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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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068 希望と絶望

 飛ばされた日がいつかとダイアンさんに言われて、自分の立っているテーブルの向こうを見るような感じで考えてみた。そして言葉に。

 1月……何日かは忘れた。1月10日から20日くらいか。

 それをいつもの五十音表の字で、右前足だけで示した。


「い……ち……が……」


 それをメモし声に出さずに読み直したダイアンさんの口から、執務室の外に漏れない程度の声で、僕の耳に届いてくる。


「少し前の日にちに設定しよう、だがまだ使わない。正確に安全に行こう。その現場には、当然だが協力者を配備する。うちの警備からな」


 後日、話を聞いた。それによると、ダイアンさんは家を買ったようだった。

 そして――


「このあいだから使っている腕時計の方を使う」


 腕時計型の礎術(そじゅつ)道具『時空ジャンパー』を、念のため僕の腕にセット。まあ残り回数はあと一回ではあるんだけど。

 礎力を込めると作動した。

 テブデの研究所付近。大通り側じゃなく路地の更に奥にある三階建ての今はボロボロな家に、移動した――そのはずだ、ダイアンさんの話と不動産関係者の話と座標が正しければ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「メイ・トアホック……は、やっぱりドナの護衛を続けていてほしいな、だから――」


 私は二名の護衛を呼び、状況を話した。これが多分最善。こうすればユズトが移動した先も、今の状態じゃなく、改築されしっかりと守られた状態になっているはず。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 床から少し高い所に転移したようだった。

 そこから落下して四本の足全部で踏ん張って着地。そのせいか足が少しジンジンしたが……耐えられる痛みと痺れだった。フジバネクロゲネコなんて名前だがアライグマのようなカワウソのようなものの平均的な動物――実際猫ではないがアライグマがクマじゃないのと一緒だ――そんな身軽で肉厚的な体だから慣れたらかなり着地に強いのかもしれない。


 ――ああ焦った……もう落下は勘弁だっての。


 直後、腕にあった時空ジャンパーが粉々になって床に落ちた。


 ――壊れるとこうなるのか。


 辺りを見た。艶々なフローリングとお洒落な壁紙――あら綺麗。

 窓は大きくて開けやすそうだ。

 外観もかなり変わっていそうだ、ダイアンさんの話や画像からしたらボロ屋だと思ったのに。それだけ時間が経っていて改装工事もしたということか。

 窓にはカーテンが掛かっていてその手前に三脚と望遠鏡がある。その前には一人の男性の姿も。


 ――誰だろう。護衛の人員をここに配備するとは聞いたけど。


 近付くと、気配に気付いたのかその男性が振り返った。


「やあ。まさかギーロが……過去に飛ばされたユズト君だったとはね」


 ハンドベルが礎術の対象の、アデルさんだった。

 僕も驚きだ、こんなことになるとは思いもしなかった。ただ、何か言いたくても「きゅ」としか声は出ない。


「お、来ましたね」


 後ろから急に声が聞こえてビクッとした。振り返ってそこに見たのは眼鏡拭きを操るウェガスさん。


「まずは日時の話をしましょう。今日は1040年1月7日。これから何日か様子を見て、問題の瞬間に立ち会えば、レイシー・ピアーソンを……。そのために作戦を立てておきましょう」


 会議を円滑に進めるために僕が使う五十音表はここにもあった。


 ……そして決まった。

 コハルさんか僕をテブデの研究所の非常階段なんかに目撃するまで動かない、あの研究所でのほかのことには一切関わらない、そう決まった。

 何日も二人が眺める。

 そんな中、僕はビーズを操り、このフジバネクロゲネコの体での操作能力を高めた。

 ある時、アデルさんが言った。


「あ、思い出した! ダイアンさんがコレクションとして持ってた時空ジャンパーが盗まれたんだよ」


 ――え?


 顔を向けると、アデルさんが僕に――話そうとするから、監視をウェガスさんがし始めた。

 アデルさんはあごに手をやって考えたようだった。


「多分礎術道具を奪おうとしたんだ、誰かがね。でも警備が厳重だったおかげでちょっとしたものしか()れなくて、その辺にあった時空ジャンパーだけが――って事だったはず。数か月前の事だから言うのを忘れそうだったけど……思い出せてよかった。その件の時空ジャンパーの行方は……もしかしてどうでもいいのかな」


 ――盗まれた……? しょうがないのか……? いやもしかしたらそれがレイシーの手に……ッ? ありうる。もし、ほかにないのだとしたら。……ありうる……! ただ、ありうるだけじゃなく確定だったらなおいい、確かめたい! 状況証拠でいいから……


 五十音表の前に立ち、右手だけで示してみた。


「何々?」メモをアデルさんが取る。「れ……い……し……」


 その全文を読み返される。


「レイシーが持ってるのがそれかも? 証拠欲しい? 確定できる物や事は、ほかになかった?」


 ふむ、とアデルさんが考えた。

 そして、監視の目を研究所の方に向けたままのウェガスさんから、声が届いた。


「そういえば思い出した。盗まれて少し経ってから州庁舎の庭に不審者が現れたんです。何も被害はなくただ逃げただけの男。何をゲート化させていたかは不明でしたが……今思えば、それが不明だったのがなぜかというのも含めて、時空ジャンパーのせい……だったのかもしれません」

「そうか試したのか」

「ああ。なぜか庭には、どこかの床板も急に現れたという話で」

「……そうさせたのがレイシーか。いや、自分でやった可能性も、か……」


 そこでウェガスさんがアデルさんに手招きと指差しをし、その指を望遠鏡にも向けた。


「ああ、交替か? 解った」


 監視を交替すると、ウェガスさんが何やらケータイで調べ……


「黒い頑丈そうな手袋を両手にしていた、それがその不審者だと」


 ――!


 確か、いつか聞いたことがあった。『狙撃手袋(ショットグローブ)を複数所持してる可能性が』そんな言い方だったような……

 そして思い出した。


 ――そうだ、レイシーが父親を邪魔だと言ったあの現場……思えばなんであんなことを……。死を偽装した? そうか、復讐のために僕を(だま)そうと……。床板も現れたなら空間に作用したんだ、人ひとりにじゃなく。距離を取った人が使った。部下……か、犯罪仲間……の礎力で飛んだ。……狙撃手袋(ショットグローブ)二つ共を貸すような奴じゃない、きっと。うん。大丈夫。レイシーだ。それにこれまでの現象全部が物語ってる。レイシーはアレを使う。僕に。その状況にならなきゃいけない。


 五十音表の上で右手を動かし、また伝えた。

 メモされ、ウェガスさんが読む。


「なるほど。じゃあ放っておきましょう」


 ……そしてそれから数日の間に、本当の所有者のいないあの研究所に、誰かの出入りは……なくはなかった。

 ただ、それでも動く訳には行かない。見えたのはコハルさんや僕ではなかった、男性だった。レイシーか、その仲間か。

 更に数日が経った。

 そして……環州暦(かんしゅうれき)1040年1月18日、昼。


「いた! 来たぞ! ユズト君が非常階段に!」


 アデルさんが言った。

 正直足が震えた。自分自身がレイシーに近付いて大丈夫かどうか。礎術を奪えるかどうか。失敗したら逃げられる可能性も。

 一発勝負。そのくらいの緊張感。

 ――作戦(・・)の通りにやれるかどうか。

 ここで見張り始めるようになってから、アデルさんとウェガスさんに、礎力を込めるコツについて話していた。五十音表で示す方法で。当時、メモしたのをアデルさんが読んだ。


「対象への最短距離のイメージ、バラけないイメージ、密度、大量に礎力(そりょく)を消耗して食事と休息をきちんと取ること、礎力(そりょく)()の多い食材をできれば多く摂ること」


 二人はほぼ毎日コンビニ弁当を食べた。その中には、アイレンコンやムラサキクダイモ、アオゴメ、アカサヤヒシマメ、ムラサキコーンなんかはちゃんとあった。礎力素を多く摂れる食材だ。しかもそれらを練り固めたスティック菓子もあって、二人はそれを一日に二本ずつは食べた。

 自分はアイバジルというものを特に食べた。

 そんな中、この体で操れる度合いもかなり高まっている。

 大丈夫だと思いたいが……


「激しい衝突音だ、ここまで聞こえた……そろそろ行きますよ」


 ウェガスさんがそう言って僕を抱きかかえた。

 そしてウェガスさんの操る眼鏡拭きに二人が乗った。

 窓は開いていた。そして移動した先は、テブデの研究所の裏手上空。

 ここから見て右手の非常口から吹き飛ばされて落下し、僕は一度死んだ。そこで――えっと――イブキに蘇生された。

 その様子を見た。


「起き上がった。致命的だと思えたが、あれが蘇生……礎力の消耗も激しそうですね」

七霊獣(しちれいじゅう)……の()せる(わざ)……この目でそんなものを見るとは思わなかったよ」


 二人が思い思いに喋ったあとで、フジバネクロゲネコの姿の過去の僕が辺りをきょろきょろと眺め、ゴミ山の方を向いた。


 ――自分の姿の再確認……死んでると思って落ち込んだんだよなぁ。


 そんな過去の僕は、路地の方に向き直り、たまに大狐を見ながらじっとした。ただ、ウェガスやアデルには見えないし聞こえないんだろう、レイシーにとっても恐らくそうだっただろうから。

 そして僕には聞こえた、イブキの声が。

 それから少し時が経つと、そこへ――


「なんで生きてんのよ!」


 レイシーは大通りの方から来た。

 ビクついた過去の僕が、レイシーと逆の方へ――路地を進み、左手に曲がった。その速度はあまりにも遅い。全然慣れていない。

 しばらくして少しだけ速度が出始めたが、それでもかなり遅い。

 そこで、イブキから、『()けろ!』や『ユズト!』という声が。

 振り向いた過去の僕は、()けようとしたが、それ自体あまりにも遅く……

 過去の僕が、過去に飛ばされた。あれがあの時空ジャンパーの恐らく二回目。

 地面がえぐれていた。そばの塀も。

 球状の空間が、過去の空間へと飛ばされたのか……それとも入れ替わりになったのか……そんな風に見える……

 そこで、レイシーは、しばらく頭に手をやったまま動かなかった。ぼうっとしている……ように見えるが、いったいどうしたのか。


 ――そうか、僕が都合よく州庁舎に飛ばされたのは……レイシーが経度と緯度を設定し損ねたんだ。え? てことは……ダイアンさんが遊んでた? 念のため? 座標をセットしてたのか……。操作し損ねを後悔してる……多分。山とか海に飛ばされたら確かにやばかったからな……


 それでも多分、高所から叩き落とすことが実現できて、ほくそ笑んでいたりしそうだ。あの高さで助けがなければ確実に死ぬ。

 そして、僕には見えていた。過去の僕が消えた場所、大きな……アイスを(すく)い取る器具で削れたような空間を前に、落胆するイブキ。あのイーヴィストンと合流するために……

 まず、ウェガスさんが言った。


「降ります」


 レイシーの真後ろに……路地のアスファルトに、二人共が足を着けた。

 着地の足音はわずか。

 レイシーはそれでも気付いたようで、一瞬で振り返った。

 だがそこで、顔を包めるほどに拡大されたハンドベルが被さり、レイシーの視界を奪った。

 そしてその全身を、巨大な眼鏡拭きがぐるりと巻いて身動き不可能にした。


 ――僕の出番、なかったな……まあこれで済むならその方がいい。正直、礎術(そじゅつ)を奪う礎術というのがどれだけ礎力を使うのか。


 その時だ、急に前方からバタバタと足音が。そして聞き覚えのある声が。


「動くなレイシー!」


 なぜかそこに、レケ、ケナ、ジリアン、ベレスの姿が。道理でベレスの声がしたワケだ。


 ――でも、みんな、なんで。


 嬉しくなった――そんな時、フジバケクロゲネコ姿の僕の表情や反応から心を読んだのか、ベレスが言った。


「数日前、ダイアン様が教えてくれたんですよ、こうなるから戻ってきたユズト様を助けろと。レイシーを逃がすなと。この場所に戻ってくるのには少々時間が掛かってしまいましたが」


 そんな話の最中に、レイシーの足が、ベレスの結束バンドで縛られた。

 だからか、ウェガスさんが眼鏡拭きの長さを変えた。レイシーの膝から上だけをその場に固定。拘束方法を変えたのは負担軽減にもなる。

 その状態だと僕がレイシーの足を触りやすい、それもメリットだ。

 そのレイシーの足を、特にふくらはぎを、レケも念のためか絞り袋で縛った。


「さあ、レイシーの礎術を」


 完璧だ。もし逃げられたらと絶望することもありえそうだったが……もうそんな気にならない。


「ふざけ……! やめろ! 何を!――むぐ、あああ!」


 レイシーはもがいて抵抗しようとした。だが、その狙撃手袋(ショットグローブ)をはめた手は、眼鏡拭きで押さえ付けられレイシー自身に向いている。撃てばレイシー自身に。自害する気もないらしい、もがいて必死に誰かに向けたがっている……ように見える。


「さあ」


 ウェガスさんに抱きかかえられていたが、降ろされトコトコと少しだけ歩いた。そして。


 ――レイシー、この因縁の……やり取りも……もう終わりだ。お前も反省して、悪いことしないで、別の形の幸せを求めたらよかったのにな……


 コハルさんのことを思い描いた。

 やっと戻れる。やっと帰れる。

 その想いで、集中――レイシーの右足首に、自分の右前足を触れさせた。

 みんなの見守る中、レイシーがもがく中、大量の礎力を込めると――

 カツン……

 と、金属っぽい物が落ちたような音がした直後、グンと目線が高くなった。服も一瞬で取り戻している。


「ユズト!」


 ケナの声。駆け寄ってきたケナの頭が上から見える。

 念じて奪い、それを使って姿を交換することが、やっとできた。念願の自分の姿。

 ベレスもこちらに近寄った。


「ユズト様――」

「ありがとね、みんな。あとは家に……コハルさんに報告するだけ」


 僕がそう言った時にも、レイシーへの注意は欠かすべきではない。

 だから目をやった。

 ただ、もう姿の交換はされる心配はない。その力を奪ったから――レイシーはもう使えないから。

 そのレイシーをレケが抱え、


「今後もう悪さをするなよ、たとえ人に戻れても」


 と、言った時だ。

 気付いた――

 僕の両足の間に……地面に、時空ジャンパーが。


「きゅきゃきゃ!」


 レイシーが笑った気がしてゾッとした。


「みんな離れてッ!」


 寒気の中しゃがんだ。上へ投げようとした。その方がいいと、とっさに感じた。もしもの可能性がチラついたのかも。

 警告を聞いたみんなが身を引いた。瞬間、時空ジャンパーが光った。

 目が機能を取り戻した時、辺りを見た。

 辺りは空。以前と同じように、道路の一部と一緒に落ちる。


 ――うおぁ……!


 巨大ビーズを足場にして落下を阻止しようとして、縁を掴んだり寝そべったりして何とか防いだ。

 地上へ向かってゆっくりビーズを下降させた――

 が、そこは、どこだか解らない丘だった。

 地に下りてすぐ、足場にしたビーズを消し、辺りを見た。ほかに人はいない。ただ、イブキはいる。今回ばかりは心配したのか近くにいてくれたらしい、だから一緒に時空を飛んだのか。

 それにしても。多分シャタリング・グレーでも間に合わなかった。


 ――マジかよ。どこだここは!

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