31:ライフ・オブ・ジ・アース
Number 031
ライフ・オブ・ジ・アース
どれほど呼びかけても全く、ピクリとも反応の無い上司の傍らで、尾沢は救急車の到着を待っていた。駐車場に打ち捨てられた古い車カバーのようになってしまった佐古田の身体は、何だか動かしたらまずいような気がして。ただ呼びかけるしかなかった尾沢の喉はすっかり渇き、声はかすれていた。
「うう……佐古田さーん、起きてくださいよう……お願いだから目ぐらい開けてくださいよう」
語尾が涙でふにゃふにゃに溶けているせいで、足下に転がったM-00は尾沢の言葉を正確にミミナ語に訳すことが出来ず、周囲に群がった何匹もの様々なガイライ生物たちは不思議そうに顔を見合わせた。
「畜生、あなた前、不死身だとか言ったくせに、全然じゃないすかぁ……こんなんで死んだら詐欺ですよ、訴えてやる馬鹿ぁあ」
尾沢の呼びかけが最早呼びかけとは別の、何か意味のよくわからないものになった頃、見かねたケイメロが佐古田の頭に触角をこすりつけ、キュッキュッ、と鳴いた。
『死んでないわよ、この地球人』
そう言ったのだが、M-00の画面など見る余裕の無い尾沢はただぽたぽた涙を落とした。
視界が白っぽく霞む。
ぼやけてしまった尾沢の視界に映る、細かなディテールまで判別できない佐古田の輪郭が、
「……尾沢」
口をきいた。
「え」
目を擦る。
「……おま……聞いてないと思って無茶ゆうな……」
ああ、
生きてた
「さ……生きっ……はぐっ……よかっ、」
胸が詰まってまったく何を喋っているのか自分でも判らない尾沢を、佐古田は半開きの目で眺め、
「……けっ……なるほどな……」
と、呟いた。
「うう、なにがです?」
「うるせ……それより何だ、この状況。水上はどうなったんだ」
尾沢から逸らした佐古田の視線は、ぐるりと周囲の異様な生き物たちの群れをなぞった。
「み、水上社長は自首したんです、あの……」
PCのエンターキーを自ら押して。脳裏に数十分前の秋月の幼児のような泣き顔が蘇り、尾沢は言葉を濁した。佐古田は意外にも、
「そうか」
と一言返しただけだった。で、こいつらは真佐美のとこの奴らか?という問いに尾沢が曖昧に
「さ、さあ、たぶん……」
と、頷くと、佐古田は「多いなチキショー」と舌打ち、恐らくは彼ら、ガイライ達が無事に星に帰れる確率を憂うているのであろう、眉間に皺を寄せ身体を起こそうとしてクッと呻いた。
ああ、まだ、やる気なんだなぁ、この人は
尾沢は何だか、嬉しいような切ないような暖かなものが喉から溢れそうな、そんな気がして、
「手伝います」
愛すべきボスの腕に手を添えた途端、
「ぎゃああ!そ……っ…折れ……いっ、てぇええ!ふざっけんな尾沢テメエこの馬鹿野郎っ!」
怒鳴られた。
「ひぃいいいす、すみません!すみません!」
けれどきっと、上司は本当に怒ったのではないことが、尾沢にはもう判っている。ほとんど尾沢に背負われるように立ち上がった佐古田は言った。
「いいかクソッタレ……これで終りじゃあないんだ」
尾沢もそれは理解していた。彼ら、足元のガイライ達を見やる。ここまで首を突っ込んだのだ、彼らが無事に帰る所を見届けなくてはならない。佐古田同様、尾沢自身もそう思っていた。それだけではない、カンヅメの生き物たち、更にはこれから先、管理局にやってくるガイライを「まっとうな死」の迎えられる場所へ返す。かれらを脅かす全ての人間や現象と戦うことになるかもしれない。あまりに壮大だ。でも、
それでもこの人は何とかしようと足掻くのだろう。
「足掻きましょう、僕つきあいますよ」
「……奇特な奴だ、テメーは」
二匹の地球生物はニヤリと笑い合った。
山道の方に向かってよたよたと歩いてゆく尾沢と佐古田の様子を見送りながら、マルモリ・エキセップス達は口々に
『地球星は変な星じゃのう』
『アンギとニワトリとちっこいのとエムが全部同じ地球人とは思えん』
『混沌、混沌』
などと言い合った。
『この星の複雑怪奇さは今更だろう。そういう奴らなんだ』
そう言葉を挟んだのはミミックネコダコ。すると少し離れた場所からケイメロが、
『大昔はシンプルだったのかも知れないわよ。むしろそこに戻りたくても戻れない気の毒な生物なんじゃないかしらね、地球人は』
二匹の地球人の後ろ姿に大きな一つ目を向けたまま妙に甘ったるい匂いで反論した。
『お前が地球人の肩を持つのは珍しい』
ケイメロの発言に、ミミックネコダコは思わず隣に浮いて居たキップリング・ジャンパーと顔を見合わせた。
『そうだっけ』
ケイメロは、豆粒ほどになった地球人達をまだ見ている。
『以前はこんな星、爆発すればいいとまで言ったくせに。お前、どうした?』
『ねえミミックちゃん。あの地球人、アタシの仲間に似てると思わない?』
ミミックネコダコの体色が青くなった。
『お前……まさかニワトリに』
『ええ……少しだけど、地球星もまったく見所がない訳じゃないって思うのよ。野性っていうのかしら?そういう部分がまだ……』
ケイメロは複眼をぎらつかせて甘い匂いを漂わせた。




