気付かれない様にだぞ、出来るか?」
私の問いに、マスコットは丁寧な礼をして胸を張って見せた。
〈愚問でございますな、この程度小一時間もあれば余裕でございます〉
「うむ、では頼む」
〈……ところで姫様は何処に向かわれているのですか? 艦橋からは随分と遠い場所に居られるようですが〉
マスコット姿の従者は画面の中で、船内のシステムを掌握している様な動き(書類整理したり電卓を弾く様な行動)を見せながら問いかけてくる。
「うむ、トイレを探している内に迷った。兄達からの監視を逃れる為とはいえ、地球人の身体というのは厄介だな」
私も、元々はこのスミスの様な存在であった。しかしその状態では上位権限を持つ兄達の目を盗み、極秘任務中の船に潜り込むなど不可能だ。その為に私はわざわざ肉体を纏ったのだ。この身体ならば、手足が動く限り何処までも自分の意思で動くことができる。
しかし、目で見て足で向かうという原始的な行動のなんと難しい事だろうか。方角は見失うし、疲れるし、何だかお腹もすいてきた。
〈方向音痴なのは姫様の元々の特性でございます、それに道に迷ったのならナビゲーターを使えばいいでしょう〉
「それが操作している内にバッテリーが無くなってな、充電場所を探していた所だ」
〈その機械音痴発言は我らが頂点たる皇機種としては如何なものかと〉
「態々指で操作しなければいかんのは煩わしいのだ!」
〈では艦内見取り図をここに表示しますので、ルートに従って艦橋にお戻りください〉
「まて、近くに機星の格納庫があるではないか、そこなら充電ができるかもしれんな」
〈姫様、せめて艦の掌握が終わるまで、そこでじっとしていては貰えませんか!〉
「何を言う、事態は既に動き出したのだぞ、ここで立ち止まって居ては取り残されてしまう」
〈いえそう言った抽象的な意味ではなく!?〉
モニターの言葉を無視して、私は案内図に記された格納庫へと足を向けた。
通路を進み、何個目かの分岐を内側へと曲がる。下へと続く通路の先は、大きな隔壁が行く手を塞いでいた。
スミスがこの艦を完全に掌握するまで、船内を自由には動き回れないという事か。
何せこの船は、地球へと秘密裏に送り込まれた強襲揚陸艦である。
と言っても船自体に武装は無い。我らは無暗な攻撃を好まないのだ。
この艦内に収容された機星によって必要最低限の目標地点を攻撃し、制圧する。それこそが我々の得意とする戦法であり、いまだ負けた事のない戦い方でもあった。
そして作戦の間この船は機星の為の補給基地として機能する事になる。整備から航行に関する全てが自動化されている為に、そもそも無人艦だ。しかしそれ故に船内のほとんどの施設は厳重に施錠がしてあった。
しかし。
「私の行く手を遮れるものか――皇機承認」
私の魔法の言葉が、おそらく幾重にも厳重に施されたであろうプロテクトを一瞬にして無効化し、扉をアンロックさせる。
かくして封じられた扉は開かれ、私は格納庫へと踏み入れた。
格納庫内は船底のほとんどを繋げた様な空洞になっており、とにかく広い。にもかかわらず非常に薄暗かった。何せ機星の整備や改修、待機中のメンテナンスから補給に至る全ての作業がオート化されている。人が入る必要が無いのだから仕方がない。
外壁付近の端末を操作しライトをつける。すると明かりに照らされて、ずらりと休止状態の機星が浮かび上がった。
陶器の様な質感をもった、見上げるほどの大きさの球体が、無数のフレームに囲まれて出撃の時を待ち構えている。
これこそが機星。我らが誇る唯一にして究極の力。
その中の一つに近づいて、コクピットハッチを先ほどの魔法の言葉で無理やり開かせる。操縦席に座り、肘掛に端末を置くと給電が開始された。これで一安心と思っていると。
〈姫様! 何故第9機星に乗っているのですか!〉
操縦席の正面にでかでかとスミスが映し出された。
「スミスよ、ファルアタートの掌握はどうだ?」
〈秘密裏に行っているので多少手こずってはいますが、間もなく完了でございます〉
「いい手際だ」
〈お褒めに預かり光栄……ではなく。早く格納庫から退出してください!〉
「急かして給電が早くなるならいくらでも急かせばいいが」
〈その様な呑気な事を言っている場合ではございません! 間もなく惑星大気圏付近でございます〉
「それがどうかしたか?」
〈兄上様達の地球侵略作戦をお忘れですか、機星を隕石に偽装し、大気圏に突入させるという手はずになっているのです!〉
「……どの道惑星に降下するのだから、このままでも構わんだろう」
〈いいえ、機星は尖兵として惑星各地にばらばらに投下されるのです、このままでは姫様御一人で地球に向かう羽目になるのですぞ!〉
「だがこの星に、機星に対抗する戦力は無いはずだ」
〈その油断が命取りでございます。この星の民は野蛮にございますぞ、たとえ無敵の機星とはいえ、狡猾な罠や非情な手段、果ては数の暴力を受け各個撃破される危険もゼロではありません。なるべく潜伏行動を心がけなくてはいけないのです〉
「む、スミスよ、かっこげきは……とは何だ?」
〈あああ、だから姫様を一人にはしておけないのです。いいですか姫様、もし姫様が敵の捕虜になれば、とても口に出せないような扱いを受ける事になるのですぞ!〉
「……例えばどんなだ?」
〈まず風呂に入る事は出来ないでしょうな、そしてベッドは固く、嫌いな野菜もたくさん出されることでしょう〉
「考えただけでも身の毛がよだつな、分かったすぐに出るとしよう」
野蛮だとは聞かされていたが、地球人がそこまで非情だとは思いもよらなかった。寒気立つ体をさすりながら、コクピットの開閉操作を行う。しかし、扉は沈黙を守ったままだった。
「む、コクピットがロックされたぞ」
同時に、正面の画面に[OPERATION START]と文字が表示された。
機体も動いているように思える。
〈作戦が開始されたようです! 最優先事項の為書き換え不可とは!? 姫様、そちらからは開けられませんか!?〉
操縦席内から人口重力が消え、私の身体がふわりと浮かぎあがった。
どうやら射出する準備が行われているらしい。この状態でコクピットを無理にこじ開けるのはかえって危険であろう。あとは、流れに身を任せるだけだ。
画面の中で喚くスミスとは対照的に、私の腹は決まった。
意図せずとも待ち焦がれた星への先陣を切る事となったわけだ。
操縦席内の表示を切り替え、青の惑星を表示させる。
その星の輝きは、我らの失われた何かを埋めるかの如く、暖かく身を包む。
生命の原初たる姿を残す星。
それを見つめると、不覚にも置かれた境遇や目的を忘れて、ただただ魅入ってしまう。悩むまでも無くただ感じるのだ。
此処にいる意味を、そしてやろうとしている事の理由を。
それは抑えがたい内側の衝動。
俗に言う、歓喜の震えや焦燥感の苛立ちの類では無く、例えるならばそう――飢餓の慟哭に近い。
短絡的な、末期的な、病的な。
頭の中枢、頭髪を抜け、頭蓋をすり抜け、脳のさらに奥、よもや魂などと言うセンチメンタルな言葉を持ち出さずにはいられまい。それは命の波動と言えよう。
全ての事には意味があり、全ての生命はその意味で繋がっている。ならばこそ、私がこの星に惹かれるのは必然なのだ。
私がこの星を征服するという必然の為に。
それがどのように長く険しい道のりであろうとも。
全てはここから始まるのだ。
「それではスミスよ、全てはスフィアの元へ(オルシャルドリターントゥスフィア)!!」
〈ひ、姫様ぁっ!〉
[Mission- continue……]
好き放題に書きなぐったSFが今始まります。
どうぞよろしく。
次回からはここのスペースで[アルカの手記]をお送りする予定です。
こうご期待。