ウォーレント剣技大会
それから二年後。
サイゼンの街にある闘技場の控え室で、テルディアスは愛剣を抱え目をつむり、気持を集中させていた。
稀代の勇士ウォーレンス卿を讃えたウォーレント剣技大会。84回を迎えたこの剣技大会にテルディアスは出場しているのだ。
そして次は決勝。
決勝で見事に勝ったならば、13歳という史上最年少記録を作ることとなるので、会場中がざわめいていた。
「大丈夫か? テルディアス」
テルディアスの剣の師、ティンダーが声を掛けてきた。
「はい。好調です」
実際にテルディアスは落ち着いていた。特に緊張することもなく、その目は自信に満ちていた。
「それはよかった」
ティンダーがうなずく。
「皆お前に期待しているよ。何せもし優勝したら史上最年少ってことになるからな。わしもまさか決勝まで進むとは思ってもみんかった。ま、緊張せずにいつも通りやってこい…」
とその時、荒々しく控え室の扉がバターン! と開けられ、
「テルディアス!」
とアスティが飛び込んできた。騒々しい。
「またお前は! 集中してる時は静かにしろと! いつもいつもいつもいつもいつもいつも言っとるだろーが!!!」
「や、わりぃ…」
どちらの方が騒々しいのやら…。
「いや、大丈夫っす…」
テルディアスの声も騒々しさに巻き込まれていく。
「いや~、決勝まで残るなんてすっげーじゃん。一言言いたくてよ!」
ちなみにアスティは予選落ちである。
「頑張れよ!」
ピースと一緒にエールを送る。
「ああ」
やはり無愛想にテルディアスが答える。
そしてアスティは扉の方へ顔を向けると、
「おい! 折角来たんだからお前も一言言えって!」
少し間のあと、おずおずとティアが入ってきた。
「ティア…」
二年の間に随分大人っぽくなっている。
二つに結んでいた髪は今は横の髪を後ろに束ねるという髪型に変わり、うっすらと化粧も施していた。
「が…頑張ってね…」
ようやく言葉を吐き出す。
「ああ…」
何となくぎこちない空気が流れるが、
「俺は負けないから。安心して見てろ」
珍しく優しげな声でテルディアスがティアに言った。
「う、うん」
ティアの頬に赤みが差した。
「じゃ、じゃあ兄さん。あたしは先に行ってるから」
「ああ」
嬉しそうな足音を残し、ティアが部屋を出て行った。
「いい女になったろ」
自信満々といった感じでアスティが胸を張る。
「そうだな」
テルディアスが珍しく素直に賛同した。試合前だからか?
と、こちらもまた珍しく、真剣な顔でアスティが振り向いた。
「テルディアス、…お前」
アスティが何かを言いかけた。
テルディアスがアスティを見返す。
いつも何を考えているのかよく分からない、いたずらっ子のような光を湛えた瞳が、真剣な光を宿していた。
「? なんだ?」
なんとなく気圧されて、テルディアスが声を出す。
「…いや、なんでもねー」
軽くうつむいて顔上げると、もういつものアスティだった。
「ま、頑張れよ!」
というと、テルディアスの肩を少し強めにバシッと叩く。
「っつ?!」
なんだかよく分からない激励をもらって、テルディアスがうめいた。
「んじゃ、みんなで見てっからな!」
そう言って足早に部屋を出て行こうとして、途中でもう一度テルディアスの顔を見つめた。
「?」
テルディアスの頭には?が浮かぶ。
そんなテルディアスを見て、ニカッと笑うと、グッジョブサインを残し、アスティは部屋を去って行った。
ぽん、と肩に手を置かれる。
「すまなかったな。騒々しい奴で。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
これくらいで集中力が切れていたら、あの道場では強くなれない。
なにせまあ、色んな奴がなんともかんとも…。
その話はまた違う時にでも。
そして、部屋の外からリズムのいい足音が聞こえてきた。
「失礼します!」
軽い礼服に身を包んだ男が部屋の前に立った。
「テルディアス殿! お時間であります!」
テルディアスの顔が引き締まる。
「テルディアス」
立ち上がったテルディアスにティンダーが声を掛ける。
「いつもどおり、頑張って来い」
「はい」
テルディアスは闘技場に向かって歩き出した。
少し暗めの通路を通って、闘技場に出る。
暗い所からいきなり明るい所へ出たため、一瞬視界が奪われる。
大歓声がテルディアスを迎えた。
向かい側の通路からも誰かが出てきた。
対戦相手のパーキス・アトソンだ。
前大会で、準優勝した実績を持つ選手である。
二人が闘技場の真ん中まで歩み寄る。
開始線の前で立ち止まると、正面客席に向かって、二人は頭を下げた。
ウォーレント剣技大会には、国王のサーマント王も来ているのだ。
審判が手を上げ、会場の熱気はいよいよ高まった。
二人がスラリと剣を抜く。
「始め!」
審判の声と同時に二人が切り結んだ。
ギャキン!
剣と剣の重くぶつかる音が鳴り響く。
「ふ、ガキのくせに結構やるじゃないか」
「何?!」
いったん引き、パーキスが振り下ろした剣をテルディアスが受け流す。
「裏で何か汚い手を使って八百長をしているという噂があってね!」
「ふざけるな!」
剣と剣が激しくぶつかり合う。
突き、引き、返す。
二人の実力は拮抗しているかのように思える。
だが…、
ザッ
テルディアスの剣がわずかにパーキスの頬をかすった。
「く…」
剣を突き、距離を取る。
テルディアスが素早く追いついてくる。
そしてまた激しく剣がぶつかり合う。
そして…
ザスッ
パーキスの剣がテルディアスの左腕を捉えた。
「ぐっ…」
思わず飛び退る。
テルディアスの左腕に血が滴る。
「ふ、片手ではもう防ぐことはできまい。降参するか?」
「誰が…」
試合の決着は降参するか、先頭不能に陥るかで決まる。つまり、どちらかの死、という形もありえるのだ。
「ならば、一思いにやってやる」
パーキスが剣を両手に持ち、頭上に構えた。
そのまま振り下ろせば、片手持ちになってしまったテルディアスには防ぎようがない。
観客席で見ていたアスティとティアが、ガタッと音を立てて思わず立ち上がる。
「テルディアス!!」
ティアが叫んだ。
テルディアスの瞳が光った。
ギャイッ!
テルディアスの剣が弧を描いた。
絶妙のタイミングでパーキスの剣を受け、左へ流し、そのまま円を描くように剣先はパーキスの喉元にピタリと付けられた。
「甘いな」
喉元で剣の冷たさを感じ、パーキスの背中に嫌な汗が流れた。
「さあ、どうする?」
テルディアスの手に力がこもる。
「ま、参った…」
パーキスが宣言した。
会場が人々の歓声で沸きあがった。
大会史上最年少剣士の誕生だ。
パーキスはがっくりと膝をつき、うなだれている。
そこここで人々は喚きあい、抱き合い、その喜びを体中で表していた。
そんな歓声の只中にテルディアスは凛と立っていた。
相変わらず無愛想なままで。
(ふん、こんな大会の優勝などくだらない。オレが目指すのはもっと高みだ! これはその一歩にすぎない…)
勝利の余韻などかけらもない。
感動、喜び、楽しみ、すべての正の感情を持ち合わせていないかのような少年。
それがテルディアスなのだ。




