074 大事な道具
できることが増えた。だからか正直、使命感が滾っている。
今後のための資金を稼ぐためにもジオガードの任務受付に来ていた。
任務リストを見て時間制限のあるものが気になった。これでいいと思い、
「このパシバーサイド区警察からの任務で」
と、その書類を受け取って向かった。
ディヴィエナ州アンクウィット市パシバーサイド区。近くだから本部から出て直接飛んでいった。
その区警察署の入口で依頼者として待機していた警察官のタッグと顔を合わせ、会議室に通された。
「どうも。フィーテ・カッケルといいます」
「トゥポル・デューウォです」
依頼内容によると、ある礎術道具の製造所員が横流しをしているとのことで、その現場を押さえ、相手共々逮捕したいとのことだった。そのための人員確保と完璧に逃がさない態勢にすること、それらのための依頼。
内容の確認が終わると。
「じゃあどうします?」
と、ベレスが聞いた時、フィーテさんが言った。
「パシバーマウントホテルという所に滝を見られる温泉施設があるんですが、その二〇八号室に横流しの所員が泊まるということが解っています。五〇三号室の誰かと会うつもりのようで。度々彼はどこかに出掛け、誰かと会っていて、その度に改竄の跡が見られています。その五〇三号室で恐らく買い手も逮捕できます、逃がさず両方を逮捕するために、そのタイミングでの配置や行動を話し合っておきたいのですが、いいですか?」
「ええ、その方向で構いません」
と、僕が言うと、フィーテさんが意外そうな顔をした。多分、キミがそう受け答えするのか、とでも思ったんだろう。
容疑者の予定のせいで時間制限のある任務になっていたのか。
その理解のあとで、トゥポルさんからも声が。
「フィーテは清掃員に扮して配備、礎術で対応できます。それを考慮して、パシバーマウントホテルで逮捕行動。もし買い手と会っているのではなかった場合は買い手に関しては我々で調査、ジオガードの任務は終わり……という形にします。いいですね?」
「ええ」ベレスが言った。「ところで、何を横流しされているんですか?」
数秒、そこに言葉はなかった。
フィーテさんが。
「黙っていても、アレですね……。拘束パーカーです」
「えっ……!」
思わず声が。そんなものが変な所に売れたら異常事態になり兼ねない。
「警察としても公表するつもりではあります、ただ、時期を見ています、混乱を招く虞がありますから」
そう言ったフィーテさんに対し、レケが。
「今すぐ――」
「駄目です」トゥポルさんがキッパリ言った。「今意外と事は起こっていないんです。売る相手が選ばれている。なぜか」
「いや、だからって」
ジリアンがそう言うとトゥポルさんが手で制した。
「この犯人の横流しは何度かあった。それでも世間はシンとしています」そして手を下げると。「それはヒントでもあります。こちらに口は出さず依頼内容だけに集中してください」
「……解りました」
そう言った僕の肩をジリアンが正気かという感じで引いた。だから。
「警察もマジだってことだよ。それに、複雑そうだし……これは、ジオガードには口を出せない」
「でも」
食い下がるジリアンの気持ちも解るから、僕はどう言うべきかを考えた。そして口にした。
「もし酷い事になれば……僕も嫌な気持ちになる。そこまでして世間に言わないなら……できることはやってくださいね」
「ええ」
「当然です」
フィーテさんたちがそう言って肯くと。
「じゃあ……」
と、トゥポルさんが深呼吸し、態度を改めた。
「この件に戻りますが。具体的にどうするか決めてください」
その頃にはジリアンも落ち着いた。
……大事なのは、横流ししている人が買い手と会う部屋の周りだ。
「見取り図はありませんか?」
と聞くと、それを見せてもらえた。
「フィーテさんは清掃員に扮して配備できる……ってことだから――」
どこが経路として使われたらまずいか。まずはそれを考えた。そして。
「前の廊下から階段側にはフィーテさんがいればいいんじゃないかな」
「そこならイケるな」
フィーテさんが言ったのを受け、また僕が。
「じゃあこの廊下の先、窓側……椅子がある、ここで誰かがくつろいでいれば……」
そこでトゥポルさんが。
「駄目だ、監視している感じが強いと警戒されて入ってもらえないかもしれない。取引の前に逃げて以降姿まで消されたら困る」
「そっか。……うーん。……あ。じゃあ、アレを使えるかも。要は『監視なんてしてない』と思われればいい」
「……?」
結局、階段付近にフィーテさん、通路の反対側にはレケがいることになった。ケナはレケのそばに。もし可能ならフィーテさんの扮する清掃員の道具入れに潜む。
エレベーターから一直線の廊下の先にある椅子からはベレスとジリアンが外を見ているフリをしてたまに監視できるように。
僕は警察の車で待機。トゥポルさんは五〇三号室の窓側の地面――の隠れられる位置から監視。
男がそのホテルに行く予定は明日らしく、念のためホテルの方には協力を願い出て、その日のうちから下見の意味も込めて間に合わせるためお世話になった。なるほどこうなっていて、ここからはこう見える……というのがよく解ったが、時間は掛けなかった。もし時間を掛ければ怪しまれる、それだけは避けた。
その翌日の夕方。
スタッフルームを借りてそこにまずは僕といたトゥポルさんが、小窓の外を見て言った。
「来た! 窓側木陰にスタンバイする」
「じゃあ僕も」
そして、休んでいるのか近くにいるホテルスタッフに告げた。
「話し掛けないでくださいね、すみません、場所借りてますけど」
「いえ」
言われてから別見アイマスクを装着した。そして礎力を込め、発動している状態を維持した。
そんな僕に見えたのは、五〇三号室前の廊下が見える窓際の椅子で同じ色の別見アイマスクをして寝ているレケのにとって普段は見えているはずの視界。
襟バッジ風マイクとイヤーカフ型受信機も、チーム『月下の水』とフィーテさんトゥポルさんの二人、計七人全員で活用している。それらは、トゥポルさんから礎術通信グループ設定用の箱に入れた状態で渡され、一番礎力に余裕がある僕が礎力を込めることで、このグループでだけやり取りができるものと、既になっている。しかも受信機の方をそれぞれで礎術受信用密閉ケースなるものに入れ、全員が、そのケースから伸びたコードの先のイヤホンを装着。レケなんかは特に癒しの時間を楽しんでいるように見えるはず。以前こうしなかったのは動きやすさを重視したからで――今回だけイヤホン経由なのは、今回は誰かに聞かれたら致命的だからだった。
フィーテさんは清掃員の格好で用具入れを引き連れ、耳にはイヤホン。階段で手擦りを拭いたり、客を音で邪魔しないよう割と静かな掃除機なんかを階段脇の床に掛けたりしていることだろう。
そんな五階のエレベーターから――すぐには現れなかった。階段からも。正直早く見えてほしい。途中、別見アイマスクに礎力を込めるのもやめていた。
三十分くらい待った時だ。
「来た。要確認」
小声の報告が入った。すぐそこの窓からカップルを装ったベレスとジリアンが外を見ている。二人からの報告。
別見アイマスクに礎力を込め、発動状態を維持し、待った。
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取り囲んで捕まえようとしているのがバレないように窓の外でも見ながら話しているのであろう二人の会話を、清掃員然と、手擦りを拭きながら聞いていた。
「ね、あれなんだと思う?」
「うーん……教会?」
「いったいどこを見てそう言ったの? 聖印もないのに」
「……二階っぽい所にあるステンドグラス……かな」
「なるほどぉ?……ああいう所は景色が綺麗だろうなあ。いい写真、撮れそう」
「うーん、それよりも……」
「……もう、何よ。それよりも?」
「もしいい写真を撮りたいなら、あなたが映ればいいだけだよ?」
「……よく解んないけど」
「どっちかというと解ってほしかったり」
「り……理解はしてるよ、でも……え、そういうのって、二人で映ったらもっとだよね?」
「……念のために言いますが、確かにそれはそう……だけど、僕にとっての最低条件は、あなたが映ることだけだよ」
「……よ、よく解らないから! もう、何なの急に」
「にやにやしたくなったので」
「で? にやにやしたの? 満足?」
「……くぅー、とはなったかな」
「……何よ、もう……」
ああ、なるほど、と思った俺もまた、一瞬、にやっとした。
それから男の方を見ずに、清掃員のフリに集中――
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レケの着けている別見アイマスクを通じてすぐに目視できた。四十代くらいの男。
部屋番号を確認すると、男はノック後に左右を確認した。
数秒後ドアが開いた。
中の者は、レケの目の向きからは見えない。その誰かはとにかく男を招き入れた。
「入った」
と僕が合図をすると、そのドアの所へ、別見アイマスクを外したレケとその隣にいたケナ、フィーテさん、ベレス、ジリアンが向かった。
今僕がいるスタッフルームの机には正確な階層の地図がある。一応二枚。そのうち一枚を持ち、地図点移筆に礎力を込めながらそのペンで置いたままの一枚に点を描き、その点にも込めた。
描いた地点は廊下。みんなの集まった地点より少しレケのいた側に瞬間的に移動した。
そんな僕を見たみんながこちらへ。僕は足元にもう一枚を置いた。五〇三号室内部の奥に点を描き、フィーテさん、レケ、ジリアン、ケナに触れられたままその点に礎力を込めると――
奥、カーテンのそばに移動した。ベレスは入口前で、もしもの場合に対応。
広い部屋ではなかった。
前を見て目に映ったのは、部屋に入った方の長い茶髪を後ろで束ねた男と、三十代くらいの紺の短髪の男。二人だけ。
「任せるよ」
僕がそう言うと、レケが絞り袋からクリームを放ち、男たちの目を覆わせ視界を遮った。そのクリームを、レケが念じている間に取れる敵などきっといない、彼らにも。
目が見えないまま男たちは逃げようとする。
そこへケナが、
「紫の力を貸せ」
と言って手を前に伸ばした。すると植木鉢の木から枝が伸び、男たちの足を縛った。
二人は顔に手をやっていた。能力によってはまだ抵抗し得る。その手を不自由にすべくか、フィーテさんがタオル掛けなんかにある丸いリングを放った。それが男たちの腕に。そして背中でカチリと繋がった。
ほぼ同時にジリアンのリップスティックが向かい、その口紅が男の胴に当たった。瞬間男たちの体が硬直して震えた。
「よし、いいね」
白いビーズを彼らに向かわせ首から上を覆わせると、視界を真っ白にさせ、ビーズを消した。これでレケは解除してもいい。代わりに手足を絞り袋で縛った。ケナも枝を植木鉢の木から切り離した。
フィーテさんはリング同士の繋がりをカチリと外し、男たちに二人三脚でもさせるかのように、足首に。
ケナがとあるバッグを開くと、その中には拘束パーカーが。それをビーズ操作でササッと着せて――
「さて」
フィーテさんがドアを開けるとベレスが入ってきた。フィーテさんがリングをその場でゲート化すると、ホテル脇、木陰に隠れて見張っていたトゥポルさんもそのタオル掛けリングから部屋へ。
それからフィーテさんが質問を始めた。
「拘束パーカーをこうして何度も売っている。なぜ」
「……重要だからだ」
茶髪がそう言った。不思議な感じがした。これは何か……こちらが推し量り間違っている、そんな感じだった。
紺、短髪の男が大きく息を吸ったのが解った。
「もっと調査していると思ったが。俺たちを捕まえるということは、真実は見えてないな」
「何?」
フィーテさんは促したつもりだったんだろう、言葉はそれだけ。
どこにいるんだと探すような目と表情をそんなに見せずに、茶髪の男が話し出した。
「警察とジオガード、だな。熱心で正義感があるならいいことだが、このくらいのことで騒ぐな。世には溢れてる。それを――」
「このくらい?」ベレスが壁を叩いた。「大きな問題ですよ」
静まり返ったあとで、みんなの目が紺の短髪の男に向いた。拘束パーカーが必要なのは、恐らくそちら。
そこでトゥポルさんの声が。
「大方、警察が対処し切れていない事に対してうまくやらせるからそのくらい恵ませろ……だろ? 今の言い分だと」
「いいね、そのくらい言い切るのは優秀な証拠だ」短髪が言う。「でもまだそんなんじゃ駄目だな」
「無駄な話はナシだ。言え」
フィーテさんがそう言うと、短髪がまばたきをし、まだ白いはずの視界の中で、「ふう、やれやれ」と一呼吸してから、話し出した。
「礎術道具関連のお偉いさんのポストが狙われてる。そこを悪徳政治家の一派が得てしまうと、権力と道具と礎術の能力そのもので幾つかの組織は上から押さえ付けられてしまう」
「じゃあ……」
と、ケナが言って、みんなの顔を確かめた。
正直、自分たちにとって大事な道具を、権力のために大事にされると聞いてしまったら、黙ってなどいられない。
「その一派の魔の手から人を救うためだと言ったら?」茶髪の男までもがそんな風で。
「……協力せざるを得んな。ただ、どうして警察に任せない」
レケがそう言うと、茶髪が。
「セントパシバー区警察だ、パシバーサイドじゃなく。そこには確実に腐敗警察官がいる。一派なのかもしれないが。だから信用できない」
そんなことが……と思うのと同時に、解ったのは、この部屋があまりにも静かだということくらいだった。
……一応はこの任務は終わりということになった。本部に戻って報告文書を提出後報酬ももらったが……やり残した感が否めない。
――くそ、これを放っておかないといけないのか。調査は警察とかの仕事でジオガードは部隊――人員的な立ち位置……
思い知らされる、積極的にはそんなに関われないということを。
少しは関りを持ってみたくもあって、念のために調べたいと思った、セントパシバー区にある礎術道具の開発施設についてを。
拘束パーカーを受け取っていた男は、礎術道具関連のポストを狙われていると言っていた……何かされてなきゃいいけど。
実際、純粋に興味もあった。自分が今は礎術道具を作れる。そういう礎術を得た。礎術なしで作るならどういう方法になるのか――どんな人が礎術道具を作っているのか。
パソコンと睨めっこだ。
ラウツ・クァルツという男性は早いうちから昇進し、何種類もの礎術道具の製作に関わったらしい。その昇進スピードや成績はかなりのものだとか。
――へぇぇ、すっごいなぁ。え、しかもサイパイプピアノを作った人っ? うっそホントに? えー、なら一度、話を聞いてみたいな、このラウツさん。え、色んな話を聞けそう。うわあ、会うの楽しみ。今度会おう、うん、会おう!
そう思ったのは写真の印象のおかげもきっとある。紹介されているページでは、ラウツさんはとても温かそうに笑っている。人見知りで疑って掛かる感じの僕が惹かれるほどの、凄く好印象な、そういう人。……会ってみたい。話してみたい。
休日を挟んだ。
その日、コハルさんの誕生日を祝った。祝いの中ではサイパイプピアノを楽しむ時間もあった。たまに僕が礎力を込めて弾いてみたりも。ひとときの安らぎを感じた。
「今度これを作った人と会おうと思ってるんだよね」
と話すと、
「あたしも会いたい!」
コハルさんならそう言うと思ってた。できれば二人で会いたかったし。嬉しい反応。
感謝もしたい。会えたら嬉しい。これからにも期待できた。
そしてその翌日。
また本部で任務リストを前にした。その画面に見えたのは――
『セントパシバー区礎術道具開発所員であり次代の所長候補だったという二名……ラウツ・クァルツとルシス・アスマイルが死亡。その犯人と思しき集団を追い、アジトを突き止めたので突入のため協力を願いたい』
言葉に詰まった。というより、全身が一瞬固まった。
――は?……ラウツ・クァルツ? なんで。え?……会いに行こうと、して……。え、この前まで……。そんな。そんな……
モニターに這わせた指に力が入らなくなった。
「こ……」声を、絞り出さないと、と思った。「この任務にします」
書類を受け取ってじっくりと目を通していった。
向かうべき場所は警察署ではないらしい。依頼者も何か勘付いているのか、書類の最後の方にはこうある。
『――会う場所はルタの旅館で』
そこへ向かうため、まずは本部を出て巨大ビーズに乗り、セントパシバー区へと向かった。
そこまで温度差もなく半袖で、駅前に降り立って、そこからルタの旅館へ行こうとして――
「ユズト?」
レケに聞かれた。
考え事をせずにいられなかった。『ラウツさんが死亡』とだけ書面で知った。この嘆きを無視できなかった。
――この世の損失以外のナニモノでもないだろ。ふざけるなよ、なんで死ななきゃならないんだ……! しかも……二人も……!
どうにかできるんじゃないか。僕になら。そう思った。
考え続けていて、またレケに言われた。
「どうしたんだ?」
「……ごめん、やらなきゃいけないことが……できた」
――死亡とだけあったんだ。死亡とだけ。……くそ、だからって何ができる? でもできることを探さないと……死んだように見せる何か……何か方法……それをすれば助けられる……? 礎術道具がある……アレも……。だからって死んでる! じゃあ……じゃあ……どうしたら。……ネックなのは、発覚からの、警察の動き、鑑識の動き、検死の動き……記者なんかも騙して死んだと思わせないといけない。死……を、どうにかしないと。どうにか。どうにか! どうすればいいんだ!
思い浮かばない。解らない。どうしたらいいのか。
「ユズト」ジリアンが言った。「もしかして、その人――ラウツさんかルシスさんに、何か――」
「受け入れないといけない……んだよな? そうだろ、ユズト。もう、その……死んでるんだ、こうなった以上……」
確かに、駄目かもしれない。でも。
「助けたい。助けたいよ」
――でも解らない、どう救えばいいのか。既に死んだ過去が作られていて……だから……。ん? 作られて……そうだ、作ればいいんだ、作ればいい……! だったら……
「みんなは一秒待つだけでいい。ごめん。行ってくる」
僕は、そう言って目の前に礎力を込め、巨大なビーズで足場を作ると、それに乗って空を飛んだ。




