ニューセンセイション
公彦は走った。
その目の前をアッチとコッチが加速しながら飛んで行く。
「なんだありゃ?!超速ぇじゃんか!」
ボンヤリ輝く魂はグングンスピードを上げていく。
「お前何やってん?!」突然コッチが向きを変えて言った。
「何って追っかけてんだろが!」
「あかんあかん!人間のイメージ捨てぇな」
必死で走る公彦の横を、二匹のトンボが喋りながらヒュンヒュンと身軽に飛び回る。
「お前等は速くていいよな!俺はこれ以上速く走れないよ」
「だからそれがアカンて!お前死んでるんやで?なんで走るんや?あぁん?」
「なんでって?」
「もう体は無いっちゅう事を解っとけや」
「意味わかんねーよ」
前を飛ぶ魂がどんどん遠くなって行く。
公彦は焦った。
「そや!お前ちょっとジャンプしてみい」
「ジャンプこんな時に!?」
「こんな時だからや!いいから飛べ!」
「お前らもっと真剣にやれよ!」
「偉そうに言うなやボケェ、教えてんのはわし等やで!早よせんかぃ!」
「分かったよ!じゃあいくぞ!せーの・・」
公彦は速度を上げて地面を力いっぱい蹴りつけた。
「よっ!!・・え?ええぇ!!なんだぁ?!」
跳ね上がった公彦の体は、そのままの勢いで飛び上がっていく。
「ええやないか!その調子やでルーキー」
「うわあ!?」
「大丈夫、お前は飛べるんだ」
アッチが嬉しそうに言った。
見る間に地面が遠ざかっていく
「おぉ!?何だぁ~?!」
「大丈夫や!そのままあいつを追わんかい!!」
「てか、どうやって!?」
悲鳴に近い声で叫びながらも体はドンドン上昇して行く。
「イメージしろ!重さも大きさも関係あらへん!ゆーきゃんふらい!やで~」
「何言っちゃってんだよ!てかマジ怖ぇ~よ」
「大丈夫、落ちても痛ない!」「行っちまうぞ!早く!」
アッチが叫ぶ。
公彦は慌てふためき手足をバタバタさせながらも何とか魂に眼を向けた。
アイツのトコロへ・と意識すると、吸い寄せられる様にグンっと身体が進んだ。
「うわぁ!!」
「ヨシ!その調子や!追え!」
「お!?飛んでる!?オレ飛んでる??」
「だから~今はお前も魂だけなんや、何処へでも行けるで~!!」
「ありゃ?」
「うん?」
テイクオフしたはずの公彦は綿毛のようにフワフワと、しかし確実に高度を下げ始めた。そしてそっと着地。
「あれ?なんか着いたぞ。でも、てか、俺すげぇ、飛べんのかおれ!?」
「飛べんねんけどな、怖い思ったらアカンでぇ」
「そうか!飛べるんだな!」
両手を見ながらニカっと笑った。と、おもむろにしゃがみ込むと、今度は思い切り地面を蹴った。
ロケットのようにグンっと跳ね上がる。
「そや!いい感じやないかい!行ったれぇ!」コッチが興奮して言った。
公彦は任せろと言わんばかりに上昇していく。
「逃がさないぞ」
小さな光の玉が更に上へと飛んで行くのが見えた。
空にはオレンジに染まる夏の雲が湧き上がっている。
公彦は速度を上げて、遥か先を行く魂をミサイルの様に追いかけて行く。
「あれ?コッチ?」
「ワシらはそんな早く飛べんねん!しっかりやりや~」
「何だよ、まぁ仕方ないか」
家の屋根がドンドン小さく遠くなって、高圧線を軽く飛び越えたところで鳩の群れが近付いて来た。
「やあ、追いかけっこだぞ。久しぶりに見るね」
「そっか、お前等の声も聞こえるんだ」
「風には気を付けてな」
「風?重力は平気なのに風は関係あんのか?」
「何だ知らないのか?はは、まぁ落ちるなよ」
鳩達は笑いながら飛び去って行った。
「鳥の高さも超えた、アイツ何処まで上るんだ?」
公彦がボヤいてる間に光を放っているような輝く雲が近づいてきた。
かなり上空まで来たようだ。
魂は雲の影へと廻り込み姿を眩まそうと必死に進路を変えながら飛び回る。
「のやろ!チョコマカとウザい!!」
入道雲の回りをグルグル回ったかと思うといきなり上昇、雲の中にも出たり入ったり。
「でも距離は詰まってるぜ!」
光を集める白い雲が輝き、幻想的な風景の中を自由に飛び回る。
言いきれない程気持ち良かった。
大きな木の様な雲を回りながら更に加速したその途端。
「うわ!!!」
目の前に巨大な壁が立ちはだかった。
真っ暗になったかと思うと、何百のたくさんの人の顔が通り過ぎて、また明るい空が見えた。
旅客機だ!
気付くと同時に、スクリューのような突風に煽られて公彦の体は成す術もなく回転させられた。
「マズイ!!?」
思ったのも束の間。あっさりと体制を崩した公彦は真っ逆さまに墜ちていく。
「うわぁぁぁ!!!!」
「あかん!アイツ怖いって思っちまった」
下で様子を見ていたアッチが叫んだ。
先程までの自由飛行が嘘のように、公彦はすごい速さで落ちて行く。
「わあああああぁぁあぁぁっぁぁ!」