076 衝突
どこかにいるはずの依頼者を探した。
ルタの旅館の女将に挨拶すると、
「ああ、あの方たちならあちらの東屋にいると仰ってましたよ」
そう言われたので行ってみる――と、屋根の下に、背もたれのない椅子とテーブルがあって、その椅子に男女一人ずつが座って何やら話しているのが見えた。内容も少し聞こえた。
「――の証拠はない。こっちなら不審者が見てる、だから判った、あとは人数」
「あの。ジオガードです、依頼を受けて来ました」
近付いてこちらが手帳を示すと、あちらも。
「どうも。セントパシバー区警察の、レベッカ・ゲアリモーです」
「テオです。テオ・ヨルスマダ」
深い緑の髪の女性警察官、レベッカさんと、男性警察官のテオさん、二人とも制服。暑いから薄手の。
二人に向け、レケが書類を一瞬だけ提示すると。
「アジトは見付けていて、人員が必要なだけだと依頼文には――」
「ええ」レベッカさんが頷いた。「不審者が何人か目撃されています。その情報を元に割り出しました。ただ、組織的です。でもこれだけの人数がいれば多分大丈夫。まずはここで作戦を練りましょう」
「アジトはどこ?」
「ここです」
地図がテーブルに広げられていて、そのとある一点をテオさんが指で突いた。
見やる。
郊外に近いひっそりとした所の、ごく普通の木工品店。……そこがアジト?
最初はまさかと思った。ただ、人の目をごまかすためなら確かにありえそうだ。
「配置をどうするか」
とレケが言った。それを受けすぐに僕が。
「ベレスはケナと一緒に」
「うん」
「了解しました」
レベッカさんも言葉に。
「テオは正面。左右は……じゃあ、右はあなたお願い」
「了解」
と指差されたのはジリアンだった。
「左はじゃああなた」僕が言われた。
「僕は中へ行く」
「じゃあ左はそっちの……二人、よね?」
「ええ」とはベレスが。
「奥はあなた」
「解った」
レケが裏口側を担当することに。
「じゃあ私とあなたが中に入るってことで」
それから、覆面の警察車両なのであろう大きな車に乗った。レベッカさんの運転で、地図で見た木工品店の近くまで向かった。
窓の外が後ろへと流れていく中、気になった。
「連中の礎術について把握していることがあったら教えてください」
「いえ、何も」
「何も?……一人は包丁、一人は人形……この二つには気を付けて」
「なぜそうだと?」
レベッカさんは運転中――だからかテオさんに言われた。
そういえば直接見たのは自分だけ。人形の方も監視カメラなんかに映っていないのか――警察が知らないということはきっとそうだ、証拠がもしあったのなら、消されている可能性がある……か……。
何だか微妙に嫌な予感がしたが、彼らは捕まえようとしている、ジオガードに依頼までした、だから言っていいような気がした。
隣でベレスやレケが頷いた。だから意を決した。
「実は二人を助けてみたんです」
「助けてみた……?」テオさんの不思議そうな声。
「過去に行く礎術道具で――」
「過去ッ?」
「死体を偽装して……本物のように死体があるから事件はちゃんと起こったことになるし僕も助けに行きたいと思えて――だから行けて偽装して助けたんです」
「待て待て待て。じゃあ、え? 二人は生きてるのかッ?」
「ええ。それで、助けるために現場を見たんです。一人は包丁使い、一人は人形使いでした」
「なるほど……。それが本当なら重要な情報だ、気を付けるべきだな、それらには」
「ええ。包丁使いはゲートを使うので真っ先に無力化しないと」
そこで、運転しながらのレベッカさんが。
「そうね――包丁だと知れたのは大きい。こちらの調査では顔や背丈、DNA、指紋からルシス・アスマイルの事件現場にいた男が誰かは特定できた。だから追跡してあの場所が判明。だけど、礎術については解らなかったから助かるよ、その情報は」
すると、テオさんが助手席から解説を加えた。
「こういう犯罪を犯す人の中にも傾向があって……『自分を知る』ための小学生時代の行事、役所見学での礎術診断椅子による検査日に休んでいた人なんかが多いんです」
「参照できる礎術師リストに載らないからですね」
ジリアンがそう言うと、テオさんが。
「そうです。だからどれくらい抵抗されるかも……手強さも不明。その木工品店の連中、全員がそうでした。偶然とは思えず何かあるだろうと思い調べたら――全員が夜な夜な町を走り回っていた、何かを探って――。何か指令を受けているとしか思えない感じで……」
危ない連中だ。
そんな彼らに逃げられる可能性は十分ある。一瞬が鍵になる。
……そして車は着き、それぞれ位置に着いた。
実際は二人が生きているから殺人罪は成立しなくなるだろうが、未遂罪なら成り立つ。それに犯人たちがどんな気持ちを込めていたか、そこが肝心ではある。そうでなければ罪の意識とはどういうものかというのが揺らぐ。
受け入れさせるために、真実のために。
正面からまずはレベッカさんと二人で入った。
「ああお客さ――」
がっしりとした男がカウンターのそばにて、言葉を止めた瞬間、しかめっ面になった。
そして男の手の付近に蛇腹のコートハンガーが縮んだ状態で浮き、伸びながらこちらに――
――シャタリング・グレー!
灰色のビーズを巨大化させて通させると、コートハンガーは粉々になって消えた。消えまでしたということは――
――礎物! かなりの強さ!
「抵抗するな。警察とジオガードだ」
レベッカさんがそう言うと男が手を上げた。
拘束パーカーを着せ腕をそのベルトで縛ると、男が言った。
「取り返しのつかないことになるぞ。捕まえる相手を間違えてる」
「間違えてる? 本当に?」
「確かに悪いとは思うが。私たちはまだ存在すべきだ、最悪な状況を避けるために」
「な――何の話を……?」
レベッカさんが首をひねったその時だ。
奥の扉から一人の男が商品スペースとレジの部屋に来た。黒目黒髪、下まぶたに隈の男。
「人形の男!」
僕の声にレベッカさんが即時反応、同時に逃げ始めた男を追い掛けた。
「あたしが追う!」
――僕が行ってもよかったのに。離れて大丈夫かな……
思う所はあるが、コートハンガーを放ってきた男を拘束状態で外に、テオさんのそばに置くと、また中へ戻った。ゲートで歩く距離の短縮もした。
そして人形の男が開けた扉を越えると、右手に作業場が。そこに男がいて、男の方から小さな弾丸の嵐のようなものが目の前まで――
目の前に礎物として黒のビーズを浮かせ瞬時に巨大化。
――ゲーティング!
そこを通ったものは、後ろにできたゲートから出て、更に後ろの壁中に小さな窪みを作った。
そのゲートを消した瞬間に更に強く念じた。
「黒の力を貸して」
『うむ』というイブキの声の直後――
「闇布!」
黒い細布を向かわせた。ほぼ一瞬で、男が雁字搦めになる。
そして白いビーズを無から生み出し礎物として向かわせその男の顔を覆うと。
――ゼロビジビリティ!
これで無力化できた。
拘束をそのままにしつつ、ビーズで挟んで漂わせた拘束パーカーを着せていく。
その途中で横から、コツ、と小さな足音が聞こえた。
見ると、そちらの部屋に行ける通路があって、そこに女性が。
その女性の手からこちらへ、髪を留めるタイプの太いゴムが放り投げられていて――
そして扉が閉められた。
一連の流れを見てゾッとした。
黒いビーズをゲート化させて向かわせた。髪留めに上から被せようとする。直後、
ドオンッ!
と、激しい音が。
ヘアゴムに近い所の床はひび割れて木屑を撒き散らした。衝撃は前の方のまったく別の所へも。そこがゲートの先。
舞ったそれらが数秒で少しだけ治まるのを待ってから、壊れたドアに近付いた。押すだけで開いた。
入った部屋に、さっきの女性がいなかった。背後を気にしたが、扉の裏に隠れているようにも見えない。
すぐにまた前を向いた。
窓が開いている。そこから外へ出たのか。だとしてもそちらには――
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人形を操るという男を追って一つの扉を越えると、右手に作業場が見え、前に扉が見えた。扉は二つ。そのうち左の扉を開け、入った。
そこに男はいた。一つの人形を持っている。
そう気付いた瞬間、私は動けなくなった。
「くっ……!」
勢いよく開けた扉はその勢いのせいかそのまま閉まった。このまま気付かれずに抵抗もできなければ私は――
「捕まる訳には行かないんだよ……」
だるそうに言いながら男が窓の外を見た。
こちらの包囲に気付いたはず。
すぐあとで、男は床板を剥がした。そこに木製の階段が。
――そこから……ッ?
逃げるためなのであろうその階段を、男は警戒を解かずにこちらを見ながら下りていく。
その足場の板を割って押し上げながら、土壁が、大きく盛り上がった。私の能力――地面から土壁を盛り上げる力。この土壁と階段の天井の先とで、男の手を思いっ切り挟んだ。
――使えてよかった、抵抗できなきゃどうだったか。
「逃げるな!」
「い……っ、あぐががっ……!」
男の悲鳴。男の集中が途切れたのか、体が動くようになった。
――よし!
こちらが駆け出したのを見ると、男は焦ったのか、またこちらをじっと見た。
また動けなくなった。再度人形に礎力を込めたんだろう。
ただ、もう私は手を前に突き出していた。そして口だけは動く、さっきも『逃げるな!』と言えたから……
「動けば放つ」
右手には狙撃手袋を最初からはめていた。
男は無言でこちらをじっと見続け、何やら悩んだような目をしてから、苦しそうに言った。
「――解った。とりあえずこれ」と男が土壁を指差した。
「動いたから撃つ!」
「ちょっと待っ――嘘でしょぉ!」
白い礎力の大砲弾が男に当たり、炸裂した。
その瞬間には動けるようになっていた――ということに、腕を振ろうとし続けていたことで気付けた。
男の手元へと駆け寄った。人形を奪い取ると、まずそれの左腕をつねっても何ともないのを確認してから、
「ふんぬ!」
と人形を引き裂いた。布と糸でできたもので、中から綿が出てきたが――別に自分の腰から血でも噴き出るようなことはなかった。というワケで。
「もう一度言うけど動くな。……ん? 動かないな」
土壁に手を挟まれたままぶら下がったような姿勢で、男は目を閉じていた。
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窓から女が出てくるのが見えた。
どんな力があるか不明だが、どうであれ縛ればいい。そう思い、絞り袋を放った。
手、腕、脚……それらの自由を縛ると、女は何かをこちらに浮遊移動させてきた。
「髪ゴム? 何であれ抵抗しようとするなら、こうだ」
絞り袋を礎物化させ、そして。
――アドソーベイトクリーム!
いつもの特殊なクリームを放った。
女の顔に、鼻や口以外に、張り付く時に軽い音が。これで視界は遮られた。
これで連中の援護が来ても、俺の礎力込めが止まらない限り、このクリームは剥がせない、というか込めなかったら消える、込めている間はずっと目を覆い続ける。
「なんて事すんのよ」
「視界を塞ぐ……常套手段だろ?」
「この絵面の話をしてんのよ」
「何か問題が?」
「……」
女はそれ以上何も言わなかった。
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店の前に四人を集め拘束パーカーを着せた状態で、テオさんとベレス、ケナ、レケは店の中を捜索した。
僕とレベッカさん、ジリアンの三人は、四人に幾つか質問をした。
その受け答えと身分証明できるものや情報とで四人のことが判明。
木ネジ使いはトジィ・トキーツカ、男性。
爆発したヘアゴムの使い手はミカ・ムンボンゴ、女性。
この木工品店オーナーの男が蛇腹式コートハンガーの使い手で、ツミス・ルヤヂノビチ。
人形使いの男の名は、ヨイギン・ノロニウ、この男がルシスさんを――
「なぜ二人を殺した」
「二人?」
ガタイの大きなオーナーのツミスさんが眉間にしわを寄せた。
違和感――があまりにも増大した時、ゾッとした。あまりにも恐ろしい勘違いをしていたかもしれない。
「ヨイギンさん、あなたが殺したのはルシスさんだけ……」
「ああ」
「この組織で包丁を操る礎術師はッ?」
「いない」
「なぜルシスさんを殺した」
「ラウツさんを殺されたからだ、そして空いた所に、礎術道具を悪用したい者が就こうとしたからだ」
僕の三つの問いに、ヨイギンさんはあまりにも淡々と。だからこそ怖さが増した。
「ラウツさんが危ない!」
「え?」
――いや自分が怪しまれたくないなら殺らない……? いや! 可能性の域を出ない!
偽装死体のおかげで助けられたことを知らないから、この四人は不思議そうな顔だ。
ジリアンとレベッカさんは迷いのない顔でこちらの行動を待っている。
「ラウツさんはどこ!」レベッカさんが言った。
「一応この近く! みんな一緒に来て!」
と、僕はゲートを作った。巨大な黒いビーズの丸い窓のような――その向こうにこの場の七人で向かう。
元製鉄所。
ラウツさんを探した。割とすぐそこに見付けた。僕の置いておいた瞬完成天火から冷凍ハンバーグ弁当を今ちょうど取り出したところ。
――ルシスは……っ?
もっと探した。彼もすぐに見付けた。隣の部屋に。
「一緒にいてください、こっちに」
「あ、ああ……」
彼とラウツさんを目の届く所に、その上で全員で――計九人で同じ部屋にいる。
ふう――と一息。
一瞬目を逸らしたその時だ、ほかの人も目を逸らしていたかもしれなくて……そんな折、何かが急に動くのが視界の端に見えた。
「何を!」
と止めようとした時には、ルシスがラウツさんに手を伸ばしていた。そしてそこへ、窓から誰かが入ってきた。
ラウツさんだった。
左にラウツさんがいて、窓からもラウツさん。
一瞬、混乱した。時空ジャンパーはもうない。作った? どうやって? 同じものを……なのか? ただなぜこのタイミングなのか。しかも未来から来たのではなく単に姿を同じにしただけの可能性もある、既にそんな非公式礎術道具には出会っている。一瞬で脳は大渋滞。
――なんで……!
その場の全員が、驚き過ぎたのか反応できずにいた。
ルシスの手の前に突然、丸椅子が出現した。それを、直角スケールがブーメランのように刺さって壊した。そしてその直角スケールが消え、ほぼ同時に別の直角スケールがルシスを押し倒した。
消えた方は礎物化させられたものだろう、無から生まれているから消えて――
……この元製鉄所で、ラウツさんが辺りを整理する時に、直角スケールを操作しているのを見たことがあった。コンビニで調達するよう僕が頼まれて買ったもので――やっぱり未来から来た本人……
――ラウツさん、ここまで礎術を使えるように……? いつ頃のラウツさんなんだ?
倒れたルシスの顔を白いビーズで覆い、とりあえず発動。
「ゼロビジビリティ」
ついでにルシスの礎術を拘束パーカーで封じた。今までの誰より抵抗するからビーズで着せるのに多少難儀した。
腕も縛り切ったあとで、この時間のラウツさん本人も当然の声を上げた。
「どうなってる……!」
「情報が必要だろうからと持ってきた」未来の本人が言う。「あなた方は多分この情報で彼らを逮捕したんだ」
「多分? 彼ら……?」
「それにルシスが、こうして未来の僕に押さえ付けられるのを見たからな。どうやって過去に行くのかと思ってた。やれてよかったよ、自分が殺されそうだったし、逃がすところだったからな」
情報に関してはかなり信用度が高いようだ。
それにしても。
本人は本人で目を白黒とさせている。
――恐らく、このことでなぜ過去に来れたのかと思い……いつかラウツさん自身が作る……のか? あの時空ジャンパーを装着しているようには見えないけど……うーん……
とにかくその情報を受け取る。茶封筒に入っていた。
「じゃあ僕は戻る。過去の僕を丁重に、よろしく頼むよ」
「え、ええ、もちろん……」
ジリアンがそう言うと、未来から来たらしいラウツさんは同じ窓から今度は外に出た。そして、
「では」
と、直角スケールに乗ってどこかへと飛んでいった。
茶封筒の中はある雑誌の写真だった。
ルシス含む何人かの前に一人の男とSPのようなスーツの男二人がいる。とある車の前に、一番前の男が誘われている写真だ。
「うーん。これだけでは……」僕はつい言った。「教えてくれたらいいんですけどね、ルシスさん?」
ルシスは、今は何も見えていないから言葉で教えてくれればいい、そうしたら何か融通を利かせることもできたかもしれないが――どうやらダンマリ。
「やれやれ。映ってる道から何か判りますか?」
と僕が問うと、レベッカさんが。
「調べてはみるけど。というか彼――どこかで」
車に乗ろうとしている誰かが重要かもしれない。それは任せるとしても……と思っていると、ミカ・ムンボンゴさんから質問が来た。
「私たちの情報も参考になるんじゃない?」
「どういうこと?」
男について思い出そうとしていたレベッカさんが聞いた。
それに応じたのはツミスさん。
「俺たちが調べていたのはルシスと関わっている連中だ、中には警察もいる。そいつらは月に三度くらいの頻度で集まっていた……集合場所はその時によってまちまち。全員が集まるかどうかもまちまち。それでこっちも絞れないでいた。もしかしたらその写真の情報が最後の鍵になる」
「なるほどね……。あ! 思い出した! シミーパシバー区の区長!」
「シミーパシバー区長っ? そうか、区境を跨いでいたから目立たずに――! だとすると、ちょっと家に戻してくれないか」
木工品店かつオーナーの家へ――ということでツミスさんの家の前へと黒いビーズのゲートで戻った。中に入って拘束パーカーを脱がすと、ツミスさんがとある棚を漁った。それを見つつ。
「これは彼らが次に集まる予定だ、盗み聞いた結果だが――第二土曜、第四土曜、次の月の初日――そのどこかで関係者全員が集まればいいんだが……できれば幹部だけでも全員……」
警察のレベッカさんは手帳をズボンの後ろのポケットから取り出してメモしていった。
その横で、ジリアンが何やらケータイを弄った。そして面白いことが解ったらしい。
「えっと――アプリ『コメッセアー』で調べたら目撃情報があったよ、シミーパシバー区長、アコルケス・ミターガの情報がね。外見や上っ面の言葉だけを見れば人気もあるみたいで――私は好みじゃないけど――ファンが写真を投稿してる。車のメンテナンスに来た所が多い。ミターガは車好き。よく車とファンとで映ってる」
「いつ? 月のだいたいどのくらいで……というのは判らない? 日付けとか」
と僕が聞くと。
「んー……これ、ほぼ……いや、そうね、車と映ってるのは全部……え、全部? 本当に全部だ」
ジリアンは、この店の壁に掛けられたカレンダーと照らし合わせながら自分のケータイの画面を見た。そして。
「車とファン両方と映ってるのは全部第二土曜よ、これ絶対偶然じゃない」
「なるほど」僕は状況を想像した。「ファンとのやり取り……有名なら避けられなくなりそう……対応後ファンが帰ったあとなんかに……こっちの写真の店の前の車に、乗り込もうと……いや、店に入って用が済んでから出たのか……」
「その日だな、次のその日に絞ればそのシミーパシバー区長も巻き込んで逮捕できる」
ツミスさんがそう言うと、レベッカさんも。
「それにその日なら全員を捕まえられるかもしれない――!」
そんな第二土曜はもうすぐだった。
奥の部屋から戻ってきたテオさんとベレス、ケナ、レケの四人と情報を共有。それからすぐ、よりよく作戦を練るために四人からまた話を聞いた。
それによると、ミターガが車のメンテナンスに来るという整備工はグルだという話だった。つまり、どこかで法に触れる計画をするためにカモフラージュとして個人の整備工場を置いている、ということらしい。そして本来の目的の店は表向きは一見さんお断りのバーで、警備は関係者以外に誰も通さない、だから誰にも知られていない、あえて調査する者がいなければ誰も知ることがなかったということだった。
この店の四人は、そんな彼らを捕まえ悪としてでも悪を罰するために、拘束パーカーをも手に入れたらしい。それが以前の依頼に関わっているブツとのこと。
「そもそも……あー……聞いていいか?」レケが言った。「なんでそこまでする? なぜこうするに至ったんだ? あんたたちは」
四人が四人とも顔をキュッとさせた。
まずはミカさんが答えた。
「警察がブラッドキャンディを大量に押収する事件が結構前にあって――そのあとで姉の礎術が暴走したの。疑われたけど、違う……お姉ちゃんはそんなことしない。だから警察が押収物を売ったんじゃないかって。でもそれを、証明はできなかった。世間から『所詮そういう女』みたいに言われて、姉は……ふさぎ込んじゃったの。『常用してない』『誰かに食事に混ぜられた』言っても信じてもらえなくて……引きこもっちゃって……だから、私は証明するの。そういう警察はいるんだ、って」
その語りが引き金になったのか、木ネジ使いのトジィさんも話した。
「警察のずさんな捜査で兄が容疑者扱いされてね、一時期いじめに遭った。……兄は苦にして死んだ」
――そんな。
「ボクがヘラヘラしているように見えるか? こうでもしてなきゃやってられないんだよ」
すると、ツミスさんも語り出した。
「うちの子も警察が大量に『飴』を押収した事件のあとで礎術が暴走。警察に捕まって、解放されて、数日後、うちの子が顔を隠した者たちに拷問まがいのことをされた。解放されはしたが、息子はトラウマを抱えて怯えて暮らすようになった。私は……警察が怪しいと噂があったから、警察に行ってみたんだ。その夜、私の妻が行方不明になった。探した。礎術にも頼ったよ。だが……死体で発見された。それからは変装して暮らしてる。息子は、私の父の家に、閉じこもっているよ……前に、少しずつでも進めればいいんだがな……」
惨い話だ。そんな警察の奴らがルシスと会って何かを話せば……まあ怪しいと見るだろう、が……どうにもその繋がりがよく解らない……。
そんな時ヨイギンさんも語り始めた。
「俺の彼女も、ジョギング中に何かを目撃したかもしれなくてね。……実は、ツミスさんが前にいた家の近くだった。道端で、胸を貫かれて死んだ」
「そんな。直接的な殺し……?」
僕がそう言うと、ヨイギンさんの言葉がまた。
「服まで……乱れた状態で……! 死因は、狙撃手袋によるものという見解だった……!」
あまりにも怒りが込められた言葉。
重い理由がある。だから彼らは人を殺してまで止めようとするんだな……とは思えたものの、やはり繋がりがよく解らない。そのことを僕が問うと、続けてヨイギンさんが言った。
「調査中、ルシスと奴らの接触を見た! ラウツさんが死んで、次期開発所長だという男の顔を見て思ったよ、『ルシス・アスマイル、なんでこいつなんだ!』ってな! そんな重要なポストにあんなヤツが就くと知って……ふざけるなと思ったよ、彼女やラウツさんは死んだのにそういうヤツらは生きてる! しかも町をいいように貪ろうとしてる!……許せないさ、そりゃあ。彼女のような人を増やさないために! だから殺したんだ、この力で! なのに!」
叫び、言葉を止めると、ヨイギンさんは僕を睨んだ。僕が蘇生したから。
「捕まえて身動きできなくさせる方法をあなたは取らなかった、殺人未遂罪で済みそうな時点で感謝してください、僕らジオガードと警察は、誰かだけ特別扱いすることはできません」
「……解ってる、俺だって。これがどういうことかは」
ヨイギンさんはそう言うと、俯き気味に、目を逸らしてからまた。
「それでも。……あんたらには解るのか? 俺たちの……俺の、気持ちが。この気持ちが!」
そんなヨイギンさんの拘束を解いた。
一緒に連れて来ていたルシスがそばで――恐らく彼らの気持ちや理念をだろう――鼻で笑った。
そんなルシスを睨み返してからこの店のほかの三人に目を向け、それからヨイギンさんに向けて、僕は答えた。
「僕だって、死んでしまえばいい――殺してやりたい――なんて思うことはありますよ。妹や恋人、親、大事な人、そんな人のそのまた大事な人、そういう人たちを……強姦したり殺したりした奴がいたらそう思う、絶対思う。綺麗事並べて『思わない』なんて人がいたらそれが本心か聞きたいくらいだ。こういう気持ちは簡単には消えない。解るよ。何かを殴りたいくらいに解る」
言い切った瞬間、拳を強く握った。
「本当かよ」
ヨイギンさんが聞き返した。
「本当ですよ。だからあなた方の行動は納得できます。今は協力しましょう、まあ……あとで処遇は待ってますけど……この大人数でその組織を止める。止めたいんでしょう? その手で。なら止めに行きましょう。そのためにはまず――ちょっとだけ作戦会議をしましょう。ね」
僕がそう言ってから少しだけ笑い掛けると……ヨイギンさんは、大粒の滝を目の下に作った。




