道具に宿る魂、扱う者の魂。 その2
家の前。とあるマンションだった。三つの棟が『品』の字のように並んでいる。上階に行くには手前左の棟にあるエレベーターか階段を使う。そこから八階まで上がって真ん中の廊下を奥へ進んだ所にある部屋がルシスさんの部屋。
――誰にも見付からない位置は…………奥まった所は周りが壁。周りに高い家がなく、ちょうどいい位置がない。どうすれば。遅れれば救えなくなる……!
『猶予は三時間だぞ』
――解ってる。
殺人が行われたら、それから三時間しか猶予がない。この際犯人が見えなくてもしょうがないが、犯行がいつなのかが判らないと、蘇生もできずに終わる可能性がかなり出てきてしまった。
――くそ! どこから見ればいい! どこから……! このままじゃ気付けない……!
走っていた。マンション前をジョギングしているフリをするのにも限界がある、それに、犯人に警戒されたら意味がない。入る人の雰囲気からだけでは犯人と断定するのも難しい上に、下からでは家に帰る途中の廊下しか見えない。部屋前はもってのほか。
――もうこうなったら……! 覚えろ新しい礎術……専心礎術! 血筋じゃない方はまだなんだ、僕のはそこが空いてる、そうだろ! 覚えろ僕、覚えろ……! 見付からず観察できて! 誰にも見られずに人をすり替えられるくらいの力……! 何か……何かで……!
ビーズの力でやれないだろうかとも考えた。ただ『側面はそれでよくてもその場合上から見える』という印象が、できるイメージの邪魔をした。しかも廊下に首振りの監視カメラがある。
蘇生の瞬間や偽の死体を動かす所を見られてはいけない、しかも監視カメラに映るはずのタイミングで何も映っていなかったらまずい、もしかしたらあの過去を失うことすらありうる。
――くそっ! 何か! ほかの何かで! できなきゃ救えない! 何か……何か!
近くに、小学校か中学校か……そんな所の専用っぽいゴミ捨て場があった。そこに念のためかビニール袋とガムテープでしっかりと密閉されたゴミが。
開けて見ると中に一つのビーカーがあるのが解った。
――これ……
それだけを取り出したあと、閉じながらふと思い付いた。
――もしアレをあの監視カメラに使えれば……いや、駄目か……送信する信号まで一時停止……。いや、ほかの方法でも似たようなもんだ、それに壊してしまったら以降ずっと気にされてしまう。どうせ何か気付かれるとしてもその中で成功の可能性が高い方がいいし、気付かれない可能性がある方がいいに決まってる。でもってコレを利用して今望む力を使えれば……!
一旦戻った。
今ラウツさんがいるのは、手放されて廃屋化した感じの元製鉄所。食事はコンビニ飯。トイレは近くの公園かコンビニを。『瞬間シリーズ』で洗濯と乾燥は大丈夫。
『今や廃墟』というキーワードで調べてこの場所を知った。
ここでの風呂をどうしようかと考えた時、最初に思い浮かんだのは、本部でレンタルできる風呂ボックスだった。ただここは本部じゃない。
近くに礎術道具店があればそこで買えるかもしれないが、絶対ではない。
結局ドラム缶にした。泥汚れ取り敷革でドラム缶からまず泥汚れを取った、衣服に使うことを想定していたが、使えないことはない。瞬間掃除機でそれ以外の軽い汚れを除去。更に、水や湯で軽く洗い、水と湯を水多めで入れた。ビーズの能力『ウォーター・ブルー』と『ホットウォーター・スカイブルー』が大活躍。
この際石鹸や洗髪料はナシ――水を出せる僕が常に近くにいるワケじゃないし。やることがある。当然汚れを取り切れず、温めることによる効果しかないが、ドラム缶を出た者に『クリーン・グリーン』を使えばいい。そのついでに『ホットエア・オレンジ』で体や髪を乾かす、余計な水分だけを除く。
そんなドラム缶をある部屋の角に置き、入浴中に背後が死角にならないようにした。もう救えているとは思うが念のためだった。
……この元製鉄所の一室にて、礎力をビーカーに込め続けた。発現するまで。
テブデの研究所から取り戻したポーチの中にビーズの入った小瓶がある、「そういえばこれもあった」と気付き、小瓶でもやろうと思った時があったが、どうせなら大きい物でできる方がいい。ビーカーを見付けることができたのはかなりいい。
凍らせコップも頭に浮かんだ。ただ……グラス全種を対象にできる可能性もあるが、もし完璧に同一でなければならなくなった場合……無から念じて出した礎物でなければ複数操作が無理になる。そんな手間を今は掛けられない。礎物以外でとなると……自作したものだから同じものを他人が作っていることに賭けるしかなくてそんな可能性などゼロだから予備を大量に持てない、もしもの場合に応用が利かない。
ビーカーは買えばいい。それにガラスからの生成もできそう。ここは無難に行きたい。
だからそのままビーカーに込め続けた。
しばらくは何も起こらなかった。つい、焦ってしまう……
――助けるために必要で……できなきゃ自分を責めてしまいそうなんだよ! 覚えやがれ自分! 来いよ……来いッ!
最短距離、高密度、ばらけないように。まるで蜃気楼の棒で繋がったような――そういう礎力込めの最中……ビーカーがやっと浮いた。
「……!」
こうなったらこっちのもんだ。
左右にも動かせる。念動は覚えた。
ビーカーの中にそこら辺に転がっていたナットを入れて、更に礎力を込める。
――消えろ消えろ消えろ消えろ……!
込め続けると、ナットが見えなくなった。ビーカー自体も一緒に消えた。
「どこに行ったんだ?」
ラウツさんがそう言った。
どこかに行ってはいない。そのはずだ、イメージ通りなら。
礎力込めをやめると、目の前に、少しも動いていないビーカーと中のナットが復活した。
――これを大きな状態で……!
散々練習してからラウツさんの死がニュースになった――というのを、図書館で確認。拘束パーカーの横流し犯逮捕よりも前の日だった。そういえばと、会ってみたいと思った時に見ていたサイトの記述を思い出した。僕が見た情報で故人になっていなかったのは、まだ変更する余裕なんかがその礎術道具開発所になかったんだろう。
そして、ルシスさんの死ぬ日がやってきた。
確か、帰ってきてから家の前で――
『来たな』
自分にだけ聞こえるイブキの声。
準備はできた。頷いてから辺りを確認。誰にも見られていない瞬間を見計らい、自分を巨大ビーカーで覆った。そして透明にする。ビーカー自体も、中の自分も誰にも見えなくなる。
その状態で少しだけジャンプ。あらかじめガラスを使ってもう一つ生成していたビーカーを拡大させ、足場にできるほど硬化させ、乗った自分ごと浮遊移動。両方を動かし、八階真ん中の廊下へと直接……誰にも見られずに移動した。
奥へと更に移動し問題の部屋のすぐ前へ。そして外側のビーカーを拡大してゆとりのある空間を作ってから足元のビーカーの高さを変え、そこから出て、地面に足を着いた。
足元にあったビーカーの方をMサイズ容量拡大バッグの中へ。
今はビーカーひとつに覆われていて、中身とビーカー自体を見えなくしている状態。
ルシスさんが死ぬのは、今自分がこうしている位置から少し前。
これから最後までこの状態を維持する。
数分後、ルシスさんが廊下を曲がってきた。あとは直進するだけ。その間に、彼の後方に更に別の誰かが現れた。
黒目黒髪、うっすらと桃色な肌、眠り足りなそうな濃い隈を携えた、すらりとした男。帽子のツバを前にして被っている。
彼が見えてすぐ、ルシスさんの表情がこわばった。その顔だけが恐怖や焦りなんかを宿していて、なのに動かない。
――後ろも見ていないのに。ということは。
きっと後ろの男が既に礎術を使用している。その手には人形がある。きっとあれで……
その首が、今、捻られた。
すると、ルシスさんは、首を一瞬でぐるりと男の方へ向かせ、奇妙な音を立てて……倒れた。
男は怒りの表情をルシスさんに向けたあと、急ぐことなく――首が逆を向いたままの人形をバッグに入れ、バイトでも終えただけみたいに足の向きを変えた。そして帽子のツバで顔を隠しつつ去った。
ここからが肝心だ。
監視カメラの首振り一回の間に全てを終えることはできない、死体が消えたように見えてしまう可能性がある、そうなるくらいなら、一時停止で首振りを止める。恐らく信号も止まる。だから映像も止まるが、殺しの瞬間は映ったかもしれないし不審者は確実に映っている、この異変くらいどうということはないはず。
――救うために。まずはあれを。
一時停止指輪をあらかじめ指にはめていた。その飾り石から白の光線と黒い靄を螺旋状に放つ。それが当たった監視カメラは、首振りを横向きの状態でやめた。
この間に。
まずは自分を覆うビーカーを拡大し、ルシスさんの死体と自分の両方を覆うようにした。更に、広くもする。
Mサイズ容量拡大バッグから死体複製撮影機を取り出し、撮ってから首を回した。
「白の力を」
『うむ』
と、イブキから力を借りると、治癒、蘇生。
「なんだ、急に倒れて……動けないかと思ったら急に視界――」
「しっ、静かに。未来からあなたを救いに来ました。死んだことにしないとまずいかもしれないので、ある対処をします、ちょっと退いてください」
「未来から……っ」
小声で話してくれはするが、退いてはくれなかった。
「あの。ちょっとこちらへ退いていただいて」
「何だ、何をするんだ、なんでこうなってる」
「だから一旦こっちに」
「なぜ」
「今時間はない! 早く退いて!」
「ひいっ」
強い言い方になってしまったが仕方ない。もう数秒もない可能性が……。
見やると、監視カメラが動き始めたところだった。
――くっ……!
写真を、死んだルシスさんがいた場所に置いた。そして礎力を込めながら死体複製撮影機を付属の袋ごと勢いよくMサイズ容量拡大バッグへと押し込んだ。
その場には、ルシスさんの偽造死体がムゥォキボヒュチ――と奇怪な音を出しながらできあがった。
「それは!」
「何も話さないで!」
「はいっ」
ビーカーの巨大化やそれと内部の透明化の維持をしながら、数種類の礎術道具の発動、運び込み、やることは多い。
時間がないことで圧を掛けた。ごめんなさい……と思いながら、死体の位置をすぐに調節し、ビーカーの囲う領域を変えた――死体だけがビーカーの外になるように。
そこで監視カメラがこちらを映した。多分間に合っている。最悪の可能性はこれでできるだけ小さくできた……そのはず、自分が過ごした未来とはこれで繋がるはず。
もう一つのビーカーをMサイズ容量拡大バッグから取り出し、リフトのように乗れるようにすると。
「ルシスさん乗って」
「お、お、あ、や、う」
戸惑うルシスさんが乗ってから、透明化したビーカーでできた箱ごと空中を移動した。近くの森に下りる。そこからは――
――ゲーティング・ブラック。
黒いビーズのゲートで、ラウツさんのいる元製鉄所の廃墟へと移動した。
そこら辺に座るように言ってから、自分も座り、ラウツさんに説明したことと全く同じことをルシスさんにも説明した。すると。
「なるほどそれで……」
こちらができることはこれで終わった。
「とりあえずここに隠れていてください。僕のジオガードの任務であらかた犯人を捕まえることができるはずです、事件を解決してから本当は生きていたと明かしましょう、偽装死体についても説明した通り語って構いません。その頃に残党がいれば誰かに警護してもらうように」
「わ、解った」
ルシスさんがそう言って肯いたのを見てから、日付を確認した。一日後。ほんの一日でここへ『僕』が来る。
一日をやり過ごした。
いつものように礎術の特訓をした。ビーズのだけではなく、新しく覚えたビーカーの礎術の特訓も。
中に液体を生むことができた。
脳裏にリミィさんが浮かんだ。……似たようなことが僕にも。もしかしたら。
そう思ってから寝て朝を迎えた。
「では僕は」
解決のために、パシバーズセントラル空港へ向かった。
屋上の金網より少し上にゲートを繋いで下り立った。
ビーズの足場に乗って普段するように建物の前に下りると、入らずにベンチに座って外を眺めた。
数時間後、『僕』が出てきて空へ飛び立つのが見えた。
入れ替わりに入ってみんなに会うと――まずレケが。
「ん? 忘れ物か? 大丈夫な……」
「違う」
ジリアンがそう言った。
そしてケナも、僕の顔を指差して、
「何かやってきた顔してる」
と、言ってからその指を下ろした。……よく解ってる。
頷いてから、みんなに小声で伝えた。
「二人を助けてきた、でも、内緒」
「え」とはジリアンが。
「死体を偽装したんだよ。ニュースになったのは偽装の方」
「なっ……!」ベレスも、驚きを隠せていないみたい。
「いかがわしい方法じゃぁないから安心してよ。とにかく任務だ。行こう」
「……そうだな」
少し複雑そうな顔をしたレケが、こちらに、構わなくていいと顔に書いたような笑顔を向けて、それからまた言った。
「行こう。ルタの旅館だ。依頼者も待ってる」
みんなが無言でただ頷き合う……これは、互いを信じているから。そう思えてから五人で出発。
そうして向かった先の旅館は、自然に囲まれた、とても綺麗な場所にあった。
※礎球というファンタジー舞台でのことです。ご了承ください。




