072 帰還と起源
腕時計型の礎術道具、時空ジャンパーを自分ではめて使ったからか、空間ごとの移動はしなかった。
空に移動したので巨大化させたビーズを足より下に礎物化――つまり無から生み出した。それに乗ることで落下は防いだ。
路地に降り立った。さてと。辺りを見回した。
少しだけ離れた所だ。右を見ると、幾つかの家屋の向こうの上方に、研究所の非常口があるのが見える。
――チームのみんなが走ってきた側……。どこにいるんだ? 邪魔したらまさかアレが起こらなくなるなんてことないよな?
自分が作った時空ジャンパーは、フジバネクロゲネコの時に使ったものと同じ効果を発揮してくれたのかどうなのか。その点でも怖くなる。僕という意識や存在はどうなるのか。
十字路になった所から研究所の方をそっと覗き込んだ。
もう一つ十字路が向こうにあるように見えなくもない。
と、その時だ。
「ユズト?」
後ろを振り向いた。
いたのはケナとレケ。まずレケの口が動いて――
「助けにきたぞ。無事そうだな」
「レイシーはどこなの? それとも……あなたがレイシー?」
ケナとレケの雰囲気が変わった。ケナは操作対象の消しゴムを手に持っているかどうか、こちらに見えないように――解り難いようにしている。
レケはあえて絞り袋を見せるように持って構えた。
「ちょ、ちょっと待って。僕だよ、本物の」
「……なぁんだぁ」とはケナが。
「なぁんだぁって……。まあ、それはいいけど。今の僕には構わないで。僕は過去から再度戻った方の僕で……みんなが駆け付けるのはあっち」
――折角邪魔しないようにって思ったのに。これじゃあ……どうなってしまうんだ。
「なるほど」レケが僕に向けて。「じゃあどうなっていたにせよ、戻ってきたんだな」
「う、うん」
「おかえり」
レケがそう言って僕の腕をポンと叩いた。
ケナも「おかえり」と、にっこり顔だ。
「髪伸びたね」とケナが聞いた。
「あー、そうだね、そういや切ってなかった」
帰ってきたという実感が湧く。でも、最後まで油断はできない。
「あー……それでさ。今みんな、ここら辺を見張ってる感じなんでしょ?」と僕が聞くと。
「ああ、それが?」とはレケ。
「僕はこっちに逃げてくる。この辺の塀に隠れて顔をたまに出して見るだけでいいよ」
「いいのか? 聞いても」
「……うん、多分。姿を取り戻したあと……離れるように合図をしたら、あっちの僕から離れて。いい?」
するとケナが聞いてきた。
「時空ジャンパーってヤツで飛んじゃうの?」
「あれ? なんで」
「ん?……ああ、ベレスから聞いたよ、ベレスは、えっと、ダイアンさんから」
「ああ、そっか。……うん。そうなんだよ。時空ジャンパーで。だから、巻き込まれないようにしてほしいんだ」
「解った」と、ケナがしっかりと肯いた。
一番気になっていたのはケナだった。あの時……間に合っていたのかどうか。
ちゃんと同日に戻ってきている、それは成果として最高だけど……それにしても……ジリアンとベレスはどこなのか。それを聞くとケナが。
「ジリアンはすぐそこだよ、そこの家と家の間の通路。そこから見張るの」
じゃあそれはそのままでいいかと僕が思ったあとすぐ、レケの方から声が。
「ベレスは研究所よりも向こうの路地だ、そっちから窺う」
「じゃあ電話して呼んで――ジリアンのそばに。その配置で十分なはずだから。じゃあ僕はちょっと隠れるから。過去の僕がちゃんと姿を取り戻すのを援助するなり、見届けるなり……好きにしていいとは思うんだけど……そのあとは『離れて』の合図でその通り――」
「離れるんだよな、解ってる。任せろ」
「……うん……」
どうしてもあの状況を思い出してしまう。間に合ったのかどうか、ずっと考えてしまう。
「大丈夫だよ、信じて」ケナが言った。
「……うん。ただ、一番心配なのはケナだから。ちゃんと離れてよ」
「うん」
ケナとレケは、路地の十字路付近の――大通りに近い方の塀に、僕は向かいの塀に、向こうから見えないように隠れた。レケのケータイが振動したのか、レケは着信を確認したようだった。そしてジリアンの潜んでいる地点をレケは見た。
僕もちらりと見た。今の着信は、そこにベレスが来たという報せだったんだろう。
で、数分後――ウェガスさんたちが上空から僕の姿をしたレイシーの背後に。
レケとケナがそのタイミングでこちらを見た。挟めると思ったからだろう、そして話もしたんだろう、『自分たちは行く』と手や指でジェスチャーしたようにも見えた。
直後ジリアンとベレスも、少し前の家と家の間から顔を出し、レケとケナの所を見た。
それから駆け付け、ベレスが声を。
「動くなレイシー!」
少し間があった。多分ベレスは、ウェガスさんとアデルさんなら事情を知っていると思って――いや、解ってもいそうだ。しかもどうしてか――これが仲間の繋がりってやつ?――ベレスは、動物姿の僕の表情や反応を見たからこそというようなタイミングで続けた。
「数日前、ダイアン様が教えてくれたんですよ、こうなるから戻ってきたユズト様を助けろと。レイシーを逃がすなと。……この場所に戻ってくるのには少々時間が掛かってしまいましたが」
そんな時レイシーの足をベレスの結束バンドが縛った。
レイシーを拘束する巨大眼鏡拭きの丈が変わって、拘束の分担が図られた、多分そう。
そんなレイシーのふくらはぎをレケの絞り袋がぐるぐると。そして、
「さあ、レイシーの礎術を」
とレケが。そこでレイシー自身はもがいた。
「ふざけ……! やめろ! 何を!――むぐ、あああ!」
拘束の中で自分に向いた狙撃手袋をはめた手を、誰かに向けて反撃しようとしている――のか。そんな感じだった気がしないでもない。
「さあ」
ウェガスさんに降ろされた、過去の――フジバネクロゲネコの姿の僕が、若干前へ歩いた。そんな過去の僕がレイシーに触れる。
甲高い何かの音がした、その時、姿が変わった。
■■□□■■□□■■□□■■
――なんだ、大丈夫じゃん。
「ユズト!」
あたしはそう言って近付いた。そうしたら、ベレスも。
「ユズト様……」
「ありがとね、みんな。あとは家に……コハルさんに報告するだけ」
過去のユズトがそう言った。後ろで見ているはずのユズトは何をそんなに心配したんだろう。
もうレイシーも無力だ。フジバネクロゲネコの姿になって、諦めているようにも見えなくもない。そんなレイシーに、レケの声が。
「今後もう悪さをするなよ、たとえ人に戻れても」
その時、過去のユズトが、足元に視線を落とした。
――……? どうしたんだろ。
■■□□■■□□■■□□■■
過去の僕の足元には、時空ジャンパーが。次の瞬間レイシーの声がした。
「きゅきゃきゃ!」
ほかの行動でも間に合わないと思えた――そのくらいの間しかそこにはなかった――
「みんな離れてッ!」
ケナ、ベレスの順に過去の僕に近かった。ケナ以外は離れるのがそこまで難しくはなさそうだったが……
――ケナ! くそ、動けてない!
死が見えた。ケナの死が。
なんでだと思うのと同時にピンと来て、こっそり塀に隠して近付けた礎物としての特大ビーズを操り、ケナの胴に掛けて引っぱった。
……遅れたら間に合っていない。
――ケナは違ったんだ。離れたというか、あの時点での未来の僕が引っ張ったんだ……
過去の僕はしゃがんでいた。アレを上へ投げようとした、念のためにと。だけど間に合わずに――それと、あの時、怖さがあった。上に投げた方が、もしかしたら塀みたいに自分が削られる……みたいな感覚。動きの遅れた仲間がもしいたらとも思った気がする。だけど本当に一瞬。もう、その一瞬しか、あそこには無かった。結局自分も少し迷った。動きを遅らせた――気がする。
だから今の僕の前方では、一つの時空ジャンパーが、空間を削った。そのあと粉々になって跡形もなく――
そうなると、どうしても溜め息が出た。
――はぁぁ……よかった……無事だ。
そこへ僕が向かうと、レケとケナ以外は目をぱちくりとさせた。
ケナは申し訳なさそうに、辛そうにしていて、だからか――
「ごめん、もう少し余裕があるかと。足が急に……」
「何かで見たけど、そういうのはプロでもあるらしいよ。気にしすぎちゃ駄目」
「ホント?」
「うん、本当。それに、そういうのをフォローするのも仲間だ。それにさ、ケナだけじゃないしね、僕もフォローされたいことはあるし」
「……そっか」
「ん。ってことで、フォローし合おう、こんな時は。フォローしていこう。……でさ、次、似たことがあったら、その時には失敗しないように、注意すればいい。あるのは課題だけ。ケナなら克服できる。そうでしょ?……まあ思い詰めないで、みんなで頑張ろっ。ねっ」
僕が笑うと、ケナが、目を潤ませた。
時空移動に削り取られていたらケナは死んでいた。色んな感情が湧いたはずだ。
その涙。それをしっかりと腕で拭いたあとは――……いい表情だ。
「うん。頑張るっ」
ケナが、逞しく笑う。だから僕はケナの頭を撫でた。
やっと終わった。みんなも無事だし、もうあんなコトにはならない。きっとそう。
「今度こそ本当にただいま」
僕のその声を聞くと、レケの爽やかな声と表情が――
「おかえり」
それが切っ掛けになって、ベレスが駆け寄ってきた。
「ユズト様! おかえりなさい、本当に……っ!」
涙、涙ながらの声。
なんだか変な感じだ、彼らにとっては全然、日にちなんて経っていない。まあ、僕の身には色んな事が起こったからだけど。
ウェガスさんやアデルさんは、その様を見て、相変わらずだなあ、とでも思ったのかも、そんな顔だ。レイシーだけは不服そうだ。
「きゅぎゅ」
そんな鳴き声を聞いたあとで、手元を見た。時空ジャンパーが一つだけある。ここに戻る時に使ったもの。残り二回。
「ひとまず家に」
「では私たちはこれで」
ウェガスさんがそう言った。ウェガスさんとアデルはあの元ボロ屋に戻って荷物を整理すると、スピルウッド州に戻るんだろう。
さあ僕らも。
ベレスのケータイを操作してアンクウィット市のサエキ家の位置、方向を確認すると、黒いビーズのゲートで自宅前へ直接。礎力を溢れんばかりに込めた。
そこへ、レイシーを抱えたレケ、ケナ、ジリアン、ベレスが向かってから、最後に通った。
「ユズト……!」
前庭にはコハルさんがいた。生命の源を宿しているみたいな綺麗な金髪を揺らして駆けてきた。
抱き合う。帰ってきた感が一段と強くなった。嬉しい。
身を引き合うと、コハルさんが、はてと気付いた顔をした。
「どうして髪……それに、色々……」
「過去で何か月も――別の姿になってたり……戻ってもまた過去に……。レイシーにやられたんだよ。でも、帰ってきた。だから――言ったでしょ、ちゃんと戻るって」
チームのみんなはレイシーを連れて家の中に入っていたらしい。前庭には僕ら二人だけ。
戻れて当然とは思っていなかった。けど、戻るという気概は持っているつもりだった。そしてそれを為せて、
「ほら戻った」
と笑う。そんな風にすることで、コハルさんが普段の笑顔を湛えられればいい、そう思っている、いつもそう思っている。
「ふふ、変なの。なんか……前までと違うし」
「変?」
「……うん、変」
「ふふ、じゃあ今度、髪、切りに行くよ」
僕がそう言ったからか、青空の下、日が照らす中で、僕らは、髪を触り合った。




