第二章「応援団長と妄想スローモーション」 ④ 妄想暴走(再び脳内へ)
運動会本番。
僕は、玉入れの試合中であった。
ただし、身体はそこにあったが、心はどこか月の裏側にいた。
脳内では、如月舞と手を取り合い、夜の校庭で舞を捧げていたはずだった。
しかし現実の僕は、カゴの方向を見失ったまま時が過ぎ去っていた。
結果:投球数ゼロ。
チームの敗因として、やや名を刻むかたちとなった。
「……あれ? 終わった?」
僕は、赤い玉をひとつも投げぬまま、玉入れが終了していることに気づいた。
汗を拭くふりをしながら、なるべく自然に観覧席へ退避する。
敗軍の将には、土を被る権利すらない。
そのときだった。
耳に届いた、黄色い声援。
「舞先輩かっこいい〜〜!!」
「やばい、団長まじイケすぎる!!」
その中心にいたのは、当然のごとく如月舞である。
紅組の団旗を背負い、真っ直ぐに声を張り上げるその姿は、
まるで戦場に降り立った赤い彗星であった。
僕は観覧席の影から、彼女を見つめた。
そして気づいたのだ。
「これは……僕の彼女が、人気者になってしまったということではないのか?」
妙な確信が走る。
あの演舞をともにした者どうしの、深い精神的交感――
もはや僕と彼女は、明文化されていないだけの恋人未満、妄想以上の関係性にあるのではなかろうか。
しかし、その瞬間。天啓が砕けた。
団員の女子が、如月舞に話しかけている。
「あのさー、さっき近くにいた男子、誰? ちょっと汗だくだったけど」
如月はチラリとそちらを見て、言った。
「え? あいつ?……知らん」
即答である。迷いすらなかった。
その潔さ、まさに団長たる者の風格。
僕は――精神的即死を遂げた。
心のなかで、妄想文芸部の応援詰所が音を立てて崩れ落ちる。
銀のティーポットが床に転がり、ハチマキが風に舞う。
僕の“特別任務”は、そもそも配属ミスだったのかもしれない。
けれど、それでも。
この苦い敗北のなかに、僕は一筋の甘い幻を見ていた。
「知らん」と言われた事実すら、
妄想世界では伏線に変換できるのだ。
これは、恋の布石。距離感の演出。伏し目がちな気遣い。
どれだけ否定されようと、物語において否定は肯定の裏返しなのである(※ただし僕の脳内に限る)。
(章末モノローグ)
僕の恋は、今日も破れ、砕かれ、否定された。
だが、そのすべてが、次なる妄想の養分である。
哀しみよ、燃料になれ――
これぞ妄想男子の正しい恋のあり方である。