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使い魔の黒猫は満月の晩に踊る  作者: 白波
第1章 魔法との出会い
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第1話 あやかの姉

 閑静な住宅街に現代的なつくりの民家が立ち並ぶ。

 そんな中にあるどこにでもあるような二階建ての一軒家。そこが、零を拾った少女あやかの自宅のようだ。


 玄関から入った廊下の先にあるリビングと思われる部屋の窓際に置かれたダイニングテーブルの上に零を下ろしたあやかはジッと零の瞳を見つめる。


 それこそ、最初に町で会った時と同様かそれ以上に彼女はジーと零の身体に穴が開くのではないかと思うほどに見つめ続けている。


 女の子とあまり話した経験のない零としては、その何とも気まずい状況からなんとも脱却したいがために彼女の顔色をうかがいながら慎重に口を開く。


「……えっと、あやか?」

「ねぇ。クロ。私の使い魔にならない?」

「はっ?」


 こどもらしく、いや、それにしたとしてもあまりに脈絡なく告げられた言葉に零は困惑を隠せない。

 しかし、そんな零のことなどお構いなしに彼女は顔をグッと零の方へと近づけてくる。


「ねぇ私と契約して使い魔になってよ!」

「えっどういうこと?」

「だから、使い魔! ほら、使い魔がいないと私、魔法少女になれないじゃん!」


 何かのアニメの設定だろうか? そうとしか考えられない。零が知る限り日本に魔法などというモノは存在していない。というよりも“私と契約して(以下略)”のセリフなどまるで某魔法少女アニメに出てくる契約を迫る白い奴のセリフにそっくりではないか。

 そこから導き出される答えは至極単純なもので、彼女は何かしらのアニメを見ていて魔法少女に憧れているのだろう。

 そして、“私の将来の夢は魔法少女なの!” とか言っているところにしゃべる黒猫の登場となれば魔法少女になれるかもと思ってもおかしくはない。


 しかし、ここではっきりと自分は使い魔になれないなどというモノならば、この子の夢を壊しかねない。

 零は必死に頭を回転させてこの情報を打破することに集中する。


 子供の夢を壊すわけにもいかないし、かといってこのまま乗っかってしまえばすぐにボロが出るのは目に見えている。


 零は深く考えた末に重い口を開いた。


「あのな……あやか」

「どうしたの? クロ。もしかして、私の実力を心配してるの? だったら、大丈夫だよ。あやねお姉ちゃんが私の実力は十分にあるはずだって言っていたから。だから、私と契約して使い魔になってよ」

「えっあぁそうなんだ……」


 姉ー!! 何を余計なことを言ってくれているんだー! 顔は知らないけれど姉ー!


 零は心の中で叫ぶ。まるで君はまだ未熟だからと言って適当にごまかす作戦はこれで消滅してしまった。

 まさか、まさかと思うがその姉が提示した魔法少女になるための条件って……


「まさかと思うが猫としゃべれたら魔法少女になれるとかって言われたのか?」

「えっ? うん。人間以外と話せたらそれが私の使い魔で使い魔の力を借りれると、私は魔法少女になれるの。だから、私と契約して使い魔になってよ」

「えっと……少し待ってくれ。せめて、情報を整理させてくれ」

「わかった。でも、早く私と契約して使い魔になってよ」


 しつこい。その一言に尽きる。

 そもそも、どんな会話をしても最後の一言は“私と契約して使い魔になってよ”だ。どれだけ、使い魔が欲しいんだ。というよりも会ったことないけれど絶対、この子の姉は適当な人間だ。

 おそらく、魔法少女になりたいと訴えているのがめんどくさくて、才能はあるけれど動物としゃべれないから無理みたいなことを言ったのだろう。

 なんともはた迷惑は話だ。


 零は顔を地面につけて両前足を頭の上に持ってくる。

 人間でいえば苦悩して頭を抱えているポーズに近いのだろうか?


 とにかく、この状況を打破しなければならない。そもそも、魔法少女の話が衝撃を持ちすぎていてすっかりと気にならなかったが、いつの間にか“クロ”という名前が勝手につけられている。


「あぁもうなんだよ! わけがわからねぇ!」

「えー! なんで! なんでなの!」


 あやかに前足の付け根をつかまれ、そのまま抱き上げられる。


「どうしてなの! ねぇ私と契約して使い魔になってよ! ねぇ!」

「いや、その……そう言われてもだな……」


 あやかは前足の付け根を持ったまま零の顔を自身の顔の目の前までもっていく。


 これ以上は引き延ばせない。

 いったい、どうすればいいのかと対応に困っていたその時、玄関の方から“ガチャ”という扉の鍵が開く音が聞こえてきた。


「ただいまーあやか。いる?」


 扉が開く音とほぼ同時に女性の声が聞こえてきた。

 ほぼ間違いなくこの家の人間だろう。あやかの母親かはたまた話に出てきたあやねという姉だろうか? どちらにしても、家族が出てくれば何とかしてくれるだろう。


「おーあやか。使い魔見つけられたんだ」

「うん! あやねお姉ちゃんの言う通り町で探してきたの!」


 ダメだった。部屋に入ってきた茶髪でセミロングの女性はニコニコと笑みを浮かべながら零とあやかの頭を交互になでる。

 セーラー服を着ていることから彼女は高校生ないし中学生なのだろうが、彼女もまた魔法少女なんてものを本気で信じているのではなかろうか?


 いや、彼女が子供の遊びに付き合っているだけかもしれない。だとすれば、救いの一つぐらい……


「あやか。もう契約はしたのか?」

「ううん。まだ」


 あやねはあやかの視線に合わせるように屈んで話をする。


「そう。だったら、早く契約しちゃいなさい。あまりここで時間を取っていてもしょうがないでしょう? あぁそうだ。でも、その前にその子いったん借りてもいい?」

「うん! いいよ!」


 あやかは特に疑問を持つこともなく、零をあやねに渡す。

 零を預かったあやねはそのまま部屋を出て、二階へと上がっていく。


 二階にはいくつかの部屋があり、あやねはそのうちの一番奥……“AYANE ROOM”と書かれた札がかかっている部屋に入っていく。

 あやねは零を部屋に一番奥にあるベッドに降ろすと、自身もすぐその横に座る。


「……あなた、あやかの使い魔になる気はないの?」

「いや、だから使い魔とかいきなりいわれもよくわからないというかなんというか……」

「……そう。だったら、一から説明してあげましょう」


 アニメの設定をか? と思わず言いそうになるのを必死に飲み込む。

 これはあれだ。少し形態は違うが俗にいう中二病というやつだろうか? もしかしたら、“光に仇名す悪の使者よ。私が退治してくれる”だとか“私はこの世界の神になる!”とか言い出してしまうのだろうか? だとすれば、この姉にしてあの妹ありと言った言葉がぴったりだ。


 そんな零の心情など知る由もなく、あやかは天井を仰いだ姿勢のまま説明を始める。


「……魔法少女。それは、言葉通り魔法を使う少女たちのことを指す言葉なの。まぁこれはあくまで愛称で正式な名称は他になるのだけれどね。とにかく、魔法少女になるためにはいくつかの条件があるの。一つ目は一程度以上の魔法適性があること。これに関しては、生まれつきのところが大きいそうだけど、よっぽどのことがない限り魔法が使えないなどということはないらしいけどね。続いて、使い魔がいること。これは、変身をするときに使い魔の力を借りる必要があるから。さらに付け加えれば、魔法少女の強さは本人の魔力と魔法のテクニックで決まるんだけど、それをちゃんと制御できるかどうかというのは使い魔にかかっているらしいわ」


 そこであやねはいったん言葉を切って零の方を見る。


「つまり、魔法の実力は彼女次第かもしれないけれど、それを制御できるかどうかはあなた次第。どちらにしてもあなたが使い魔としてあやかと契約しないとあの子は魔法が使えないの」


 あまりにも真剣な表情でそういうものだから、本当に魔法なんてものが世の中に存在するのではないかとすら思えてくる。

 彼女の勢いに押され、少し後ろに下がってしまうとあやねは零の前足をつかんだ。


「逃げない。ここであなたが逃げちゃったらわざわざ、別の世界線からあなたを召還した意味が……じゃない。あやかが自力であなたを見つけてきた意味がないでしょうが!」

「おい! お前今なんて言いかけた!」

「いや、だからわざわざ苦手な召喚魔法を駆使してちょうどいい使い魔を調達したのに逃げられたら困るっていうぐらいだけど? あなたがもともといた世界じゃ魔法は存在していないの?」


 裏で“そんなことも知らないのか”と言われているような、まるでこちらをバカにするような口調で首をかしげる彼女は悪びれる様子もなく零の頭をなでる。


「知らないよ! というか犯人はお前か! 俺を元の世界に帰せ! というかそれよりも人間に戻してくれ!」

「ダメよ。人間は使い魔になれないじゃない。大丈夫よ。食事はちゃんと高級キャットフードを用意してあるから」


 あやねはベッドの横の机のかけてある紙袋を手に取ると、その中から“猫大喜び 高級キャットフド”と書かれた袋を取り出して、これ見よがしに零に見せる。


「ふざけるなよ! 何がキャットフードだよ! もうわけがわからないよ!」

「だって、猫にキャットフードを与えるのは常識でしょう? 一応、寿命は人間並みに設定してあるし、雌猫も紹介するし、住まいもこの家の中自由に使ってもらってもいいから。爪とぎも好きにやってもらってもいいのよ? これだけ条件を提示してもダメ?」

「それでいいというとでも思っているのか!」

「いるけど? こんな美少女姉妹に囲まれて……そうだ。一緒にお風呂に入りましょうか?」

「いや! それは……」


 ダメだと言いかけて、一瞬止まってしまう。

 いや、別にそれはいいかもしれない……そう考えてしまう自分がいるのだが、零は首を大きく降ってその考えを頭の中から追い出した。


「よくない! とにかく帰らせろ!」

「無理無理。だって、てきとーに召喚したし、それにやってきた猫が元人間だなんて想定外だし」

「はぁ? 適当ってどういうことだよ?」

「そのままの意味。あの子がなかなか使い魔が見つけられないみたいだから、平行世界からぴったりなのを連れて来ようとしたら偶然、あなたが引っ掛かったの。おそらく、使い魔の召喚術式だからその段階であなたが猫になったのでしょうね」

「えっ? それ、本当?」


 零の質問にあやねはコクコクと首を縦に動かす。


 ここまで来ると、零はもはや怒る気にすらならず、その場で前のめりに倒れこんでしまう。


「なに? じゃあ俺は人間に戻れないと?」

「えっと……残念ながら、ほらでもさっきも言った通りに色々と不便の内容にしてあるでしょ? ほら、これでもわるいことしたなって思っているのよ?」

「出来ればそれを最初に言ってほしかった……」


 これはまさに本心から出た言葉だ。

 彼女は条件がいいからと徹底的に交渉すれば、そのあたりのことを伝えることなく納得させることができると思っていたのだろうか?


「あぁもうやだ……」


 零は先ほどのやり取りの疲れと元の世界に帰れない絶望感からくる気の重さからしばらく、あやねのベッドの上で寝そべっていた。


「まぁとりあえず、しばらくそこにいてもらってもいいけれど、こうなった以上あやかにも誠心誠意真実を説明したうえで契約しなさいよね」

「誰のせいでこうなったと思っているんだよ」

「んっ? それはちゃんと召喚する対象、場所が設定できないいい加減な召喚魔法に言ってちょうだい」


 お前がそれをできないだけだろう。と言いかけたが、それをぐっと抑える。


 これ以上、彼女と不毛な意見の交換をしてもこれまで以上につかれるだけだ。


 結局、この出来事により、零は魔法というものが存在していると(とりあえずは)理解をすることになり、魔法少女の使い魔としての暮らしが始まることになる。

 それは、この先にある長大な物語(ストーリー)序章プロローグにすぎないのだが、この時の零にそれが理解できるはずもなく、零はただただ猫になってしまったという現実に対する絶望に沈んでいった。

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