リ・スタート
いつもの席に座っていた。
ガランとした教室の中は公彦の他に誰もいない。
遠くに運動部の掛け声が聞こえるだけで、静かなものだ。
「また・・ここ?」
ゆっくり立ち上がり、夕日に染まる教室の中を隅々まで見渡した。
いつもの教室だ。
バタバタと誰かが廊下を走る足音が近づいてきた。
教室の引き戸が勢いよく開けられ、見慣れた顔が眉間にしわを寄せてぬっと出てきた。
「てめぇ!なんでここに居るんだ!ずっと待ってたんだぞ!」
「あれ?藤村?」
「あれ?じゃねぇだろ!一倉たち帰っちまうぞ、良いのか?」
「あ?あぁ、え?」
公彦は戸惑いながらも藤村に急かされて玄関へ走った。
実感が無い。
まだ夢を見ているような、フラフラする感じが足元に残っている。
玄関ホール、下駄箱の前に一倉紗香とその親友の奥原菜月が居た。
「お、居たぞ。ちょうど良いタイミングだ」
「あぁ?」
公彦の気のない返事に、藤村は顔をしかめる。
「いい加減にしろ!今日言わないなら、もう二度と付合わせるな!いつまでも待ってられねぇんだよ」
妙に迫力のある藤村に圧倒されてハッとした。
そうだ、いつまでも同じ毎日が続くわけじゃない。
さっきのも夢じゃないような気もするし、実際いつまで時間があるのかなんて誰にもわからない。
もう後悔はしたくない。
いつでも出来る事なら、後でじゃなくて今やらなきゃいけないんだ。
公彦たちは肩で息をしながら不自然に下駄箱に近づくと、奥原菜月の方が先に気付いた。
紗香を肘でつついてニヤリと笑う。
公彦の喉が音を立てた。
藤村に背中を軽く突き飛ばされると同時に、紗香と目が合った。
「い、いま帰りかぃ?」
ぎこちない日本語だった。
余りの恥ずかしさに瞬時に顔が熱くなる。
奥原菜月はプッと噴出すと、慌てて口元を隠しながら背を向けて少し離れた。
後ろでは藤村が離れていくのが気配でわかった。
「うん、そうだよ。中澤も?」
「あぁ、ちょっと図書館に」
「え?うち等も図書館にいたけど?」
「あ、あぁそう、いや俺らは行こうと思って教室にいた」
「なにそれ?ははは」
紗香は屈託なく笑った。
公彦もつられて笑顔になる。
「ははは・・」
紗香の笑顔をジッと見つめた。
あの泣き顔が脳裏に浮かび上がったが、公彦は口元をギュッと締めかき消した。
「・・・」
「じゃあ、また明日ね」
紗香はゆっくりと、ひと言一言、噛み締めるように言うと手を振って玄関を出て行った。
「あぁ、また明日・・」
その笑顔は夕日に照らされて、とても眩しく輝いて見えた。
眼を細めてその後ろ姿を見送る。
「おい、ふざけんなよ?」
後ろの藤村の心の声が聞こえた気がした。
「・・・」
公彦は自分の手を見詰めた。
何処にも傷跡の無い指は自分の意志でしっかり動く。
顔を上げると紗香たちの後姿が遠ざかって行く。
目の前をヒュンと小さいものが横切った。
「今回は特別にプレゼントだってよ。次に会う時までしっかりやれやぁ」
そう言う小さな声が聞こえた。
思わず口元が緩んだ。
振り返って藤村を見るとその顔は大きく頷いた。
「いってくる!」
公彦は体中に力が溢れ出したのを感じて走りだした。
走る公彦の背中を見送る人影が玄関の中、日の当たらない所にいた。
黒い服で全身を包んだレイジだ。
「いつか来るその日に、また逢おう」
ニヤリと笑ってそう呟くと、陰の中に消えて行った。