第三章「沈黙と風の図書館」 ④ ついに自作の詩を書く
僕は、詩を書いた。
いや、詩を書いたというより、
詩を書かされてしまったというのが正確かもしれない。
この恋は、もはや読むだけではいけない段階に至ったのだ。
文学は読むものではなく、捧げるものに変わる。
ノートの最背面に、小さな字でタイトルを書く。
『風に消える前に』
それは羽生るりに向けた、返詩だった。
彼女の貸し出す本たちに込められた詩的な暗号に、
僕なりの言葉で応えなければならない、という自家製使命感である。
加賀谷薫による、詩的妄執の結晶。
風に消える前に
君の沈黙を 僕の頁に綴じたい
声にならないまま
傍らの書架に 寄り添った あの夕暮れを
君の視線が 落とした栞を
僕はまだ 開かれぬ章として 保管している
……書いたあと、しばらく手が震えた。
このポエムを、どうするつもりなのか?
渡すのか? いや、無理だ。絶対に、無理だ。
世界の終わりでもなければ、あの羽生るりの机に
こんな詩を入れておくなどという暴挙は、常軌を逸している。
だがその夜、僕の脳内では、彼女が静かに微笑んでいた。
「今度、机の中にそっと入れておくね。」
そう言いながら、彼女は“僕の詩”を両手で受け取り、
まるで壊れ物のように大事に扱ってくれていた。
現実では、そのノートは引き出しの中で封印されたままだ。
だが、妄想の中では、すでに羽生るりが受け取ってくれた。
しかも、二度読んで、三度頷いていた。
この恋は、読まれない詩のようなものだ。
読まれないからこそ、永遠に純粋でいられる。
(章末モノローグ)
渡さなければ、拒絶されることもない。
拒絶されなければ、愛はずっと未完成のままで咲き続ける。
そして妄想とは、そうした詩を永遠に読んでくれる
たった一人の聴き手である。