ハンスという男1
ハンスという人物を言葉で説明するのは、とてもむつかしい。強いて挙げれば、こんな感じだろうか。
まず言動や行動が、破天荒というか型破りというか、常識というものがない。昼間から酒は飲むし、煎じ薬の人体実験はするし、新しく作った剣を試すために盗賊をわざわざ襲ったり…
それは、私と出会ってからも全く変わらなかった。
*
「さてと。次はどう移動するかだが…」
そんな風にハンスは言った。
「俺がこれから行こうとしているのはアンハイム。道なりに行けば歩いて3日だ。だがな、途中に山がある。大人ならいざ知らず、マリーみたいな子供にはむつかしい。高さはないが、登り下りも激しいし、足場も悪い」
それは、お父さんから聞いたことがある。馬車での山越えが出来ないから、街道として整備されなかったのだと。
「じゃあ、迂回するの?」
「いんや、迂回すると時間が掛かりすぎる。10日ほど掛かるだろう。ほとんど野宿は嫌だろう?」
「それはそうだけど…」
返答に困ってしまう。
「まあ、任せておけ。秘策があるから問題はない」
自信満々に言い放つハンス。そこはかとなく不安な上に、ドヤ顔がイラッとする。
そんな私を無視してハンスは続ける。
「それじゃあ、さっさと支度して出るぞ」
「支度はいいけど、ちょっと待って」
呼び止める私。旅立つ前にひとつやっておかねばならないことがある。
「あの…お、お父さんのお墓、作ってあげたい…」
「あー…」
そう言った私に、髪をガシガシと掻くハンス。またしても複雑な表情を浮かべている。
「お願い…せめて、お母さんのそばにいさせてあげたいの…だから」
「あー…わかった。手伝ってやるからそんな顔すんな!とりあえず親父はどこだ?」
「たぶん、私の家の近く…」
「ひとまずそこまで案内しろ」
ハンスがそう言うので、私は自分の家まで案内した。お父さんはすぐに見付かった。
「お父さん…」
わかってはいたけれど、現実と向き合うのは辛い。
「お父さん、守ってくれてありがとう…」
お父さんは、盗賊から私を逃がすために盾となってくれた。そのお陰で私は今こうして無事だが、代わりにお父さんは…
私は静かにお父さんの亡骸へ近付くと、その身体を抱き締めた。自然と涙が溢れてくる。
しばらく泣いていたら、ハンスに声を掛けられた。
「マリー、そろそろ親父を離してやれ」
涙を拭いてハンスを見上げる。するとハンスがお父さんを抱え上げた。
「おかんの墓はどこだ?」
そのままお母さんのお墓まで案内する。村の外れ、寂れた一角にある共同墓地。
その更に奥、一本の松の前。そこにひとつ佇むお墓が、お母さんのお墓。
「これか?」
私は頷く。
「わかった。俺が穴掘って埋めるから、その間マリーは旅支度をするんだ」
「…わかりました。何を用意すればいいの?」
「そうだな…まず身の回りのもの。多少の着替えと外套だな。あとは食料。パンとか腐りにくいものを少しと、水だな。竹筒でもあれば、2本ほど用意してくれ」
私は再度頷く。
「ならもう行け」
ハンスに促され、元来た道を引き返す。名残惜しくてお父さんを見ていたが、私は意を決して走り出した。
*
ハンスに言われたものを麻の袋に入れて戻ってくると、もうお墓は出来ていた。お母さんのお墓ほど立派ではないが、お父さんのお墓だ。
裏庭から摘んできたお花を供える。お母さんのお墓にも、お花を供える。
「最後の挨拶をしておけ。俺は先に広場へ戻っている」
そう言うと、ハンスは立ち去った。私は両親のお墓へ向き直る。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
両親へ感謝と、旅立つことの報告。それと両親に対する祈りの言葉。
それらを紡いで、二人に投げ掛ける。答えはない。
松の枝が、かさかさと風に揺れる音だけが辺りに響く。そして私は広場へ足を向けた。
*
「おう、もう済んだか?」
広場へ戻ると、ハンスがそう聞いてきた。頷いて私は答えた。
「そうか。とりあえず出発だな。その前にひとつだけやることがある」
何を言い出すのだろうとハンスを見てみれば、例の金属の棒を取り出した。そこはかとなく嫌な予感がする。
「炎の御珠よ、我が意に依りて現れよ」
すると、掲げた金属の棒の先に、人の頭大の火の玉が現れた。棒を傾けると、火の玉は動き始めた。
動く先を見遣ると、そこには一軒の民家があった。ぶつかる瞬間、火の玉がかき消えたかと思うと、炸裂音と共に火柱が上がった。
思わず耳を塞いだ。が、音はすぐに止んで火柱もなくなった。
私はハンスを見上げた。この人は一体何を考えているのだろうか?
「そんな非難がましい目で俺を見るな」
飄々と彼は言った。さらに続ける。
「あの家に、死体を詰めて燃やしたんだ。でないと、しばらくの間ここ一帯は獣の巣窟になっちまう。それに流行り病の元になっても困るしな。旅人が全く通らないとも限らんし」
言ってることは、わからなくもない。でも、そのやり方にはどうしても納得出来なかった。
「マリーの言いたいだろうことは分かる。最善の道は他にもあるだろうが、今はこれしか出来ん。時間やその他の理由でな。…とりあえずアンハイムに向かうぞ」
スタスタと歩いていくハンス。私は、もう一度村をじっと見つめた。
それから村に背を向けると、私はハンスを追いかけた。