30:インターバル・パート3
Number030
インターバル・パート3
9歳の水上秋月が泣いている、その姿が、上空から見たような角度で海の水の表面に映り込んでいる。
ミツ少年は、失われた島の海岸の岩の上から、その不思議な映像を眺めていた。
空気が静止した幻想の屋久島で、少年は水上秋月の涙を、ただ眺めていた。
やっと泣けたんだな、あのこ
最初は、生き物じゃないみたいで怖かったけど
泣いてるあのことは、ともだちになれたかもしれなかったな
ミツはそう思いながら、水面に手を振った。
とびうおが音もなく跳ねて光る。映像が揺らめいてかき消え、同時にふと背中に暖かみを感じてミツは振り返った。
兄が、寄り添っていた。
「にいちゃん」
ミツは動物がするように鼻先を兄の額に押し付ける。硬い、丈夫な長い髪がちくちくと頬に刺さるのが心地よく、ミツは目を閉じながら囁く。
「あの子のお父さんは、あの子と、ちゃんと溶け合えたかな?」
「きっと、大丈夫だよ」
兄の声は柔らかで、
「あの子は死んじゃうってことがわかったかな?」
「ああ、きっともう、二度と生き物を殺そうとはしないよ」
透き通っていて、
「ミツは、本当によくがんばったな」
土の匂いがして、
「ねえ、にいちゃん……」
ミツはいつまでもこのままでいたくなる。
「うん?」
「おれ、もう、にいちゃんのところに行ってもいい?」
兄はそれを聞くと微笑んだまま少しだけ眉を八の字に下げて見せた。
「疲れちゃったか」
ミツは悲しげにコクリと頷く。
「そうだよなー、ミツはずっと兄ちゃんとこに来たいって思ってたのを我慢してたもんなあ……」
さわさわと風が、ミツの愛した、今はもうここにしか無い島の木々を鳴らした。兄の体も、風に近い、透き通ったもので出来ている。ミツは、自分もそうなりかけている気がして、手のひらを見てみようとした。けれども、
「やめとこうな」
兄はそれを優しく制し、
「ミツもね、少しあのこに似てる」
ミツの手に自分の手を重ねた。
「そろそろ消化しようか」
透き通った、兄の手。
「お前はやさしい子だからなぁ、悲しすぎてうまく消化できなかったんだね、ミツ」
ミツには兄の言っている事がよくわかっていた。
死んでしまった島と兄を、未消化のままこうして心の海に、別世界のようにいつまでも浮かばせておけば、現実の悲しさを逸らす事が出来る。その狡さ、そしてそこに引きずられて自分も死にたくなるリスク。
全部わかっていたけれども、わかっていないような顔で、ミツは首を横に振る。
「そんなのいやだよ。ここがなくなるくらいなら、兄ちゃんと一緒にいく」
ミツの喉の手前まで、刃物のような悲しさがせり上がってきた。けれど兄は頷かなかった。
「だめだよ」
兄は今にも風に溶けてしまいそうな淡い笑い方をした。
「どうして」
ミツは声を詰まらせる。
「だって、ミツはもうお兄ちゃんじゃないか」
「なってない!まだ、全然だめ、兄ちゃんがいないとおれ、全然だめだもの……」
色彩が、島と兄の色彩がだんだんと、海に混ざり合っていく。じわじわと、ミツの中に兄が混ざり合ってゆく。
「だめ、いやだ!にいちゃん連れてって!お願い……」
零れた涙にも混ざり込み、そして兄は最後に、透明な声をたてて、笑った。
だってほら
溶け合って当然なんだ
ミツはお兄ちゃんになったんだよ
弟が、できたんだから




