表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

第四章「恋愛とは妄想の形式である」 ② 幻影亭、開店(脳内の舞台)

 その夜、僕はベッドに沈みながら、天井を見つめていた。

 壁に貼られた古い年表、電気のひも、剥がれかけたポスター──何もかもが、現実の象徴だった。


 しかし、次の瞬間、僕の意識はすっと現世を脱け出した。


 そこは、僕の脳内にのみ存在するカフェだった。

 名を《幻影亭げんえいてい》という。


 ブリティッシュ調のインテリア。

 ステンドグラスの窓から差し込む曇りがちな午後の光。

 古時計が時を刻み、紅茶の香りが、ゆっくりと空気を染めていく。


 店内の奥、高背の赤いソファに、彼女たちはいた。


 朝比奈なる文芸の乙女は、ローズヒップティーを手にしていた。

 彼女の視線は、常に45度下に落とされ、謎めいた余韻を帯びている。


 如月舞は、革張りのスツールに脚を組んで座り、ミルクティーに角砂糖を三個投下していた。

 目が合っただけで、**喝!**と叫ばれそうな雰囲気がある。


 そして羽生るりは、湯気の立つアールグレイに顔を寄せ、なぜか本を開かず、ただ黙ってこちらを見ていた。


「ようこそ、被告人・加賀谷薫くん」と、朝比奈が口火を切った。


 僕は戸惑いながら、カウンター席に立ち尽くしていた。

 この店のマスターは僕自身なのだが、今宵は完全に、立場が逆転していた。


「あなたね……最近ちょっと妄想が過ぎるのよ」


 その言葉は、朝比奈・如月・羽生の三人が、同時に言ったように聞こえた。


 席につくよう促され、僕は重たい身体をソファへと沈めた。

 まるで裁判の開廷のようだった。


 紅茶が湯気を立てる音さえ、どこか冷たい。


「言いたいことがあるの。わたしたち、“理想の彼女”という設定に飽きてきたの」


「体育会系はね、もっと直球勝負なの。君の妄想、回りくどすぎてウザい」


「……私は……何も言ってないようで、すごく言ってるのよ……たぶん……(無言で目をそらす)」


 三人の声が、僕を囲む。


 これは夢か、妄想か、それとも――革命か。


 僕は何も答えられなかった。

 ただ、自分が築き上げてきた恋愛世界の女神たちが、

 いまや自我を持って立ち上がったという事実に、戦慄していた。


「……僕の恋人たちが、僕を裁こうとしている」


 ステンドグラスの外には、どこまでも灰色の空。

 その下で、幻影亭の裁判は、静かに、しかし確かに始まろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ