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5:グランマザーズ・アイ


Number 005

グランマザーズ・アイ


 チュニは「おばあちゃんの家」を出た途端、

「クワ〜ッ!」

 と鳴き声をあげて駆け出そうとした。そこは過疎化した町の名残の廃墟であったが、初めて見る風景には違いなかった。興奮するチュニの首根っこの毛を掴んでゼッカイはもう一度、家の中に引きずり込んだ。

『わーなにをするっらんぼうだ』

 じたばたするチュニを前足で押さえ込み、ゼッカイは厳しく叱った。

『何をする、じゃない!急に走り出したりしては駄目だと言っただろう!』

『え~?いったっけ』

『…言ったよ』

 チュニのきょとんとした表情を見てゼッカイは頭を抱えた。子供の世話など、群れでもした事が無かった。

『いいかチュニ。この土地に住む、二本足の飛ばない生き物たちに見つかれば、奴らは必ずお前を捕まえようとして来る。奴らに肉を奪われたら俺は…』

 ゼッカイが言い終わらないうちにチュニが

『2本足ってチキュジンでしょ。チュニ知ってう。ごはんくれるんだよ。あとおもちゃ』

 と、言ってニシシと笑った。ゼッカイは、何をどこまでどう説明すべきか、非常に悩んだ。そして結局、こう告げた。

『かくれんぼ、だ。チュニ。地球人につかまったら負け…わかるか?』

『にひゃっ、かくれんぼ!いいよ!』

 ピョンピョン跳ねるチュニの姿を眺めてゼッカイは唾を飲み込む。

 いや駄目だ、まだ我慢だ…。

『かっくれんぼ~、かくれんぼ~、クルマちゃんにかくれてるのねの……いって!!なんらっ!』

 ボコッと頭を叩かれてチュニは歌を中断させた。

『静かにしろと…お前は何度言ったらわかるんだ?』

 囁いたゼッカイに、ヒヒヒと歯を見せ、

『ひゃっかい』

 と笑ったチュニ。ゼッカイはうんざりしながらそのチュニの体を抱えて、死んだ岩肉の影から影へと跳んだ。

 うう…何というひどい餓鬼だこいつは…。

 奥歯を噛み締めながらゼッカイはことばにならない唸り声を上げた。

 と、一瞬、微かな地球人の匂いが鼻を突く。

 追っ手だろうか?

 チュニもそれを嗅いだのか、小さなくしゃみを、ひとつ。

 廃墟街には人通りは見えない。ただ、乾いた硬い匂いばかりが渦巻く中で、生きた地球人の匂いは、たとえ微かであっても非常に目立つものだった。ゼッカイとチュニは息を潜めて感覚を研ぎ澄ませる。気配の場所を、匂いの糸で、毛を撫でる空気の流れで、探るのである。

『らっ』

 微かだった地球人の匂いの線が、急に増え、チュニが鳴いた。場所は背後200メートル。近付いて来る。ゼッカイはチュニの毛を巨大な口でくわえ込むと、投げ上げるように背中に乗せ、疾走した。

『つかまっていろ』

『あう…落ちうー』

 チュニの鳴き声は風に流され、曲がり角の後ろに置いて行かれた。


 ゼッカイは錆びた管の張り巡らされた狭い路地裏を狙って走る。路地の薄暗がりが、身を隠してくれるシダの茂みを連想させたからであった。しかしここは地球、しかも過疎化して住民の絶えた廃墟街。当然そのようなシダの密生地など見つかる筈も無い。そうこうするうち、追っ手らしき匂いは地球人の不様な二足歩行では有り得ないスピードで近付いて来た。

『クルマ乗ってんのら』

 背中のチュニが呟いた。ゼッカイは長い舌を出して呼吸の表面積を拡げながら

『くるまとは何だ?』

 と尋ねた。

『クルマしらないの?はやいのあれ』

 チュニは、離れた所に転がった廃車を指した。

『…あの妙な生き物は、くるまと言うのか』

 ゼッカイは、かかか、と最小限の音をたてて穴だらけのビルの壁を登りながらそう言った。チュニはパチクリと目をしばたき、当たり前のように言った。

『生きてないよ。チュニ、テレビでみた。クルマ最初から死んでうよ。乗るの。はやいの』

 ゼッカイは「テレビ」の意味も聞きたかったが、その時間は無いようだった。屋上に登りきると、2匹の「くるま」から数匹の地球人が降りてきた。

『ここで待っていろ。いいな?決して下に降りては駄目だ。歌でも歌っていろ』

 ゼッカイの言葉にチュニは

『じゃあチュニ、マニキの歌、うたうっ!』

 と元気に返事をした。

 まにきは おいしいのね~ 丸くってのね~

 チュニの鳴き声を背後に聴きつつ、ゼッカイはビルから飛び降りた。灰色の空気を切って瓦礫の上に着地すると、地球人達は驚いて振り返った。悲鳴を上げた者もいる。そうなるであろう事をゼッカイは予め知っていた。この地球人達は、キノコやシダしか食べないチュニを追いかけて来たのであって、肉食のゼッカイに襲われるとは思っていない。だから、簡単に追い払う事ができるはず。

 いっぱいマニキを~ たべるの ら~ん

 一声吠えると地球人達はクルマに逃げ込んだ。

 ああ、それは全てがチュニの祖母、オルドマの予言通り。

 ゼッカイは戦慄した。


 極度の栄養失調であるところに、さらに麻酔針を打たれたゼッカイが排水溝の中で出会った、故郷の肉、一匹の老いたミミナの草食動物。それがチュニの祖母、オルドマだった。

 ゼッカイは、オルドマが語った幾つかのことばを、もはや微塵も疑ってはいなかった。

 オルドマの言った通りに、事が進んでいる。

 それはゼッカイにとって、地獄のような現実であると同時に、希望でもあった。


 お聞き、わたしの悪魔よ、

 帰りたいのだろう?

 故郷に。


 動けぬゼッカイにそう告げたオルドマ。そのことばを信じて、ゼッカイは、こうして予言通りに北東を目指す。白い小さな食物、チュニを連れて。


 日が沈んでからが、距離を稼ぐチャンスであった。ミミナの動物たちは基本的に夜行性の生き物。ゼッカイの青い体は闇によく溶け込む。

『でんききえたね』

 と、チュニが囁いた。ゼッカイはもう、「でんき」が何なのか尋ねる気も失せていた。地球人の文化は、ゼッカイには複雑すぎる。

 廃墟街を抜けると、小規模な人工林が点在し、その小さな森と森の間の道路や住宅街を駆け抜ける時が、最も用心すべき瞬間であることをゼッカイは承知していた。暗闇の延びる方向に沿って動く。狩りをする生き物の本能。ゼッカイは遠い故郷を思い出しかけたが、地面の硬いコンクリートの感触がそれを台なしにした。

 やがてさやさやと、ススキの林に分け入った時、背中のチュニが言った。

『あのねー、チュニはごはんの時間なのね…のっぽくんがごはんくれるのけど今日はのっぽくん来ないからチュニごはん無いの』

『腹が減ったのか?』

 ゼッカイは困った。チュニら草食動物の食うキノコ、ミミナ語でいうマニキは、近くに見当たらない。

『うん。お弁当たべる』

 頭の赤い頭巾の下から取り出したマニキを、チュニはゼッカイにも差し出した。

『はい。ゼッカイのぶん』

『…いや、いい』

 首を振ったゼッカイを、チュニは不思議そうに眺めた。

『きらい?マニキ』

『…いや』

『おいしいぞや?』

 チュニはゼッカイの口にマニキを押し込んだ。

『チュニがみっけたんよ。おいひーれひょう』

 自分でも口いっぱいにマニキを頬張りながらニコニコと、自慢げにそう告げたチュニに、ゼッカイは返事ができず、

『…ウェ』

 と、鳴く。

 うまいも何も、えぐみでクチャクチャではないか。肉どもは、こんなものを毎日食って平気なのだろうか?

と、内心呆れた。口の中の皮がめくれてしまいそうな味であった。しかしチュニに、マニキを食えない事を悟られてはならないゼッカイは、やや半泣きで

『…うまかった』

 と告げる。マニキではなく、お前を食いたいのだ、などと言おうものなら、この小さな白い肉はゼッカイのもとから逃げてしまうに違いなかった。

 ムチャムチャ、と、チュニがマニキを食う音を聞きながら、そのチュニを頭から噛りたくなる衝動を抑えるため、ゼッカイは夜の空を眺めた。

『月が小さすぎるな…』

 すると、チュニが

『あー!』

 と大声をあげた。

『何だ!大声を出してはいけないと言ったろう』

『すげー!ゼッカイそっくりよあれに…あの…テレビで見たのチュニ』

『…なに?』

『えっと…』

 しばらく苛々と手足を振り回してから、チュニは思い出した。

『そだ!おおかみだ!わおーんて、ゆって!ゼッカイ、わおーんて!月の方向いてゆうの!ねっ!』

『…何だそれは?嫌だ。意味がわからん』

 ゼッカイは嫌そうにそっぽを向いた。

『つまんない…テレビみたいにわおーんしないんだもんよ…』

 ふて腐れたチュニは、ゼッカイの背中にも乗ろうとせず

『やー!チュニあるくー』

 と言って聞かない。。ゼッカイは追っ手の気配がないのを充分に確かめてから、仕方なく

『…じゃあ、俺の尻尾を掴め。離すな』

 と告げた。

『やりー!』

 チュニの姿は完全にススキに隠れている。さやさやと音が鳴るのが楽しい様子だった。ゼッカイはチュニを見ながら、心の中でオルドマの予言のひとつを反復する。


 北東の、川。

 案内人が現れる。


 案内人が何者なのか、オルドマは告げなかった。川の匂いは、近づいている。水の音が聞こえ始めた。

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