色を奪われた魔導令嬢は、異国の地で静かに語る
人々の活気に溢れるバザールは、今日もスパイスの匂いが漂う。
街の中心には、そびえ立つ時計台。その周りをぐるりと囲う青いタイルが印象的な噴水。涼しげな水の音が、ジリジリとした日差しの熱を和らげていた。
手持ち無沙汰に腰から下げた長剣をゆっくりと鞘から引き、僅かに刀身を覗かせる。
「……流石に買い換えるか」
細かな刃こぼれがいくつもある仕事道具を見やり、俺は溜め息をついた。
噴水の脇に立って見張るのが下っ端衛兵の仕事だ。実際に不審者や狼藉者を発見したら笛を吹いて制圧担当に知らせるだけ。
とはいえ、いつまでも刃こぼれした長剣じゃ様にならねえ。
「ま、そのうちにな」
さて、そろそろ昼飯の時刻か。
時計台へと視線を移し時刻を確かめて街を見回す。
「異常なし、と」
再び噴水に視線を戻すと、青いタイルの淵に少女が座っていた。
あれ?さっきまで誰もいなかったよな?
見慣れない異国の装い――腰を太い革ベルトで絞り、首まで覆われた白いワンピース。首元や袖口、裾には複雑な紋様の紺色の刺繍が施されている。左胸には銀の紋章が光っていた。
街の女たちが着ている薄くザラついた麻布とは違う、一目で上質とわかる張りと艶のある滑らかな布地。
さして珍しくもない赤茶けた髪、焦げ茶の瞳だが、陶器のように白い肌に整った顔立ちが目を引いた。
少女は、物珍しそうに辺りを見渡している。
「あの娘、いつの間に現れたんだ?」
疑問に思いつつも、「おい、さっさと休憩してこい」と同僚にせっつかれてその場を離れた。
*
あの娘、まだいるのか。不審者ではなさそうだが。
何故か気になった俺は、「これも仕事だ」と少女に近寄ってみることにした。目の前に立ち見下ろす形になる。
「……ここは、何処でしょう?」
凛とした響きの声は、見た目通りだった。だが、俺を見上げる少女の瞳に、どこか得体の知れない違和感を覚える。
「何処って、ラドール王国の王都ミイオだが」
「ラドール王国……。随分と遠くまで飛ばされたのね」
「あんた、大丈夫かい?」
言葉は通じているが、言ってる内容は今一つわからない。
「心配なさらないで。そのうち迎えが来るはずだから。――でも、そうね。それまでわたくしの話し相手になってくださる?」
「ああ、いいよ」
「貴方、お名前は?」
「オメル。……あんたは?」
「わたくしの名は、マリエラ・アリストン。生まれは遥か東方、グリフェロール王国――」
優雅な雰囲気に家名持ち。貴族のお嬢様か。しかし、うちの王国の王族よりも気品があるぞ。
そして、少女――マリエラはここに座るまでの経緯を語りだした。
ことの発端は、魔導学園の同級生の少年が何の気なしに放った『好きな色は太陽の光を集めたような金と、どこまでも澄んだ空の色かな』という一言。
煌めく金の髪、晴れ渡る空色の瞳はマリエラの色である。
少年に片想いしていた少女が『彼が好きな相手がマリエラだなんて、許せない!』と怒りを爆発させた。
あろうことか、少女は王宮魔導師を買収すると、自らの髪と瞳の色をマリエラのものと入れ替えることを命じた。さらに誘い込まれた魔法陣で飛ばされ――
「……気がつけば、こうして見知らぬ国の噴水の淵に座っていたのです」
一度言葉を切ると、彼女は小さく溜め息を漏らした。
「まさか、権威ある王宮魔導師が違法行為に手を染めるとは夢にも思わず。油断してしまったわ」
油断したと言う割りに、悔しがるでもなく淡々とした表情のマリエラ。
聞かされた内容に俺は困惑するしかない。
グリフェロール王国までは、ここから馬車を乗り継ぎ国境を二つ越え、船で海峡を渡り、また馬車を乗り継ぎ国境をいくつか越え最短でも半年は掛かる距離。
正直、海の向こうにいくつ国があるのか、俺にはわからない。
そんな過酷な行程のため、大臣が式典の為に数年に一度、行き来するだけで国交はあるが国名しか知らない国だ。
「あり得ない。俺をからかっているんだろう」
「わたくし、嘘は言ってないのですけれど」
「魔術なのか魔法か知らないが、そんなモン使えるなら、迎えなんて待たないで自力で帰ればいいじゃないか」
「それでは面白くありませんでしょ? それにあの方がいつ、わたくしを見つけてくださるか、楽しみなの」
うっとりと待ち人へ想いを馳せる少女の微笑みと、獲物を捕まえた猛禽類を思わせる鋭い視線。
俺なら絶対に敵に回さないね。
マリエラは、何かを思いついたように手をパンと叩いた。
「オメルさん。貴方、グリフェロール王国の別名はご存知?」
「……確か、ええと……昔習ったな。――ああ、世界で唯一の『魔導国』だったか?」
「正解。ご褒美に魔術を見せてあげましょう」
おもむろに立ち上がったマリエラの手には、いつの間にか小さな杖が握られている。杖を噴水に向け紡いだ彼女の言葉は、聞いたことのないものだった。
流れる水がぼんやりと白い輝きに包まれ、瞬く間にバリバリリリ……と音を立てて凍りついてしまった。
「…………」
言葉が出ない。
住民たちも何事かと噴水に集まって来る。
「何が起きた?」
「ちょっと、凍ってるよ」
ざわめきの渦が広がって、辺りは騒然としている。
「迎えが来たわ」
周囲の騒がしい騒音の中で、マリエラの声だけがはっきりと聞こえた。その視線の先には、日差しに透ける長い銀の髪、紫の瞳の美しい少年。
マリエラと同じく左胸に銀の紋章。襟と袖口は紺色の刺繍。釦がきっちり留められた白色の詰襟の上着は、腰の辺りで緩く絞られ膝まで裾が伸びている。下から覗く細身のズボンは、少年のすらりとした足を際立たせていた。
「待たせたかな? 少し掃除に手間取ってしまってね」
「お陰で、楽しい時間を過ごせましたわ」
彼はマリエラの髪を一束掬うと何か呪文を唱える。白い輝きに包まれたマリエラの髪は、毛先からありきたりな赤茶を眩い金色へと染め変えられていく。
「やはり、この色は君がいちばん似合うな」
「ふふふ。ありがとうございます。ジェレル様」
ジェレルを見つめる、ブルートパーズの瞳がひときわ輝いてみえた。
赤茶と焦げ茶の彼女も美しかったが、金と水色の彼女は女神みたいな神々しさだ。隣に立つ銀髪の少年と並ぶ姿はもはやこの世のものとは思えない。
「さあ、帰ろう。躾のなっていない猫にお仕置きしないと――飼い主も、ね」
「由緒正しい、血統書付きの猫なのに困ったものです」
にこやかな表情なのに、何故か背筋がゾワリと震える。
マリエラが俺に向かって杖を振った。
「話し相手になってくれたお礼よ。ごきげんよう」
二人の足元に青白い幾何学模様が浮かび上がったかと思うと、フッとその姿は消えてしまった。
サーっと水の流れる音が背後から聞こえる。
噴水の氷が水に戻ったのだろう。
……そうか、最初に会った時の違和感は、焦げ茶の瞳だ。
彼女の顔立ち、雰囲気、彼女を形作る全てが、あの焦げ茶の瞳と馴染んでいなかった。
あの宝石みたいな水色がマリエラのほんとうの色だったんだな。
ふと、視線を腰の長剣に向けると、うっすらと輝いている。
――まさか?
おそるおそる、鞘から少しだけ引き抜く手が、震える。
刃こぼれしていたはずの長剣は、研ぎ澄まされ白銀の輝き。
長年使い込んだ傷だらけの鞘は、いつの間にか艶やかな輝きを取り戻している。その表面に彫られていたのは、翼を大きく広げ前足を高く掲げたまま立ち上がり向かい合う二頭の天馬。
彼女らの左胸の紋章と同じ、恐らくグリフェロール王国の紋章だ。
これ、俺の剣だよ、な?
「おい、今の見たか?」
同僚が駆け寄って興奮ぎみに俺の肩に腕を回す。
「……あ、ああ」
「神秘的だったよな。まさに神の奇跡だ」
興奮の冷めやらない同僚の隣で「世界で唯一の『魔導国』……か」とポツリと呟いた。
振り返った視線の先、噴水では水の柱から散った白い飛沫が踊っている。
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