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使い魔の黒猫は満月の晩に踊る  作者: 白波
プロローグ
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プロローグ

 気が付けば真っ黒な空間にいた。

 目の前に鉄製とみられる重厚な扉があること以外何もない真っ黒な空間だ。


 状況が呑み込めなかったが、このままいても仕方がないと、目の前にある重厚な扉を開くと同時にドンッという爆発音が響く。

 気づけば世界は灰色になっていて、見渡す限り視界に入る建物はすべて崩落していた。


 よくは見えないけれど灰色の空に誰かが浮かんでいるように見える。


 そもそも、宙に人が浮かんでいるという時点で異常な状態であるのだが、さらに付け加えれば、そのすぐ下に宙に浮かぶ誰かにむけて何かを必死に呼びかけているように見える小動物……おそらく猫だと思われるモノが見えた。


「なんなんだ……これ……」


 空に浮かんでいる人物がゆっくりと手をあげると、そこにピンクの光が集まり巨大な光球を形成する。

 それはドンドンと大きくなって行き、ゴーという音を立てて強力な風が周囲に吹き荒れる。


 光球が宙に浮かぶ誰かの体よりも大きくなると、それが分離して周囲に拡散する。


 まぁともかく、こんな時にいうことは決まっている。


「これはまずい。いや、まずいってレベルじゃないし!」


 助けてくれと叫ぶのも忘れて、とにかくそれから逃れようと、俺は全力で走り出した。


「なんなんだよまったく!」


 ピンクの弾は残っていた建物の残骸に当たり、跡形もなく消滅させていく。

 あちらこちらで爆発が起こり、それによって引き起こされる爆風によって吹き飛ばされる。


 あちらこちらに擦り傷を作りながらも俺はとにかくその場から離れようと走り続ける。


「まったく! どうなってやがるんだよ! いったい、なんなんだよ!」


 いくら、文句を言ったところで状況が好転するわけがない。

 絶望的な破壊は俺のすぐ後ろまで迫り、その気配に気づいて後ろを向いてみると、ピンクの弾は避けようのない場所まで来ていた。




 *




「うわっ!」


 そんな声を上げながらベッドから落ちそうな勢いで上体を起こす。

 周りを見回すと、そこは見覚えのある自分の部屋で真っ暗な室内に置かれた目覚まし時計は午前零時を指していた。


「夢?」


 口で言いながら自分のほほをつねってみる。


「痛っ」


 そこまでやって、ここが現実だと認識する。

 先ほどの夢は夢にしてはあまりにもリアルだった。空気や音は現実のように感じられたし、何よりも転んだときに感じた痛みは本物だ。

 しかし、いくらリアルティあふれるモノでも夢は夢だ。


 ぐっしょりとかいた寝汗をかき、荒くなった息を整える。


「心配するな……あれは夢だ。あれは夢だ……」


 そう言いつつ、月明かりの漏れるカーテンを少し開けてみるが、窓の向こう側にあるのは青白い街灯に照らされた見覚えのある町だ。


「はっははは……あんなの夢に決まっているよな。そうだ、夢だ……そうとわかったら、ささっと寝よう」


 何度も自分に夢だ夢だと言い聞かせながらベッドに戻り布団をかぶる。

 あれは夢だ。あれは夢だと言い聞かせ続けても寝れそうになかったので、試しに羊を数えてみたらあっという間に眠りにつけた。




 *




 この状況は何なのだろう?


 あの変な夢を見た後、確かに家で寝たはずなのに目が覚めたら外にいた。

 それだけではない。なんだか視線が低い。


 もう少し付け加えれば四足歩行になっている。もう少し付け加えれば毛が生えている。鳴き声はおそらくニャー。


 簡潔に言おう。猫になっている。


 猫ミミとかついてるし、よくは見えないけれどしっぽもある。

 擬人化とかそういったモノを通り越して完全に猫になっている。そう猫になっているのだ。大切なことだからもう一度言おう。猫になっている。


 目の前のショーウィンドウを見ながらしばらく動けないでいるのだが、試しに右前足をあげて見ると、ガラスに映った黒猫も前足をあげる。


「えっウソ……なんで? ドユコト?」


 理解が追いつかない。どうして猫になっているのか、そしてここはどこなのだろうか?

 周りを見てみると、車道はアスファルトで舗装され、歩道にはレンガが敷き詰められている。上を見上げると日本語の看板が下がっていて、セーラー服を着た女子高生がすぐ頭上を歩いていく。


 ここは日本だ。これはほぼ間違いない。

 しかし、ここは知らない町だ。もしかしたら、視点が違うからそう見えるだけかも知れない。


 そして、自分に名前は黒崎(くろさき)(れい)。日本に住む高校生……どんなところに住んでいたのかなどのことは覚えているのだが、自分に関する記憶は名前と男子高校生だったということ以上は思い出せない。

 猫になったショックで忘れてしまったのだろうか? どちらにしても思い出さないとどこに帰ればいいかわからない……いや、それ以前に猫の姿のままでは帰ることはできない。


 零は小さくため息をついて、猫らしく前足で顔をなでてみる。


 とりあえず、ここで自分の姿を見つめていても仕方がないと、現状を整理するために店の前から離れたそのときである。


 後ろから両前足の付け根をもたれて持ち上げられた。

 突然のことにおどろいて、そのまま両手足……もとい両前後足(?)をバタバタさせてみるが、そんな抵抗もむなしく体の向きを変えられ、自分をつかんでいる人物と目が合う。


 猫視点のため、その人物はかなり大きく見えるのだが、肩の向こうに赤いランドセルが見えるため、小学生であることは間違いないだろう。

 茶髪で肩より少し先まで伸びるツインテール、白い服にピンクのスカートといった容姿の女の子はこちらの足が少し宙に浮いた状態のままジーと目を見つめる。


「おっおい? 何をしている?」


 もっとも、冷静に考えてみれば彼女は年相応の行動をとっている。

 要は“こんなところに可愛い猫ちゃんがいる!”という典型的(テンプレート)だ。ただし、無言の上に無表情であるが……


「……私、音無(おとなし)あやか。私の言葉、通じる?」

「おっおう……」


 自分が猫だということを忘れて返事をすると、女の子改めあやかは満面の笑みを浮かべる。


「ねぇ本当にわかっるの?」


 念を押すようにそう聞くのでうなづいてみると、先ほどの無表情はあっという間に崩れて、キラキラとした瞳で見つめられる。


 もしかしたら、自分が話している言語はニャーとかじゃなくて、普通に日本語を話してしまっているのだろうか?

 そうだとしたら、動物園で見世物とか研究所であれやこれやとされるという未来がまっているのだろうか? いや、目の前の音無あやかという名の女の子はどう考えても小学生だ。そう。背中のランドセルが何よりの証拠だ。そんな気になっているだけで彼女がただのコスプレイヤーでしたなんて言われたら笑うに笑えない。そうだ。あやかは猫と話しているつもりになって喜んでいる不思議ちゃんかもしれない。

 そうだ。そうに決まっている小学生は想像力豊かだ。恐らく、そういう系の……


「やった! 言葉が通じた! やった! やったー!」


 ごちゃごちゃと色々考えているうちに女の子に抱きしめられていた。


「えっ? えっ?」


 こちらの困惑など知る由もなく、零はそのまま女の子はそのまま立ち上がり、零を抱えたまま走り出す。

 ここからの脱出を試みてジタバハと動いてみたりするが、意外とガッシリと捕まれていて、それはかなわない。

 これが女の子ではなく、男だったら引っ掻いてまでの脱出を試みたのだろうが、かわいい女の子相手にそれは気が引けるし、そもそも猫になったばかりの自分に爪の立て方などわかるわけがない。


 そして、いくらジタバタとしたところでやや興奮した様子の女の子は気にする様子もない。


「おっおい! どこに連れて行く気だ!」

「私の家!」


 ここまで来て確信する。

 この子は動物と話している気になって喜んでいる痛い子……もとい不思議ちゃんではなく、本当に自分が猫の姿で日本語を話している可能性に絞られてしまった。


 いや、しかし。言葉が通じるのならまだ手がある。


「なぁ……降ろしてくれないか?」

「やだ」

「どうしてもか?」

「やだ」

「絶対?」

「やだ」

「何でもするからさ?」

「だったら、私の家にきて」

「どうしても?」

「さっきもいったよ? それになんでもするからって言ったでしょ」

「頼むからさ」

「やだ」

「えっと、ほら……猫とか拾っても飼えないなんてことは……」

「ない」


 無情にもお願い作戦は失敗し、零は再び前後足をジタバタさせることで脱出を試みる。

 しかし、例のごとくそんな手が通用するわけがなく、わずかな希望を持ってあやかに話しかける。


「最後にもう一度だけ聞くけれど、本当に離してくれないのか?」

「うん」


 その後も、あの手この手でこの状況から逃れようとしたが、そのような抵抗は全く意味をなさず、零はそのままあやかの家までお持ち帰りされてしまった。

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