第四章「恋愛とは妄想の形式である」 ③ 三者三様の異議申し立て
「では、順番に言わせてもらうわ」
最初に声を上げたのは、文芸的至高の象徴・朝比奈沙良だった。
薔薇色のティーカップを手に取り、くるりと皿の上で回しながら、彼女は瞳を細めた。
「あなたの文学的妄想は、たしかに美しいわ。引用も豊富で、文章も耽美的。
だけど──それだけじゃ、恋にならないんじゃないかしら?」
僕の心に、冷たい雫が落ちた。
「“言葉だけで恋をする”って、まるで手紙を書いて出さずに満足してるみたい。
現実を見ないまま、自分の想像に溺れて、ただ逃避してるだけじゃない?」
僕は何か言おうとしたが、口が開かない。
その隙を突いて、如月舞がガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「っつーかさあ!!」
このカフェの静謐な空気が、突然体育館のように揺れた。
「こっちはさ!
勝手に“応援団の詰所で密会してた”とか“夜に二人で演舞した”とか、
一切そんなことしてないのに、全部既成事実にされてんだけど!?」
僕の額から汗がにじむ。
「恋ってのはさ! ぶつかって、泣いて、叫んで、走って、傷ついて、
そんで最後に笑うもんでしょ!?
脳内でカッコつけてんじゃないわよ、加賀谷!」
彼女は角砂糖をつまんで、僕のティーカップに叩き込んだ。
熱すぎる紅茶に甘すぎる糖分。まさに妄想の暴走と現実の激突だった。
最後に、羽生るりがそっと口を開いた。
いや、口を開いたというより──ほんの少し目を伏せただけだった。
「……沈黙は、言葉じゃない」
その声は、カップの縁に触れる水のように小さく、しかしはっきりと聞こえた。
「……君のそれは、“沈黙”じゃない。ただのノイズ」
僕は完全に沈黙した。
いや、沈黙ではない。言葉を失っただけだった。
三人の恋人たちが放った言葉は、どれも的確で、
どれも僕の心の深部にズシリと突き刺さった。
僕は──妄想の中でさえ、彼女たちを“理解したつもり”になっていた。
理想を押しつけ、物語を決め、セリフを書き、恋を完成させた気でいた。
でも今、それがどれほど独善的で、孤独な行為だったかを、突きつけられている。
加賀谷薫、17歳。
脳内恋愛法廷にて、ぐうの音も出ず。
幻影亭の天井に吊られた時計が、コチリと音を立てた。
まるで、現実世界への“戻る時間”を告げるように。
「……僕の恋人たちは、もはや僕のものではなかった」