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2.よくある成り上がり

 パーティを追放された主人公くんは、あれから順調になり上がっている。詳しいことは分からないけれど、何やら拾った美女二名をパーティに加えて、現在は三人パーティで活動中だ。


 パーティを追放された後、一人でクエストを受けに来た主人公くんを友人として励ました。追放された時に何もできなかったから、せめてもの罪滅ぼしだ。でも私が励ましても励まさなくても、主人公くんは成功への道を爆走していたと思う。


 事実主人公くんは初めてのソロクエストで、美女を仲間にして帰って来たからね。


 だから励ましはただの私の自己満足。


 主人公くんは今日もクエストを受注しに来たので、支部長が呼んでいるから支部長室に行くように伝えた。支部長はこのギルド支部で一番偉い人だ。そんな偉い人が主人公くんを呼び出すのは、何か特別な依頼を頼もうとしているからに違いない。大方この前ギルド内で話題に上がっていた、凶暴なドラゴンの討伐依頼だろう。


 新規クエストの掲示をしなければいけなかったことを思い出して、私はクエスト管理システムの端末を操作した。タブレットパソコンみたいな物で新しいクエストを確認して、プリンターみたいな物で印刷する。印刷物をギルドの掲示板に貼りだせば、この仕事は終了。


 タブレットパソコンみたいな物とプリンターみたいな物と表現したが、そのままタブレットパソコンとプリンターだ。この世界には魔法があるにしても、明らかにオーバーテクノロジーな仕様となっている。


 これは同じ制作会社の他のアニメの素材を使いまわしているからで、意味がある設定ではない。『これあれで見た!』とめちゃくちゃ突っ込まれていた。


 高すぎて作業しにくいカウンターテーブルで、私は作業を続ける。カウンターテーブルの高さは日によって高すぎたり低すぎたりと、作業しにくいことこの上ない。


 それもこれも、全てはパースが不安定なせいだ。


 テーブルが高すぎるにも二パターンが存在しており、テーブルが大きくなっているパターンと私が小さくなっているパターンがある。テーブルが低すぎるパターンも同様だ。


 つまりパースが安定しない故に、私の大きさも安定しない。この世界以外では絶対に使われない言葉だと断言しよう。


 ギルド内の間取りも全く安定しておらず、柱の位置はしょっちゅう変わる。二階への階段の位置もよく変わる。階段は位置が変わるだけなら良い方で、時々あり得ない階段まで出現する。ひどいときには階段が消失する。


 今日出現しているのは、特にあり得ない階段だった。二階から階段を降りていくと、一階の床は無く目の前に壁が出現する。まるでだまし絵のような状況だ。このだまし絵階段を目の当たりにして人々はどうしているかというと、当たり前のように手すりを乗り越えて、階段を使用していた。


 私の正気は日々試されている。


 私がクエスト掲示板を貼り変えている内に、主人公くんと支部長の話し合いは終わったようだ。主人公くんが問題の階段を下りてきたのだが、何だか様子がおかしい。


 階段を下りる主人公くんはかくんかくんと動き、足の動きと階段の段差が合っていない。処理落ちだ。処理落ちしている。


 処理落ちと表現したが、この世界実はゲーム世界とかではないので、念のため。


 かくかくしながらもなんとか階段を下り終えた主人公くんは、滑らかな動きで手すりを乗り越えた。実にシュールな光景だ。


 クエスト掲示板は玄関近くにあるので、外に出ようとすると主人公くんは私の近くを通ることになる。


「リンさん、行って来るよ」


「ご健闘と幸運を」


 ギルドの受付嬢なら誰もが言う、冒険者を送り出すお決まりの言葉で、私は主人公くんを見送った。主人公くんは至って普通に、ドアをすり抜けた。


 走らなくてもすり抜けるのか、主人公くん。


 私の推測は当たっていて、主人公くんが支部長に頼まれたのは、レッドドラゴンの討伐依頼だった。支部長直々のドラゴン討伐依頼となると、長くかかりそうだ。これからしばらくは平和な日々を過ごせるだろう。


 成り上がる主人公くんを見守りついでに、私はこの世界について色々と考察してみていた。


 この世界ではアニメの作画崩壊が、いちいち反映されてしまう。作画崩壊により整合性が取れなくなると、この世界は最小労力でどうにか整合性を取ろうとする。初めから作画崩壊を反映しないでくれれば、万事解決なのに。


 やはりというかなんというか、作画崩壊の影響が出るのは、主人公くんの周りが圧倒的に多い。間接的な影響が出ることもあるので、絶対とは言い切れないものの、主人公くんの周り以外は概ね安心して良い。


 だから主人公くんがクエストで出かけている間は、至って平和なのだ。


 そして作画崩壊が目立っていて忘れそうになるが、このアニメはBGMと効果音、演出も独特の趣を醸し出すものだった。BGMと演出は悪さをしてこないのでまあ良いのだが、効果音は唐突に被害をもたらしてくる。


 時間差で遅れて聞こえる効果音は、多少笑ってしまうこともあるが、そこまで破壊力を持っていないので良しとしよう。だが、明らかに間違った効果音はだめだ。あいつらは私の腹筋にダイレクトアタックを仕掛けてくる。


 この世界は魔法があるため魔法技術は発展しているが、機械技術は発展していないという設定になっている。故にエンジンなんてものはこの世に存在していない。


 だけど、とある貴族の馬車からはいつもエンジン音がする。馬の蹄の音や車輪の音は一切せずにエンジン音がする。


 まさかこの世界でドップラー効果を体験するとは、と私は爆笑した。


 主人公くんのいない平和だった二週間は過ぎ去り、主人公くんがドラゴン討伐から帰って来た。支部長直々の依頼なので、本来なら支部長に完了報告をするのだが、支部長はギルド本部に出張中だ。


 ということで支部長の代わりに、私が依頼の完了報告を受けることになった。今日の私は朝からクエストの受注と完了報告が山ほど集中しててんやわんやなので、正直別の日にしてほしかった。


 支部長直々の依頼はクエスト管理システムを通して受注していないので、完了処理が他のクエストより煩雑になってしまう。私だって頑張って作業しているが、思っているより時間がかかり主人公くんは手持無沙汰なようだ。


「リンさんはドラゴンを見たことある?」


「ない」


 私がぶっきらぼうに返事したとしても、主人公くんが気を悪くすることは無い。友人として信頼関係が出来上がっているからね。そう、信頼関係が出来ているからこそ、私には主人公くんに言わなければいけないことがある。


「あの時は見てるだけで、ごめんね」


 前は励ましただけで、謝れなかったから。


「謝らなくていいよ。リンさんは悪くない」


 食堂の喧騒は遠く、私が端末を操作する音だけが聞こえる。二人の間に流れるしんみりとした空気は、主人公くんによってぶち壊された。


「そうだ! せっかくだからリンさんもドラゴン見る?」


 やばいと思って私は顔を上げた。


 その動きは待って主人公くん! まさかここで魔法収納からレッドドラゴンを出す気か!?


 待って、ここで出すんじゃない! 早まるな!


 経験則で分かる。出したらパースが崩れる。パースが! 崩れる!


 今日のパースはまだ調子いい方だから!


 まだ今日中の仕事たくさん残っているから!


 作業効率が落ちると困るから!


「ここで出すのはだめ!!」


 私の表情が必死過ぎたようで、主人公くんはレッドドラゴンを出すのをすぐに止めてくれた。パースの狂いは何とか阻止できた。


 私にレッドドラゴンを見せる代わりに、主人公くんはレッドドラゴンの事を色々話してくれた。主人公くんと話をしながらも、端末を操作する手は止めないし、書類もどんどん捌いていく。主人公くんと話しながら仕事するぐらい、なんてことはない。


 私が忙しなく働く一方で、主人公くんも忙しなく動いていた。無駄に上着を脱いだり着たりと。たぶんカットごとに主人公くんの服装が違うからだ。主人公くんは私との話が終わるまで、落ち着きなく上着を脱いだり着たり繰り返していた。


 作業効率が落ちなかったおかげで、私の本日の業務はほんの少しの残業で終了した。


 普段なら仕事が終わったらさっさと寮に帰ってしまうのだけれど、今日は寮に帰る前にある場所へと向かう。ギルド一階の裏口側にある素材課の部屋だ。素材課はギルド内の一部署で、魔物の死体を素材に加工したり、素材を武具や防具、魔道具に加工したりしている。


 私が素材課に向かった目的は、主人公くんが倒したというレッドドラゴンだった。先程は意地でもその場で出すことを阻止したが、せっかく異世界転生したのだし、あれだけ主人公くんに話を聞かされたのだし、ドラゴンぐらい生で見てみたい。


 素材課にはまだ人が残っていて、主人公くんが持って帰ったレッドドラゴンを見たいと伝えると、快く案内してもらえた。


 わくわくしながら案内してもらった先、あかべこみたいな顔のレッドドラゴンを、私は思わず二度見した。

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