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目覚め

気が付くと僕は死んでいた。


草むらの中で寝ていた僕は空の眩しさに目を覚ました。


そこは見渡す限り緑の草むらと青い空が広がっていて、夏の高原の様に爽やかな風が吹きぬけてとても気持ちがいい。


でもここが皆のいる世界じゃないことはすぐに解った。


「そっか、ここが天国か」


風の音以外は何も聞こえないし、誰かがいる気配とかは全くない。


僕は草むらの上に座り直して腕組みした。


「あれ?どうして死んだんだっけ?」




「やばいぜ公彦!もうこんな時間だ、最終バスが行っちまう」


遠くに響いていた運動部の掛け声もすっかり聞こえなくなった図書室には、生徒の姿はほとんど見当たらなくなっていた。


藤村隆一は時計を見て驚くとそそくさと勉強道具を片付けて始めた。


「もうそんな時間か?はぁまだ帰りたくねーな」


公彦は読みかけの本をパタンと閉じると、窓の外の夕暮れ空に目を向けてタメ息をついた。


「お?何だ?一倉紗香と何かあった?」


藤村は突然眼を輝かせた。


「またって何だよ?一倉とか関係ねーし。学級委員だから話するだけだっつーの!」


本をカバンに入れてチャックを閉めながら吐き捨てる。


「じゃあ小笠原エミリか?」


「お前な、なんで女ばっかりだよ、そんなんじゃねーって」


「へぇ?たまには真面目に悩むのか?」


「当たり前だ!女なんてどうでもいい」


「じゃなんで今日ここに付き合わせたんだ?あの二人がいたからだろ?俺にだけどっちなのか教えろよ」


藤村の眼はガッチリ心を読んでますよと言っている。


まぁこいつに嘘ついてもしょうがない。


「いや、まぁそうなんだけど」


言いかけてから藤村の顔色を見る。凄く期待しているのが分かったので申し訳なくなった。


「今朝さ、母ちゃんとガチのケンカしちまったんだ、あぁだから気分がのらねぇ!」


「なんだぁ、また何かあったんかと思ったら、なーんだぁ」


輝いていた藤村の瞳から急速に興味の光が消えた。


「てか、結構本気で凹んでんだけど」


「そんなの俺んチなんか毎日だよ。あ、でも公彦んトコはあれか」


藤村はちょっと気まずい顔になった。


「まぁ、親父が居ればちょっとは違うんかなとか思うけどな。智華なんかケンカ見て泣きそうになるしよ」


「智華ちゃん小さいもんな、小1だっけ?」


「まだ保育園。あぁマジで帰りたくない、気が重すぎる」


言いながら渋々立ち上がり、カバンをタスキ掛けにする。


「ちなみにケンカの原因は?」


「携帯の着信制限」


「え?まさか、まだあのまま?」


「そうなんだよ、通話とかメール出来るの母ちゃんとお前入れて五人だけ。もう15だぜ?ちょっと恥ずかしいだろ?金がかかるのは知ってるし、そんなに電話なんかしねーって」


「でもまぁウチだって似たようなもんだよ、・・五人じゃないけどな」


藤村は小学校からの友達だ。


互いの事は大体何でも知っている。


すきなサッカー選手、チーム、音楽の趣味も似ている。と言うか話を合わせるのが面白い。


だから大概の事は話せる大事な友達だ。


でも親とのケンカなんて、この歳になると結構恥ずかしい。


照れ隠しでいろんな言い訳しながら、校門を出て道沿いのバス停まで歩いた。


バス停に並んでいた数人の生徒は、公彦たちに気付くと憧れの眼差しを向けて会釈してきた。


先程の詮索しているときの顔とは別人のようにスカした藤村がそれに応えていると、ちょうどバスが到着した。


「じゃあな公彦、また明日」


藤村はそう言って軽快にバスのステップを駆け上がった。


「あ、帰り道でまた誰かにナンパされたら教えるよーに」


「何言ってんだ、バカ」


ゆっくり走り出すバスの中から変顔して見せる藤村を、苦笑いして見送った。


空はオレンジから少しずつ紫色に変わっていた。


「こんな携帯、トランシーバーじゃないツーの」


ひとりブツブツ言いながら歩くいつもの帰り道。


いつものフットサルグラウンドの前に差し掛かかった時、何処からか小さな鳴き声が聞こえてきた。


子猫のようだ。


ニャーァーとまだ鳴き方も上手くない。


「どこだ?うわ!」


ふと見た足元に、公彦の靴よりも小さな白い子猫がいた。


「あぶねぇ!踏んじゃうだろ、ちっちぇな!」


真っ白な子猫だった。


しゃがみこんで手を伸ばすと、子猫は指先にじゃれ付いてきた。


「なんだ?お前、人懐っこいな。腹減ってるのか?ガム食うか?食わないよな」


頭を撫でてやると、子猫はゴロンと寝転んでおなかを見せた。


「やわらかいなー、どこから来たんだ?母ちゃんは?こんなに小さいのに迷子じゃ大変だな」


フー!「うわ?!」子猫は突然、弾かれた様に飛び起きると公彦の顔をまっすぐ見詰めてものすごい勢いで威嚇した。


「な、何だよいきなり」


そう言ってる間に子猫は狭い壁の隙間に吸い込まれるように走り込んで行ってしまった。


「びっくりしたなぁ、なんだよ急に、ん?」


背後に気配を感じて振向くと、背の高い男の人が見下ろしている。


いつの間にいたのか、恥ずかしい位ビクッとしてしまった。


「やあ、こんばんは」


「こ、こんばんは」


見知らぬ彼の挨拶があまりにも自然だったので反射的に返事をした。が、これもまた恥ずかしい程たどたどしくなった。


「・・・」


二十歳ぐらいだろうか、割と大人っぽいその人はこちらをジッと見つめたまま、でも何も言わない。


変な空気が流れる。


「あの・・・何か?」


男はニコリと笑ってからゆっくりと口を開いた。


「・・君を迎えに来た」

静かな声だった。


しかし意味が解らない。


初めて見る人だし、誰かの使いじゃなさそうだ。誘拐か?いやそんな感じでもない。


「俺の事、覚えてないかい?」


「いや全く」


ゆっくり立ち上がりながら首を傾げてみる。


会った事は間違いなく無い。


しかし何処かで見たことがあるような気がしないでもない。


堀が深く整った目鼻立ちに、黒尽くめだけどちょっとお洒落な服装。


内容は別にして、その声はなぜか安心できる響きを持っている。


「君はこれから死ぬ。だから迎えに来た」


彼はにこやかにそう言った。


「何すかそれ?」


「突然死の場合、『前触れが無くて気付かなかった』って人が多くてね、後でクレームになると面倒だから最近は報せるようにしてる」


言いながら彼は腕時計に目を落とした。


「そりゃあまたご丁寧にどうも!」


公彦はそう言ってから辺りを見回した。


「このヒトちょっと、やばいヒトか?結構イケメンなのに人は見かけによらないね」


グランドの中には何十人もの人がフットサルの試合を見ている。歩道の往来も少なくないし、車道も車が途切れることは無い。


大きな声で騒げばすぐ誰かに気付かれる。


「じゃあ、僕はこれで」


そう言って返事も待たずに背を向けて歩き出した。


「3,2,1」


後ろで彼の声が聞こえる。


バカ言ってるよ、今日は日が悪いさっさと帰ろう。


カウントダウンが終わった。


と同時に、今まで経験した事の無い激しい衝撃が全身に走った。


まるで雷に打たれたように体が反り返り、体中から火が噴き出したような、絞られたような激痛と言うか、とにかくすごい衝撃だ。


―なに?


と思った時には体は宙に浮いていて、次の瞬間アスファルトの歩道を転がっていた。


頬が冷たいのは分かったが体が全く動かない。眼は開いているけど喉が動かず声が出ない。


遠くで車のドアが開く音がして誰かの足が近づいてきたが見えたが、直後真っ暗になってそこから先の記憶が無い。



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