31話 ちょっと待った
その後。
「覚悟、か」
それっきり何も言わなくなった現さんに礼を告げ、僕は現さんから借りたボートで沖を漂っていた。
「フラれる覚悟、ってことだよなぁ。……多分、だけど」
ゆらゆらぷかぷか、と晴天の下を漂う気分は中々に心地よい。
でも。
「この気持ちよさも、幻なんだよなぁ」
本来の世界にいる僕は、きっと今ごろ病院のベッドにでもいるのだろう。
あれ。
「そう言えば、この世界では何が本物なんだろう」
僕が【うずまき】に来た時。
猿渡さんは、出した料理の味は本物だと言っていた。
じゃあ、他は?
現さんの《創造捏造》や、アリス――いやスミレの偽名好きや、荒谷の《Sublimation》。
そして、僕の想い。
これらは、どうだと言うのだろうか。
仮に、僕の想いが偽物なのだとする。
だとしたら、誰が作った偽物なんだ?
誰が、何の為に、想いを作ったんだ?
そして、もし偽物の想いがなかったとしたら、僕は猿渡さんにどう接していたんだろう?
「……」
ギィッ、とボートに悲鳴をあげさせながら、僕は立ち上がった。
「猿渡さん」
少しして。
ボートで【うずまき】にまで辿り着いた僕は、店の扉を開きながらそう口を開いた。
「あん? んなマジメな顔でどーしたンだよ」
「! ……な、なに?」
たたみの上でギターの手入れをする荒谷と、僕を見て露骨に警戒する猿渡さん。
アリスも現さんも、どうやらここには居ないらしい。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
「できる時に、少し、時間を貰えますか」
「ちょっと待ったアアアアアアアアッ!」
ガタッ、とギターを持ったまま立ち上がる荒谷が一名。
「そっから先は言わせねぇ!」
そして、ぴしりとまっすぐ僕を指差しながら、怒りに歪んだ顔で荒谷は叫ぶ。
「どうしてもその先を言いたいってんなら、俺を倒してから行きやがれってんだこの抜け駆け野郎がァッ!」
一度屈み、ギターをたたみの上に置いてからそう叫ぶ様子は何故だか滑稽だった。
でも、その様子は真剣そのもの。
茶々を入れるスキなんて、なかった。
「え!? ちょっ、ちょっと頭が追い付いてないんだけど、喧嘩なら外でやってよ!?」
「つー訳で表出ろオマエだけ」
「締め出す気マンマンか!」
そして、やっぱり驚くべきスピードで従うのな!
「この世界から締め出されるよりマシだろうが」
「……」
くるっ。
そんな音がしそうな回転で振り返り、僕は【うずまき】を出る。
今の荒谷は、本気だ。




