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15:ブラザー・デッドマン


Number 015

ブラザー・デッドマン


 尾沢と佐古田は、ごく普通の事務所にしか見えない小さなビルの入り口を両側から挟むようにし、、刑事ドラマの登場人物よろしく麻酔銃を構えていた。その入り口には例のペンダントと同じ温泉マークの偽物のような図形が描かれている。反古紙で目張りがしてあって中はよく見えないが、隙間から時々覗く人影は尋常の会社員のようではあった。

「つーか何でいきなり麻酔銃構えてんですか!?先ずは穏便にいきましょうよ」

 そう囁いた尾沢を佐古田は睨みつけた。

「ガイライ操るようなクソどもとまともな話ができるか!脅して、奪って、終了だ馬鹿野郎」

「それ強盗じゃないすか……。と、とにかくまず、ここにカミツキと草食マウスがいるのかどうかをまず確かめないと……って!何してんすか!ちょっと、ちょ、」

 尾沢は佐古田の上着の裾を引っ張って止めようとしたが、佐古田は、

「くわあ面倒臭ぇ!」

 とばかりに事務所のドアーを蹴り開けるや否や、殺傷能力ゼロの麻酔銃を突き出して叫んだ。

「てめえらぶっ殺されたくなかったらおとなしくミミナのカミツキと草食マウスをよこせ!」

 完全に強盗以外の何者でもない台詞に尾沢は頭を抱えたが、意外にも悲鳴は聞こえて来ない。一瞬遅れで、静まりかえった部屋の中をそっと覗くと、三、四人の会社員風の男達がぼんやりと無表情で佇んでいて、佐古田もポカンと棒立ちになっていた。

「ど、どうかしたんですか佐古田さ……ぇえええ~…」

 言いかけた尾沢の目も点になった。事務所の中に、社員のような顔をして居座っていた四人の人間は、間違っていたのである。ところどころ、何かが。

 一人目は、下半身がタコだった。二人目は、中に数匹、小さな生き物が詰まった人間型の袋。三人目は、昔のロシア大統領を模したゴムのマスクを被った毛むくじゃらの生き物。四人目は小さすぎで、しかも顔はマジックペンで描いてある。

 あからさまに、人間ではない。にせ人間。

「ぶはっ!……ちょ、何これ!」

 尾沢は笑いをこらえきれなかった。佐古田ですら後ろを向いて、肩を震わせていた。


「こいつはワム星変形動物、ミミックネコダコ!こいつはマッケイ星長毛マウス、こっちのはクリムゾン星陸魚!こいつらは……鳴き声からしてマルモリ・エキセップスだな、仮装大会なんかさせやがって、どういう飼い主だ?頭おかしいんじゃねーか?」

 佐古田は奇妙な人間の仮装をさせられた宇宙生物たちの種類を、指さし点呼でもするように次々に言い当てると、仮装を剥がしはじめた。

「ぬう?」

 這って逃げ出そうとしたミミックネコダコの首根っこを掴んで持ち上げた佐古田に向かって、人型袋から顔を出したマルモリ達が、ぎいぎい、と喚いた。

「こいつ、データチップを抜かれてやがる」

「こっちもです」

 陸魚を調べていた尾沢も頷いた。

 特に高価な宇宙生物には、飼い主情報を記録したデータチップが埋め込まれる事がある。希望者制度で料金がかかる為、あまり普及はしていないが、一種の迷子札だ。これが抜かれた痕跡があるという事は、つまり。

「もともと別の飼い主に飼われていたのが……盗まれたとかですかね」

「ぬう……怪しいぜ」

 佐古田にジロリと睨みつけられてミミックネコダコはキュッと触手を縮ませた。マルモリ達がいっそう高い声でギャアギャア鳴き出す。

 と、その時だった。

「そこのメガネっ!離しなさい、彼を!撃つよ!」

 ハスキーな声の警告が飛んだ。名指しされてない尾沢の方がビクリとなって陸魚を手放す。

 尾沢や佐古田の麻酔銃とは違う、恐らく本物の、「人が殺せる」拳銃。その銃口をこちらに向けて居たのは、車椅子に乗った白髪の、女、だった。

 骨の曲がった背格好は老けて見えるが、実年齢がどのくらいなのかは判らない。おかっぱ髪で顔の半分が隠れている。尾沢は一瞬、昔話の鬼婆の事を思い出し、嫌な汗をかいた。

「お前か?こいつらに妙な仮装をさせたのは」

 佐古田は女の警告をきかずに、ミミックネコダコを掴んだまま振り返った。

「聞こえないのかい?その前に、離すんだよ彼を」

 白髪の隙間から覗く目は鋭い。

「こいつらは盗んだ生物か?」

 佐古田は再び、女の警告を無視した。

「言うこと聞いときましょうよ、あれ本物っぽいすよ……麻酔銃とは訳が違うですよ」

 頼まれてもいないのに既にホールドアップの姿勢までとった尾沢は、縋るように頼んだが、

「尾沢うるせえ。テメー公務員なめてんじゃねえぞ婆ァ!お前だな?ミミナのカミツキと草食マウスを操ってんのは!」

 佐古田はケンカ腰でまくし立てながら既に女の正面まで近づいていた。女は真っ直ぐに銃で佐古田の頭に狙いをつける。

「何の話か分からないわね」

「とぼけんな。こいつを離して欲しけりゃ、ミミナどもと交換だ」

「脅してるのは私なの!立場をわきまえな。近づいたら撃つよ」

 撃鉄は下りていた。

「上等だ撃ってみろ婆ァ。言っておくが、こっちは亜音速で飛ぶボルド星発光線虫をしょっちゅう捕獲してんだぜ。弾丸ぐらい避けられねえと思うか?」

 うわああ無茶苦茶言ってる!何、その漫画みたいな超人設定!

 佐古田の台詞に尾沢は泣きたくなった。もうこれ以上は駄目だ、撃たれてしまう。

「ストップ!ストップ!佐古田さんやめて下さい!」

 飛び出した尾沢が両手で佐古田の上着の裾を引っ張った、と、同時に、

「佐古田だって?」

 女が目を見開いた。

「……佐古田、純三かい?」

「だったら何だ……あっ!返せ尾沢!」

 佐古田の手からミミックネコダコが離れ、女はようやく銃を下ろした。暖簾をくぐるようににして前髪を一部掻き分けると、その隙間から佐古田を、上から下まで眺め回す。

「ほおお。でかくなったもんだね、背だけは」

 そう呟いた女に、佐古田は訝しげな視線を返した。

「……何だと?」

 女は笑った。

「くっく、なるほど。宇宙生物管理局に就職したって噂は聞いてたけど、どうりでアンタなら水上のミミナを欲しがるわけだ……つくづく気の毒な男ね」

 佐古田は薄気味悪そうに傷んだ片目を細めた。

「婆ァ……何者だ、てめえ」

「久しぶりねえ、ミツ。……純二の3回忌以来だから、だいたい二十年ぶりくらいかしら」

 その言葉に、佐古田の黒目が縮まった。

「お前……梅津真佐美…」

 佐古田の口から、かすれる音で絞り出された名前。

「知り合いなんですか?佐古田さ、」

 尾沢が尋ねる言葉も聞かずに、佐古田は車椅子の女の首根っこを掴んでいた。

「どういうつもりだ真佐美!裏切りやがったなっ!?こんな真似して……嘘だったのかよっ!兄貴に言った事は嘘だったのか!?」

「わああっ!ちょっと…!」

 女が再び銃を構える事を心配して止めに入ろうとした尾沢だったが、そうはならなかった。女、梅津真佐美は白髪越しに静かに答えただけだった。

「誤解だわ、ミツ。裏切ってなんかいない。あたしにはあたしのやり方があるだけ」

「うるせえっ。ガイライを人為的に操るような事がてめえのやり方なのか!」

「お、落ち着いて佐古田さん……全っ然話飲み込めないすよ僕」

 やっとこさ佐古田を真佐美から引き離した尾沢は、混乱ぎみだった。

 てか、梅津真佐美って誰?兄貴って誰ぇ?

「人為的に操ってるんじゃないわ。彼らの意思よ、これは」

 言いながら真佐美は、髪をかきあげた。

「学会からは完全に狂人扱いされたけどね……宇宙生物行動学者として、彼らガイライとコミュニケーションを取り、彼らの望みを叶える事が、あたしなりの弔いなんだよ」

 体は苦労で老け込み、曲がっていたが、よく見れば真佐美は40代後半の美人であった。尾沢は小さく息を呑む。

 佐古田は下を向いて二、三回深呼吸した後、頭を上げて真佐美を見据えた。

「……どういう事だ。何をしようとしている」

「アンタが管理局で、地球の生物として戦ってるのと同じくね、あたしはガイライの仲間として戦う事にしたの」

 真佐美は懐から黒いリモコンを取り出すと、何やらボタンを押した。すると部屋の奥の扉が開き、奇妙な、煙突の付いた巨大な箱が現れたのである。俄かに、にせ人間のガイライ達が、ギュイギュイと騒ぎ出した。

「嗅覚コミュニケーションシステム・M-01。気違い扱いされながらも完成させたわ……尤も、あたし一人の力じゃない、ミミナ生物の親友がいたから完成したんだけれども」

 真佐美は愛おしそうにその機械を撫でる。尾沢は信じられない、といった表情で尋ねた。

「こ、コミュニケーションて、あの、真佐美さん、でいいですか……?つまりこれ、ガイライと会話する装置って事ですか?」

「そうよ。全てのガイライに通じる訳じゃないけど……」

 M-01。真佐美によるとそれは、ミミナの生物が使う嗅覚中心のコミュニケーション方法を化学物質の合成で再現するシステムだという。匂いとは、化学物質の粒子である。調査した数十種類のガイライが共通して使っている、ごくシンプルな化学物質だけで構成されたミミナ語は、嗅覚コミュニケーションを行うガイライ達の共通語になり得る、と真佐美は考えた。

 そしてそのアイデアを持った真佐美にミミナ語のサンプルを提供してくれたのは、どこからか彼女の家の床下に迷い込んで来た1匹のミミナ草食マウスであった。

「彼女と出会って、あたしはそれまでの人間目線の宇宙生物行動学を全て捨てた。彼ら、ガイライは地球人の物差しでは計れない、知能と心を持っているのよ」

 だがその荒唐無稽な主張が仇となり、真佐美は学会から追放された。そこで真佐美と、床下のマウスは考えたのである。

 ガイライの望みを叶えるための、ガイライ達自身による組織を結成することを。

「あたしは、あくまでも協力者の立場。共通する片言の嗅覚を使って、様々な星の仲間を集めたのは床下のマウス、オルドマよ」

 途方もない、メルヘンのような真佐美の話に、尾沢は呆として立ち尽くした。尾沢ほどではなかったが、佐古田も驚きを隠せない様子で言葉を吐き出す。

「つまり……今回のカミツキと草食マウスの事も、そのガイライ組織が仕組んだ事なのか」

 真佐美は何故か一瞬、少しばかり淋しげな目をしてから答えた。

「そうよ……。彼らは、あたしの共同研究者であり親友でもあるオルドマが、組織の最初の大きな活動として計画したプロジェクト……惑星自主帰還計画の、第一号となる生き物」

「自主帰還だと!?……そんな事が、どうやって……」

「……ガイライの組織力をなめちゃいけないわ。宇宙生物達がどれだけ多様な能力を持っているか、ミツ、アンタなら知ってるはず。そこに地球人のあたしが協力してるのよ。帰還ロケットを飛ばすぐらい、できない事じゃないわ」

 真佐美にそう言われて、佐古田は返す言葉も無くデスク横の椅子にぺたんと座り込んだ。

「……アンタがどうこうしなくても、あのミミナ達は自分たちで星に帰るのよ……そっとしといてやって。成功したら、これからはもっと沢山のガイライを故郷に帰せるようになる」

「……」

 佐古田は、黙って考えていた。尾沢は、或いは、このようなメルヘンじみた話に佐古田が異を唱えるかとも思ったが、そうはならなかった。佐古田はやおら椅子から立ち上がると、意外な行動に出た。

 頭を、下げたのである。

「ぇええ!?」

 尾沢は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 この人が他人に頭を下げるなんて……。

 顔を上げぬまま佐古田は言った。

「考えてもみなかった……どうしたってガイライと仲間にはなれねえ俺とは違うやり口だ。お前の言い分はわかった。……だが、真佐美、あの草食マウスのガキは必要なんだ……あいつを調べれば水上を潰せる。少しの間だけでいい、頼む、マウスを貸してくれ」

 その言葉の端々に見え隠れする抜き差しならない必死さに、尾沢だけでなく真佐美も気付いたようだった。けれど、

「無理よ……」

 真佐美は苦しげな声を出した。

「ロケットは明日の夜明けと共に出発するの。ミミナの彼らはもう発着場に向かってる、ここにはいないわ」

「発着場は何処だ」

 佐古田は顔を上げた。表情に微かに、縋るような色が浮かんでいたが、真佐美は首を横に振った。

「やめて、追うのは駄目。親友の最後の願いなのよ……邪魔はしないで」

 佐古田の銀縁の後ろに暗い光が宿る。

「……そうかよ……お前はもう、そっちを取るんだな……わかった。勝手にしろ」

「……ごめんね、ミツ」

 震える声で言った真佐美から、佐古田は目を逸らし、舌打ちした。

「時間の無駄だ。帰るぞ」

「あ、待ってくださ、」

 つかつかと早足で出口に向かう佐古田を追いかけようとした尾沢の腕を、真佐美が掴んだ。

「はぇっ?」

 驚いて振り返った尾沢に、真佐美は囁いた。

「あなた、ミツ……いえ、佐古田純三の部下よね」

「そ、そうです……」

「心配なの……あの子が、自暴自棄にならないように止めてあげて。純二に固執するのはよくないわ」

 真佐美の細い腕に微かに力がこもった。

「あの……僕、話がよく飲み込めてないんですけど……純二って誰です?」

「何も知らないの?」

 真佐美が目を丸くした時、扉の外から佐古田が怒鳴った。

「尾沢!何してるっ!」

「ぼ、僕行かないと……」

 尾沢は手を解こうとしたが真佐美は離さなかった。

「簡潔に言うわ。アンタの上司、佐古田純三は、7歳の時亡くした兄、純二の幽霊に引きずられて生きてる」

真佐美の声は"純二"の名を口にするとき殊更震えた。

「お……お兄さん…?」

「真佐美っ、余計な事を吹き込むな!尾沢も素直に聞いてんじゃねえ!」

 地獄耳なのか、再び佐古田が怒鳴ったが、真佐美は無視して続けた。

「アタシがそうだったように……死にたがるかもしれない。でもお願い、死なせちゃ駄目よ……頼むわ…ね、ね」

 返事をしようとした尾沢の後ろ首を、佐古田がひっ掴んだ。

「あっ、その持ち方痛い痛いいっ……ぐえ」

 襟足を掴まれてビルから引きずり出され、投げるように運転席に押し込まれた尾沢は、非難の目で佐古田を睨んだ。

「ひどいなぁ……」

 しかし佐古田はそれには何の返事もせず、助手席に乱暴に腰を降ろすと、

「いいか。真佐美に言われた事は忘れろ。出まかせだ」

 そう告げて、ずれてもいない銀縁眼鏡を神経質に押し上げた。

「は、はい……」

 答えたものの、尾沢は得体の知れない不安に胃が圧迫されるのを感じていた。

 兄の幽霊

 奇妙に心を波立たせる言葉だ。簡単に忘れられる筈がない。尾沢の泳ぐ目を見て、中途半端に気にかかる情報を与えられてもやもやしている心中をさすがに察したのか、佐古田は嫌そうに窓の外を眺めながら語った。

「……真佐美は、死んだ兄貴の女だ。俺が子供の時分よく家に来てた。あの女、その頃から妙に世話焼きなんだ、余計な事をしたがる。気にするほどの事じゃねえ」

 佐古田が不機嫌なのは判っているので、尾沢は消え入りそうな声で恐る恐る尋ねてみた。

「あの……お兄さんの幽霊って、どういう意味です?」

「知るかっ!勝手な事吐かしやがって気分悪ィ」

 佐古田がダッシュボードを蹴りつけたので、尾沢はそれ以上突っ込むのは止めておいた。

「それで……これからどうします?諦めて東風商人の杏仁豆腐でも食いにいきましょうか」

 数秒の沈黙を破って尾沢は話を切り替える。

「馬鹿かお前。諦めるわけねえだろ。車、出せ」

 佐古田の声は妙に沈んでいる。

「どこにです?」

 尋ねると、佐古田は憮然とした顔で。

「だから……杏仁豆腐だろ」

「くはっ」

 思わず笑いの漏れてしまった尾沢を佐古田が睨む。

「勘違いすんな阿呆。作戦会議だ」

 笑いを飲み込んだ尾沢はキーを回し、エレキングのエンジン音を響かせた。その爆音に紛らして佐古田が吐いた、怪我人の苦痛に耐えるような溜息を、尾沢は聞かなかった事にした。


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