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キーナの魔法  作者: 小笠原慎二
水の都編
81/332

なんなんだこいつは

事細かく描かれた図面を前に、テルディアスは考え込んでいた。

図面には後から人の手で書かれたらしい文字が所狭しと書かれている。

この図面を使っていた?人物は相当入念な下調べをしたらしかった。

おかげでどう行けば安全か、最短通路はどう行けばいいのか、盗賊稼業にあまり詳しくないテルディアスにも簡単に分かるくらいだった。


今までにも人のいない図書館などに忍び込むことなども多数あったし、身のこなしには問題ない。あとはキーナではあるが、もしもの時は担いでしまえば問題ない。

あと問題があるとすれば…。


(忍び込むのは難しくなさそうだが、宝玉は今まで一度も盗まれたことはなく、そして、盗みに入った者は誰一人帰って来てはいない…か)


そうなのである。

いろいろ聞き込みをして回ってはみたが、これだけ詳細な図面を手に入れられるのに、未だに盗まれたことはなく、おまけに、盗みに入った者の消息は、以後ぱったりと途絶えてしまっているらしい。

故に、今では名のある盗賊なども盗みに入らず、死の宝玉と噂されている。

宝玉に触れてミイラにされてしまったのか、はたまた得体の知れない何かがあるのか。

そんなことを考えていた時、扉をノックする音が聞こえた。


(こんな夜中に?)


時刻はすでに午前1時を回った頃か。


「誰だ?」


鋭い声で尋ねる。

少し置いて、


「僕…」


と小さな声が答えた。


「キーナ?」


少し警戒しながら扉の前に立つ。

扉を細く開け、キーナを確認。周りに誰もいないことも確認する。

そして扉に身を隠しながらキーナを部屋に迎え入れた。

キーナは俯いたまま、身じろぎしない。


「どうした?」


テルディアスが心配しながらキーナに問いかける。

と、キーナがテルディアスに抱きついてきた。

突然のことに身構えるテルディアス。

だが、キーナのその肩が、腕が、細かく震えていることに気づく。

そして一つのことに思い当たる。


「また、怖い夢でも見たか?」


キーナの頭が小さく上下に揺れた。

本当はすぐにでもひっぺがしたい所だが、さすがにこれだけ怯えているのにそんなこともできない。仕方なくテルディアスはキーナの頭を撫でてやる。

すると安心したように頭をもたれさせてくるキーナ。

キーナの身体を優しく抱きしめながら、しばらく頭をなでなでしてやったテルディアス。

無論、後々にこの時のことを思い出して赤面こいたのは言うまでもない。



この夜のことを、後にテルディアスは、この時はキーナが怖がっていたからしょうがなかったんだ!と自分に言い訳することになる。









夜中、キーナがふと目を覚ます。

その目の前には眠るテルディアスの顔。

ぼんやりとその顔を眺めていたが、そのうち安心したようにテルディアスの胸に顔を埋めて、また眠りだした。

そしてそのまま、夢も見ずに眠った。










朝になり、テルディアスが目を覚ますと、腕の中にキーナがいた。

端から見たらまるで抱きしめているように見えるが、作者は一応部外者なので突っ込まない。

なんでキーナがと考えるが、昨夜のことを思い出す。

夜中にテルディアスの部屋に来て、まあ頭を撫でてやって、落ち着いたなら部屋へ戻れと説得にかかったのだが、ごねた。

ごねにごね、半べそかいて、さすがに涙を見せられると弱く、最後はテルディアスが折れた。

キーナの寝顔を眺めているうちに、いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。


仮にも一応女が隣に寝ていて、熟睡してしまうのもどうかとは思うが、まあこいつは女と言うよりガキだからいいかと納得させる。


(こんな光景、アスティとかが知ったら驚くな…)


と、ふと兄弟子の顔を思い浮かべる。

この光景を見たらきっと、


「なにい! テルディアスがあああああ!!!」


などと大仰に騒ぎ立てるのだろう。

するとティアが突っ込みに出てきて、それをきっと師匠が苦笑いしながら眺めているのだろう。

そしてそんな話を、マーサはきっとにこにこしながら聞くに違いない。

懐かしい面々を思い出し、郷愁の念にかられる。


(どうしているのだろう…。俺をまだ、探してくれているのだろうか。それとも…)


その先を考えるのは辛かった。

そんな考えを振り払うように身体を起こす。


(考えたところで、今はどうしようも…)


ない、と思う寸前、テルディアスの視界にキーナの全身がとらえられた。

肩紐がずれ落ち、怪しい所が見えそうになっているわ、裾がまくれ上がり、柔らかそうな太ももがほぼ露わになっているわ。

そのまま反対方向に逃げようとして、壁に激突。


ドゴ


テルディアスが壁側、キーナが通路側に寝ていたせいである。

鈍い音のした額をさすりつつ、頭を整理する。


(なんだ今のは?! なんだ今のは?! 今のはなんだ?!)


だめだ思考がまとまらない。


(夢だ! 幻だ! ただの幻想だ!!)


と自分を無理矢理納得させようと試みるが、


「う~ん」


いいタイミングでキーナがうめき声を上げる。


(夢だ! 夢だあああああああ!!)


と現実逃避に入るテルディアスだった。

そしてキーナが目を覚ます。

まさにグッドなタイミングである。


「ん…」


と呟き目を開けると、壁に向かって何やらブツブツと唱えるテルディアスの後ろ姿が見えた。


(何をしてるんだろう?)


とも思うが、まあテルのことだから何かしてるんだろうと納得してしまう。

いや、ちょっとは不審に思え。


「テル~、おふぁよ~」


とゆっくり起き上がる。

それにギクっとなりながら、あくまで自然を装って、


「お、起きたか…」


と振り向くと、キーナの両肩紐が肩から滑り落ちるところだった。

硬直するテルディアス。


「ん?」


と一呼吸遅れて反応するキーナ。

寝起きの頭が自分の身に起きたことをやっと把握し、目の前にテルディアスがいることを理解し、


「うっきゃああああああ!」


両腕で前を隠し、やっと悲鳴を上げた。

その間金縛りにあったように動けなかったテルディアスは、キーナの悲鳴によりやっとその呪縛から解き放たれ、ベッドの足元の方へあわくって逃げ出す。


ガン!


ベッドの縁に膝をぶつけ、


ゴッ!


勢い壁に顔面を強打し、


ドサ・・・


哀れテルディアスは床に落ちて動かなくなった。


「テ、テル?」


キーナが恐る恐る覗き込むと、倒れ伏すテルディアス。

その顔の周りに広がる血溜まりは、きっと顔面を強打したからなんだと思って欲しい。











「これがその図面だ」


ベッドの上に図面を広げる。


「侵入経路はここの水門から入るのが妥当だろう…」


と丁寧に指さしながら説明しているというのに、キーナは顔を俯き加減にして、肩を小刻みに揺らしている。


「何を笑っとる」


ギラリと睨み付けるが、鼻に詰めたティッシュのせいで、いまいち顔が決まらない。


「笑ってないであります! ブフッ」

「ブフッつったろ…」


よく見れば口の端も曲がっている。

正直な奴である。


(だって、テルって結構2枚目なのに、鼻栓て…似合わない…)


漏れ出でる笑いを必死で手で隠す。

失礼な奴だ。

テルディアスは詰め物を取り出し、血が止まったことを確認する。

これでにらめっこのような状態は脱しただろう。


「つまりだな…!」

「うんうん!」


テルディアスが説明を再開する。

ここをこう入ってこう行けば最短で行けるから、警備兵がこことここにいるからここをこう回って、などと説明を聞く間に、キーナの顔つき、目つきが変わっていく。

まるで別人のように。


「そのやり方は使い古されてる。下手すると捕まるよ」

「は?」


キーナの言葉に驚くテルディアス。

突然いきなり小娘が何を言い出す?


「こっちからこう、遠いけどその方がいい。これはなんだろう? 抜け穴かな?」


つらつらと淀みなく説明していくキーナをポカンと見つめるテルディアス。


「道具がいる…、少なくともサシヌキ、トン棒…、それから…」


キーナが考え込む。


「見回りの時間は?」


いきなり問われてしどろもどろにテルディアスが答える。


「いつやるの?」

「できるだけ早めとは思っているが…」

「なら今夜ね。道具は集めてくる」


そういうとスッと立ち上がり、足早に出て行こうとする。


「お、おい! キーナ?!」

「何か言い忘れた?」

「い、いや、そうじゃなくて…。いやに手際がいいが、こういう仕事をしたことがあるのか?」

「ん?」


キーナのキリッとしていた顔が、キョトンとした顔に戻る。


「あるわけないじゃん」

「うん??? 今、サシヌキ、トン棒って…」

「ん? なんのことだろ?」


唖然。


自分で言ってて何を言っているのか分かってないのか。


「ま、いいや、とにかく集めてくるね。テルは休んでてもいいからね!」


そういうとさっさと部屋を出て行ってしまった。

一人部屋に残されたテルディアスは頭を捻る。


(集めてくるってどこから? どうやって? てか、サシヌキ、トン棒ってなんだ? 図面を見た時のあの物言い、まるでその道のプロみたいな言い方だったぞ? 図面見ただけで入り用な道具も目星が付いたみたいだし…。だけど、やったことないって言ってたよなぁ? これも御子の力なのか?)


しばらくの間、テルディアスは一人、部屋で唸っていた。

その部屋の前を通った者は、妙な唸り声に首を傾げていた。











焦げ茶色の頭が元気よく通りを駆け抜ける。

時折屋台の店先で何やら話し込んでは、また元気に駆けていく。

そんなことを繰り返し、数々の屋台を巡ったあと、キーナの手には巾着袋が。


「売り上げに協力してくれたお礼なんて、ただ食べてただけなのに…、しかも無料で」


キーナのおかげか、各屋台は今までの最高の売り上げを出したとか。

また食べてくれとの申し出をさすがに断ったらば、ならばと現金をちまちまとくれるものだから、いつの間にかキーナの手にはお金が集まっていたのだった。

なんだか悪い気もしたのだけれども、いいからいいからと無理矢理押しつけられてしまっては、キーナも貰わないわけにはいかなくなってしまった。


テクテクと通りを歩いて行くと、目当ての看板が見えてくる。

それは鍵を模した看板で、小さいが綺麗な佇まいの店だった。


「あ、ここだ。こんちは~」


カロカロと扉に付けられた鈴が鳴り、それほど大きくない店内に入っていく。


「はいはい、いらっしゃい」


カウンターにいた人物が、新聞のような物を畳んでこちらに振り向いた。

油断のない鋭き目つきのその老人は、今は優しげに微笑んでいた。









通りをものすごい早足で歩いて行くフードを被った男。

通行人はあまりの迫力に思わず避けて道を開けていく。


(考えてみたらあいつ、金の使い方もろくに知らなかったじゃないか!)


というか金も持ってない。

使い方も分からんのに持っていてもしょうがないと、テルディアスが預かっているのだ。

というか、重いから持ってくれとテルディアスに押しつけていた。


荷物持ちか。


双子石の音の鳴る方へ歩を進めていく。

大きな通りから少し小さな通りへの角を曲がった先で、目当ての人影を発見する。

同時に向こうも気づいた。


「テル!」

「キーナ!」


足早にキーナに近づくテルディアス。


「お前、大丈夫なのか? 今まで…」

「鍵屋のおじさんにね~、いい物貰っちゃった~」

「あ?」


テルディアスの心配をよそに、キーナはルンルンととても楽しそうであった。










「泥棒7つ道具だってさ」


そう言ってベッドの上でその鞄を開くと、見た目は鞄のような造りにはなっているが、中は大小様々なポケットが付いていて、それを巻いてボタンで止めるようになっているものだった。

ポケットにはナイフや先の折れ曲がった金属の棒、その他いろいろな物が入っている。


「サシヌキ、トン棒、カミクチまである! ナイフ、石灰石、ガラス切り、そして針金か」


スラスラと道具の名前を挙げるキーナの顔を見つめるテルディアス。


(詳しすぎる。こんな専門的な道具の名前を…)


素人のはず。というかそんな仕事をやったことがないと言い切ったのに、なんなんだこいつは。

そんなテルディアスの視線を全く気にせず、キーナはう~んと伸びをすると、


「ほんじゃ、夜まで一休みしておこうかな。おやすみ~」


とばたりとベッドに倒れ込む。


「おい!」


テルディアスが怒鳴る。


「自分の部屋に戻らんか!」


そう、ここはテルディアスの部屋なのです。


「めんど~くしゃ~い」


ひらひらと手を振り、キーナはむにゃむにゃと夢の中へ。

お前はー!と怒鳴り続けるテルディアスの声も、キーナにとっては子守歌に過ぎなかった。

なんてやつだ。

書きながら思い出していたけど、あそこで使うはずだったあれを使っていなかった・・・。

せっかくここで出したのに・・・。

桜咲き、雪舞う中書いてます。猫は膝で丸くなってます。

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