とけた
道の先にはすでに羽化した穴蝉が鈴なりとなって木々を揺らしていた。
その木々は不気味な紅色をしていて、まさに枝は紅しょうがそのものに見えた。穴蝉は「ルルル」とさえずっては枝々を飛び交い、通り際に僕らの頭上へ赤い汁を放った。僕はとっさに身をよじったが、田中はもろに頭頂部を濡らした。
「ややややや。しまった。穴蝉の溶解液をかぶってしまった。こいつは何もかも溶かす」
「それを知っていて何故避けないんだ」
田中は必死で頭をぬぐっていたが、すでに頭頂部はすっかり禿げあがっていた。
「何故ってここはそういう場所だからだよ。諸々が溶かされて穴をはぐくむ」
田中はちゃんと知っているのだろうから、何も知らない僕は黙るしかない。幸い田中は死にそうにないし、禿げただけですんで助かった。こいつがいないと穴のナビゲート役に困るだろうから。
まもなく穴蝉の繁殖地が終わり、僕らはとても静かな湖に出会った。
洞窟の中の湖というのは、神秘的であり、それ以上に恐ろしさのある場所だ。ひらひらと飛んでいるのはおそらく穴蝶とかそういった類の生き物なのだろうが、まるでコウモリのような、不気味な闇の色をしている。湖はとても冷たく、触ると皮膚がピリリと痺れるほどであった。僕らは湖畔に腰を下ろして少し休むことにする。そろそろまた腹が減った。
「なあ田中、あのひらひらと飛んでいるのはなんというんだい」
「穴蛾のことか? あれは喰えないよ。喰ったら人間の腹の中で奴らの体に仕込まれた卵が孵化して……つまりはそういうことになる」
蛾には申し訳ないが、蝶を期待して蛾であったときのがっかりは普遍である。しかしルックスが同じでも何故蛾は厭われるのだ? 毛虫が多いからか? 蝶でも毛虫はいるが。
「そんなことはありえないよ。僕らの消化液はそこそこ強いはずなんだ」
「奴らには耐性があるからな」
田中が自信満々にそう言うので、僕は引き下がった。そもそも穴蛾を喰えたとして、喰う気にならない。どうでもいいが田中は禿げた箇所をしばしば気にかけている。
「湖に穴ワカメが浮いている。あれを採取して、ギュっと絞ればなんとか喰える」
ワカメというと育毛に効くという俗説があり、穴とワカメは俗な文化を連想させる。
穴ワカメを掴んで引き抜いてみると、ひどくヌメっとしたその葉が指に絡みついた。