第二章「応援団長と妄想スローモーション」 ③ 現実との対比
夜。
場所は、旧体育倉庫の裏にひっそり佇む、木造の応援団詰所――という設定である。
薄明かりの裸電球が天井から下がり、どこからか笛の音が遠くに聞こえるような気がした。
ここは、僕の脳内で構築された応援団の秘密本部である。
書類の山、古びた団旗、すり切れた竹刀、茶色い湯呑み……
そして、その中央に、彼女が座っていた。
如月舞。
紅のハチマキを額に巻き、真顔で僕を見つめる。
「君には、君にしかできない応援があるの」
彼女はそう言った。
その瞬間、僕の鼓膜は破裂寸前まで振動した。
なぜなら僕にしかできない応援など、現実には存在しないからである。
だがこの妄想世界においては、すべてが用意されている。
「たとえばどんな……応援、ですか」
震える声で問い返す僕に、如月は立ち上がり、
まるで厳かなる巫女のごとく、白手袋を両手にはめて言った。
「それは――夜の演舞」
妄想は、ここからが本番である。
夜の校庭。
誰もいないグラウンドの真ん中に、二人の影が立つ。
白線が淡く光り、月が雲の隙間から覗き込む。
風は止まり、世界は呼吸を忘れていた。
「君の心にある、声にならない言葉を――身体で見せて」
如月舞の言葉とともに、演舞が始まる。
それは応援ではない。
武道でも、舞踏でも、スポーツでもない。
恋の型である。
手を振り、脚を蹴り、
足踏みと旋回と跳躍とがひとつになり、
二人の動きはまるで電波を探す二本のアンテナのように、互いを引き寄せる。
――いや、これは舞いではない。これは、祈りである。
この身体表現のなかに、僕は
「ぼくはきみがすきです」という文法すら放棄した意思を込めていた。
すべてが終わったとき、如月は静かに言った。
「やっぱり、君じゃなきゃだめだった」
妄想にしては、あまりに直球な台詞である。
けれど、今の僕にはそれが必要だった。
誰かの“代わり”ではないという確信こそが、僕にとっての救済だった。
風が再び吹いた。
ハチマキの端が舞い上がり、月が校舎の窓に反射する。
この夜の演舞は、記録には残らない。
けれど、僕の中で永遠にリプレイされるだろう。
(章末モノローグ)
応援とは、叫ぶことではない。
拍手でも、太鼓でも、団旗でもない。
それは、心の中で踊られる
**“伝えきれなかった想いの儀式”**である。