第7話 引きこもり、始めました
それから、「ヒロインの出自を嘲笑う」
これはもう、カミラの常套句みたいなもんだった。
「平民はこれだから困るわ」「育ちが知れる」「身の程をわきまえなさい」
ことあるごとに、リリアンヌちゃんの家柄や育ちを馬鹿にしてた。
学園の食堂で、リリアンヌちゃんが質素なお弁当を食べているのを見つけては、「まあ、そんな貧相なお食事でよく満足できますわね。まるで家畜の餌のようだわ」とか。
ひどい。ひどすぎる。人の心がないのか、カミラは!
リリアンヌちゃんは、いつも毅然として「家柄や生まれで人の価値は決まりませんわ。私は、私の家族を誇りに思っています」って言い返してたけど、内心はすごく傷ついてたはず。
そんなリリアンヌちゃんの強さに、攻略対象の王子様や騎士様たちは惹かれていくわけだけど……一方で、カミラの人間性は底辺まっしぐら。
ああ、もう本当に、なんでこんなキャラに転生しちゃったんだ、私……
それから、取り巻きを使ってヒロインに圧力をかけたり、嘘の噂を流してヒロインを孤立させようとしたり、他にも……
こんなこと繰り返してたら、そりゃ断罪されるよ!自業自得だよ!
……はぁ。
思い出すだけで、どっと疲れた。そして、改めて絶望した。
こんな悪行の数々を積み重ねてきたカミラ・フォン・エルヴァーン。それが、今の私。
もう、どうしようもないくらい、手遅れな気がする。
リストアップすればするほど、カミラの悪行の数々に眩暈がしてくる。
自己嫌悪で胸がいっぱいになって、ぎゅーっと布団を握りしめた。
「もう誰にも会いたくない……」
こんな悪名高い女が、のこのこ外に出ていけるわけがない。石を投げられても文句は言えないレベルだよ、これ。
しばらくして、アンナさんが軽食を運んできてくれた。
銀のトレイの上には、温かいスープと、焼きたてのパン、それからフルーツが少し。美味しそうだけど、喉を通らない。
「……ありがとう。でも、やっぱり食欲ないから、少しだけいただくね」
スープを二、三口だけ飲んで、パンには手をつけずにアンナさんに下げてもらった。
「お嬢様、本当に大丈夫でございますか? 顔色が真っ青でございますが」
「うん、大丈夫。寝てれば治るから……」
アンナさんは心配そうな顔に見えるけど、多分ポーカーフェイス。そんな顔で、一礼して出て行った。
そこから数日間、私の本格的な引きこもり生活が始まった。
朝、アンナさんが「学園へは……」と恐る恐る聞いてくるけど、私は毎日「頭が痛いから休む」の一点張り。
最初は「またいつもの癇癪か」くらいに思ってたかもしれない両親も、さすがに三日も続くと不審に思ってるかもしれない。でも、特に何も言ってこないってことは、やっぱり「何か企んでる」って静観されてるのかな。それか、もう愛想を尽かされてるか。どっちにしろ、今の私には好都合だけど。
ベッドの中で、ただひたすらこれからどうすべきかを考える。
ゲームだと、カミラは断罪イベントを迎えて、国外追放か、良くて修道院送り。最悪のバッドエンドだと、命の保証すらないかもしれない。
それは、絶対に嫌だ。
でも、じゃあどうすればいい?
今から善行を積んでイメージアップ? 無理無理。だって、すでにやらかし済みなんだよ? 「あいつ、急に良い子ぶって、何か裏があるんじゃないの?」って思われるのが関の山。
それに、そもそも外に出る勇気がない。
学園の冷たい視線、陰口、想像するだけで足がすくむ。もう、人と関わるのが怖い。
窓の外からは、時折、小鳥のさえずりとか、遠くで誰かが楽しそうに話している声が聞こえてくる。
そういうのを聞くたびに、ズキン、と心が痛む。
みんな、普通に生きてるんだ。私だけが、こんな部屋に閉じこもって、見えない何かに怯えてる。
前世の私も、そうだった。
教室の隅っこで、いつも一人。クラスメイトたちが楽しそうに話している輪の中には、どうしても入れなかった。誰かが私を見てヒソヒソ話してるんじゃないか、私のことを笑ってるんじゃないかって、いつもビクビクしてた。
結局、悪役令嬢になっても、私は私なんだ。どこに行ったって、こうやって怯えて、引きこもって、誰とも関われずに生きていくしかないのかもしれない。
でも、だからといって、あの悲惨な結末を迎えるのは……絶対に、絶対に嫌だ。
とりあえず、これ以上ヘイトを稼がないことが最優先。破滅エンドだけは絶対に嫌だから。
そのためには……うん、やっぱり、部屋から出ないのが一番安全だ。
誰にも会わなければ、これ以上嫌われることもない。新たな悪行を「やらかす」心配もない。
そうだ、それがいい。それが一番マシな選択だ。
私は、布団をもう一度頭まで深く被った。
真っ暗な布団の中で、小さく丸くなる。
ここが、今の私の唯一の安全地帯。
外の世界は、怖いものだらけだから。
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