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――光が存在しない空間を、人は「闇」と呼ぶ。
ならば、あれは確かに闇だったのだろう。
堕ちていく感覚があった。
浮遊というには不穏で、滑落というには静かすぎた。
糸が解けるように、僕という存在が端から崩れていく。
記憶が剥がれ、言葉が消え、感覚と情緒が風化していく。
人間を人間たらしめる全てが、確実に、音もなく抜け落ちていく。
その果てに残るものは――
――無。
そう悟った瞬間、恐怖が全身を貫いた。
何かを手繰ろうとしたが、形のある「自分」は既に崩れ始めていた。
必死にかき集める。押し留めようとする。
だが掬うそばから、指の隙間から砂のように零れていく。
なくなる。
消える。
終わってしまう。
そんなのは、冗談じゃない。
あれは「眠り」に似ていると言われることがあるけれど、断じて穏やかなものではなかった。
主体が蕩けていくあの感覚は、むしろ、獣の胃袋で溶かされていくような暴力そのものだ。
安らぎなんて、どこにもない。
感じることができなくなるだけだ。そして、やがて――
「感じない」ことすら、感じられなくなる。
それが、死
そんなものを、僕はもう一度味わいたいとは思わない
「……そんな結末、認められるものか」
漏れた寝言と共に、意識が現実に戻る
目の前には仄かなランプの明かりとそれに照らされた木の机
その上に並ぶのは、実験器具と鼠の檻。僕の“仕事場”である地下の研究室だ
また、夢を見ていた
何度も何度も繰り返し見る、あの忌々しい記憶
身体を起こすと、寝間着は汗でぐっしょりと濡れていた
熱などない
だが心だけが焼けつくように熱い
――生まれる前の記憶
――あるいは、死の果てにある風景