庶民と貴族
メリンダさんのドレス、もそっと書いたが良かったかしら?
広い部屋。
無駄に長いテーブル。
置かれた燭台の上で灯された蝋燭が仄暗い影を作る。
いかにも高級そうな皿の上で、いかにも高級そうな食材が、いかにも一流のシェフが作りました感を漂わせ、鎮座する。
フォークやらナイフやらなんでいちいち交換する必要があるんだと、突っ込みたくなるような数が並び、触れただけで割れてしまいそうなグラスに、何やら難しい名前のお酒らしきものが注がれる。
キーナはジュースを希望したが。
目の前にある大きな肉、なんとかのステーキを、一口大にするべく、メリンダがナイフを動かす。
(た、食べにくい…!)
生まれも育ちも度庶民の街道をひた走ってきたメリンダにとっては苦行だった。
『なるべく音を立てず、大口を開けずに綺麗に食べろ』
テルディアスから注意された事を思い出す。
(食事のマナーだかなんだか知らないけど、かたっくるしいわ!)
どうやってこの食器類、音を立てずに肉を切れというのか!
いっそのこと食いちぎってしまいたくなる衝動を堪えながら、チラチラとキーナやテルディアスの手元を窺う。
(キーナちゃんも使い慣れてるみたいだし…)
キーナはそこそこ上手い具合に肉を細切れにしていく。
泣きそうに、キレそうになりながらメリンダは必死で食事を進める。
キーナも実は同じような心境だった。
(かたっくるしい…。ファミレスより食べにくい…)
一応綺麗な切り方など、親から教わった事があったので、なんとか食事について行けてはいるが、無駄に広い空間の真ん中にどどんと置かれた長いテーブルの端にちまっと固まって座っているという状況に、慣れる事ができなかった。
この館の主らしき女性は、始まりから何やら喋ってはいるが、それはすべてテルディアスに向けられていた物なので、会話に混じる事もできない。
なんとなくメリンダとも話すこともできないまま、終始無言で食べ進めていた。
(みんなでワイワイやって食べた方が何倍も美味しいよ…)
いつもならば、そこそこの空間にテーブルがひしめき合い、ガヤガヤと騒がしい中で、やっぱりワイワイ騒ぎながら、時にテルディアスの食事を横からかっさらったりして食べていた。
一応、頂戴のお断りは入れて。
(しかし、テルディアスって…)
(テルって…)
女性陣二人の視線が、一番端に座り、開始からずっと女主人の会話攻撃を受けながら黙々と食べる男に向けられる。
(綺麗に食べるなぁ。絶対にいいとこのボンボンだったに違いない…)
などと同じような事を考える。
いやいや、キーナ、お前はテルディアスの過去話を聞いただろうが。
(そういえば、お父さん貴族なんだっけ?)
そこだけ思い出すんじゃない。
「ということなんですの。分かって頂けまして?」
女主人がテルディアスに向かって最上の笑みを零す。
「ああ」
適当に返事を返すテルディアス。
そもそも顔なんぞ見ちゃいない。
(さっきから家柄がどーの、国王との関わりがどーの、家宝がどーのと、つまらん話しかしない女だな)
話半分、適当に聞き流していた。
気になっているのは隣に座る女性達である。
隣に座るキーナは、そこそこの手際で、なんとか綺麗に食事を進めている。
(キーナは、なんとか食べてるな)
真剣な顔をして皿の上の料理と格闘している。
その向こうに目を移す。
そっちが一番心配だった。
(メリンダは…)
両肩、両腕に力を入れて、なにやらギシギシと手元を動かしている。
親の敵でも目の前にいるかのような形相だ。
と、その時、何をどう器用に動かしたのか、メリンダの皿から肉が飛んだ。
それは綺麗な放物線を描いて。
「風…」
テルディアスが小さく風を喚ぶ。
テーブルに着地する寸前、肉は風に巻き上げられ、メリンダの皿まで帰ってきた。
「何かおっしゃいまして?」
「いや…」
冷や汗を隠しながら、何事もなかったかのように食事を続ける。
チラリとメリンダを見ると、メリンダもこちらを見ていた。
「ありがと」
と口が小さく動いたのが分かった。
(大丈夫なのか?)
心配しながらも、小さく頷いた。
その後もなにやら長ったらしい名前の料理がいくつか運ばれてきて、やっとこデザートまで辿り着き、かたっくるしい晩餐は終わりを迎えたのだった。
やっぱり広々としたダンスホールの隅っこのテーブルで、食後のお茶を嗜んでいる三人がいた。
「なんか食べたけど、食べた気がしない」
「あたしも」
「…だろうな」
キーナとメリンダは椅子にぐったりと体を預けている。
テルディアスは立ったまま、ティーカップを揺らしていた。
「こんなに食べにくい食事は初めてだわ…」
メリンダが溜息をついた。
「貴族なんてこんなものだろう?」
さも当たり前とでも言うように、テルディアスがお茶をすする。
そんな男を見上げる女性陣。
なんとなくこの男の態度が腹立たしい。
「テルってさ~、なんか慣れてるよね~」
「いいとこの坊ちゃんだったの?」
「あ?」
女性陣の視線がなんだか冷たい物に変わっていた。
何故かはよく分からないテルディアス。
「幼い頃にそう躾られただけだ。俺の家は街中でもかなり質素な方だったぞ」
「へぇ~~~」
女性陣の瞳には疑いの光が灯っている。
なんで質素な家なのに躾が厳しいのだ?
そんな無言の攻撃を受けていたテルディアスの背後に、
「テルディアス様」
女主人が立った。
「一曲、踊って頂けます?」
と手を差し出してくる。
テルディアス、はっきりと嫌だな~オーラを出すが、
「いいじゃない、踊ってきなさいよ。泊めてもらってるんだから、それくらいやんなさいよ」
とメリンダに窘められた。
テルディアスは思いっきり、
「俺が泊まりたいと言ったわけじゃない!」
と言いたそうな顔をしていたが、諦めてティーカップをテーブルに置いた。
(人の気も知らんとー!)
と胸の中で毒づくが、渋々女主人の手を取って、ホールの真ん中まで行った。
そして、音楽が流れ始めた。
いつの間に整えられたのか、楽器を持った男の人達、やっぱり皆顔が良い人達が、ホールの少し段になっている所で、演奏をしていた。
真ん中に立った二人は体を寄せ合い、音楽の流れに乗るかのように、ゆらゆらと動き出す。
時に大きく、時に小さく輪を描きながら、滑るような身のこなしでホールをくるくると回った。
「で、踊れるわけね」
メリンダが再び溜息をついた。
キーナはその美しい動きに目を奪われる。
「綺麗だね~。面白そう」
シャル・P・ダンスという映画のタイトルが頭に浮かぶ。
あれもとても綺麗で見とれていたものだ。
(キーナちゃんも物好きね)
「後で教えてもらったら?」
「そうする!」
メリンダの微笑みに、キーナも満面の笑みで返した。
女が異様に体を押しつけて来る。
きつい香水の臭いに耐えながら、テルディアスは無表情に足を運ぶ。
一曲だけの我慢だと言い聞かせながら。
「テルディアス様はどこのお生まれなんですの?」
女が聞いてきた。
「何故そんな事を聞く?」
「興味があるからですわ」
女が顔を近づけてくる。
香水臭くて顔を背けたくなる。
「ひょっとして、どこぞの貴族の御曹司、とか?」
「・・・」
テルディアスは目の前の女に対する不快感が抑えきれなくなってきた。
「生憎、俺はあんたが期待するような身分の者じゃない。ただの庶民だよ」
「そんなはずありませんわ! テーブルマナーやダンスを知っているただの庶民がどこにいまして?」
クネクネと体を押しつけ、もたれかかってくる。
「母が貴族の屋敷で働いていたから知っていただけだ。俺は貴族なんかじゃない」
曲が終わる。
テルディアスは女の体を少し強引に体から離した。
「曲も終わった。もういいだろう」
そう言って足早に立ち去った。
「あ…」
離れていくその後ろ姿を、女はただ見つめた。
(つれないお方…、でも、ステキ…)
逞しい腕。
厚い胸板。
屋敷にいるどの男よりも美しい顔。
その冷たい眼差しにさえ、感じてしまう。
テルディアスがキーナ達の元へ帰ってくる。
「お帰り~」
一応労いの言葉をメリンダはかけた。
「ねいねいテル。僕にもおせーて」
キーナが早速ダンスを教えてもらおうと駆け寄る。
テルディアスはそんなキーナになんとなくほっとし、足は大丈夫かと確認する。
少し履き慣れたらしいキーナ。
んでは形だけと、体の保持の仕方から教え始めた。
そんな姿を横目で見ながら、女はホールから静かに出て行った。
「あのお方こそ、私が求める者…」
暗い廊下を進む。
暗がりへ、暗がりへと足を運ぶ。
(見つけたわ。私の伴侶となるべき男。あのお方こそ、私にふさわしい・・・)
その部屋に来ると、女は両腕を広げて叫んだ。
「さあ、叶えて! 私は、あの男が欲しい!」
テルディアスの好みがはっきりと分かる回。興味ない女にはとことん冷たい男なのです。まったく。




