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案内人

気が付くと教室にいた。


窓側の一番後ろ、いつもの自分の席に座っている。


「あれ?ここは・・」


夕日に照らされてオレンジ色に染まる教室には公彦しかいない。


「夢・・か、そういえば藤村!」


立ち上がるが早いかカバンを引っ掛けて走り出した。


廊下の向こうから担当の先生が歩いてくる。


「先生さいなら!」


いつもよりも大きな声で挨拶しながらすれ違った。


しかし先生の反応は無く、公彦との距離が少し開いてから振り返った。


「ん?考え事でもしてたのか?まぁいいや、それより藤村怒ってるかな」


図書室まで走って息を切らせながら中を覗き込んだ。


六人掛けの大きな机が綺麗に整列しているが、既に誰の姿もなくなっていた。


「ありゃぁ~、怒って帰っちゃったかな、まずいな、明日謝ろう」


公彦は苦い顔をして回れ右した。


下駄箱が並ぶ玄関ホールは、斜めに差し込む夕日に照らされた部分は眩しく、長く伸びた影の中は暗くてよく見えなくなっていた。


「はぁ」


タメ息をつきながらその影の中で靴を履きかえていると、後ろからふざけあう男子生徒の声が聞こえてきた。結構な速さで走っている、振り返るとすぐ目の前だ。


「危ない!」


思わず身をよじって尻餅をついたが、生徒たちは気付かずに走り去って行った。


「ンだコラ!おい!ちょっと待てよ!」


立ち上がりながら大声で呼び止めた。


「聞こえないよ」


「あ?」


いつの間にか、後ろにさっきの男の人が立っていた。


「君はもう死んでいるんだ」


「はぁ?」


「あの事故、あれからもう2日経ってる」


「は?事故・・何が?」


「やり残した気持ちもわかるが、みんなそうなんだ。また次に生まれ変わっ

たらやるといい」


「何言ってんだよ?あなた誰?ここは生徒以外立ち入り禁止ですけど」


「私の名はレイジ、君たちの案内役だ。自分の死に気づいてから3日間はこの世に残る猶予があるから、その時間で気持ちに整理をつけろ」


「レイジ?3日?何言ってんだよ!頭おかしいんじゃねぇのか?つけろって何だよ偉そうに!何が死んだだよ、いい加減にしろ!もう付いて来るな!」


強がっては見たものの心臓が握りつぶされるような恐怖を感じて、公彦は逃げるように校門へ走った。



通りに出るとバス停に数人の生徒がいる。


その中には藤村もいた。


「あ、藤村!おーい」


大きな声で呼びながら駆け寄った。


「なんだよ藤村、図書室で待ってるって言ったじゃね」


「・・・」


藤村はボーと空を眺めたまま振り向かない。


「なぁ、聞いてんの?悪かったよ、ごめんな藤村!」


「・・・」


返事をする様子は全く無い。


周りにいる生徒も、大きな声にも誰一人としてこちらを見る者はいない。


ドキン、胸を突く鼓動が一つ。


急に不安になった。


「な、んだよ?」


ふと脇を見ると、女の子がベンチに座って本を読んでいる。


見た事のある顔だ。


「あ、ねえ、君は二年生だよね、俺の事知ってるでしょ?去年の文化祭で・・」


女の子は顔もあげず本を読み続けている。


「ちょっと、ねえ聞いてる?」


女の子はまるで気に留めていない。


ドキン、ドキン。


「んーと、あ、よう」


今度は別の、数人で話をしている女の子たちのグループに割って入った。同じクラスの女子だ。しかし、こちらも公彦にはまったく無反応だ。


ドン!めまいの様なふらつきと共に手足の実感がなくなった。


「皆でなんだよ、ふざけんなよ!」


大声で怒鳴った。怒りではなく恐怖を弾き飛ばすために怒鳴った。


「お前らみーんな、バカじゃねーの!」


それでも公彦を見る者は誰もいない。


一人だけ、ほんの一瞬こちらを見た女の子がいた。


「一倉?」


学級委員の一倉紗香と僅かに目が合った。と思ったが、彼女はすぐに向き直ってまた話を続ける。


「有得ない、こんなの絶対嘘に決まってる」


居た堪れなくなり駆け出した。


フットサルコートの前を通り過ぎ、商店街を抜けて自宅のある住宅街へと走った。


いつもと変わらない風景の中を全力で走り抜ける。


自宅の門扉を弾き飛ばす勢いで開けて玄関に駆け込んだ。


「ただいま!」


いつもより大きな声で叫ぶように言った。


家の中に人の気配はない。


畳敷きの居間へ駆け込むと、いつも母の座る座椅子の場所に小さなテーブルが置かれていた。


「何だこれ?」


金箔の刺繍が施された綺麗な敷物の上に、見慣れない小物が並んでいる。


公彦は息を呑み、崩れるようにその場に膝をついた。


「なんだよこれ?どうして?」


自分の写真と位牌が並んでいた。


「俺はまだ何にもしてないぞ、なんでこんな・・」


愕然とした。


頭の中がぐるぐる回って状況が理解できない。


両手で頭を抱えていると、何処からか柔らかい鈴の音が聞こえてきた。


「なんだ?」


上から聞こえてくるようだ。


見上げると、とても懐かしくて温かい光が辺りを包みだし、その光が強くなるにつれ鈴の音も大きくなった。


部屋の奥の壁が白く濁ったかと思うと、その中にボンヤリと草原の風景が見えてきた。


スクリーンに投影される映像のように、その画像は徐々に輪郭を整える。


色とりどりの花が咲き、優雅に蝶が舞っているのが見えてきた。


公彦は無意識に立ち上がり、引き寄せられるようにその風景へとゆっくりと歩き出した。


「あぁ、そっちへ行くのか、そうか、皆いるんだね」


もう怖くは無くなっていた。


当然のように体に流れ込んでくる温かい何かが心地よくて、皆がもっとこっちだよって呼んでいる、そんな気がした。


いつの間にか足元は青々とした草原になっている。


ゆっくり一歩一歩進んで周りを見回す。


その場に座り込んで大きく腕を伸ばしながら寝転んでみると、鼻の奥には何とも言えない良い香りが滑り込んできた。


心が穏やかになり顔が緩むのが解る。


「いいのか?」


「はっ」


突然の声に我に返った。


振り向くといつもの部屋の中にレイジがいた。


「あれ?あんた、なんでここに?」


「そっちに行く前に、君に見せたいものがある」


レイジはそう言うと公彦の腕を掴んだ。


「ちょ、ちょっと?」


驚くのも束の間、周りの風景が瞬時に歪み、気が付くと別の場所にいた。


「なんだ?ここ何処?」


「こっちだ」


レイジは公彦の質問が聞こえないのか、先をずんずん歩いていく。


「ここは・・病院?」


大きなガラスケースがいくつも並ぶ部屋の中を二人は歩いていた。


ケースには何本ものチューブが流れ込むようにつながっている。どこかで見たことのある風景だ。


「NICU、新生児用集中治療室というらしい。これを見て」


レイジがそう言って指差した先に、小さな小さな赤ちゃんが全身に何本もの管を付けて横たわっていた。


「うわ、小せーな、なんでこの子はこんなに小さいんだ?眼も開いてない」


「母体が弱くて予定よりもかなり早く出て来てしまった。この機械がないと自分では何もできない」


「でも息はしてるよ、体も少し動いてる」


「あと二日で死ぬ」


「どうして?!」


「この子の中に入るはずの魂がまだ入っていない」


「魂?」


「そうだ」


「なんで入ってないんだよ?」


「それは・・」


「あぁここに居たのか」


後ろからの声に振り向くと、看護師に案内された男女が近づいてきて、

ケースの中の小さな赤ちゃんを覗き込んだ。


「早く起きてくれよ、パパもママも待ってるよ」


公彦の隣で父親らしき人が赤ちゃんを眺めながら目を細める。


「お父さんとお母さん?」


その2人の横顔を見ながらレイジに尋ねた。


「そうらしいな」


「・・・魂って?」


「目覚めるのを拒んで、中に入る直前に逃げてしまった」


「逃げた?」


「珍しくはない、目覚めない方が楽だからな」


「じゃあこの子は本当に」


「君がこの子の魂を連れてきて、中に入れれば目を開く」


「ふーん、俺がねぇ・・・」


赤ちゃんを見ていた視線がゆっくりレイジに向かう。


「俺が、何?」


「君が探すんだ、迷子になった魂は我々では捕まえられない」


「ちょっと待って、どうやって?なんで俺なんだ?」


驚いてあたふたしたがレイジは顔色一つ変えず淡々と言葉を続けた。 


「すべての事に理由があり、それは結果が出る時に判る」


「訳解らねーこと言うなよ、俺もいい加減・・」


「その子を見て可愛いと思っただろ?それが君の答えだ。君に協力してくれる奴らの話をよく聞くんだ。後は頼んだよ」


「え?もう行くの?てか俺はどこに行けばいいんだよ?!おい!おーい!」


そう言っている間に、また周りの風景が白くぼやけた。


「あれ?」


公彦は自宅の居間に戻っていた。


不思議なことに気分はすっかり落ち着いていた。


「魂って探すもんなんか?」


眉間にしわが寄る。


辺りを見回すが、いつもの家の中の風景だ。


「けけけ、困ってるよ、おかしいね」


「?・・・気のせいかな」


公彦はかすかに聞こえた声に首を傾げてから玄関を出た。



外は見慣れた町の見慣れた夕方の風景が広がる。


「歩いてる実感もあるのに、俺ホントに死んでるんか?」


足を見ながらつぶやく。


「大体、魂捜すって何処を捜せばいいんだ?」


「おい、まだあんな事いってるぜ、ヒヒヒ」「そりゃそうだろ、見たことねーもの!目の前に居たって解らないよ、けけけ」


「誰だ?」


公彦は小さな声に振り返ったが、誰の姿もない。


夕日に照らされた街路樹が歩道に影を落としているだけだ。


「あれぇ?確かに聞こえたんだけどな」


「そっちじゃ無いよ」「ココや、ココ!」


また後ろから声が聞こえて振り向いた。が、やはり誰も居ない。


「全然わかってへんで~」「だんだんイライラして来たぞ」


「誰だよ?何処に居んだよ!」


「ココやて!」


その声と同時に公彦の目の前で小さなものが二つ、クルクルと宙を回った。


「よぉルーキー!おどろいて声も出ぇへんやろ」


声の主は小さなトンボだった。公彦は眼を丸くした。


「お前等人間は生きてる時は俺たちの声は聞こえない様だな」「オット!間違っても俺たちを叩き落とすんやないで!てか無理やけどな!ヒヒヒ」


「嘘だろ、トンボが喋ってる」


「当たり前だ!オレらだけじゃないぜ!アリだって、蝶だってミンナ言葉は持ってんだ」「そうやで!人間が聞こうとしないだけや」


「マジかよ?」


「お前さん、魂探すんやて?」


「そうらしいけど・・」


「あぁだめだこりゃ、事の重大さが解ってねーよ」「お前な、レイジの言いつけは絶対に聞かなあかんのやで」


二匹のトンボが交互に喋る。


「なんで?」


公彦は眉間にしわを寄せた。


「解んなけりゃ取りあえず言う通りにしとけ」


「解ったよ。何をすればいいんだ?」


「・・・」「・・・」


トンボは二匹とも押し黙った。


「なんだよ、教えてくれんじゃねーのか?」


「ただじゃなぁ」


二匹は顔を見合わせてから。


「そうだ!俺たちの名前を当ててみい」


「名前?そうだな・・・トンとボン?違う?ンじゃブンとブーン?」


「お前やる気ないやろ?適当に言いよって!」「全然違うよ!いいか、俺がアッチであいつがコッチだ!よく覚えときやがれ」


「大して変わらねーし!しかもややこしいな、まぁいいや。んで魂ってどんなんだ?」


「魂は白いんや」「そんで丸いんだ」


声がそろう。


「ふわっふわやでぇ!」関西弁のコッチはなぜか得意そうだ。


「なぜ自慢する?」


そう言ってる時、公彦の横を丸い光の玉がふわふわと通り過ぎて行った。


「もしかしてこんな感じか?」


「そうや・・」「・・・」


二匹は急におとなしくなった。


「どうした?」


光の玉は公彦たちの横をスーッと通り過ぎて飛んで行った。


「・・・今のがそうやで」


「やっぱりな、分かった」


公彦はしたり顔で言った。


「・・・」「・・・なんで捕まえない?」


「あ?今のはサンプルじゃないのか?!」


「あほか!サンプルなんてあるかい!追えぇ!!」


「え?あれを?」


二匹にせかされて公彦は取敢えず走り出した。


「どっちに行った?」


「あっちだ!」「ちゃうちゃうこっちや!」


「同時に喋んな!しかもややこしい!」



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