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第四章「恋愛とは妄想の形式である」 ① 導入:加賀谷、現実の世界でエラーを起こす

期末試験前。

 それは学生たちにとって、義務と試練と睡魔が三位一体となって迫ってくる忌まわしき時節である。


 しかしながら僕──加賀谷薫にとって、それは単なる邪魔だった。


 邪魔とは何か。

 それは、妄想の続きが読めない状況のことである。


 教室の隅の定位置で、僕はノートを開いていた。

 「英語・助動詞まとめ」と書かれた表紙。

 中をめくると、最初のページにこうあった。


「愛とは風の声である」


 ……。


 ……え?


 おそるおそる次のページをめくる。


「君がくれた沈黙が、僕を静かに支配する」


 ノートは試験対策ではなく、詩集になっていた。


 僕は自分で書いたにもかかわらず、うっかり「おお」と感嘆しそうになった。

 しかしその直後、背後から声がかかる。


「おい加賀谷、お前大丈夫か?」


 それは、数少ない知人の一人、斉藤だった。


「なんかさ、こないだの小テストも空欄ばっかだったし、今日のノートも意味わかんねーし……ていうか、これ何?」

 そう言って彼は、ノートの一文を指差す。


「恋は架空であるがゆえに純粋である」


 しまった。それは第三章の締め用モノローグだった。


「お前……最近どうした?」


 斉藤の顔は本気だった。

 優しさと若干の恐怖と、あとほんのり心配が混じっていた。


 僕は、とっさに言い訳を考える。


 「これは……いわゆる、その……近代詩における表現技法の、再解釈であって──」


 嘘ではない。

 だが、誰も納得しない。


 僕は再びノートを閉じる。

 目の前の世界が、少しだけ揺らいで見えた。

 現実にヒビが入っているのだ。


 原因は明らかだった。

 朝比奈、如月、羽生──彼女たち三人の妄想恋人たちが、僕の思考を占領していた。

 恋人たちは美しく、知的で、情熱的で、何より僕にやさしかった。


 だがそれゆえに、僕は現実に適応できなくなってきていた。


 教室の外では風が吹いていた。

 秋が終わり、冬の気配が忍び寄ってくる。


「愛は風の声……」──いや違う、助動詞! 助動詞を覚えろ加賀谷!


 僕は額を押さえ、ノートを閉じた。

 しかし、すでに頭の中ではカップの触れる音がしていた。

 ──妄想のカフェ《幻影亭》に、誰かが集まりはじめていた。

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