いじめられっ子と十円チョコ
駄菓子屋、十円チョコってお得感がすごいのでトップバッター。当たると喜びもハンパないのでトップバッター。頑張れ駄菓子屋。頑張れ異世界。
黒髪に茶色がかった黒目をもつ少年。カイは家に帰る道のりをとぼとぼと歩いていた。
ここ、チレンディール王国では金髪や青い目が普通である。
黒髪に黒目、などという容姿の者はまずいないと言って良い。東の国ではそのような人間も多いというが、まだ十になったばかりの幼い彼には彼を取り巻く世界が『この世界の全て』であった。
今日もいつものように容姿についてからかわれたカイ。
うつむきつつ歩いていたせいか前が見えておらず、人にぶつかってしまう。
ぶつかった相手は筋肉隆々の大男。
男は、チッと舌打ちをし、
「バカヤロウ!」
とカイに罵声を浴びせかける。
――――やっぱり、いいことがない。
カイはその相手に文句を言うこともなく、うつむいたまま。
男はそれを見て再度舌打ちをして歩いて行ってしまった。
カイが暴力をふるわれなかっただけ幸運、と考えられる人間ならば良かったが、幼い頃より虐められっ子の彼は基本的にネガティブ。悪い方に考えてしまう。
(虐められて、舌打ちされて。なんで僕にはいいことが起こってくれないんだろう)
そう思っていた矢先、顔に皿のようなものが当たる。
「痛っ!」
(悪いことしか起こらない!!)
日本人であれば紙皿にガムテープを巻いたような、と形容できるそれを拾い上げながらため息をつく。
「悪いなぁボウズ、皿回しの皿が当たっちまって。大丈夫か?」
そう問うてくる一本の棒を持った少々しわがれた声の老人。
カイはそちらを見ることもせず言い捨てた。
「大丈夫です」
己の不運さに涙がこぼれたが、精一杯うそぶく。
「そうか。そりゃあ良かった。ちょっと待ってくれるかい。詫びに十円チョコやるから」
そう言うと老齢の男はすぐそこの木造建築のこぢんまりとした建物に入ってゆく。看板があるところを見ると店のようだ。ということは彼が店主なのだろう。
(た、か、は、し?)
最近習い始めた東洋語で書かれた看板。
一文字一文字読んだところ、『たかはし』と書かれていることがわかる。
「ボウズ。こっち来い」
先ほどの老齢の男が看板の前で呆けているカイを呼ぶ。
「……はい」
男を信じたわけでもないが半分ヤケになり、走って店へ入った。
(もうこれ以上不運が続いたっておんなじだい!)
中は思いのほかゴチャゴチャしており、勢いがついていたカイは棚にぶつかりかける。
「ボウズ、気いつけろよ」
苦笑しながらカイを見ている店主にカイは思う。
(ゴチャゴチャしてんのが悪いんじゃないか!)
単なる八つ当たりである。
「ほら十円チョコだ」
店主の目の前に立つと自分より頭一つ分ほど高い場所から声が降ってきた。
声と共に差し出された手には銅貨と同じくらいの大きさ形の赤茶の物体。
「なに、これ?」
ボソッとつぶやくと、店主が「ああ」と何か納得したように頷く。
「こっちじゃこういうモンは食わねぇんだよな」
(こっち……?)
訝しく思い眉をひそめたが、そんなことは気にもせずに彼は「ちょっと見てろ」と言うと、面積の大きな面をペリペリと剥がして行く。
そして剥がした面を見て「はずれか」の一言。
剥がしたピラピラの面には東洋語で小さく『はずれ』と書かれていた。
「そんでこれをな……」
堅めの材質でできたピラピラの面と分かれたものをひっくり返す店主。
手のひらにのった茶色く平べったい円柱状の物体を口に入れる直前に
「食う!」
と口に出してから入れた。
呆然と見ていたカイは、彼の「わかったか?」で我に返る。
「う、はい」
「そうか、じゃあほら食え」
先ほどの赤茶の物体を渡してきた。カイは怖ず怖ずと受け取り、店主のマネをする。
(これを剥がして……あれ、剥がれない)
悪戦苦闘するカイ。店主が「そこじゃなくてこっから剥がしてみな」と指をさして笑いながら教えてくれカイはやっとのことで剥がすことができた。
(あれ、書いてある文字、違う)
『100』と数字の書かれた隣によくわからない形。
(『円』? なんて読むのこれ?)
「お、ボウズ。すげぇじゃねぇか!!」
頭にクエスチョンマークを浮かべるカイとは裏腹に歓喜の声を上げる店主。
カイには何が何だかわからない。
「100円なんて伝説ものだぞ!」
「ひゃくえん?」
100円の意味も、店主が喜ぶ意味もわからずにカイは頭のクエスチョンマークを増やす。
「こっちじゃ銅貨一枚分。十円チョコ十個分だな」
「すごいの?」
「ああ。普通は出ねぇな。まあいい。チョコの方、茶色のやつも食ってみ、うまいぞ」
店主に促されるとおりに口に入れる。
(味なんてしないじゃないか……ん!?)
口に入れた時にはほとんど味のなかった『ちょこ』。しかし口の中で解けてゆくと共に口に甘さと、ほんの少しの苦味が広がった。
(甘い!)
ゆっくりゆっくり味わっているとほんのり酸味もあることに気づく。
(こんなの食ったことねぇ)
チョコレート自体はチレンディール王国にも存在している。しかし高額なのでチョコレートを食べたことがある人間など王侯貴族。もしくは有力な商人くらいである。カイの家は平民。別に餓死するほど貧しくはないが、決して裕福でもない。
カイにとって『ちょこ』は初めて口にする珍味だった。
(これが銅貨一枚で十個。つまり小銅貨一枚で一個!?)
「どうだ?」
戸惑っているカイに店主が問う。焦りつつも答えた。
「うまい、です」
「そりゃあ良かった。当たりの100円分も今回買うか?」
「当たり?」
「おう。当たり、100円分だ」
話では『ひゃくえん』は銅貨一枚とのことである。
カイは目を丸くして驚く。
「じゃ、じゃあさっきの『ちょこ』。欲しい、十個。いいの?」
「他にもあるが、十円チョコだけなのか?」
こくこくうなずくカイ。
正直あれより美味なものはないと考えている。
「ほら」
「あ、ありがとう、ございます」
本当に十個の『ちょこ』をカイにくれた店主。
夢なのではないか、と頬をつねるが痛い。
『ちょこ』をポケットに詰め込み
「あのっ。また来てもいいですか!」
と叫ぶ。
「ああ。ただ次は金貰うからな」
豪快に笑う店主は老人には見えない。
カイは店を出る前に決心する。
(よし。明日も来よう)
そして一歩店を出たところで後ろから店主の声。
「次に店があんのは一週間後だからな」
ずっこけた。
(……よし。七日後行こう)
次は銅貨を一枚持って、とカイは気を取り直し決心したのだった。