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Traveler's life  作者: 砂場屋
一章
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1話 Compression

継続は力なり。その源は、読者の皆様の感想です。

精進と創意工夫をして書き連ねていきますので、どうか応援よろしくお願いします。

例え人が滅んでも、この惑星(ほし)が関心を示す事はない。

人が栄えた時も、滅びかけた時も、惑星は変わらず、淡々と廻り続けた。


私が目覚めた時もそうだ。旅を始めた時も、初めて海を見た時も、初めて人を殺した時でさえ、惑星は変わらず、時を刻み続けた。

そして、歩き続ける私に風が囁く。

¨明日が欲しければ、手遅れから逃げることだ¨



照りつける太陽と熱く乾いた風。厳然とした灼熱の気候は、人々の体力を容赦なく奪っていく。

それでも慣れというものは恐ろしいもので、この地方に住む人々はそれをもう当然の、日常の事として暮らしている。

だが、暑いことに変わりはなく、気だるげに過ごす者も少なくはない。

だから、例え、見目麗しい少女が額から汗を垂らして、可憐な出で立ちを台無しにするような、のっそりとした動きで歩いていても何らおかしいことはない。

加えて、その小柄な体で水をたっぷり入れた成人男性ほどの大きさの水袋を背負っていてはなおさらのことである。

少女の名はイヴという。

腰まで伸びた髪は灰色。一見地味に映るが、艶やかな光を湛え、彼女の凛とした顔と相まって美しい。大きな瞳はルビーのように深く、赤く、神秘的な色を放っていた。

葉のように尖った耳は、彼女がエルフであることを物語っている。

しかる場所で見る者が見れば、細くしなやかなその体と鋭い眼差しに、1本のナイフを連想しただろう。

だが、今は凛とした姿は見る影もなく、鈍重なそのさまは浮浪者のそれに近い。

そんな彼女が着ているのは、なんと白と黒のウェイトレス服である。装飾こそ少なく質素だが、服飾屋のセンスの良さを伺わせる清楚なデザインだ。

本来ならば似合うであろうその服装も、その背に背負った大きな水袋と相まって、なんとも珍妙な出で立ちに見えてしまう。

そのような人物が街の通りを歩けば道行く人々から奇異の視線を集めるはずだが、行き交う人々は幾人かが物珍しそうに見るだけで、大多数の者がそういった眼を向けることもなく各々の向かう方へ足を運んでいく。

それが傍から見て奇っ怪に写っても、日常の光景として溶け込んだのならば、次第にそういった視線は薄れていくものだ。

この街の住人にとって彼女がそういうものになりつつあるという話であるし、彼女もその事を分かっていた。

だから、顔見知りの男に声をかけられて重い荷物を背負ったまま立ち話をすることもあるし、今日のように、気前のいいサンドウィッチ屋の店主に呼び止められて、フィッシュサンドをサービスされることもある。

それでも、近くの井戸からイヴが働く酒場まで30分ほど、整備の行き届いた都市ならともかく、この街のような、山中の小さな街にはまだ水道というものが無かった。そのため、彼女は毎日の仕事として、彼女が働く酒場の店長から水汲みを言い渡されている。彼女の体力を持ってすればさほど苦にならない行程だが、それを日に何回も行えば流石にうんざりしてしまう。

そんなこんなで『PULL』と書かれた重いドアを開けて酒場に入ったイヴが見たのは、客席で新聞を広げ、重厚な作りの丸いウッドテーブルの上に酒瓶とグラスを置いて、煙草を吹かす店長の姿だった。

流石に、カチンときた。

イヴは背負っていた水袋を床に置くと、昼間から酒浸りになっている店長の前に歩み寄る。

水袋の中身が大きく揺れて、チャプンと音を立てた。

「店長、一言物申したい」

「言いたいことは分かるぞ、イヴ。だがな、俺は店長だ。つまり、この店の中では俺が一番偉い。俺がルールだ。OK?」

酒場、『アウダーツァ』の店長、ベズロはやや恰幅のいい体をイスに預け、新聞に眼をやったまま、一見横暴ともとれる言葉を返した。

イヴとベズロの付き合いは短い。

だが、短い付き合いの中でもその人となりがよく分かることもある。実際、彼が問答が長く続く事を面倒くさがって、そんな有無を言わさぬような応えをしたことをイヴは理解していた。

「だからといって、客席でくつろぐ事はないだろう」

「いいんだよ、この時間に来る奴はいない。何年ここで馬鹿どもをアルコール漬けにしてると思ってる。だからお前を水汲みに行かせもしたんだ」

短く刈り上げた白髪交じりの髪を掻き、グラスに注がれた琥珀色の水を煽る。ベズロはそこで初めてイヴの方を見た。にやりと、悪童のような笑みを浮かべて。

「それにだ、街の連中も俺がどんなやつかなんて20年前から知ってるさ」

「むっ……」

そういった付き合いの長さを話に持ち出されれば、あくまで余所者であるイヴに反論は出来なかった。

だが、出来ないのは自分であって、自分の代わりに、そして自分以上に、このがさつな男を戒める事が出来る者をイヴは知っていた。

「はあ……分かったよ。まあ、今に始まったことじゃないし。後でフェノに言うし」

「……おい待て。どうしてフェノに言う必要がある」

フェノという名を聞いた瞬間、ベズロの態度がガラリと変わった。

この小さな街で酒場を開いて20年あまり、今や多くの住人がベズロがどういう男か知っているし、その人柄を受け入れている。

だから、彼に礼儀よくだとか、ちゃんとしろと口を酸っぱくするものはこの街にいない。ただ一人を除いて。

「いや、ただの閑談だよ、今日はこんな事があっただとか、あの店のベイクドポテトが美味しいとか、そういったただの女性同士の雑談。その話のタネとして、フェノに話すだけ。別に店長の事を逐一報告しようなんて思ってないよ」

感情が面に出にくいイヴ。だが、意図的にそうしているのか、今の彼女は誰が見ても分かるほど楽しげに口元を歪めていた。

先のベズロと同種の顔である。

「……分かった。どっちみち、そろそろチャウダーの仕込みをしようと思ってたところだ」

ベズロは不満そうに口を尖らせると、残りのウィスキーを飲み干してのっそりと席を立った。

「店長も、娘には頭が上がらないようだ」

「そんなわけあるか。あいつは事あるごとにとやかく言ってきてうるさいだけだ」

先程と違い本当に微笑ましそうに表情を弛緩させるイヴに対して、ベズロは仏頂面だ。

「……ったく、フェノがエルフの女が住み込みで働きたいって言ってるっていうから即承認したのに、とんだ食わせ者だったな」

「…………働かせてもらってる身でいうのもなんだけど、杜撰すぎると思うよ、店長」

思わず肩を落とすエルフ。こうしてここに置いてくれていることに感謝はしているが、怒ればいいのか呆れたらいいのか、色々と複雑な心境である。

「だいたい、なんでお前エルフなのに金髪じゃないんだ。おまけに、なあ……?」

酒の入った男の無遠慮な視線がイヴの胸元にいき、少し下がり、再び胸元に上がる。ベズロは溜め息をついた。

「店長、エルフの女性がみんな金髪で豊かな体付きをしていると思ったら大間違いだから」

冷静に、灰色の髪を伸ばしたエルフは店長の間違いを正した。

ここまで露骨だと逆に怒りがわいてこないのかもしれない。

あるいは、ベズロのがさつさと杜撰さを見て、怒りより呆れが勝ったのかもしれない。

その両方かもしれないし、どちらでもいい事だった。この1月でベズロとこうして言い合える関係になったのは確かなことだから。



豊穣の地と謳われた青い惑星(ほし)

かつてそこで生きた人間は、遍く生命の頂点に立ち、星々の海に船を出すに至る。

惑星に息づく全ての生物を意のままに改良する術を得て、自らを更なる優良種へと進化させようとしていた人類。

だが、人々が栄華を誇っていた時世は既に遠い昔の話。

進化を追い求めた人類は、その果てに己を滅亡へと追いやった。追いやってしまった。

昔話はむかしむかしと始まるが、それがどれほど昔なのか知ることも叶わない。

残された人々はかつての栄華の大半を忘却して、惑星の名前さえ忘れてしまった。

かつて人類が滅ぼしかけた自然は人が滅びに瀕している間に再生と拡大を繰り返し、太古の姿を取り戻し、かつて人類が改良を施した獣たちはその厳然とした自然の中で凶暴化し、人に牙を向く。

厳しい環境を前に人は数を減らしていく。

それでも人々はこの大地の上で、今も確かに生きていた。



青い惑星有数の大陸、ミリア。その大陸の南西部、山々に囲まれた高地にトゥラルアの街はある。

周囲は原生地域が豊富にあり、狩猟、釣り資源が豊かでそれらを生業とする住人も多い。

また、幾つかの貯水池を有しており、暑さの厳しい乾燥したこの地方にあって、水資源が豊富であり、主に農業や林業で経済を立てている。

だが、原生地域が広大な分、人を襲う凶暴な獣も多い。今までに積荷が幾つもやられている上、獣に襲われ命を落とす者も後を絶たない。

そのため、対抗策として街の周囲に高い防護柵の敷設。街の狩猟組合主導の下で行うそうした獣に対する適切な対処法の教育。

定期的に大人数で行う組織的狩猟による獣の増加防止などを行っているほか、腕の立つ旅人に獣の駆除を依頼する場合もある。

イヴも、この例に漏れず、ベズロにエルフらしいことをして来いと店から蹴り出されたのが1時間前のことだ。

乱暴だとも思う。しかし、あの店長は自分が真剣な顔をして料理を作っているところを人に見られるのが恥ずかしいのだ。

そう考えるとあの人案外可愛いじゃないか。そんなことを思いながら、イヴは銃を構え、周囲を警戒する。

鋭く目を光らせ、辺りを探る彼女の装いは一変していた。

風にたなびく赤いロングコート。丈夫に作られた黒いズボンとブーツ。

あのウェイトレス服と違い、可憐さとは無縁だが、彼女のナイフのような鋭く凛とした魅力によく合っていた。

当然だ。この服は彼女が旅をしているときの服装なのだから。長年旅を共にした物が馴染まない筈がない。

久しぶりに旅人の頃に戻った彼女がいるのは、砂と礫ばかりの乾いた荒野。

街から20キロ程離れたその場所で、彼女は複数の獣の足跡を見つけていた。

レバーを引いて、初弾を装填する。イヴが構えるこのショットガンは、ベズロが店の置くから引っ張り出してきたものだ。

やや古い代物だが、整備はしっかりされていて、十分実用に耐えるだろう。

腰にはリボルバーとオートマチック、2つの拳銃を吊っていた。彼女が長年使い込んできた大事な相棒だ。

エルフは、生まれながらに銃の扱いに長けている種族だ。幼い子供でも数日銃を握らせておけば一人前のガンナーに様変わりする。

そして何より、エルフたちは銃が好きだった。遺伝子に刻まれた執着性というべきか、男女問わず銃を愛していた。

無論、彼らだって人だ。人道的な論理感は存在するし、礼儀知らずでもない。

いや、むしろ礼儀を重んじる種族だ。だが、彼らは銃が好きなのだ。愛しているのだ。

故に、振る舞いこそ上品だが、引き金を弾いてる時が至福の時である。

ベズロがイヴにエルフらしいことをして来いと言って送り出したのには、こうした背景があった。

「店長、偏見は良くないと思うんだ」

ベズロは、エルフがみんなそうだと思っているようだが、そういうものには個人差がある。イヴも銃を好んではいたが、引き金を引いてお花畑に行けるほど倒錯してはいなかった。

その時のやり取りを思い出し、思わず愚痴を零してしまったイヴであるが、彼女の耳はルマリアン貯水池の方へ伸びた足跡の先に、獣の息遣いや、複数の足音を捉えていた。葉のように尖ったエルフの耳は、微かな音をも広い正確にその場所を把握する聴音性を持ちながら、突発的な轟音を軽減する機能も併せ持つ。

通常、狩猟を行う時はハンターのサポートをする猟犬が獲物の臭いを嗅ぎ分けてその居場所を突き止めるが、エルフたちはその耳で持って、獲物の音を聞き取りその場所を突き止めるのだ。

「ひとつ、ふたつ、みっつ……ソルジャーウルフかな」

だが、足音から獲物の数を把握し、息遣いから個体を特定するその能力は、彼女自身の修練によるものだ。

獲物に気づかれぬよう足音を殺し、かつ迅速に歩を進めた。乾いた風に、湿った土の匂いが混じる。

一歩一歩獲物に近づいていく度に、意識が変わっていくのが分かる。人としての精神性が端のほうへと追いやられていく感覚。嫌な感覚だ。

背の低い植物が点在する丘陵の頂に差し掛かったところで、イヴは身を屈めて傍らの緑の影に隠れた。土の匂いとともに、草木の濃い匂いが彼女の鼻腔を満たす。

幾重にも重なる緑の向こう、貯水池へ向かう3つの影をイヴは捉えた。

「予想通りだ。ひとつだけ大きいのがいるけど、個体差の範囲内」

問題なし。そう彼女は理解した。結論づけたのではない。思考するより早く、彼女の奥底にあるものがその事実を告げた。

なら、後はスピードとの戦いだ。

ソルジャーウルフはその名が示すように集団での行動に優れており、例え遭遇した時点での頭数が少なくても、1匹の遠吠えを聞きつけて周辺のグループが駆けつけてくる。

故に、素早く、躊躇なく、確実に、当然のように、あの獲物を仕留める。

身を小さく、点在する草木よりも身を小さくして、足音を消して忍び寄る。

気配を殺し、引き金を引くその瞬間、致命的な一点を狙うその姿。

獣だ。言語を解し、2本の足で歩行し、服を着て、その手に銃を握っていても、獲物を見据えるその瞳、その様。

彼女の姿は、まさしく獣のそれだった。そのものだった。

そうして距離を詰めて、彼我の距離は30メートル程。

赤い瞳は、後ろを歩く1匹を捉えて離さない。その狼の後ろ足が大粒の礫を踏んだとき、イヴは一条の矢となった。

礫を踏んだことによって、ほんの少し重心がぶれた。それによって生まれた僅かな隙。

本当に小さい、一瞬の中の空白。その空白を突いた奇襲。

最短のルートを選択し、1歩で数メートルの距離を詰める。

瞬く間に標的に接近し、発砲。

放たれた12ゲージのバックショットがソルジャーウルフの足を吹き飛ばす。

まだ生きている。声帯は無傷だ。苦しむ時間など与えない。

左足を軸にターン。足を吹き飛ばされ宙に浮いた狼の側面に回り込む。

トリガーは引き絞ったままだ。レバーを往復させ、次弾を放つ。

ラピットショット。僅か数秒で行われたオーバーキル。

間断なくレバーを引いて装填、マガジンの残弾はあと4発。

残ったソルジャーウルフが驚異を認識したのは、仲間の血と脳症が飛び散った時だった。

だが彼らとて獣だ。本能による行動の選択と実行の速さは人のそれを上回る。

後方の大きな個体が肺を膨らませるのと同時に、もう1匹が地面を力強く蹴りつけてイヴに飛びかかる。

全身のバネを使った運動は大きなエネルギーを生み、その鋭く尖った爪と牙は肉を切り裂く旋風と化した。

だが、その一撃が切り裂いたのは赤い影、彼女が纏うコートの裾。

身を翻したイヴはソルジャーウルフの頭上後方。長く伸びた灰色の髪と赤いコートが、空中で大きく波打ち広がった。

天地が逆さまになった視界の中、狼が着地して足を踏みしめた静止の瞬間に照準を合わせ、イヴはトリガーを引いた。

もはや曲芸だ。だが、そんなデタラメな撃ち方でも狙いは正確だった。

至近距離で撃ち込まれた鉛の雨は狼の後頭部を吹き飛ばし、上顎を砕いた。

下顎を残した頭部から血が噴き出し、糸の切れた人形のようにその体が地に倒れ伏す。

受身をとり地面を転がるイヴ。狼の遠吠えが響き渡ったのはその時だ。

「……間に合わなかったか」

仲間を呼ばれてしまった。どれほどの数が押し寄せるのかは分からないが、少なくとも今仕留めた数倍は来るとみていい。

他の個体より一回り大きなソルジャーウルフは身を屈めたままイヴをじっと見据えていた。

隙があるように見えてその実、力を蓄えて重心を中心に置き、瞬時にどの方向へも動けるようにしていた。

イヴも銃を構えたまま動かない。その瞳は狼の挙動を見逃すまいと大きく開かれていて閉じることはない。

ショットガンのレバーは引かれたままだ。

レバーアクションという特性上、弾丸を発射するには引いたレバーを戻して再び引く必要がある。

通常ならばさほど大きな間ではないが、互いが相手の挙動を見逃すまいと神経を張り詰めさせている今、それはあまりにも大きな隙だった。

故に、後手に回らざる負えないイヴはソルジャーウルフの隙を突こうと眼を離さないでいるのだが、一向に隙を見せる気配がない。

どうやら体躯ばかりが大きいと思っていたが、先に仕留めた2匹より経験も大きかったらしい。

とはいえ、このまま時間だけが過ぎていくのはよろしくない。じきに遠吠えを聞いたソルジャーウルフの群れが押し寄せるだろう。

その前に仕留める。イヴは後ろに重心をそらした。放り投げられたショットガン。一瞬の視線誘導。

狼の顔へと投げられたショットガンはイヴへの意識を僅かな間逸らすとともに、その視界を遮った。

後方へと距離をとるイヴのコートが翻り、右手がブレる。

遮られた視界の中、獣特有の生存本能で危険を察知したソルジャーウルフは、遮二無二横へ跳躍した。

突き抜ける衝撃と広がる灼熱。引き抜いたリボルバーを構えるイヴ。シルバーメタリックに輝くそれは小柄な少女が持つには不釣合いな物だが、イヴの手にはまるで体の延長になったかのように馴染んでいる。

銃口から煙を昇らせるそれを見て、体の感覚が欠け落ちていることを実感して、ソルジャーウルフは自らの後ろ足を撃ち抜かれたことを理解した。

足を踏みしめようとするも力が入らない。骨を砕かれたというのもあるが、流れていく血とともに力が抜けていく。

イヴはリボルバーを構えたまま狼に歩み寄る。飛び掛られても届かないギリギリのラインだ。

狼は静かに佇んでいる。先のように気を張っているわけでもない。

もうどのようにしようとも、このエルフの女の喉笛を食い破ることは叶わないと、分かってしまった。

分かってしまったのだ。自分が生存競争に負けたのだと。

イヴもまた、そのことを正しく理解していた。彼女もまた、同種の存在だから。

「自分たちの都合で勝手に弄って、駆逐して……悪かったと思ってる。だから、速やかに、安らかに」

荒野に銃声が遠く響いた。

いつの間にか、イヴの獣のような様はそのなりを潜めていた。その瞳に写る感情はあまりにも雑然と溶け合って、それが何か伺うことが叶わない。

だが、それも束の間の事だ。彼女の耳は、次第に大きくなりつつある複数の足音を捕らえていた。

リボルバーをホルスターに仕舞い、地面に転がったショットガンを拾う。

マガジンにはまだ弾が残っていたが構わず入れ替えた。

レバーを引き、初弾を装填する。獲物を狙いその方角を見据える彼女の眼は、再び獣のそれになっていた。

日は、まだ昇っている。

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