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夏恋

作者: 皐月 悠

夏休みのある日。

「シノン君」

僕が部活に行こうと家の鍵をかけ終わった時、呼び止められた。

「いたいた、よかったぁ」

声の主に振り向くと、走って来る黒髪の女性は、安心してため息を吐いた。

彼女は水無月 鈴香さん。僕と同じクラスの理奈のお姉さんで、同じマンションに住んでいる。

「コレ、理奈に届けてくれる?」

渡されたファイルを見て、持ち主の顔が浮かぶ。

「いいですよ」

 僕は笑みを浮かべた。

理奈さんらしい。

きっと、練習をするのに持って帰ったけれど、忘れてしまったのだろう。そそっかしいのは、入学式で初めて会った時から変わっていない。

「ありがとう。…あ、部活もういかないと間に合わないよ」

「あ!」

鈴香さんが見せてくれた腕時計は、八時二十五分を指している。

三十分までに行かなくちゃいけないのに、ここから学校まではどんなに早くつけても十分はかかる。僕は全速力で学校に向かって駆け出していく。


僕は、卯月 シノン。

ごくごく普通の中学三年。

受験生にとって夏休みは、勉強と部活を両立させなければいけなくて、ただでさえ大変な時期なのですが、僕にはもう他にもう一つある。

それは、恋。

僕は、中一のときに引っ越して来た。

緊張しながら中学校の教室にはいったら、着いたのが早すぎて教室には理奈と僕の二人しかいなかった。窓辺に立っている彼女の茶髪が温かい春の光に透けて、綺麗で見とれた。


それから気がついたら、目で彼女を追っていた。

彼女が男友達と話しているのを見るのが、嫌だった。気づき始めてから、彼女が浮かぶと心臓の鼓動が大きく鳴るようになっている。


彼女に魅かれたのは、明るくて可愛い笑顔、明るい性格、そそっかしさなどあげたらきりない。それでも、僕が自分の気持ちを自覚したのは、ごく最近の事だった。なぜ、受験で忙しいこの時期に、何で今頃気づいてしまったのだろう?


「失礼します。音楽室のカギを取りに来ました」

職質のドアをノックしてから入室する。

顧問の教師の机は、窓際にある。いつも、音楽室のカギは顧問の机の上に置いてある金属製の小物いれの横に磁石でくっつけてある。鍵を取ると、窓の外に視線を向けた。

視線の先では、運動部が朝練している。空は憎憎しいくらいの雲ひとつない快晴の青空が広がっていた。

今日が部活動となにも関係ないのであれば、僕は喜びもしたのだろうが、外での練習がある事が気持ちを憂鬱にさせる。

 「曇ってくれないかな」

快晴のマーチングの練習は辛い。

マーチングというのは、楽器を演奏しながら歩く事だ。それだけを聞いたら、『それだけなのに、キツイの?』なんて言うかもしれないけど、他の先生から『文化部なのに、運動部並みのキツイ部活』と言われている。

「おはよう、卯月」

この見るからに若い美術教師は、謎が多いが、生徒に大人気な大神 晃、先生。

「おはようございます」

「頑張れよ、今日の最高気温は三十度だそうだ」

「アハハ…そう、ですか。ところで、なんで先生は学校に来ているのですか?」

「ちょっと、な…急用ができて…」


音楽室に到着すると、もうほとんどの人が来ていて、廊下に出してある机に寄りかかってそれぞれおしゃべりしている。理奈は話を聞きながら鞄の中をあさっていた。鞄の傍にはクラリネットの黒いケースが置いてある。

「理奈が探しているのって、コレ?」

「うん、そうだけど…なんでこれを卯月が持っているの?」

「朝、鈴香さんに頼まれた」

「ありがとう」

彼女は楽譜の入っているファイルを受け取った。

「早く開けないと、また鍵当番だよ?」

「そうだった!」

急いで鍵を開けて音楽室の時計を見上げた。

時計は、八時三十三分を指している。時間までに鍵を開けなければ、当番は続行となる決まりが存在しているので、明日も僕が鍵当番をする事になってしまった。

 廊下に出ると準備室の方の鍵を開けて、中から準備室と音楽室をつないでいるドアを開けた。

このドアの鍵は外からじゃ開かないようになっている。もし、運悪く気づかれずに鍵をかけられて全員に帰ってしまったら、音楽室にお泊りするしかない。ここは三階だから、窓から外に出るという事もできない。真実かどうかは分からないが、実際にお泊りになった先輩がいるという噂を聞いた事がある。

鍵とノートをピアノの上に置く。

楽器を出しに準備室に行き、バリトンサックスのケースを棚から出す。箱からリードを一枚取り出し、口にくわえた。頭部にリードを慎重につけ、しばらく音だしをし、本体に頭部をつけて音を出した。

ちょうど彼女が譜面台を取りに来た。

「すごく、良い音だね」

譜面台を出しながら、理奈がこっちを見て行った。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。お世辞でも」

「おせじじゃない、本当に良い音だよ!」

「…ありがとう」

僕は、満面の笑みを浮かべた。

「理奈も、曲の難しいところ頑張ってね」

「うん、頑張るよ」

窓からさしてくる日の光に透けて、理奈の髪が明るい色に見えた。笑顔がやわらかい日の光に照らされている。


ドキ


僕は、自分の脈が大きくなったのが分かった。

「じゃ、また、合奏でね」

準備室から出て行く彼女と入れ替わりに和希が入室してくる。横目でチラッと理奈を見てからボクを見ると、開口一番にこう言った。

「…お前、顔がニヤけてるぞ」

「え?」

「今の表情を見たら、誰だって気づくぞ」

彼は呆れた表情を浮かべて、トロンボーンのケースを引っ張り出す。

「まったく、こんなに分かりやすいのに、なんで気づかないのかねぇー。それに、まだ告白してないんだろ?」

「…うっ」

「まだ、言えない。それに、理奈には好きな人がいる」

この前、友達と話しているのを偶然聞いてしまったのだ。

「……」

和樹はあっけにとられて口をわずかに開ける。

「まだ、無理だって決まったわけじゃないだろ」

「……そうだね」

僕は、楽譜と譜面台をひきだしの棚から取り出すと、いつもの練習場に向った。

そこは、職員駐車場から音楽室につながっている非常階段の踊り場で、音楽室から出てすぐのところにあるガラスせいのドアを開ければすぐの場所だ。

ちょうど日陰になっていて、気持ちのいい風が吹いてきて気持ちいい。

ドアを閉めてから、大きく息を吸って吹いた。

理奈の好きな相手は誰なのだろう?もしかしたら、と思う事はあるけど、そんな都合のいいことは起こらないだろう。玉砕する可能性が高いじゃないか…。

「……」

浅くため息を吐き出して、外の景色に視線を向ける。

職員玄関に高校生か、それより年上の人たちが歩いてくる。

鈴香さんと、茶髪の女の人の2人は、スリッパに履き替えると職員室のほうに行った。手にビニール袋を持っているのを見ると、差し入れにきたのかも知れない。

そういえば、今日の練習予定見てないな。

楽器をさげたまま音楽室の黒板を見に行く。

黒板には練習予定や欠席者、遅刻者、早退者の名前が書かれている。

今日の練習予定は…。

九時半まで個人練。

九時半~十二時半まで合奏。

十二時半~一時半までお昼。

一時半~二時半までマーチング曲の合奏。

二時半~六時半まで、ず~っとマーチング練習。

 最後の練習項目を見て、深くため息を吐き出した。


「懐かしい、中学校時代を思いだすなぁ~」

「後で聞かせて。そのいろいろあった中学時代♪」

「……あとでね、弧華」

廊下からみんな声が聞こえてきたかと思うと、さっき見かけた四人が入ってくる。

ある程度ざわついていたのが、秒針が聞こえてくるほど静まり返った。

「あ、驚かせてゴメン。コレが睦月 弧華。私は水無月 鈴香。ここの卒業生で、元吹奏楽部員です」

「水無月って、理奈先輩のお姉さんですか?」

「うん、そうだよ。あ、差し入れなんだけど、アイスだから職員室の冷蔵庫にいれて冷やしてもらっている。後で、みんなで食べてね」

差し入れと聞いて、部員全員が喜んだ。

「先輩、今日はどうして来たのですか?」

「少し用事ができて、そのついでによってみたの」

楽しそうに打ち解けて話している鈴香さんたちを見ながら、僕は和樹に「合奏になったら呼びに来て」というと音楽室を後にした。だから、その後、弧華さんがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた事に気づかなかった。


練習終了後の音楽室。

僕は、いつも通り楽器の掃除をして片付けていた。

楽器をケースに入れて準備室に戻ってしまうと、彼女も終わったちょうど終わったところで準備室に入って来る。楽器をしまってから音楽室の方に戻る。

「じゃ、早く下に行こうか」

「うん、そうだね」

ドアに手をかけて開けようとするが開かない。

念のためにもう一回やってみたが、無駄だった。

「あ、開かないよ…」

「…ウソ、でしょ」

「僕、準備室のほう見てくるから、理奈はあっちの方見てきて」

「うん、分かった!」

準備室の廊下につながっているドアは開かなかった。音楽室のほうにもどりながら、少し大きな声で聞く。

「そっちはどう?開いた?」

「ううん、開かないよ~」

ここの鍵はすべて外側じゃないと開けられない。閉じ込めれた事になる。

「そっちは?」

「だめだった」

「そっか…あ、準備室の学校内に通じる電話は?」

「電話? …あぁー、アレ、そうだね、かけてみる」

ボクは準備室の方に走っていった。

適当に書かれている番号にかけてみても、プルルという音がしても、誰も出ない。

「―――ッ」

受話器を元に戻す。

その拍子にポケットの中にあるものがコツっとぶつかった。手を突っ込んでみると、携帯だった。


「携帯持っているのを忘れていて、さっき兄貴に電話してきてもらうように言ったから大丈夫。理奈何が可笑しいの?」

「なんでもないよ。ね、卯月」

「ん、何?」

「あの…私、卯月の事が好き、です…」

「ボクも、理奈が好きだよ。前から、ずっと…」

「うん、私も」

笑いながらボクが言うと、なんとなくいい雰囲気が流れた。クスクスとしばらく笑って、ふっと理奈の顔に近づけ、瞳を閉じてキスをする。


ガラッ


いきなりドアが開いた音がして、はっとしてそっちの方を見れば和希たちがなだれ込んできた。見たところ、狭い場所から見ていて押し合いをして倒れたようだった。

「やっと、分かったか…鈍感バカップル!」

「和希!何で…まさか、今の……」

「おーっと、俺だけじゃないぞ。コレの提案者は睦月さんだ。それに…俺の他にも聞いていた奴はいるし?」

その言葉を合図に仕掛け人が入って来た。

「いやいや、本当に閉じ込めるわけがないじゃん♪」

「……弧華ならやりかねない」

冗談な口調で軽く言う弧華に、呆れてため息を吐き出しながら鈴香さんが言う。

「何がどうして、こうなったのですか?」


その後、説明してくれた事情によると、次のような事だった。

鈴香さんに恋愛の相談を理奈さんはしていた。その相談を弧華さんも聞いていた。そして、彼女は、それならば閉じ込めてしまえばいいと提案したらしい。そこから、彼女は知り合いの美術教師に会う予定をたて、今日にいたるらしい。


「あ、じゃあ…大神先生の急用って…」

「そうよ、私が頼みを聞いてもらうために用事で呼び出したの」

「……」

この人は何者なのだろう?疑問が残ったけど、あえて触れないでおこうと思った。たぶん、触れないでおくのが正解なのだと思う。

そして、その後の誰もいない音楽室に好きな人を呼び出して告白すると、叶うというジンクスができたらしい。


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