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使い魔の黒猫は満月の晩に踊る  作者: 白波
第1章 魔法との出会い
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第2話 使い魔として

 あやねとの会話のあと、零はあやかが待つ一階に降りてきた。

 階下にある廊下で待っていたとみられるあやかは降りてきた零の姿を確認するなり、一気に廊下をかけ、零の方へと寄ってくる。


 それを見て零は逃げ出したいという衝動に駆られるも、この家を出たら当てがないのでおとなしくしておいた方が得だろうと、自分の中で何かがささやき始める。

 階段の下で立ち止まっていると、あやかは逃げられるとでも思っていたのか、零の方へ向けて勢いよくスライディングをして零に抱き着いた。


「クーロー! お姉ちゃんと話が終わったでしょう? ねぇさっそくだけど私と契約して……あたっ」


 “使い魔になってよ”という言葉が出るより前にあやかの言葉が途切れた。


 そのことに驚いて、上を見てみると、ちょうど階段から降りてきたらしいあやねが立っており、右手はちゃっかりと握りしめられていた。

 どうやらあやかの言葉をさえぎったのは彼女らしいということを簡単に理解することができた。ただし、その方法については、あまり考えないことにする。


「なにするの?」

「ちょっと待ちなさい。契約契約って……確かに魔法少女にあこがれるのは分かるけど、ちゃんとこの子と心を通わせてからにしなさい。使い魔と魔法少女の契約なんてふつうは一生に一回なんだからちゃんと考えないと……」


 いかにもお姉さんというような悟らせるような口調であやねが注意すると、あやかは不満そうに頬を膨らませた。


「えー」

「えーじゃないの。お姉ちゃんとしてはこの子で大丈夫だと思うけれど、あとで後悔したくないでしょう? 使い魔の候補がこの子だけなんてことはないのよ?」

「うん。わかった」

「はい。それじゃクロと段々と仲良くなれるようにしていこうねー」

「はーい」


 先ほどまで不満そうにしていたあやかであるが、あやねの話であっさりと納得したようで零を離したったったっと音を立てて走り去っていった。

 零は大きく息を吐き、疲れに身を任せてその場にへたり込む。


 あやねはそんな零の頭の上に手を置いた。


「今回は助けたけれど、次回からはちゃんと自分でごまかしてね。一応、あやかと契約する前に使い魔のこととか魔法少女のこととかいろいろ勉強してもらうから」

「わかったよ。まぁそうしなきゃ困るしな……」

「えぇ。理解がいいようで助かるわ。ほんと……それじゃ魔法少女(あやか)のための使い魔講座は明日からだから、今日はじっくりとその体での行動になれるということを考えなさい」


 あやねは今一度、零の頭をなでると、立ち上がり再び階段を上がっていく。

 ちなみにこの時、彼女の服装はセーラー服だったため、猫の視点を生かせば下からのぞきこめたのだろうが、ばれたときが怖いのでそれは避けておいた。一応、何がのぞきこめそうだったかというのは言及しないでおく。


 ともかく、あやねが二階へ上がった後、零改めクロはゆっくりと周りを見回してみる。


 とりあえず、周辺にあやかはいないみたいだ。


 そう結論付け、クロはぴょんと階段の一段上に上がり、そこで丸くなる。


 その体勢のまましばし、猫の特徴について思いをはせる。


 大きな音が苦手で夜行性。夜に出歩いて猫の集会に参加……ここらへんはすぐに思いつく特徴だ。


 しかし、こまかいところになるとなかなか知識がない。何を食べて、何を食べてはいけないのか……しばらくはあやねが世話をしてくれるからいいだろうが、仮にそれがなくなった場合、食い扶持がないというのは非常に困る。


 そして、次に考えるべきなのはいかにして元の身体に戻り、元の世界に戻るかという点だ。


 とりあえず、猫として生活するにしても最終目標は人間に戻り、もといた世界に戻ることだ。あやねははっきりと無理だと答えたが、時空間を超えて召喚が出来るのなら、その逆もできると考えるのが普通だ。

 それを考慮すれば、どこかにクロを元に戻せる魔法少女がいてもおかしくない。


 そんな人物がどこにいるのかは全く見当がつかないが、一番の理想はクロがあやかの使い魔になる前に元の世界に戻ること。

 あやねの言葉をそのまま真に受ければ、一人の魔法少女が一生のうちに契約できる使い魔は一匹。だとすれば、契約が終わった後にクロが消えればあやかの将来の夢をつぶすことにつながってしまう。


 どうせ、自分とは関係のないことだと思いつつも彼女のことを考え出してしまうと、それをするのはかわいそうだという気になってくるのだ。


 階段で寝転んだまま深く思考していると、頭上……二階の方から足音がしてきて、分厚い本を持ったあやねが降りてきた。

 彼女は“これが魔導書(グリモワール)です”なんて言い出してもおかしくないようなその本を手に持ったまま、クロの前にしゃがんだ。


「これ。“魔法少女の心得”っていう本で本来は魔法少女が魔法の勉強のために読む本なんだけど、貸してあげるわ。私の部屋の机の上に置いておくから。好きに読んでもいいわよ。ただし、あやかには気を付けてね」


 なるほど。確かにあやねが手に持っている本には“魔法少女の心得”という題名が書かれている。


「それじゃ、私が言いたいことはそれだけだから……一応、ノックしてから入ってきてね。着替え中に入ってきたら殺すから」


 サラリととんでもないことを言い放ちあやねは分厚い本を持ったまま階段を上がっていく。それ以前に猫の手でノックをしたところでちゃんと音がするのかという疑問が生じたが、それは気にすべきではないのだろう。

 クロは階段から降りて、家の中の散策を始める。


 まず、クロが現在いる階段は玄関とリビングをつなぐ廊下のちょうど真ん中にあり、階段から見て左側に玄関、右側にはリビングにつながる扉がある。

 廊下の左右の壁にはいくつかの扉があって、それぞれ“父母の寝室”“トイレ”“脱衣所”などと札がかけてあった。この札に関しては家族の個性と撮ることもできるが、あやねがこういった事態を想定したうえで準備をしていたのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、あやねはかなり用意周到な性格なのかもしれない。


 扉を開けて向こう側を見たいという衝動に駆られるが、必要もないのにあちらこちら行くのはよろしくないだろう。

 そう考えて、今度は階段を上がり二階に向かう。


 先ほどはあやねに抱きかかえられて階段を上り下りしていたので楽だったが、自力で登るとなると意外ときつい。

 元々の人間の身体だったら大したのことのない階段なのだが、体の小さい猫の視点で見ると二階がとんでもなく高いところにあるという錯覚すら起こる。


 去れどもこの感覚にはいつか慣れないといけないのでクロは一段、また一段と確実に登っていく。


 この状況を考えれば、体の軽い猫でよかったと思わざるを得ない。

 同じぐらいの体格である犬が軽々しく階段を上っているイメージはないし、ハムスターやネズミだったら階段を上ることはまず不可能だろう。


 あやねが使い魔の条件はまず小動物であることと言った以上は犬や猫以上に大きな動物は含まれないはずだから、猫であって幸いであったといえる点かもしれない。


 そんなことを考えている間にも半分を過ぎ、思っていたよりも早く二階に到達した。


 二階には先ほど入ったあやねの部屋に加えて、“AYAKA ROOM”“AYA ROOM”“AYATO ROOM”とそれぞれ札がかかっていて、四人兄弟なのだろうと推測することができた。


 それ以外には物置とトイレがあり、装飾品等を含めて見る限りでは、少し大きめの家と言った結論にたどり着いた。付け加えれば、大きめと言っても猫の視点であるから正確ではないし、六人家族であることを考慮すればごくごく一般的な家庭と言えるだろう。

 ここまで見ても他に行くところはないのでクロは廊下の一番奥……あやねの部屋へと向かう。


 ためしに肉球で扉を叩いてみるが、大した音はしない。


 それでもとりあえず、ノックをしたからいいだろうと考えて、ゆっくりと扉を開ける。


「へっ?」


 しかしながら、どうやら、ノックをしてから扉を開けるまでの間隔が早すぎた……いや、それ以前にあやねはノックをされたことに気づいていなかったようだ。

 そのことについて考えるより前に部屋の中にいる下着姿のあやねを目撃してしまった。


 その直後、クロの顔面めがけて何かが飛来し、クロは一瞬で意識を刈り取られてしまった。




 *




「ここは……」


 クロはゆっくりと体を起こして周りを見る。

 頭が回転し始めると、自分がいる場所が自分が入ろうとしていたあやねの部屋のベッドの上だということを理解することができた。

 おそらく、おそらくではあるが、部屋に入った瞬間、何を見て、なんで意識を失ったかは思い出せないが間違いなく何かをやらかしたのだろう。


「あっ? 目、覚めた?」

「えっ? あぁまぁ……」


 突如として後ろからかかった声にぎこちなく首を動かして振り向くと、あやねが笑顔を浮かべてクロの顔をのぞきこんでいた。


 何だかよくわからないが、その笑顔が怖い。

 笑顔なのだが、どう見ても目だけが笑っていない。


 やはり、何かを仕出かしてしまったのだろうか?


「あの……あやね?」

「クロ。何か覚えてる?」

「えっ? 何かっていうと……なんでしょうか?」

「覚えてないならいいの。ついでに言えば、思い出さないでいい」


 彼女の表情を見てこのことについて考えるのはやめた方がいいと悟った。もちろん、何かしらの思考の上でというわけではない。どちらかと言えば、本能的な部分がそう叫んでいるのだ。

 クロは恐怖のせいかひたすら縦に動く首以外が凍ったように動かすことができない。


 それを見たあやねは満足げにうなづいてクロの頭に手を置く。


「はーい。よくできましたー」


 そう言って、頭をなでるあやねはすっかりと元通りだ。


「……猫扱いは相変わらずかよ……」

「なんか言った?」


 笑顔そのままに凄みを持った声で言われるものだから、クロは思わず飛び上がってしまった。

 その様子をあくまで笑顔を浮かべたまま、しかし、冷たい視線でクロの目を見つめている。


「ひっ何も!」


 訂正しよう。

 この家において、何があろうとあやねに逆らうのは厳禁である。まだ、他の家族に会っていないがこれは絶対だ。


 主にこれからの生活のため、なによりも自分自身の命のために……


 何が起きているのか理解していないなりにクロは心の中でそう決めたのであった。

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