067 ジャンプ
「ユズトが礎術を使えるようになる方法がよく解らないんだ、見当は付くか?」
執務室に連れて行かれてから聞かれた。ダイアンさんは小声。部屋の外から『なぜこんな言葉を、誰と会話を』と思われても何だし、ここでの『ユズト』に関する情報が出回れば混乱を招く恐れがある。当然の小声だ。
――残念だけど……
思いながら首を横に振った。
「まあいい、できることからやっていこう、ユズトがやるというのは必須だ。付与セットと幸運のペンダントだ。まずはリスト」
また先日のようにパソコンを立ち上げ、知事権限で持っているというコードで閲覧を開始。
礎術道具協会本部の在庫リストにはあらゆる礎術道具の名前が本当に大量に載っている。
この中から在庫変化の報告をあまりしていない店を探し――つまり、報告店名が少ない所の電話番号や住所をメモ。
在庫変化の報告をできない何らかの事情がある店はあってもおかしくはないのかもしれない。商品が商品なら……このあいだの店長も、だからこそ『時空ジャンパー』なんて代物を置けた……その可能性はある。物によっては報告せず売る相手を厳しく選んでいる……そんなこともあるのかもしれない。
「あるッ? 二つとも?」
四店舗目に電話したダイアンさんの声が微妙に大きくなった。
僕も聞いてみたくなり、テーブルに乗っている状態から耳を近付けた。
それに気付いたようでダイアンさんが受話器の持ち方に気を付けてくれた。
そして聞こえた。
「ああ、いや、付与セットは過去に売れたんだった、幸運のペンダントならあるよ」
年配の男性の声。
「付与セットは誰に売れたんですか」
と、ダイアンさんが聞くと。
「それがねえ……奇妙な客だったんだよ、幸運のペンダントをした……その……クロゲネコだった」
――! え、絶対僕じゃん! じゃあ僕が更に過去に行ったんだ! え、幸運のペンダントは今店にあるワケだから……
つまり一旦ペンダントを買ってから過去に行くことになる。
「さっき二つともあるよって言っちゃったよね……つい……期待させてごめんね、『そんなことがあったなあ』と思っちゃったからだな、頭にあった……ああ、それで、幸運のペンダントならあるが買いたいのかい?」
イエスだ。
と言いたいが、大事なのは、更に過去に行ったこの状態の僕がいつどうやって付与セットを買ったかだ。
そこにダイアンさんも気付いていたようで。
「あ、ええと、ペンダントもそうですが、奇妙な……クロゲネコが来たというのはいつ頃ですか? 何年何月何日だったか正確に判りませんか?」
「ああ、ちょっと待ってね」
受話器からはそのまま通話中なような雰囲気が伝わってきていた。
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「確かここに」
カウンター横の棚をごそごそと漁ると、目的のものが見付かった。それを見て私は言った。
「環州暦1028年10月4日だね」
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「1028年10月4日……。じゃあ、まあ、とりあえず幸運のペンダントを買いに行きますね」
それを買いに行くこと自体は、ダイアンさんひとりでもいい。ただ、執務室にひとりにされるのも、あまりよくない――ので、ゲートを作ったダイアンさんについて行く素振りを見せてみた。すると抱きかかえてもらえた。
ふたりして向かう。
ただ、ウィローフィア州東部の店だとあったため時間は掛かりそうだった。
礎球の北半球から南半球へ……海を越えるほどの距離。
「途中、州庁所在地のある市にしかない『臨時ゲート』を使うしかないな」
その臨時ゲートというものは、つまりは各州に一つしかない。そしてそれは特殊な隔離部屋の中に青黒いフレームとして存在していた。
知事権限で特別に使わせてもらい、シミーズ市からガウサミクス市へ。それから少しだけ東へ。
まあまあ時間は掛かったが、ある駅の屋根の上へのゲートを出てすぐ、ダイアンさんは黒枠の鏡を裏返して巨大化させた。それに乗って、更に東へ。
ケータイの画面で地図を見ながら該当の道に降りた。店の前。ぴったりだった。
早速入った。
「さっき電話した者ですが。幸運のペンダントのことで」
「ああ、電話の。って、スピルウッドの知事さんじゃないですか」
店長らしき白髪の男性が驚いた。その隣には奥さんらしきお婆さんも。
「どうか内密に……お願いしますヨッ」
ダイアンさんが人差し指を口の前でなぜかお茶目な風に立てると、店の主人であろうお爺さんは――
「……フ、まあ、解ってますよ」
と、こちらも意味深っぽく応えた。なんだか、応じただけじゃないんじゃないか――という違和感はあったが、まあそれはいいとして――
まずは購入。
「ありがとうございました」とダイアンさんが言うと。
「いえいえこちらこそ。……頑張ってくださいね」
「……? あぁ、はい、忙しいですが、頑張ります」
ニコニコ顔で送り出された。
そしてガウサミクス市の空港へ。そこの臨時ゲートでスピルウッド・シミーズ空港に戻り、州庁舎へ。
ダイアンさんは執務室に戻ると、机の引き出しを開け、封筒を一つ取り出した。
「まずは手紙だ、これをユズトに持たせる」
……その手紙が完成したのか封筒をパシッと叩いたダイアンさんが、
「よし、じゃあ――私も調べたんだが――よく聞いてくれ」
と言ったので、耳を傾けた。
「幸運のペンダントには使用制限がある。ペンダント部分には青い大きな宝石があるが、その周りにある小さな宝石四つで回数制限が示されていて、一つずつ光っていない状態になっていく。これはちょうど二回使われてるからあと二回だ」
ふむふむ、と頷いて促すと。
「全部が光らなくなるとただの装飾品になる。使う時は真ん中の大きな宝石に礎力を込める。これが淡く広範囲に光れば発動していることになる、そしてその光が収まれば幸運な事が起こったということになる」
それを首に掛けられると、封筒も首に括りつけられ、ダイアンさんの鏡のゲートで庭へと出た。
「じゃあ、ユズト。まずこの時空ジャンパーだが、店付近の座標とあの年月日に設定した。……これは、事故るワケには行かない、私もユズトも、どちらかがジャンプの影響で……腹から下だけ移動してしまうだとか……そんな死はこの先起こしてはならない。だから、一番安全なユズトだけで行くという選択肢を取る。だからユズトに着ける。それが一番だ」
僕はコクリと頷き、じっとしたまま装着完了を待った。完了すると。
「よし。じゃあ礎力を込めるんだ」
そう言ってダイアンさんは遠ざかった。使用者の礎力の量や背丈がジャンプできる空間の広さに関わっていたら? きっとダイアンさんはそんな巻き込みを恐れた。それに礎力を込めた人が近くにいないと、時空ジャンパーはついて来ない。僕が着け、僕が込める、それで正解なんだろう。
それにしても。
――いやいやいやいやいや離れすぎ。
そう思ってから深呼吸。それから、僕が、時空ジャンパーに礎力を込めた。
発動は……どうやらできた……光ったあと、景色が変わった。
――手紙はちゃんとあるよな……? よし、ある。なかったらどうなるか……
ゾッとしながら辺りを見た。店の近くの広い草地にジャンプしたようだった。
少し歩いて、見覚えのある看板を見付けた。あの店だ。
人が入る時を見計らって一緒に入った。
そして陳列されたものを眺めたが――付与セットがあるようには見えなかった。
品物を見ているとお年寄りの男性の声が聞こえた。
「何だい、動物が買い物かい?」
僕がコクリと肯くと、お爺さんは目をぎょっとさせた。
封筒を見てもらおうとしてその場でグルグルと回り、背中に目線を集めようとした。成功したのか声を掛けられた。
「それは何だい?……キミは、一人で来たのかい?」
コクリと肯いた。
「その……首に括りつけられて背に乗ってる封筒……それは読んでほしいのかい?」
コクリと肯いた。
するとお爺さんが『これは夢か、何かに騙されてるんじゃないか』みたいな顔をしながら、恐る恐る、不思議そうに封筒に手を伸ばした。ツンと突いたりして何も起こらないことを確認したりしながらそれを僕の首から取ると――
「何々?」
それを黙読したお爺さんは、何度も目を白黒とさせた。
「よし、解ったぞ。とんでもないことになって頑張っているんだな……私は信じて応援するよ。この手紙には指示が書かれている、購入金額相当のお札も入っていたよ、ちゃんとね。……準備するからちょっと待っておけるかい? いいね?」
こちらがコクリとまた肯くと、店主っぽいお爺さんは店の隅へ一旦移動した。
端の大きな棚の少し上の所からお爺さんが何やら取り出し、こちらに見せた。付与ブックと付与ボール、それに付与リング!――セットはそこにあったのか。
店の中でお爺さんが発動すると、本は店の幅に合わせて巨大化した。
お爺さんが更に指輪をはめ、新しく僕が覚える礎術のための予備となる礎力を、僕に分け与えてくれた。
そして付与ボールを手にしたお爺さんが言った。
「さあ、幸運のペンダントに礎力を」
――よし。
込めると、この首から下がったペンダントの青い大宝石が、淡い光を纏う状態に――
直後、本が開いた。
――あのページであってくれ……!
願い通りになる保証はなかった。もしレイシー対策としてこれが間違いだったら……
頼む……! という想いが強くなる。
そして、開かれたページを見ると……そこにある文字は……
1壁をすり抜ける礎術
2靴下を一瞬で履く礎術
3木刀から稲妻を走らせることができる礎術
4触れずにドアを開閉できる礎術
5フォークとナイフを出したり消したりする礎術
6ピーマンを甘くする礎術
7ロウソクに火をつけたり消したりできる礎術
8球体にスポンジボールの性質を持たせる礎術
9一定時間だけ嫌いなものが好きになる礎術
10ジャンプ力が上がる礎術
11指輪の宝石から火の玉を放つ礎術
12肉体だけ一定時間透明になる礎術
13口臭を一定時間無臭に変える礎術
14うちわの風を超強風にできる礎術
15ビーズの色を変える礎術
16対象の触り心地を直前に触れた物と同じにする礎術
17サングラス越しに暗くない世界を見れる礎術
18他人の礎術を奪う礎術
19念じて皿を動かせる礎術
20一瞬でネクタイを綺麗に装着できる礎術
思わず、手足で床を踏みしめた。
――よし! よし!
「じゃあもう一度。幸運のペンダントに礎力を込めて」
また礎力を込めた。首から下がった宝石がまた淡い水色の光を優しく放つ。
その維持された光を見てから、お爺さんが付与ボールに礎力を込めたんだろう、目の前に、店幅に合うようになっているのかちょうどいい大きさのルーレット台が現れた。
付与ボールも見合う大きさになっている。それが投げ入れられた。
――18番……18の『他人の礎術を奪う礎術』を……! 18! 18!
ボールは5番に入った。
それから跳ね返って8番に入った。
――ちょっと待って! 18だってば!
そして少しだけ弾き出されて坂を下りたボールが……ピッタリ18番に。
止まった。そこで止まったんだ。
――よしよし……ッ!
「うまく行ったみたいだね」
本とボールとルーレットは消えた。お爺さんが礎力を込めるのをやめたんだろう。
同時に、幸運のペンダントも普通のペンダントに。
「じゃあ、あとは……」お爺さんは手紙を確認した。「来た時間の二分後に送り返すだけ……だな。ちょっと弄るね」
時空ジャンパーの経度、緯度、高さ、月日、年数、時間を店主がセット……できたようで。
「さあ、礎力を」
「……きゅきゅ」
あえて鳴いた。「ありがとう」や「さよなら、また」を声で言えないことが、少しだけ嫌だった。ついでに、「ここじゃ危ないかもしれないから外で込めるよ」もきっと伝わらない。それでも、感謝だけは伝わっているといい。
客が新しく入ってきた、その時に店を出た。来た所――広い草地の真ん中まで走ると、そこで息を整え、辺りに人がいないことを確かめ、腕時計に礎力を込めた。
そして……僕は、州庁舎のあの庭に戻っていた。
「おお、おかえり!」
ダイアンさんは、つい大声で言ったんだろう、『今の、誰かに聞かれたかな?』という顔をした。
「大丈夫だったようだな。覚えられはしたのか?」
しっかりと頷いた。うんと深く。
ただ、それを使えるのかどうなのか。ほかの礎術に関してはどうなのか。
試してみた。
目の前に小さな赤いビーズが現れ、拳大になろうとしてなりきれず地面に落ちながら小さくなった。そして本来の大きさになりつつ消えた。
――……! なってる! 使える!
かなり規模も質も下がっているが、それはこの体だからかもしれない。――それにしてもなぜ急に……
「そうか解ったぞ」
「きゅ?」
「阻害因子みたいになっていたんだよ、礎術遺伝阻害因子リングと同じような効果が……だけど付与セットはそれを取り外す――あの時と似たような復活を促したんだ!」
――なるほどぉ……
あとは使えるようにする方法……と思っていたが、それが達成できた、ありがたい幸運だ。
――……幸運?
いや、幸運のペンダントの光は既にない。素の運だ。まあそんなこともあるんだろう。




