070 減っていく選択肢
指定の住所へは、スピルウッド州からイーヴィストン州を通って南下していくことになる。
ずっとずっと南へ。
ビーズを大きくして乗って――いつものこの能力で行くこともあれば、たまにトラックに乗せてもらったりもした。休むために。
そうやって行くからか、ガソリンスタンドのお世話になることが多かった。
しっかり休んだらまた能力で。それで疲れた時にはまた乗せてもらえれば――
そうしてずっと南へ。
たまに涼むためにガソリンスタンドや港、宿で休むこともあった。
そして今、ガソリンスタンドでまた、運転手とさよならをしたあと小休憩をしていたら、妙な争いの声を耳にした。
ある声は野太いが、ある声は甲高かった。
「助けてあげるって言ってんだろ!」
「助けて! さらわれる!」
噛み合っているようで噛み合っていない。
悲惨な結果になりそうな女の子の悲鳴……放っておけるワケがない。
「おい! 手を放せ! 怖がらせてるのが解らないのか!」
と僕が言うと。
「あんだとてめえ!」
「ちっ……おいやめろ、逃げるぞ」
男は二人組。相棒なのかボスなのか、もう一人が、こちらに叫んだ男に命令した。
男たちは、嫌がる相手を無理やり自分たちの大型車に連れ込もうとしているようだった。
「あれ? 現行犯なら逮捕できますよね? 一般人でも」
一応、この年代での礎球の法律を確かめる意味もあった。それに州ごとに違う可能性もある。
たまたまそばにいただけの男性が答えてくれた。
「できる……はずだよ」
「じゃあやっとくか」
まずは『黒の力を貸して』と心の中で言うと、
『うむ』
と、小さい狐の形態になっているイブキの声がした。いつも通り、僕にしか見えないし聞こえない。
借りた力で、闇布を放った。
男どもは、車に乗る前に身動きを封じられ、こちらに引き寄せられてポールに頭を打ったり転がったり。
手を使わずに闇布の念動でポールやベンチそのものに括りつけて動けなくし、何も見えなくなるように目の辺りにもぐるぐる巻きにしてから――
「大丈夫? 怪我してない?」
「……うん」
聞いてからよく見てみた。
同い年か、一つか二つ下くらいに見える。そんな女の子が酷くやつれている。衣服もなぜかよれよれ。
「本当に大丈夫?」
「え……うん。ありがとう。私のことは気にしないで」
意外と逞しいのかな、なんて思ったけど、それで片付けていい事ではないと思った。
「とりあえず警察を呼んでください」
そばの人が頷くのを見てから、僕は女の子に体を向けた。
「警察が来るまでとりあえずここにいなよ、僕も何かで助けられるかも」
「私は……北ヘ……スピルウッド州に行きたいの。ここに留まったりしない。……あなたは? あなたはなんでここに?」
「僕は南へ行くために……その途中でね。セントリバー州近くの所まで行かなきゃいけないんだよ」
「ふうん……」
互いの目的が解ったからか、女の子は表情を明るくした。まあこちらを警戒していたんだろうな……というのも解る。そりゃそうだろう、女の子なら――しかも一人だ、そんなの危険に決まっている。
そんな女の子がさっきと違う顔で。
「じゃあ、警察の人があの二人を連れて行ったら、ここでお別れね」
「あ、ああ……そうだね」
でも心配だ。そう思っていると。
「ねえ、そこのあなた、さっき北へ行くって言ってたわよね」
三十代くらいの女の人が女の子に話し掛けてきた。
「あたしもそうだから、一緒に行く? 乗せてあげるよ」
「……」
「女相手でも中々信用するなっていうのは、確かにそうだよね」
僕がそう言うと……
「大丈夫、何もしないから。むしろ手厚くジュースとか買っちゃう。……お願い、あなたを連れて行けなかったら、あたし、心が痛んじゃう。……でも、そうね、嫌なら強要はしないけど。でも辛い思いをさせたくないから、さ……? 話し相手も欲しいなあって思ってて――」
女性がそこまで言った時、女性のケータイが鳴った。折り畳まれる結構ごついヤツだ。
それを頬に当てて女性が。
「ごめん、ちょっといい?」
こちらが肯くかは関係ない。が、まあ、ウンと肯いて隣を見ると、女の子も肯いていた。
「どうぞ」
「ありがと。……あ、お母さん? 何?……え? 嘘でしょッ?」
くるりと振り返った女性が、飲み物や歓談を楽しめる場所にある何かを見て、目を丸くした。
――何だ?
僕も見た。日めくりカレンダーを見たのかも……と、一つの考えが浮かんだ。女の子も多分それを見たようだった。
そんな時余計な声が。
「お前が逃げねえからだよ!」
「俺の問題なんスか? すぐに連れ込めなかったのが間違いなんスよ!」
男どもはたまに喋る。それが余りにもうるさかった。まったくもう。
闇布に礎力を更に込め、縛る力を強めた。
「うぐぐ……ッ?」
間抜けな声を上げる男たちに近付くと、なんだかもう笑いたくなってきた。ニコニコ顔で僕は。
「静かにしてね。うるさくしたら次は……どうしよっかなぁ……」
思い付かず、ハッキリ言えないでいると、女性の声がした。
「日にち間違ってたぁ……嘘でしょぉ~そんなぁ……」
「どうしたの?」と女の子が聞くと。
「バンドのライブに間に合わなかったのよ。チケットだけはあるのに。ああ、ショック……『なんで遅れちゃってんの』って言われて初めて……。そんなあぁ、そんなことある?」
そう言って肩をすっかり落とした女性に、女の子が歩み寄った。
「解った。それなら私が話し相手になってあげる」
――うん。多分アレは大丈夫だな。
そんなこんなで、男二人は目撃情報もアリということで到着した警察に連行されていき、女の子は何やらチラシみたいなものを丸めて持ったその手をこちらに振り、女性の車に乗り込んだ。こちらからも手を振った。
ほっと息をつく。
そしてそれからも南下。疲れたらトラックや大丈夫そうな車に乗せてもらって……
そしてある日思った。
――もう何日が経ったんだ。
何度目かのガソリンスタンドのテレビで確認してみた。出発してからもうすぐ一か月が経つらしい。
正直直接行ければと何度も思った。でも、この環州暦1022年では、僕のツテは通用しない。それに、『あの空き地には、過去ではまだ建物がある』とかだと怖いしな。ゲート移動で物や人を巻き込むのは怖いし、自分まで――動けなくなる可能性があることが怖い。
ずっとずっと南へ。
まだイーヴィストン州に入ってから間もない。
暑い中まだまだ向かった。
そして。
……更に一か月ほどが経った。
イーヴィストン州からセントリバー州との境に近い所までやってきた。
教わった住所『ポダリストン市ヒガシャーザ区30-7-16』はこの辺だ。
あっちでもないこっちでもない……と練り歩き、ようやく見付けたそこは……時計店だった。
時空ジャンパーは確かに時計型。
礎術道具があるのか? 絶対そうだ、と探し回った。
似た時計はある。確かにある。
「時空を超える礎術道具はありませんか、腕時計型の」
僕がそう聞くと。
「ここは普通の時計店だよ」
そんなまさかと思った。今のキーワードを聞いてもヒントになる言葉が返ってこないなんて。
「知り合いに、時を超えられる礎術道具を作ったなんて方はいませんか?」
「さあ。知り合いが礎術を使うかどうかも知らないしね」
「……ぼ、僕を――」
「ん?」
「……い……いえ、なんでも……ないです。失礼しました。じゃあ」
そう言って店を出てすぐ、頭の中で言葉にした。
――どういうことだ。どういうことなんだよ……!
拳を握り緊めたあとで、イブキの声がした。
『だがこの辺に、ユズトを救う何かがある、それは確かなんだろう?』
――救う何か……。何が……
とりあえずこの辺の地図を買い、近所の礎術道具店を探した。
時空ジャンパーは、なさそうだった。
安易にその呼び名を口にするのもよくはないんだろうと思っていた。だから突っ込んで聞けず。
ただ頼りにはしたかった。
「住み込みで働かせてもらうことは……」
「ああ、ダメダメ、そういうのは別の所でやってよ、ここはチェーンでやってて夜は全部当直が付くだけ。そんなの大抵の人は断るよ」
そりゃそうか、とは思った。私生活に他人を割り込ませたくはない人もいるだろう。
別の所へ行ってみた。
そこでも同じように聞いてみた。すると意外にも「いいよ」と言ってもらえた。
その心の広さに感謝した。
お世話になりつつ時空ジャンパーと救済者を映す鏡を探した。
今お世話になっている店には倉庫があって、そこを見ると、奥に救済者を映す鏡だけはあるのを見付けた。
――なんだ、あるじゃん! え、こんな偶然もあるんだな、あんまりない代物のはずだけど……
嫌なことも多々あったが、この運だけは生かしたくなった。
そして聞きたくなった。
「別の店でも屋根裏にあったんですが、ここでも倉庫に。前は……高く売れるから人を選びたいって言われました。この店ではなんでそんな場所なのかなって――」
すると店長は。
「確かに、珍しい、その分高いよ。それと……礎術道具の大半は、悪質な客がいたら勝手に使われることがあるから――っていうのが、高くなりそうな品では特に起こってほしくないからね、前にキミが見た店でも、ほぼそういうことだと思うよ」
そうかと納得できた。そして本題に入った。
「あの……あの、鏡を、つ……使っちゃ、ダメですか」
自分の厚かましさに吐きそうになる。大事な商品を売りもせず貸せと、使わせろと言っているんだから。二度目だから――と慣れるものでもない。二度目だからこそ自分を責めたくなる。
だが店長は怒鳴ったりしなかった。
「……なんか切実に困ってるみたいだな……。いいよ、特別に少しだけ払ってもらえればそれでいい」
夜、十万リギーを払うと、
「解った、でも一度だけだよ」
と。対して「はい」としっかり決意を込めて頷き、倉庫へ向かった。
奥の壁に掛けられた鏡の前に立つと、そこで気付いた、縁の下部に二つの宝石が並んでいる。ただ、それがはまっていたらしき窪みがもう一つ横に並んでいて、全部で三つあった風だ。
店長によると、効果がなくなるまで何回か使えるということだった。これは三回だったのか。
「僕を救うのは誰」
礎力を込めた。助かりたいと願って。
だが、状況が変わってもやっぱり映らない。
――誰か使ってんじゃないのか。これも、あの時のも! 本当に回数分の宝石か……? あとからはめられてないか……? なんでだ。別の所に行くか? 別の救済者を映す鏡……もうこれ、本当に効果あるのかよ。
なぜ発動しないのかが解らない。宝石が……多分砕けて減るとか、そういうことなんだろうけど、そんなことも起こらない。助かりたいと願っているのになぜ。
――ん? 待てよ、時を越えてきた人には効果がないなんてことないよな、親世代がいてもおかしくないんだ、まさか……妙な影響を与えるワケにいかないからこんなコトになってるとか、そんなことないよな……? 時を越えてきた人だけダメとか……そんな事態じゃない、よな……? ど……どうしたらいいんだ……
『なぜだろうな、こんな事態は初めてだ』
イブキにも見当が付かないらしい。
「あの。結局発動させられなかったみたいで……」
そう話すと、それを確認され、店長からお金を返された。
そして僕の肩にポンと触れ、店長は母屋へ戻った。
優しさゆえだと解っている。でも、『キミを救う人はいないんだな、可哀想に』と言われている気がして……どうすればいいか、また解らなくなった。
時計店に行ってみた。
似た時計は確かにある。いや、そっくりな、と言うってもいいくらいの。
――どういうことなんだ……。どういうことなんだよ……! 僕が知りたいのは、僕を未来へ帰らせてくれる人だ。誰なんだ。どうすればいい! どうすれば……。それとも、まさか、助からない?……僕は、助からないの?…………もう、解んないよ……。
ある日、礎術道具の置かれた商品棚を整理しているところへ、二十代か三十代くらいの男性二人組がやってきた。袖と襟に黒ラインの入った紺の上着……その下の白シャツが映える。ダークグリーンのズボンとネクタイ。警察だ。
「実は、この辺であまり見ない顔の店員というのが気になってまして。キミがそうかな?」
「た、多分……」
「ちょっといいかい?」
店長の方を思わず振り返った。すると店長の声が。
「まさか変なこと、してないよな? うちに来るまでの間に……いや、来てからも」
「え、ええ、してないですよ」
「ではこちらに」
警察に言われてそちらを見た。二人組は、二人共が、僕を見たままゆっくりと手招きしていた。




