雲の上の世界
オレンジと紫が入り交ざる幻想的な空。
はるか上空に真っ白い大きな雲が一つ、夕日を受けて輝いている。
「あそこがそうやで!」
「だろうな、なんでかな?俺にも分かるよ。それよりコッチ!お前こんな上まで大丈夫なのか?」
「レイジが行け言うから仕方ないんや、キッツいけどな」
「悪いな、すぐ終わらすよ」
公彦はコッチを両手の中に包み込むと矢のように雲の中に飛び込んだ。
「うわ!凄い!」
雲の中は一変して嵐だった。
雷鳴と稲妻が交互に迸る。
「絶対にビビるんやないでぇ!また落ちてまうからな!」
風が唸りをあげる中でコッチが叫ぶ。
「分かってるよ、お前なんか言葉が変だぞ」
「細んまい事は気にすんな!ほれスグに出るぞ!」
眼の前が突如として真白くなった。
眩い光が包む。
思わず目を覆った。
「うわ!」
雲を抜けたのは分かった。轟音がピタリと止んで静寂が広がる。
「おい、見てみぃ」
掌から抜け出したコッチは静かに言った。
構えていた手をゆっくり下げて恐る恐る目を開いた。
一面の純白の中、足元には僅かに草花の影が見える。
「ここは天国か?」
「ちゃうちゃう、ここは入り口や、ホレあすこに河があるやろ?あれが三途の河や」
「え?よく分かんないよ」
「それよりもアイツや、早よせんと、河を渡って向こうに戻ってまう。そうなったらもうダメや、どうにもならん」
「でもさ、こんなに全部が白いんじゃ何が何だか」
「居た!あすこや!」
「え?!何処?」
「ワシに付いて来い!」
コッチはビュンと飛び出したので慌ててそれに続く。
「アカン!河を渡ってまう!」
河岸が目の前に迫ってコッチが叫ぶ、と同時に玉の光が見えた。
「居た!あいつだ!」
既に岸から少し離れた空中を漂っている。
「待て兄ちゃん!あの川に入ったらお前の体が!」
「待てるかよ!」
無我夢中で河に飛び込んだ。
光の玉は驚いて逃げようと加速する。
しかし、公彦の方が僅かに早かった。
長く伸びた手は光の玉をがっしりと掴んだ。
「取った!」
思わず叫んだ。しかし玉は予想外に力強くて体ごと引っ張られる。
「うぐあぁ」
悲鳴のような声が喉を突いた。
片足が河の中に落ちた。
水に濡れた部分が焼けるように熱い。
そしてその熱は瞬時に全身に広がった。
「アカン!戻れ!体が消えてまう!」
公彦は光の玉を掴んだまま河の中に倒れ込んだ。
体の表面が魚の鱗のように細かく千切れて水の中に飛び散っていくのが見える。
光の玉が手の中で暴れるのを必死で抑えながら胸元に引き寄せた。
「おいお前、よく聞けよ!さっきお前の両親になる人たちの所に行った!」
玉を押さえる両手の甲が細かく千切れていく。
「嫌だよ、僕はあっちには行かない!もう嫌なんだよ!」
「うるさい!あの人たちは待ってるんだよ!お前の体が目を開けるのを寝ないで祈ってるんだ!お前はひとりじゃない!これ以上嬉しいことなんてないだろ!」
「え?」
少しだけ玉の力が弱くなった。
「そうだ!」
その僅かな隙を逃さずに、体を仰け反らせて立ち上がると抱え込んだ姿勢のまま全力で岸に走った。
「よっしゃ!そのまま行ったれぇ!」
コッチが悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「おおおおおおおお」
公彦は雄叫びを上げて、力強く川底を蹴り飛ばした。