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キーナの魔法  作者: 小笠原慎二
シゲール襲来編
259/332

目覚めたメリンダ

前回のあらすじ~

メリンダが暴走。サーガが体を張ってメリンダを止めた。それを後から知ってダンがサーガに顔を近づける。

「近い近い…(汗)」

暗い水底から浮き上がってくるかのように、意識が目覚めていく。まだこの微睡みの中に浸かっていたいとも思いながらも、浮上する意識は止まることなく覚醒していく。

目を開けると見たことのない天井。横から漏れてくる明かりは焚き火の明かりのようで、チラチラと揺れ動く。時折パチリと炎の爆ぜる音がする。


(何処だろう…?)


何故自分はこんな所にいるのか。何故自分はこんな所で寝ているのか。

頭がぼんやりとしてなんだか上手く思い出せない。何か大事な事をしていた気がする。

ゆっくりと頭を動かして周りを確認するが、やはり何処なのか分からない。

部屋の入り口に人影が立った。


「メリンダ? 起きたのか?」


聞き慣れた男の声がした。


(なんでメリンダ呼び?)


この男はいつも自分の事を「姐さん」と揶揄して呼んでいたはずだ。


「何よいきなり、馴れ馴れしい」


思わず文句が出た。照れ隠しもちょっと入っている。今更此奴に名前を呼ばれるのもなんだかこそばゆい。


「え? 姐さん?」


男、サーガが何故か驚いたような声を出す。いつもの姐さん呼びに戻っている。


「姐さん? まさか…、本当に姐さん?」

「何言ってんのあんた」


なんだか重い体を起こしてサーガを見上げると、驚いたような嬉しいようなよく分からない顔をしている。


「いや、なんでもねー」


サーガが片手で目元を覆った。暗くてよく見えないが口元がにやけている気がする。


「起きたんなら飯食わん? 腹減らね?」


すぐにいつもの悪戯っ子のような顔に戻ると、そう言ってきた。

そう言われると、空腹を覚えている事に気付く。


「ん。食べるわ」

「おし、じゃあ温めてるから、ゆっくり来いよ」


そう言って出て行った。しかし横の壁は格子になっているので、焚き火の側へと急ぐその姿が見える。近くに設置してある竈らしきものに火をつけるのが見えた。上には鍋が乗っている。

メリンダはゆっくりと立ち上がる。なんだか体が重い。しばらく寝たきりにでもなっていたかのようだ。


(そういえば、どれくらい寝てたんだろう…)


周りが真っ暗なので今は夜だということは分かる。いつ眠りに就いたのか覚えていない。

ぼんやりと考えながら、重い足を引きずってサーガの側へと歩いて行った。

サーガの隣に腰を下ろすと、何故かサーガが身を固くしたのが分かった。


(何をビクビクしてるのかしら?)


疑問に思ったが流すことにした。眠る前にサーガがアホな事をしていたか、寝ている間にアホな事をしていたかの何れかだろう。

ぼんやりと焚き火の炎を見つめる。温かくて気持ちが良い。その心地よさに浸っていると、良い匂いが漂ってきた。お腹が早く寄越せと主張し始める。


「ほらよ」


器によそってサーガが差し出して来た。


「ありがと」


受け取って早速口に運ぶ。

美味しい。


(この味は…そうだ、ダンの味…)


つい最近旅の仲間に加わった、体はでかいが気の小さい男を思い出した。体はでかいくせに何故かいつもオロオロオドオドしている。しかし何気にいろいろ気の付く優しい男である。

そのダンは料理が好きなのか、あちこちでいろいろな調味料を買ったり自分で作ったりしている。まめな男であった。

おかげで通り一辺倒だった旅の食事が楽しくなったのは有り難い事である。


(なんで忘れてたのかしら…)


なんだか他にも忘れていることがある気がする。ぼんやりとしていた頭が、少しづつ動き始めているようだった。


(ああそうか。足りないのよ)


人数が足りない。サーガがいて、ダンがいて…。


(他にも…、他にもほら…)


無邪気に笑うあの可愛い子と、それに寄り添うようにくっついているあの男。


(キーナちゃんと、テルディアス…)


2人の姿を思い出す。


(キーナちゃん…)


無邪気に笑うキーナ。そう、キーナはいつもいつまでもあのまま無邪気に笑っていて欲しい。


(だから…)


空間の亀裂から腕が伸びてキーナを捕らえようとしているのが見え、咄嗟にキーナを突き飛ばした。


「う…」


手から器が落ちた。


「うぐぅ…!」


食べていた物が逆流する。


「姐さん?!」


メリンダは地面に突っ伏した。













メリンダが器を落とし、突然地面に突っ伏した。そのまま食べていた物を全て吐いてしまう。


「姐さん!!」


背中をさすってやろうかと思わず手が伸びるが、途中で止まる。


触レテイイノカ?


男に酷い目に合わされた女性は、その後男に触れられる事を酷く怖がる。サーガのいた村では時折そういう女性を匿うことがあった。昔から悪戯小僧のサーガは、そういう女性と接したことがあった。

まだ子供の時分に、出会い頭姿を見られただけで悲鳴を上げられた。何もしていないのに怖がられて悲鳴をあげられる。あれはかなり傷ついた。


同性であれば、女性であれば容易く触れてその背中をさすってやることも出来ただろう。

しかしサーガは男だ。紛れもない男だ。触れるのは躊躇う。

ここで触れたことによってさらにメリンダを傷つけてしまうのではないか。そう思うと軽々しく触れることはできない。

伸ばしかけた手を引っ込め、きつく握りしめる。


「姐さん…、大丈夫か…?」


蹲り、何かを耐えるように呻き声を漏らすメリンダに、声を掛けることしか出来ない自分が情けなく、悔しかった。












悪夢のような記憶が蘇る。全てを思い出す。

気持ち悪さに全て吐き出してしまった。それでも吐き気は止まらない。


「うぐ…うっ!」


恐怖が、悔しさが、嫌悪感が、悲しみが、全身を駆け巡る。


(気持ち悪い!)


男が触れた感触が蘇る。全身が気持ち悪くてしょうがない。

勝手に涙が溢れ落ちる。吐く物などもう何もないのに何度も嘔吐いてしまう。


(いや、いや、いや!)


ただ嬲られるだけの時間。人としての尊厳を傷つけられるだけの時間。

そして自分の中の何かを蝕まれていく恐怖。

頭を抱える。


(助けて! 助けて! 助けて!)


呼んでも誰も来なかった。絶望の暗闇だけがあった。


「姐さん…、大丈夫か…?」


サーガの声が聞こえた。何度も何度も呼んだサーガの名前。


「…て、くれなかったじゃない…」

「え?」


振り向き、サーガを睨み付ける。


「来てくれなかったじゃない! 何度も助けて!って呼んだのに! 来てくれなかったじゃない!」


怒りをぶつけると、サーガが傷ついた顔をした。


「何度も…呼んだのよ…」

「ごめん…」

「なんで…もっと早く…」

「ごめん…」

「馬鹿…」

「ごめん…」


サーガはメリンダの側に跪き、項垂れてごめんを繰り返した。

いや、メリンダにも分かっている。自分がここにいるのがその証拠だ。サーガも必死になって探し出して助けに来てくれたのだ。

しかし膨れあがった不満が、不安が、恐怖が、言葉として口から出て、目の前のサーガへと向かう。自分でも止められない。

一頻り文句を言うと、多少気分が落ち着いてきた。

顔を上げると、今までに見たことのない真摯な目を向けてくるサーガと目が合う。


「ごめんな…」


それしか言葉を知らんのかと文句を言いたくなってしまう。しかし、ここに、サーガの元へ帰って来られたのだという安堵感がメリンダの胸に広がった。


「サーガ…」


メリンダはサーガに抱きついた。サーガが一瞬身を固くしたのが分かった。しかしすぐに力が抜ける。


「胸当て、痛い」

「え? はい」


抱きついたのに、胸当てが邪魔だ。

サーガがさっさと胸当てを取る。改めて抱きつく。

先程よりは柔らかい。そして温かい。そっとサーガがメリンダの背中に手を回した。それだけで不思議な安心感がある。


「う…」


改めて涙が溢れてくる。メリンダは溢れるままに涙を流し続けた。













一頻り泣いて、頭が冷静になってくると、今の自分が何をしているのか分かってくるもので。


男の胸で泣いている。


いや、簡単に言うとそういうわけなのだが、その相手がサーガだ。下半身で物を考える男代表みたいな男、サーガである。

そんな奴の胸を借りて大泣きしていた…。

なんだか小っ恥ずかしい。

いつからかサーガがゆっくりと頭を撫でてくれているのだが、その手つきが気持ち良い。


(なんでこいつの手はこんなに気持ち良いんだろ…)


この男に包まれているだけで、あの気持ち悪さが飛んで行ってしまうようだった。

このままでいたい気もするが…。

冷静になると自分の状態も冷静に判断できるようになるわけで。

吐いた時に、着ている物を汚してしまっている。もちろん手も汚れている。そんな状態で抱きついた。つまりサーガの服も汚してしまっている。

申し訳なさに脂汗が出てくる。こんな汚い状態の女に抱きつかれて、よくまあこの男も平気の平左で抱きしめてくれていたものだ。

もうしばらくサーガの手を堪能していたかったが、申し訳なさが先に立ち、メリンダはゆっくりと体を離す。


「ご、ごめん…」

「いやいや、美人に抱きつかれるなんて役得っしょ」


そう言って柔らかく笑う。


(こんな笑い方する奴だったっけ?)


その笑顔がなんだか可愛いと思えてしまう。


「もう大丈夫か?」

「うん…」


なんだか恥ずかしくなって目を伏せてしまう。


「そか。良かった」


とサーガが頭をぽんぽんした。


(う…!)


なんだか顔が熱くなってくる。いやいや何故に?


「そ、そういえば、キーナちゃんは?!」


気を紛らわせるのと気になっていたのとで、サーガに問いかける。


「ああ、あいつなら今頃のほほんと笑ってんじゃね?」


と、空を見上げた。


「いや、もう寝てる時間か」


そうだ。今はもう夜。多分夜中も近い。


「そう、キーナちゃんは無事なのね…」


ほっとすると、今度はうれし涙が溢れて来た。


「ああ、姐さんのおかげで、キーナは今日もテルディアスといちゃいちゃしながら脳天気に笑ってるよ」


テルディアスは微妙にいらないが、キーナがあの笑顔を失っていないと知って安堵した。


(あたしのあれは、無駄じゃなかったのね…)


メリンダは思い出した。あの暗闇で必死に抗っていたのは、なによりもキーナの為だったということを。キーナがいたからこそ、自分はあの暗闇の中、絶望にまみれながらも頑張れたのだ。


「良かった…」


メリンダは涙を零して、笑った。













着替えがあるということなので、ついでに軽く水浴びもしてしまう。川が近くにあるというので、明るくなってダンがやって来たら結界を解いてもらって川で水浴びしようと言われた。サーガも、


「久しぶりに全身浸かりたい」


らしい。

汚してしまったので軽く洗っておくと上を脱がせ、自分の分と一緒に軽く洗って干した。


「いつもはダンがやってる」


らしい。


「そういえば、あたしどれくらい寝てたの?」


再び食事を始める。気持ち悪さは大分引いた。それよりもお腹が空腹を訴えている。

美味しさを感じながら、今までの事を聞いてしまおうとサーガに問うと、サーガが若干渋い顔をした。


「う~ん…え~と…そうだな~…」


頭を悩ませながら指を折り始めた。


(数えてないんかい)


此奴、こういう所は適当だ。


「え~と、多分、半月くらい?」

「半月?!」


体が重いのも納得だ。いやしかし、半月も寝っぱなしだったら、もっと筋肉が落ちていそうだが…。


「一先ず、あたしが攫われてからどうなったのか教えてよ」


そう言うと、サーガは頭を捻りながら話し始めた。

空間に逃げたシゲールを追うには自分達だけでは難しいので闇の者の協力を仰いだこと。ルイスが助力してくれることになり、いろいろ探し回ってとある山に潜んでいたシゲールを見つけ出したこと。そしてそこへ乗り込んでメリンダを助けたと。


「テルディアスが珍しく気を利かせて、キーナをすぐに眠らせたんだ」


酷い格好になっていたメリンダの姿を見せるわけには行かないと、珍しくテルディアスが即動いた。メリンダはほっとした。さんざん弄ばれた後の姿など、キーナに見られたくはなかった。

無事メリンダを助け出したのはいいが…。


「姐さん、心して聞いてくれ、実は…」


何があったのかとゴクリと唾を飲み込む。


「姐さん、闇の力で心を病んでたらしくて、正気を失ってたんだ…」

「正気を、失ってた…?」

「そ。そんでそのままじゃ不味いからって、俺が姐さんの世話するんで、ここに2人で閉じ籠もったんだ」


メリンダは絶句した。正気を失っていた? 自分はどんな状態だったのだ?


「正気を失ってたって…あたし、何したの?」

「別に、悲鳴を上げたり暴れたり。そんくらいだよ」


いやそれだって世話をするなど大変ではないか。


「ああ、大丈夫大丈夫。いざとなったらダンからもらったお薬で即おねんねしてもらってたから」


で、ほとんど寝っぱなしの生活になっていたから、体が重くなっていたのだと…。

メリンダは頭を抱えた。


「サーガ…。大変だったでしょ…。ごめん。ありがとう。本当にありがとう」


サーガに頭が上がらない。


「いいっていいって。毎夜姐さんの体拭くっていう役得もあったから。おかげで姐さんの体の隅々までしっかりはっきりばっちり見させて貰いましたから」


ビシッ


メリンダのこめかみに青筋が立った。


「あんた…こっちが殊勝に頭下げて謝って感謝してるのに…。あんたはそうやってまた変なこと考えてたの…」

「ち、違う! 姐さん! そういうことじゃなくて! いーやー!!」


この夜、森の中で小規模な爆発があったとかなんとか。


お読みいただきありがとうございます。


猫はコタツで丸くなるのではなく、人の膝で丸くなる、を体現している今日この頃。

私の足も悲鳴を上げています。

太陽が出ている日は基本暖房を点けないで着込みに着込んでコタツでぬくぬくしております。

もちろんコタツに火は点けてません。

猫が乗ってきて嬉しいのですが、痺れ等との格闘でもあります。

でも可愛いからどけたくない…。

冬の葛藤です。

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