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使い魔の黒猫は満月の晩に踊る  作者: 白波
第1章 魔法との出会い
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第4話 あやかとクロのお出かけ(中)

 家を出てから約十分。

 クロとあやかの姿は近所の駅にあった。


 この世界では動物が使い魔として存在している関係でおとなしいという条件付きではあるが、小型の動物を連れて電車に乗ることができるのだという。

 今村駅と書かれた看板がかかる入り口から階段を下りて、地下の改札口をICカードでくぐると地上にあるホームに向けて階を上る。


 この間、ずっとあやかに抱きかかえられたままなのだが、あやかは疲れる様子など見せずに階段を一気に駆け上がっている。


「おいおい。走ると危ないぞ」

「いいじゃない! ちょっとぐらい!」

「ちょっとでもよくない!」


 ここ数日でかなり感じていることだが、あやかはかなりのおてんば娘だ。

 何かに興味を持てば後先考えずに全力で追いかけるし、けがをすることも多いらしい。そう考えると、あやねが必要以上にあやかのことを心配するのもわからなくはないと思えてくる。


 あやかはホームの中ほどに立って列車の到着を待つ。

 今自分たちが立っている四番ホームの向かいには普通列車がすでに止まっていて、これから二人が乗る特急の発車待ちをしている。

 全面的に赤色が使われたその普通電車の扉は冷房をちゃんと聞かせるためなのか、真ん中の扉以外閉じられていて、車内にはちらほらと人間のほかに使い魔と思われる動物の姿も見える。


 改札で止められなかった時点であやかの言葉が正しかったのは証明済みだが、改めてこうした風景を見ると何とも不思議な気分になる。

 魔法少女と思われる女の子のひざ上に乗せられた子犬はおとなしく丸くなって寝ている。


 先にあやかがおとなしければという話をしていたので当然といえば当然なのだろうが、鳴き声一つ出さないのはある意味驚きだ。

 そして、クロのそんな思考を遮るようにして特急列車の到着を知らせるアナウンスが流れる。


 そのアナウンスがちょうど終わろうかというタイミングで特急列車がホームに滑り込んできた。


 特急が到着すると、ホームで待機していた人が一気に列車の中に流れ込む。

 その中には犬やら猫、果てはハムスターなどまで抱えた少女が多く含まれていて、おそらくその人たちは降りる駅も同様に思えた。


 電車に乗り込むと、次々と後ろから乗客が乗ってくる。


 気付けば、車両の中ほどで通勤ラッシュの時のような状態でぎゅうずめにされていて、クロはあまりの混雑に押しつぶされそうになる。


「あー! クロ! 大丈夫!」


 それに気づいたあかねが頭上に抱え上げてくれたおかげで何とか窒息死は免れることができた。

 周りを見ると、荷物や使い魔を頭の上に乗せている人たちがたくさん見える。というか、あまりにも魔法少女が溢れすぎていて特別性も何もないような気がしてきた。

 だからこそ、あやかは魔法少女を知らないクロに対してあんな態度をとったのだろう。


 そのあと、もう少し乗客が乗って乗降が完了すると列車はゆっくりと駅を出て走り出す。


 車内で停車駅を案内するアナウンスが流れるが、周りに人が多すぎるせいなのかうまく聞き取ることができない。

 そのあと、列車はいくつかの駅に停車して地下に入ったところでようやく降りる駅に着いた。


 あやかはクロを頭上に持ったまま列車を降りて、そのまま人ごみの中を進んでいく。

 ここで到着かと思ったが、あやかに抱えられながら駅の案内表示を見てみると地下鉄へ向かっているようだ。

 どうやら、ここが目的地の最寄り駅というわけではなくここからさらに地下鉄に乗って移動するようである。


 再び、ICカードで地下鉄の駅に入場して、ホームで待っていると今度は黄色いラインの入った銀色の地下鉄車両が到着する。

 先ほどよりもはるかに超満員な列車に乗り込んだところでクロを頭に乗せているあやかがボソッとつぶやいた。


「乗る電車……間違えた」


 彼女がちょうどそう言い終わったタイミングで扉が閉じて列車が走り出す。


「えっ? 今、電車間違えたって言ったか?」

「うん。というか、さっきの電車も降りる駅間違えた……乗り換えの駅、もっと前……」


 超満員の列車で押しつぶされそうになりながらもあやねはぼそりぼそりとか細い声でそうつぶやいている。

 クロは小さく息を吐きながら前足で顔をなでる。


「わかったよ。それで? 戻ればいいのか?」

「ううん。次の次の駅で紫の電車に乗り換えればちゃんと行けるけれど……」

「そうか。じゃあそうするか」


 そんな会話を交わしている間に電車は次の駅到着し、すぐに発車する。


「それで? 次の駅では降りれそうか?」

「うん。大きな駅だからみんな降りると思う」


 彼女の言葉通り、次の駅へと到着を案内する放送が入ると、周りにいた人たちが降りる支度をはじめている。

 その後、駅に電車が到着すると人々は一気に出入り口へ向けて動き出し、その流れに流されるようにして電車を降りる。


 あやかはクロを抱きかかえて連絡通路へと向かう。


 連絡通路を抜けると、目の前にあるホームから紫のラインが入った電車が発車しようとしていた。


「あー! 乗ります! 乗ります!」


 田舎のローカル線ではないのだから、そんなことを言ったところで意味などないはずなのだが、言ってみる価値はあるだろう。


 しかし、無情にも目の前で扉はしまり、電車が動き出してしまった。


「あー行っちゃった……」

「でも、すぐに次の電車くるんだろう?」

「うん。そうだけど……」


 落ち込んでいるあやかの頭上から次の電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。


「ほら、電車がきたぞ」

「違う。この電車だと、別のところにいっちゃう」

「そうなのか?」

「うん」


 どうやら、この路線は地下鉄でもいくつかの行先があるようだ。

 確かに言われてみれば、今目の前に来た電車の行先は先ほどのモノとはまた別だ。


 その電車が発車すると、あやねは立ち上がり電車を待つ列に並ぶ。


 再び、列車の到着を案内する放送が流れて、先ほどと同じ型の電車がホームに滑りこんでくる。


 あやかは先ほど同様にクロを頭に乗せて電車に乗り込む。

 ようやく乗れた目的地へと向かう電車は順調に速度を上げて地下の闇へと消えていった。




 *



 結局、あの電車を終点まで乗ってあやかとクロはようやく目的地の公園に到着した。

 海がすぐ見える場所にあるその公園にはたくさんの魔法少女と思われる人たちが集まっていて、公演の近くにある水族館へとつながっている連絡橋まで人が溢れている。

 そんな中、あやかは人混みの中を縫うように移動して広場へ向けて進んでいく。


「おい。あやか落ち着け!」

「だって、せっかくきているんだよ! せっかくだから近くで見たい!」

「そうかも知れないけれど、危ないぞ!」


 こういうときばかりはというわけでもないが、猫の体であることがもどかしい。

 いくら注意したところで自分はあやかの胸の前で抱かれているわけであり、その場でいくら抵抗したところで抜け出すは不可能に思えた。


 あやかにがっちりとホールドされながら人混みの中を突き進むというのは恐怖以外の何者でもなく、すでに何人かの人やカバンにぶつかっている。


「おい! あやか!」


 ついに返事がなくなり、彼女は無言でひたすら広場の中央を目指す。

 クロは何度もあやかの名前を呼ぶがことごとく無視される。


 なにか様子がおかしい。


 ほとんど、直感的なものではあるがそう感じた。


「おい! あやか!」


 よく見てみれば、周りの風景は一変し、港近くの公園の風景からパステルカラーを適当にぶちまけたような空間へと変わっていたのだ。


 周りの人々の目は虚ろでふらふらと同一方向へ向けて歩き出す。


「おい! しっかりとしろあやか! あやか!」


 もしかしたら元に戻るかもしれないという希望をもってあやかの名前を呼ぶが反応はない。


「おい! あやか!」

「あなた。少し黙っていて。余計なものまで引き寄せるわ」


 そんなクロの声を遮るように少女の声が響いた。


 クロが、声のした方を向くと中学生ぐらいだと思われる一人の少女が立っていた。

 彼女は黄色を基調としたフリルの衣装に身を包み、右手には同色のステッキ、左肩には白い猫を乗せている。


「あんたは?」

「魔法少女よ。見てわからないの? ……とそういうことか。まぁとにかく、ここは魔獣……つまり、人間の敵が作り出した結界の中よ。結界の主である魔獣を倒せば出られるから、ちょっとその場で待っていてくれるかしら?」

「おう。わかった」


 少女は“静かにしているのよ”と今一度念を押してからステッキを手に人ごみを強引にかき分けるようにして姿を消してしまう。


 彼女が姿を消してしばらく、相変わらず前へ前へと進むあやかの肩に乗っていると、突然ドンッという大きな爆発音が響いた。


「なっなんだ!」


 そのあとも何回かの銃撃音が鳴ったかと思うと、一瞬巨大な魔物が姿を現してすぐに消える。

 あまりの出来事にクロが呆然としていると、先ほどまでいた少女が再び人ごみをかき分けて姿を現した。


「おまたせ。人が多いから戸惑っちゃった……そろそろ、結界も解除されるでしょうし、普通に戻れるはずよ。また、お話ししましょう。今度はあなたと一緒にいるその子も一緒にね」


 彼女は笑顔でそう告げると、また人ごみの中に消えていく。

 クロはその後ろ姿を呆然と見つめていた。


 それから数分後、周りの風景は元の公園に戻り、人々も元の様子に戻って活動を再開した。


「あれ? 私っていつの間にかこんなところまで来ていたの?」

「そうだ。もう走るなよ。危なくて仕方ない」

「はーい」


 クロはあやかとそんな会話をした後に空を仰いだ。


 結局、あの人は何者だったのだろうか?

 せめて、名前ぐらい聞いていればよかったとクロは今更ながら後悔していた。

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